二日目と
残された王達は、維心の控えの居間へと全員寝起きの着物のまま集まって、膝突き合わせて話し合った。
今、この瞬間維心は死んでいる。
もちろん、このままにするつもりはない。何としても、維心には戻ってもらわなければ、神世をここに居る人数で何とかして行かねばならない。
維明が同じぐらいの力を持っているし、龍王として遜色ないが、何しろ維心ほど膨大な記憶があるわけではないので、同じように治められるとは限らない。
炎嘉が、言った。
「碧黎はああ言うておったが、もしもの時は天黎に我の命を懸けても維心を取り戻さねばと思うておる。何しろ…翠明が、こうして婚儀を開いたのは、何も綾のためだけではないのは知っておろう。」
それを聞いて、志心が視線を落とした。
「…公明よな。」
炎嘉は、頷いた。
「あれが育って、翠明と同じだけの気を持つようになっておる。今では、見た目も同じで翠明と並んでも遜色ない。あれは紫翠とは友であって気安いが、最近ではそういった交流もなくなって来ておる。会合でも姿を見ない。少し、案じる状況よな。」
志心は、ため息をついた。
「あれは、幼い頃から世話しておったのに。まさかあのようになるとは思わずで。やはり公青の息子だけあって、同じだけの気に育って気持ちが大きくなっておるのだろうか。こちらから、なぜに会合に来ないのだと問い合わせても、なしのつぶてであることがほとんどよ。困ったことになるやもしれぬ。」
炎嘉は、頷く。
「維心も、それでも今のところ静かであるから放って置けと言うておった。義心にも調べさせておったが、特におかしな動きは気取れなかったらしいからの。いくら何でも同じ島に住んでおる者同士、今回の婚儀には来るかと思うたが、やはり来なかった。案じられることぞ。」
箔炎が、険しい顔をした。
「こんな時に、維心が死んだなどという事が漏れてしもたら、神世がどう動くのか分からぬ。何かを企んでおったなら、間違いなく代替わりのごたごたに付け入って参るだろう。維明ならやるだろうが、それでも僅かな隙が出来るもの。維心には何が何でも戻ってもらわねばならぬが、それが敵わぬならしばらく隠すよりない。」
蒼が悲壮な顔で箔炎を見た。
「ですが箔炎様、この年末に。来月には正月がありますのに、挨拶はどうするのですか。節分も…維心様が出て来られないと、怪しむ者もいるかと思うですが。」
焔が、脇から言う。
「そんなもの、あやつはそもそもが気が向かねば出て来ぬ王であったのだから、全部機嫌が悪いで済ませたら良いのよ。維明が居るのだから、似たようなもの。あれに代わりをさせて、しばらくやり過ごすのだ。それしかない。」
駿が、いきなりの事にまだ考えがまとまらず、混乱した顔で言った。
「つまり…我らは何事もなかったようにあと二日ここに?…初日に出るのは義務であるが、二日目は帰っても支障なかろう。我は、主らのように平気な顔はできぬやもしれぬ。帰る方が良かろう。」
「それを申されるなら我も。」樹伊が、言った。「この中で一番若く何も知らぬ王であるのに。」
そんな二人に、炎嘉はパン!と鋭く膝を叩いた。
「しっかりせぬか!」二人がビクッと肩を震わせると、炎嘉は続けた。「あれが居らぬ間、何としても神世を回さねばならぬのだ!あれが独りでやっておったことを、我ら皆でやるのだ。世を見張って、全てを抑えねば。戦にしたくはないであろう。弱い宮から順に消えるぞ。神世が平穏なのはあれが睨んでおったから。居らぬ今、それを我らが担う事で太平の世を守るのだ。己の宮を失って良いなら、帰るが良い。逃げても世の乱れは収まらぬぞ。」
戦国を生き抜いて平定した炎嘉の言葉は、皆の心に刺さった。
昔は、そうだった。それを抑えて皆殺しにしてまで平定したのは、維心なのだ。
「…覚悟を決めたところで、翠明にも話さねばならぬな。」焔は、言った。「祝いの時に水を差すが、仕方がない。それでもなんとかあと二日ぐらい、何なりできる。炎嘉、維心は主と言い争って機嫌を損ねて帰った事にせよ。主なら皆、あれと友なのを知っておるから怪しまぬ。」
炎嘉は、頷いた。
「ではそれで。翠明に、時をくれと伝言を。折り入って、言わねばならぬことがあると。」
志心が、頷いた。
「ならば我の控えに。主らも着替えて、参れ。」
そうして、それぞれは維心の復活を信じて、不在の間の動きを話し合うために、控えに戻って着替え、備えたのだった。
維心は、自分の門の前に立っていた。
思えば寝入り際、何か体の不調を感じて目を開こうとしたが、体が思うように動かない。
自分の身の内を探ると、著しく気を失っている事実に気が付いた。
…何事…維月は…?!
維心は無理やりに目を開いて隣りの維月を見た。
維月は眠っていたが、気を消失しながらもすぐに補充されるので問題なく寝ているようだった。
…しかし、まるでザルよ…間に合わぬ…!
維心は、必死に補充速度を上げた。
しかし、消失する勢いが強すぎてとても間に合いそうになかった。
ふと、脇の龍王刀が気になった。
どうも、そちらへ向けて気が流れているようだった。
…もしかして、また石の…?
維月に気付いてもらわねばならない。
だが、維月自身も気を失っているので、月から激しく気が降りて来て、持ち直そうとしているところなので、目を覚ませないようだった。
…維月…。
維心は、覚悟した。
恐らく、自分は死ぬ。
そして、この時間では誰も気付くことなく、朝になって誰かが気付いた時にはもう、器は役に立たなくなっているだろう。
維明が黄泉返りしようにも、直後から器を保っている必要があり、数時間放置された後では恐らく、何かしらの弊害が出てこれまで通りとは行かないだろう。
…維月、すぐに戻るゆえ。
維心は、遠くなって来る意識の端で、そう維月に語りかけた。
…指輪だけは持って行く。
最後にそう思ったところで、維心の意識は途切れた。
そうして、気が付いた時には、やはり見慣れた黄泉の道を歩いていたのだった。
それから数時間、門の前にたどり着いたが、門の中からは洪や兆加が若い姿で心配そうにこちらを見ていた。
『王。思いも掛けず突然に王の門が開いたと聞き、急ぎ参りましたが何としたこと。まだまだ、王がお越しになるには早うございます。』
洪が言うのに、維心は答えた。
「どうやら今、地の修行をしておる将維がしくじったようよ。石に気を乱されて消失し、抗えなんだ。維明が来ても、恐らく帰る事は叶うまい。維月も気を喪失して、気を失うように寝ておったし、間に合わぬ。」
兆加が、絶望した顔をした。
『そのような…ならばあの、大きな気の存在のせいでありましょう。まだ未熟であられる将維様に、そのような難しい事をさせるなど。』
言われてみたらそうなのだが、もうどうしようもない。
自分の器は使い物にならないだろうし、代わりの器などあちらにはないのだ。
「…一度死んで、また転生するよりないやも知れぬな。我は完全でなければならぬ。どこか欠けた王では、龍達を守りきる事は出来まい。」
するとそこへ、見慣れた姿が現れた。
「維心?何をしておる、主はまだ死ねぬはず。」
維心が見上げると、そこには駿の父の観が浮いていた。
「観か。あの幼女趣味の煽は?」
観は、苦笑して地に降り立った。
「さては主であるな?言いふらしておるのは。あれは今休憩中ぞ。その間だけ、我が代わる事になっておるのだが、覚えのある大きな気が現れたのでまさかと来てみたのだ。煽は心労が強くてのう…何しろ、会う神会う神に幼女趣味だと言われ続けて、病みそうなのだ。とはいえ、やった事は確かであるからしようがない。相手の女神はもう転生したし、これ以上はと我もそれには触れぬようにしておる。皆にもそのように。」
それでも、皆に知れ渡っているのだからつらいだろう。
維心は、頷いた。
「会う事があっても言わぬでおこうぞ。それより、我は恐らく帰れぬのだ。一応、誰かがこちらへ来るたろうから、それを待って話し合ってからあちらへ渡ろうとは思うが、」
維心がそう言った時、目の前に碧黎が、何の前触れもなく現れた。
「維心。主は状況を分かっておるのだな。」
維心は、もはや驚く事もなく頷いた。
「間にあわなんだであろう?維月も気を失っておったからの。あれが回復して隣りの我が死んでおるのを見た時、どれほどに心を痛めるかと案じておったのだ。」
碧黎は、深刻な顔で頷いた。
「その通りよ。己のせいだと泣きわめいておって、十六夜がなだめておる。今、維明がこちらへ向かっておるゆえ、もう参るであろう。」
維心は、またこのまましばらく会えないのか、と思うと胸を掴まれる心地がした。
すぐに転生して会えても、恐らく自分は最初、維月を覚えていないだろう。記憶を取り戻すのは、育ってからになると思われる。また、この指輪に術を掛けて行くつもりではあるが、それでもそに気付くのが、恐らく育ってからになるだろうと思われるからだ。
将維を見ても分かるように、赤子で記憶を戻してしまったら、かなり精神的に苦しい事になる。
力の全てを体型の維持に使う必要が出て来て、気が満ちるまでは臣下を守ることすら大変だろう。
それでも、記憶が無くなるのだから自分は平気だろうが、その間に維月が誰かと婚姻とかなっていたらと思うと、記憶が戻った時の自分の苦しみが胸に迫ってつらかった。
「父上ー!」
ふと、遠く維明の声が聴こえた。
維明が、維月と十六夜を連れて、こちらへ走って来るところだった。
「おお、維月!」
維心は、そちらへ足を踏み出した。
維月が、十六夜の腕を離れて維心に抱き着いて、抱きしめた。




