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失踪

維月は、暗くなり始めても帰らない維心を案じて結界端をうろうろとしていた。

維心が出て行ったのは、十六夜がいち早く気付いて見守ってくれていたので、知っていた。

龍の宮に着いて、思うところがあるのか隠れてあちこち見ていたようだったが、最後には項垂れて、結界端で義心と話していたらしい。

帰って来るというので、待っていたのだ。

暗くなった空には、月が浮いていたが今は十六夜の気配はない。

どうやら、義心が後ろを気遣ってついて来ているので問題ないと判断した十六夜が、碧黎とどうするのか話し合うために、宮に降りているからだった。

それでも、維月は維心の心が心配だった。

まだ、生まれて一年なのだ。

その間にいくら学んでも、あの宮で君臨するだけの知識など、あるはずなどなかった。

賢しい維心がそれを悟って、落ち込んでいるのでは、と気が気でなかったのだ。

いくら待っても帰って来ないので、維月は地上に降りたって、ため息をついた。

…維心様…。

維月は、前の維心が恋しかった。

いきなりに引き裂かれて、すぐに戻ってくれたのは嬉しいが、いつでも相談しあっていた維心が、ここに居ないのはつらかった。

「…維月。」

維月は、ハッとした。

聞いたことがある声だったが、同時にそれは、聞くはずのない声だったからだ。

振り返った維月は、目を見開いた。

「そんな…!」と、何かの力が自分を捕らえるのを感じた。「…レイティア…?!」

維月は、気を失って倒れた。

「…運べ。」

維月の耳に、聞き慣れた声がロシア語で言う。

そんなはずは…レイティアは、もう黄泉へ…。

そこで、維月の意識は途切れた。


「…ならぬ!」碧黎が、慌てて立ち上がった。「…やられた!」

十六夜が、話していた最中にいきなり碧黎が叫んだので、びっくりして立ち上がった。

「なんだよ、維心がか?!」

碧黎は、ブンブンと首を振った。

「違う、維月ぞ!」と、うろうろ歩き回った。「我には手が出せぬ…!どうせ何もできぬと侮っておった…!」

十六夜は、ということは、神の誰かが維月に何かしたということだと分かった。

月の眷属は、神世のことには手を出せないからだ。

「天黎!」

碧黎が叫ぶと、天黎はすぐに現れた。

「見ておった。だが、我には何もできぬ。主と同じ。」

その顔には、焦りが見えた。

「…連れ去られた事は言っても良いな?!」

碧黎が脅すように言うと、天黎は頷く。

「それは遅かれ早かれ神が気付くことであるから。だが、どこへ行ったかは神が見付けねば我らには…。」

天黎も歯がゆいのか、イライラと言う。

碧黎は、頷くと叫んだ。

「蒼!維月が何者かに連れ去られたと王達に連絡せよ!維明にもぞ!急げ!」

恐らく、念で知らせたのだろう。

途端に慌てふためいたような蒼の気が伝わって来た。

「オレも月へ戻る。」十六夜は、言って光に戻った。《空から探す。親父もイライラするだろうが、維心に話すのは任せたぞ!》

そうして、空へとうち上がって行った。

碧黎は、見えているのに何も言えない己にイライラしながらも、同じようにイライラしている天黎の姿に幾分落ち着いて、そうして蒼の使者が、各宮へと飛ぶのを見守ったのだった。


維心は、月の宮の結界へと近付いていた。

どうせ居ない事は気取られているだろうし、何を言われるのかと面倒に思いながらノロノロと帰って来たのだが、遥か後ろを、義心が隠れるようについて来ているのを感じていた。

…また子供扱いしおってからに。

維心は腹が立ったが、実際まだ子供なのだ。

なので、咎める事もなく月の宮の結界へとたどり着いた。

何やら、慌てたような様子の軍神達が、あちこち散って飛んで行くのが見える。

…まさか自分を探しに行ったのではないだろうな。

維心が思って見ていると、今度は空へと十六夜の光がうち上がって行くのが見えた。

…降りていたのか…?

最近の十六夜は、龍の宮に居た時のようにずっと地上に居る事の方が少ない。

珍しいなと結界内に入って行くと、目の前にパッと碧黎が現れた。

「維心!」

維心は、やはり怒っているのかと、顔をしかめた。

「己の無力さが分かった。もう勝手に戻ったりせぬから。」

碧黎は、首を振った。

「出て行ったのは知っておった。行かせたのだ。だが、主の帰りを案じて結界脇で待っておった維月が、連れ去られたのだ!」

維心は、目を見開いた。

維月が…連れ去られた?!

「なんと申した?!維月がか?!」

碧黎は、何度も頷いた。

「そうよ!内に居ったら問題なかったのに、あれは主が消沈しておると案じておって、ここに!今、蒼に命じて神世の王達に知らせをやったところぞ!」

あれは、蒼から使者だったのか。

そして、十六夜はだから月に戻ったのだ。

維心は、今戻って来た方角を見つめた。もしかしたら、通って来た下で維月が連れ去られておったのやも…!

「探しに参る!」維心は、戻ろうと踵を返した。「維月の気なら、我には分かる!」

碧黎は、首を振った。

「あれの気なら誰にでもわかる。そもそも我だって分かっておるが、神世で起こった事に口出しができぬから言えぬのよ!」と、ふと、何かに気付いた顔をした。「…そうか、主も役に立ったな。義心がついて来ておったのか。」

維心は、怪訝な顔をした。

「あれは、勝手に後ろを…」

碧黎は、維心の腕を掴んだ。

「そんなこと良い!それより、己の行動一つでいろいろな事が変わって来るのだと心得よ。此度のことで分かったの?とにかくは、主はいろいろ分かって来ておるようであるから、我らがなぜに主をこんな所で育てておらねばならぬかの、その理由ぞ。維月から聞いたぞ。宮へ帰りたいと言うたのだの。我らだって、早う帰したいわ。だが、それができぬからこうしておったのだ。理由を話す。参れ。」

維心は、ブンブンと首を振った。

「それどころではないではないか!維月が連れ去られたのであろう?!」

碧黎は、腕を振り払おうとする維心をグッと掴んだ。

「前の主なら探し出せただろうが、今の主では無理ぞ!」言われて、維心はグ、と詰まった。碧黎は続けた。「とにかくは、話を聞け!それから、手伝えるなら蒼か、それとも維明を手伝ってやるが良いわ。だが、今の主にできることなら、恐らく維明にもできるだろうがの。」

維心は、そこまで己が無能で役に立たないと言われて、自覚したばかりだっただけに、深く傷ついた。

だが、今の碧黎は、今そんな維心の気持ちを気遣う余裕がないらしい。

それだけ、維月がまずいということだ。

維心が黙って碧黎を睨むと、碧黎はそのまま維心を引きずって、宮の中へと飛んで行ったのだった。


義心は、維心が月の宮の結界の中へと消えるのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。

あの中へ入ってしまえば、おかしなことなど絶対に起こらない。

義心は、ではと龍の宮へと体を向けて、そちらへ飛んだ。

途中、何やら慌てた様子の明人が通り過ぎようとしたので、義心は声を掛けた。

「明人?どうしたのだ、何かあったか。維心様なら只今、結界の中へと入られたぞ。」

明人は、え、と振り返ってピタリと止まると、急いで寄って来た。

「義心か!ちょうど良かった、維月様が結界外へちょっと出られたところを、何者かに連れ去られたのだ!今、龍の宮他上位の王達に王から書状をお送りするところであった!」

「維月様が?!」

義心は、どうしてまた結界外にたった一人で出て来たりしたのだ、と苛立った。

王がお傍を離れておったから案じておったのか。

義心は、言った。

「ならば我が捜索を!我はこのまま探すゆえ、主は維明様にこの事をお知らせして、ついでに我がもう探しておると伝えてくれぬか。結界のどの辺りなのだ。」

明人は、指さした。

「王が仰るには、あの辺り。」と、木々の間を示した。「維心様が出ておられたので、帰られるのを待っておられたらしい。」

義心は、やはりか、と途端に回りを探り出した。

「では、頼んだぞ。我は追う。気配がする…何やら、覚えがあるような。」

明人は、驚いた。もう何か気取ったと?

「え、応援を頼むか?」

義心は、首を振って飛んで離れ始めた。

「良い。とにかく、主は知らせを。頼んだぞ!」

義心は、サッと低空に下がると茂みの中を消えて行った。

明人は、相変わらず広範囲を見て的確に動くなと感心しながら、自分も龍の宮へと急いだのだった。

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