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成長

維心は、月の宮の維心の対で、維月に世話をされて育っていた。

幼児の姿の維心はそれはそれは愛らしく、それでも月の眷属以外はその大きな気に恐れをなして、近寄れずに居た。

それでも維心は、孤独ではなかった。

側にはいつも母のような維月が居たし、蒼も十六夜も、碧黎も天黎も天媛も、海青も将維も葉月も維黎も、そして維織も時に話し相手や遊び相手になってくれたからだ。

そんなわけで、月の眷族オールスターズに愛されて、維心は前世とは全く違う賑やかな幼児期をそこで過ごしていた。

今日は、碧黎が訪ねて来て維心を連れて庭へと出た。

維心は、子供好きな碧黎にもとても懐いているので、碧黎に抱かれて庭へと出ると、見た事もない屈託のない笑顔を碧黎に向けた。

「碧黎、我は、昨日あちらで維月と滝を見ての。鳥が来ておった。維月が、あれはサギと申すのだと。」

格段にハッキリとした口調になった維心が指を差して言うのに、碧黎は微笑んで答えた。

「おお、あそこにはいつも参るのだ。本日も見たいか?」

維心は、こっくりと頷いた。

「見たい。鳥、というもの、維月は神にも鳥が居るのだと申しておった。」

碧黎は、維心を抱いたままそちらへと飛び、言った。

「そう。主は鳥の神と会うてみたいと思うか?」

維心は、それには目を丸くして何度も頷いた。

「会うてみたい!ここに居るのか?」

碧黎は、愛らしい上に素直な維心に、ハッハと笑った。

「ここには居らぬが、そうであるな、燐が鷲であったか。鳥とは同族で分化した種族ぞ。分化とは分かるか?」

維心は、小首を傾げた。

「…恐らく、分かれたということか…?」

少し眉を寄せているのがまた可愛らしい。碧黎は、大したものよとその頭を撫でた。

「その通りよ。主は賢しいの。では、燐に頼んで姿を見せてもらうか。あれなら金色に近い珍しい鷲の姿であろう。見てみたいであろう?」

維心は、頷いたが少し、困ったような顔をした。

「だが…燐が否なら、無理にとは言わぬ。」

気遣いまで覚えて来たか。

碧黎は、環境とは誠に成長に影響するのだと思った。

維心は、大体が幼い頃父王と筆頭軍神や筆頭重臣が育てられて前世は育っていて、同じ立場の神など居なかったので、回りとの協調がとても難しい方だった。

それが、今生こんな感じで回りを同じような力の命に囲まれて、維月に愛されて育つうちに、相手の都合や心地を考えることがこんな幼いうちからできるようになっているのだ。

碧黎は、頷いた。

「そうであるな。では、燐に問うてから…」と、ふと、空を見上げた。「…いや、その必要がなくなったやもしれぬ。」

維心は、碧黎が見つめる空を同じように見上げた。

「なんぞ?」

碧黎は、クックと笑って宮へと足を向けた。

「客が来たのよ。恐らく維月に会いに参ったであろう、王の一人。」

維心は、維月に会いに来た、と聞いて、スッと眉を寄せた。

「帰る。碧黎、己で帰るから、我は大丈夫ぞ。」

碧黎は、苦笑しながら歩き出した。

「我が連れ出したのに、一人で帰したら維月が怒るわ。さあ、まずは蒼に挨拶をするであろうから、まだ主の対までは来ぬ。共に帰ろう。」

維心は頷いたが、幼いながら真顔になっていて、どうやら維月が襲われたらとか思っているらしい。

この月の宮の結界の中で、そんなことが起こるはずなど無いのだが、そこがまだ子供で、そしてそこがまた、前世の維心を思わせて、碧黎は内心笑うしかなかった。

維心にしたら、維月を守らねばと必死なのだろう。

碧黎は、維心の一生懸命な横顔を見ながら、本当に愛らしい顔をしておるなあと思い、性質まで愛らしいので、手放せなくて困ってしまうなと自嘲気味に笑ったのだった。


碧黎が維心を抱いて維心の対へと入って行くと、維月が驚いたように振り返った。

「あら?お父様、何かお忘れ物でも?」

碧黎は、維心を床へと降ろした。

「いや、これが帰ると申して。」

「維月!」

維心は、タタタと走って来て、維月の膝に取り付いた。維月は、そんな維心を抱き上げて、言った。

「まあどうしたのですか、維心様?お父様と奥の池に参ると喜んで出ていらしたのに。」

維心は、維月を抱きしめて、言った。

「我が、維月を守らねば。維月に会いに神が来たと碧黎が申すから。」

維月が、眉を上げて碧黎を見ると、碧黎は頷いた。

「どうやら炎嘉が来たようよ。今、蒼に挨拶しておるから、あれならこちらへ来るだろう。目的は、そうであろうからな。」

維月は、確かに、と維心を見た。

きっと、炎嘉が維心がここに居て育っていると聞いて、見に来たのだろう。

維月は、維心に言った。

「維心様、炎嘉様とは鳥族の王であられて、龍とは友でありますの。ですから、そんな悪い事をなさるかたではありませぬから。そのように、警戒する必要はないのですわ。それより、お会いしてご挨拶しなければなりませんわね。」

維心は、維月を真ん丸の瞳で見上げて、言った。

「龍と鳥は友なのか?」

維月は、微笑んでその頭を撫でて、頷いた。

「そうですわ。いつも、お互いに困った時には助け合って参りましたの。きっと、炎嘉様は私にではなく、もしかしたら維心様とお会いになるためにお越しになられたのかもしれませんわね。」

維心は、それを聞いてハッとした顔をして、着物を見た。

「ならば、着物はこれで良いか?主は、いつも着替えねばと申すが。」

維月は、苦笑した。

「よろしいですよ。お外に行くのに着ていらした物ですし。そのままで大丈夫ですわ。ここで、炎嘉様をお待ち致しましょうね。」

維心は、素直にコクンと頷いた。

「分かった。」

本当に手の掛からないお子だこと。

維月は、そう思って維心を見た。

こちらの言う事はよく聞くしすぐに理解して、分からない事は素直に聞く。躾けた事を違えたことも無いし、本当に育てるのが楽な子供だった。

碧黎が脇の椅子に座り、維月は正面の椅子に維心を横に座ると、思った通り、扉の向こうから蒼の声がした。

「維月?炎嘉様が来たよ。」

維月は、扉越しに声を掛けた。

「お通しして。」

扉が開くと、そこには蒼と、炎嘉が立っていた。


炎嘉は、維心が育って来ていると聞いて、まだ一年にもならぬのに無理をしているのでは、と心配になった。

宮は炎月と炎耀が慣れてきて回せるようになって来ていたので、一時離れて、月の宮に居るという、維心を訪ねてやって来たのだ。

神世は、問題なく回っている。

何しろ維心が死んだなど誰も知らないし、表向き維心と炎嘉が喧嘩をして長くいがみ合っているといっても、目立って争う姿勢ではないので、緊張感はない。

十六夜が、維心に扮して会合に出てくれているのも助かっていた。いがみ合っていても、会合には並んで出ているのだから、そこまでではない、という空気になるからだ。

まあ、今の神世で龍や鳥を相手取って己が天下をなど誰も考えないので、特に問題もなく安全ではあるが、あとどれぐらいこんな風なのかは、知っておきたいと思った。

蒼に会って挨拶をすると、維心の様子を教えてくれた。

まだ、前世の記憶には心がついて行かないので、戻せないと碧黎達が言うらしい。

なので、維心はまだ、何も知らないままここに居るのだ。

…ならば、本神は何も焦ってはおらぬか。

炎嘉はホッとしたものの、それはそれで困った。

できたら維心には、早く戻って欲しかったからだ。

維心は、それと知らずにこの月の宮に設けられた、己の対に入っているのだという。

炎嘉は、蒼に案内されてそちらへ向かった。

「維月?炎嘉様が来たよ。」

蒼が声を掛けると、中から維月の声が答えた。

「お通しして。」

扉が開かれると、脇に碧黎が座り、正面の椅子には、維月とその横に、それはそれは愛らしい、紛れもなく維心が、ちょこんと座ってこちらを緊張気味に見ていた。

「維心様を案じて来られたみたいだ。庭に出てると思ったのに、戻ってたんだね。」

蒼が言うと、維月は答えた。

「ええ。」と、脇の維心を見た。「維心様、こちらが鳥族の王であられる、炎嘉様であられますわ。」

炎嘉は、言った。

「我が鳥族の王、炎嘉ぞ。」

維心は、小さいのに軽く会釈した。

「我が、龍族の王、維心ぞ。」

炎嘉は、驚いて維月を見る。維月は、答えた。

「そのようにお教えしておりまする。誠の事でありまするし。」

確かにそうなのだが。

炎嘉は、こんなに小さな維心が、己が王だと言うのに躊躇った。

炎嘉は、促されて蒼と共に維月達の対面の椅子に座り、言った。

「それにしてもまだ一年にもならぬのに。もうその大きさ…中身もそれか。」

維月は、頷いた。

「はい。お知らせ致しました通り、天黎様に術を掛けて頂いておりますので、心の成長に合わせて体もお育ちになるらしく。これが百年ほどの大きさになるまで、こちらでお育てをと。」

それから記憶を戻すのだな。

炎嘉は思いながら、維心を見た。

それにしても、愛らしい。

炎嘉は、驚いていた。

維心の子供の頃の姿は見たことがなかったが、誠になんとしてでも育てねばと思わせる愛らしさだ。

そこに、どうしても生き延びて育っていかねばならぬと取り決められた命の重さを感じて、炎嘉は維心が不憫になった。

いつも、不必要に美しい姿に生まれよってと思っていたが、違う。

必要だから維心はあの、美しい姿だったのだ。

「…誠に愛らしい子供。」炎嘉は、言った。「仮に親が打ち捨てたとしても、誰かが必ず育てようの。」

碧黎は、その言葉の意味を悟って、頷いた。

「誠にの。これがこんな風なので、皆が皆育てたがるが、なかなかに気が大きいゆえ、近付けぬで歯がゆいようよ。」

維心は、じっと炎嘉を見ていたが、言った。

「炎嘉、主は鳥か?」

炎嘉は、幼い維心がいきなり言うのに目を丸くした。

「まあ…だからこそ鳥族の王であるからの。」

維心は、身を乗り出した。

「ならば、鳥の姿になって欲しい。我は、神の鳥を見たことがなくて、見たいと思うておったのだ。」

炎嘉が呆然とするのに、維月が慌てて言った。

「まあ維心様、いきなりに失礼ですわ。昨日サギを見て鳥にご興味がおありなのは知っておりますが、王でいらっしゃるのですよ。」

維心は、ハッとした顔をして、途端にしょんぼりとした。

「…すまぬ。炎嘉には、何を頼んでも良いような気がして。」

前世の記憶からか。

維月が慰めようと頭を撫でると、炎嘉はしばらく呆然としていたが、ハッハと笑った。

「おお、おおそうであるな。主は我には何を頼んでも良いわ。そういう仲であるからの。」と、手を差し出した。「参れ。ここでは狭すぎて鳥にはなれぬのよ。庭へ参ろう。見せてやろうぞ。」

維心は、パアッと明るい顔になって、炎嘉を見た。

「誠に?」と、嬉々として炎嘉の方へとぴょんぴょんと跳ねるように向かった。「ならば庭へ!」

自分の膝にくっつく維心に、炎嘉は誠になんと愛らしいのだと悶絶しそうだったが、何も言わずに立ち上がって抱き上げた。

「庭へ参る。子守りは我が引き受けるゆえ、主らはしばらく休むが良いぞ。」

維月は、心配そうに炎嘉を見上げた。

「申し訳ありませぬ。あの、何分まだお子様でいらっしゃるので…失礼なこともあるやもしれませぬが。」

何しろ維心は、前世の記憶で炎嘉になら結構な我が儘も言うような気がするからだ。

炎嘉は、笑いながら言った。

「分かっておるわ。案じるでない。」

炎嘉は、どこか嬉しそうだ。

そうして、維心は炎嘉に抱かれて、庭へと向かって言ったのだった。

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