表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/158

鳥の記憶

炎嘉は、維心を抱いて南の庭の開けた場所まで行き、そこに維心を降ろして、言った。

「さあ、こちらで。」と、見上げる維心の変わらぬ深い青い瞳を見つめた。「見ておれ。」

炎嘉は、スッと浮き上がると、見る間に大きな金色の鳥の姿に変貌した。

維心は、目を大きく見開いてキラキラさせ、そうして両手を上げて言った。

「わあ!主は大きいの!美しい色…羽の先が紅いのがとても綺麗ぞ。」

主はそう思うておったのか。

炎嘉は、子供の維心が素直に己の感想を言うのに、そう思っていた。

いつも派手な見た目だと面倒そうに言っていたが、実は維心は、炎嘉のこの姿を美しいと感じていたのだ。

《主とて大きな美しい龍になるぞ。》炎嘉は、言った。《やってみよ。なに、簡単なことよ。我が言うように、力を移動させて。》

炎嘉は、そう言って維心を促した。

維心は、言われるままに素直にウンウン唸って目を閉じていたが、そのうちに、スーッと浮き上がってあの、ブルーグレイの見慣れた姿に変貌した。

だが、やはり記憶の中の龍より格段に小さな、幼い龍身だった。

《そら、できたではないか。》炎嘉は言った。《それが龍身よ。主も美しい色であろう?》

しかし、維心は己の尻尾をあちこちさせながら、己の体を眺めていたが、言った。

《…小さいの。それに、主のように華やかではないし。》

華やかな方が良かったのか。

炎嘉は、維心が常派手なのを好まないので、自分の龍身をそんな風に思っているなど思いもしなかった。

だが言われてみれば、いつも維月には華やかな着物を好んで着せていた。維月には、重いと不評だったが、もしかしたら維心にも、華やかなものに憧れる心があったのかもしれない。

《大きさは、これからいくらでも育つし、主の歳にしたら大きい方ぞ。色は、我は落ち着いておってまた美しいと思うがの。》

維心は、それでも納得していないらしい。

うーんと唸ると、目を閉じて手をグッと握った。

何をするつもりよ。

炎嘉は、慌てて言った。

《こら、無理をするでない。そんなものだと申すに。》

だが、維心は首を振った。

《主らと世を守らねばならぬのに。このままでは、主が我を守らねばならぬようになる。こんな様では、維月も守れぬではないか。》

やっぱり維月は守りたいのか。

炎嘉は鳥のままあたふたして言った。

《だからまだ早いのだと申すに。世の事は我らがなんとかしておくゆえ、無理をするでない!我らを守ろうなどまだ良いから!》

こんな小さな維心に世を我らを守れとは乱暴な話だ。

炎嘉は、心底育つまで待とう、と思った。焦らせても、ろくな事にはならない。

だが、維心まだウンウン唸っている。

そうして居る間に、維心は光り輝いて、その光の中で形が見えなくなった。


維月と碧黎と蒼が、居間に残って話していると、ふと碧黎が顔を上げた。

蒼も、庭の方へと視線を向けて、言った。

「…結界の中だからオレにも見えるんだけど、維心様も龍身になったね。でもちいさいなあ。龍身になってもかわいいなんて、ほんと幼児期の維心様って罪作りだよなあ。」

碧黎は、じっと何か別の場所を見るように宙を見つめている。

維月も、月から見ようと視線を空へと上げると、途端に十六夜の声がした。

《おい!維心が光ってるぞ!》

「「ええ?!」」

維月と蒼が慌てて見ると、確かに維心は真っ白に光り輝いていて、炎嘉が慌てたようにその目の前で右往左往している。

「参る!」

碧黎がパッと消えた。

維月と蒼も、慌てて窓から外へと駆け出した。

急いで庭の炎嘉と維心の所へと駆け付けると、もう碧黎が居て、その様子を見ていた。

「維心?無理をするでないぞ、疲れてしばらく眠ったままになってしまうぞ。」

碧黎が声を掛けるが、維心から返答はない。

そうやって光り輝いていたかと思うと、維心はスルスルと人型に戻って、そうしてフッと光が消失してその体が地上へと落下した。

「おっと。」

蒼が、下で受け止めようと手を差し出したが、その前に碧黎が気で掴んで地上に激突しないようにと浮かせたので、結果的に衝撃はそれほどでもなかった。

なので、そっと芝の上に降ろす。

「維心様?」

蒼が声を掛けると、維心はう、と唸った。

維月は、慌てて駆け寄って、維心を見た。

「維心様、」と、びっくりした。維心が、また大きくなっている。「え…育ってる!」

維心は、寸足らずの着物のまま、難儀そうに身を起こして、自分の手足を見つめた。

そして、嬉し気に維月を見上げた。

「維月、育った!」と、まだ鳥のままの、炎嘉を見上げた。「炎嘉、どうであろうか?」

炎嘉は、スルスルと人型へと戻って芝の上へと降り立つと、ヒトで言うなら小学校高学年から中学生ぐらいの大きさになった、維心を見て息をついた。

「確かに育ったが、まだ子供ぞ。それに、あまり無理をして育つでない。体がどうにかなるのではないかと、肝を冷やしたではないか。あくまでも、順当にの。少しずつ慎重に大きくなるのだ。主は大事な身ぞ。主の肩に世の全てが掛かっておるのだから、無事に成人せねばならぬのだ。分かったの。」

維心は、素直に神妙な顔をして、頷いた。

「分かった。」と、維月を見て嬉しそうに言った。「維月、主と目線が合う!」

維月は、苦笑した。

「誠に。大きくおなりになりましたこと。でも、着物があまりにも小さいので、替えに参りましょう。さあ、こちらへ。」

維心は頷いて、炎嘉を見て屈託のない笑顔で笑った。

「炎嘉、またの!いろいろ教えて欲しいのだ。鳥は美しい。他の鳥も見てみたい。」

炎嘉は、こんな曇りのない笑顔の維心を見たのは初めてだと驚きながら、頷いた。

「ああ、また見せてやろうの。とはいえ、誠に無理はせぬでな。」

維心は笑ったまま頷いて、そうして維月と共に、笑って話しながら、宮へと歩いて行った。

その、一点の曇りもない様に、炎嘉はぽつりと言った。

「何ぞ…此度は、幸福に育っておるではないか。」

碧黎は、フッと笑って、言った。

「…まるで維心ではないような?」炎嘉が驚いて碧黎を見ると、碧黎は続けた。「そう、あれは維心であって維心ではないわ。維心が健康的に育っていたらああだった姿。だが、あれでは王は務まるまい…地上の王として、非情であった前世の記憶が無ければの。」

炎嘉は、それを聞いて怪訝な顔をしたが、ハッと何かに気付いて、言った。

「主…もしや、前前世のあれは、わざと?」

碧黎は、顔をしかめた。

「わざと不幸な生い立ちにしたと?いいや、それは違う。あれが、地上の王として力を持って生まれた結果、回りがああいった反応をしてああなっただけ。父親を殺した事で暗い気持ちを心に持ってしもうたのは計算外だった。だが、そのお蔭で維心には己の力でしっかり地上を治めねばという気概が生まれた。その上での、孤独な生であった。もし、あの時維心がこうして幸福に育っておったなら、後にやって来る殺戮の世に耐えられなんだであろう。ゆえ、あれで良かったのだと思うておる。あれには不幸であったが、あれはそれを不幸と感じる暇もなかったからの。今生、少しの間ああして幸福に育つのも、良いかと思う。何しろ、また維心としての記憶を戻して、あれは己が何者であったのかを悟るのだからの。」

炎嘉は、維月と共に去って行く維心の後ろ姿を見ながら、一時の幸福の中に居る、維心を思った。

あれは、幼少期はいつなり不幸だった。二度目に生まれた時も、やはり母は居らず、ああして側について育ててくれる存在は父王ぐらいだっただろう。何しろ、他は皆その気の強さに死んでしまうからだ。

今生、母は知らぬだろうが、それでも維月が母のように側に居る。自分を恐れることなどない命に囲まれ、孤独でもないだろう。

そんな生も、維心にあっても良いのではないだろうか。

「…帰るわ。」炎嘉は、言った。「早う楽がしたくて、あれには何としても早う戻ってもらおうと様子を見に参ったが、待つ。公明の懸念もなくなった今、維心が居らずとも、もはや乱れる事はないのやもしれぬ。だが、あれには戻って欲しい。それは、我の個人的な感想ぞ。それでもそれは世のためではなく、友として。またあれと話したい。いつかは成るのだから、待とう。」

炎嘉は言って、浮き上がった。

蒼が、慌てて言った。

「炎嘉様、お茶でも飲まれませんか?せっかく来られたのに、もう帰られるのですか。」

炎嘉は、苦笑した。

「やることが多くての。」と、到着口の方へ足を向けた。「軍神達を連れて戻るわ。ではの。」

炎嘉はそう言うと、スーッと飛んで行った。

碧黎は、しかし維心のあの様子だと、そう待つ必要もないような気がして来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ