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理不尽

夕貴は、匡儀からたくさんの荷を持たされて、青龍の宮へとやって来た。

その時、維月は維心そのものに化けた十六夜の横で座り、居間で夕貴と対面し、十六夜は予め維明から死ぬほど練習させられた、文言を一言一句間違えずにしっかりと話し、維月でもそれは、維心にしか見えないほどの完成度だった。

何しろ、維月も十六夜も、ヒトや神の動きを見たそのまま模倣するのに長けていて、十六夜に至っては前世今生とずっと見て来た維心だったので、問題なく維心を演じることが出来たのだ。

夕貴は、全く十六夜が化けた維心に違和感を感じる事もなく、無事に維明の対へと入った。

こちらがもめているという事で、本当なら匡儀も一緒に挨拶ぐらいには来たかったようだったが、遠慮してくれたようだ。

弓維からの文で読んだところによると、ごたごたしていてただでさえ面倒な時に、わざわざ宮に迎え入れてくれたとあちらでは思っているようだった。

そうして、夕貴は問題なく毎日を過ごしていたのだが、維月としては、このままにはしておけなかった。

ギリギリまでは何とか夕貴が生き残る術を探すつもりではあったが、それでもその危険性を、維斗に話しておかねばならなかったのだ。

気が重いことだったが、維明は王の居間へとやって来て、そうしてそこへ、維斗を呼んだ。

維斗は、最近では落ち着いた様子で、やはり妃を迎えると違うな、と皆が思っていた。

そんな維斗が、穏やかに入って来たのだが、維明と維月と十六夜が、険しい顔をして待っていたのに、驚いた顔をした。

「…兄上?また何か問題が。」

維明は、頷いて傍の椅子を示した。

「言わねばならぬことがある。座るが良い。」

維斗は、俄かに胸騒ぎを感じながらも、言われた通りに座った。

それを見てから、気遣わし気に袖で口元を押えてこちらを見ている維月を横に、維明が言った。

「…実は、主に申しておかねばならぬことがあるのだ。少し前に分かった事なのであるが、主の子の事ぞ。」

維斗は、眉を跳ね上げた。

「我の子が、何か?」

腹の中に居ても、大きな気を感じる子だった。恐らくは、龍王の血筋であって、自分から父の血が繋がった証拠だと、維斗も誇らしく思っていたのだ。

維明は、頷いた。

「夕貴の腹に居る今でさえ、大きな気だと分かる様よな。実は…詳しい事は省くが、あれは父上、維心なのだ。」

維斗は、目を丸くした。

あの、夕貴の腹に居るのが、父上だと言うのか。

「ですが…我があちらへ通ったのは、父上が亡くなった夜のこと。それから父上が黄泉へと渡ったのは、更に後だったのでは。」

維月が、言った。

「維斗、あなたには話しておらなんだのですが、命とは器が出来て、後から入るものなのです。どんな器も、最初から命が入っておるわけではありませぬ。出て行く事すらあるのです。つまりは、父上は亡くなってすぐに、あなたの子として転生するために、その器を選んで入られたの。」

維斗は、ただただ驚いて言葉が出なかった。

では、あの腹の子は、父上なのだ。

「では…父上が戻られるのですね。」

維斗が何とか言うと、維明は、頷いた。

「その通りよ。神世の皆がそれを待ちわびておる。とはいえ、すぐには記憶を戻されぬであろうが、天黎や碧黎が手を貸すであろうし、すぐに今の不自由な生活はなくなろう。父上には、生きて神世を治めてもらわねばならぬのよ。」

維斗は、しかし赤子を待ちわびている、夕貴を想った。その様子では、父上を育てることになる。だが、恐らく母上が、父上を育てるという事になるのでは…。

「…では、赤子は母上がお育てするという事に?」

維月は、悲し気な顔で頷いた。

「そのつもりよ。それと申すのも、父上がこちらに居らぬと誰にも知られるわけには行かぬから。突然に記憶を戻して、夕貴殿では驚くでしょうし、戸惑うでしょう。でも…母親であるのに、吾子を取り上げられるなど、残酷な事だとは思うておりまする。」

維斗は、下を向いた。

だが、仕方がないの事なのだ。父上には、どうしても戻って頂かなくてはならない。今の神世を見て、どれだけ父が全てを見て采配していたのか知ったのだ。それがたった一人で出来る神が、ここには居ない。

神世の平穏のためには、戻ってもらうしかない…。

維斗が、何とか自分を納得させようとしていた時、維明が言った。

「それだけではないのだ。」維斗が、そちらを見ると、維明は続けた。「父上は、生まれ出る時五代龍王の時も、七代の時も、共に母を出産で亡くしておる。この意味を、主に理解出来るか。」

維斗は、ハッとした。

そうだ…父上には、常に母親が居なかった。

侍女や侍従も、あまりに大きな気で傍に寄ることも出来ずに、幼い頃育てたのは、軍神筆頭と重臣筆頭、それに父王であったのだと。

つまり、夕貴は…?

「…そんな」維斗は、小刻みに震えながら言った。「夕貴は、死ぬという事ですか…?父上をお産みして?!」

維月が、困ったように維明を見る。

維明は、重々しく頷いた。

「その可能性が高い。我も、母上も碧黎も十六夜も、力を尽くそうと思うておる。だが、元々父上は特殊な命で、一つの命を犠牲にせねば、地上に出現できぬほどの力があるのだとか。だからこそ、地上を広く治めて行ける能力を持っておるのだ。此度は、知っておるから我らが何とか気を補充する。だが…どこまで出来るか分からぬのだ。ゆえ、それを主に知らせておかねばと、こうして呼んだのだ。」

維斗は、あまりにも理不尽な事に、答える言葉が見つからなかった。

いくら、父が優秀な命だといっても、夕貴が犠牲になるなんて。そこまでして、神世に戻って来なければならない命だと言うのか。

だが、維斗には分かっていた。

今、上位の神の王達が、必死に父が死んでいる事実を隠して自分達でこれまで、父がやっていた事を持ち回って振り分けて頑張っているのも、全ては父が戻ると信じているから。

父は、その期待に応えるべく、すぐに黄泉から戻って、自分の血筋の、維斗の子として生まれようとそこへ宿った。

だが、夕貴は維斗が娶ったばかりに、死ぬ未来を知らぬで決められてしまったのだ。

「維斗、まだ決まったわけじゃねぇ。そりゃ、危険なのは危険だが、今腹から出しちまおうにも、もう維心の気は大きく育ってるし、自分が殺されると思ったら、真っ先に食らうのは母親の気だぞ。どちらにしろ、もう間に合わねぇ。このまま出産して、オレ達月と地が何とか気を補充して、留められるように努める。だけど、もしかしたらがあるから、先に言っておこうってお前をここへ呼んだんでぇ。」

確かに、何も言われずにいきなりその時が来たら、維斗は混乱しただろう。

父は、生まれ出るその時に、母親の気を食らい尽くしてしまうのだという。

何しろ、腹に居る時は母の気では足りない状態で、何とか体を育てているので、実は胎児の維心は常、空腹に耐えねばならないのだ。

外へ出て、何とか生きようと一気に気を補充するので、傍に居る母親や、治癒の者達が犠牲になる事もあったらしい。

つまりは、それを防ぐために、十六夜と維月、それに維明と碧黎が、何とか気を補充しようと言うのだ。

希望はある…だが、常に母親を殺してしまっていた、加減を知らない赤子の維心が、どんな力でそれを行なうのか分からない以上、楽観的には見られなかった。

維明は、続けた。

「…それから、夕貴には気の毒な事であるが、仮に母上たちの処置が間に合って生き残ったとしても、赤子は死んだと知らせるつもりぞ。何度も申すが、あれは父上。主らの間の子であって、そうではないのだ。主にはそれを、分かってもらわねばならぬ。」

維斗は、確かにそうなるだろうと理解は出来たが、感情がついて行かなかった。

毎日、赤子が生まれるのを楽しみにして、名をどうしようと言っている夕貴に、何も言えないまま、その時を迎えて、例え生き残っても、赤子は死んだと言われるなど。

維月は、下を向いて黙っている。

弓維が、死産で傷ついてしばらく里で沈んでいた時があったので、それを知っているからだろう。

夕貴も、きっと同じように悲しむのだ。

維斗は、一気にいろいろな事を飲めと言われて、とてもではないが心がついて行かなかった。

父上の事は、お慕いしていた。神世のためにも、戻って頂きたいと思う。だが、どうして夕貴なのだろう。すぐに入れる器が、夕貴の中に生じていたからなのか。つまりは、自分が短慮にあちらで婚姻などして、子など成してしまったから、夕貴は死の危険に晒されるような事になり、せっかく生んだ子を、取り上げられてしまうというのか…。

維斗は、どうしてこれまで謹厳に生きて来たのに、ここに来てあんなことをしてしまったのだろうと、心底後悔していたのだった。

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