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維月が控えの間へと入って行くと、もう維心はそこの居間で、座って維月を待っていた。

慌てて頭を下げた維月は、言った。

「お待たせして申し訳ありませぬ。戻っておるようにと申されましたのに。」

維心は苦笑して、首を振った。

「良い。我も今戻ったところよ。して?話が弾んだようであるの。」

維月は、頷いて維心の手を取り、横へと座った。

そして、維心にぴったりくっつくと、言った。

「維心様…私は幸せでありますわ。」

維心は、維月の肩を抱いて、問うように眉を上げた。

「なんぞ?急に。何かあったか。」

維月は、頷いて綾から聞いた事を話した。

維心は、記憶が戻ったのは聞いていたが、綾の詳しい事は知らなかったので、言った。

「…そうか。煽がの。あれはあちらに行っても己の罪に気付いておらなんだのだの。不幸にした妃を訪ねて参るなど…誠に会った事は、黄泉の道で一度であるが、困ったやつよ。」

維月は、頷いた。

「はい。維心様には、綾様がお戻りだと信じてくださいますの?」

維心が、あまりに驚く様子もなく、あっさりと認めたようなことを言うので、不思議に思っているらしい。

維心は、答えた。

「翠明がの。我らを応接間に移動させて話してくれたのだ。ただ、綾は主にだけ言いたいようであったから、もしかしたら機が無くて言えておらぬやもしれぬと聞いておったし、ならば我からは言わずでおこうと思うておったまで。だが、主がこうして我に話してくれたゆえ、話せたのだなと思うたのだ。」

維月は、翠明が皆に話したのだとそれで知った。

だが、では椿はどうなのだろう。

「…では、箔炎様もご存知ということに?」

維心は、維月の考えを知って、頷いた。

「箔炎は言わぬと思うぞ。我と翠明が話しておるのを聞いておったし、翠明が主にだけ言いたいと綾が言っていたと申しておったから。」

維月は、前世の娘なのに、と少し戸惑った。

綾は、椿には言わないつもりなのだろうか。

確かに、前世の記憶があると、今生を生きているのに前世の関係性が面倒な事になり、ややこしい事もある。

もしかしたら、それで綾は椿には、言わずで居ようと思っているのかもしれない。

なので、維月も黙っていようと、維心に頷いた。

「では、綾様のお気持ちを汲んで、私からは何も申しませんわ。綾様とは、これまで通りに友として付き合って参るので、何も問題もありませぬし。」

維心は頷いて、気になっていたので言った。

「ところで…なぜに主は幸せであると?綾がまた友として戻って参ったからか?それを、主にだけ打ち明けてくれたと。」

維月は、フフと笑って首を振った。

「いいえ。確かにそれだけ信頼してくださってと、とても嬉しかったのですけれど、私が幸せだと思うたのは、維心様と常、共であって、黄泉でもこちらでも守ってくださるからですわ。綾様は、あちらへ参ってから煽様が訪ねていらして腹が立ったと仰っておりましたけれど、それがもし私でありましたら維心様の所へ逆に押し掛けておったでしょうから。死して尚訪ねたいほど慕わしい夫であるのが、幸せであるなと。」

維心は、驚いた顔をしたが、微笑んだ。

「…そうか。もし、我が先に逝っておったら、主が来ると知って迎えに参っておるわ。押し掛けて来る事など無い。なので、案じるでない。」

維月は、そう言って微笑む維心に、眉を寄せてその襟を掴んで、言った。

「まあ。先に逝かれるなどあってはなりませぬ。私も一緒にと決めておるのに…維心様が逝ってしまわれたら、私は地上で生きるのがつら過ぎて何もできなくなりますわ。約してくださったではありませぬか。」

維心は、苦笑して維月の頭を撫でながら、息をついた。

「確かに共にと決めておる。だが、主は今月と地の陰を担っておって、代わりを育てねばとてもではないがあちらへ参れぬだろう。前世とは違う。もし、我が何かで命を落とすようなことがあったら、すぐには追っては来れまい。碧黎も、主を追って来るとか言うておるぐらいであるし、地上が主らが居らぬで大丈夫なほど整うのには時が掛かる。しばらくは、我慢せねばならぬようになるやもの。」

維月は、そんな事があってはと、背筋が寒くなった。

「そのような…少しでも離れておるなどできませぬ。」

維心は、維月を抱きしめた。

「我とて同じ思いぞ。だが、世のためを思うとそうなろう。だが、万が一そんな事になったとしても、我は再びすぐに地上へ出て参る。次も、しっかりと記憶を持っての。ゆえ、案じるでない。まあ、育つまで待たせることになるがの。」

維月は、そんなことになったらと一気に恐怖が心に迫って来て体が震えて来たが、気丈に言った。

「では…私がお育てを。何としても、不幸な事になどならぬように。そんな事は…絶対に起こりませぬけれど。」

維心は、震える維月を抱き上げて、立ち上がった。

「案じるでない。今は戦も起こるような様子は無いし、皆、こうして婚儀に集まっておられるほどぞ。地上の王として、碧黎も我を時に見てくれておるし、簡単には命を落とすことがない。大丈夫よ。」

維月は頷いて、維心の首にしっかりと抱き着いた。

維心は、そんな維月を愛おしそうに抱きしめて、そうして正装のまま、寝室へと入って行ったのだった。


次の日の朝、炎嘉は侍女が持って来た水桶から顔を洗い、着物を着換えて伸びをしながら歩いて出て来た。

昨夜は、酒も飲んでいたしあのまま焔達と、この南西の宮の広い湯殿へと向かい、着物を換えてごてごてしか飾りを外し、とりあえずスッキリとして、控えの間でぐっすりと休んだ。

お蔭で、朝は機嫌良く居間へと出て来たのだが、生憎まだ夜が明けようとしている時間で、誰も起き出していないようだった。

それどころか、宴が開かれている大広間の方では、夜を徹して飲んでいたらしい王達が、ぞろぞろと引き揚げて行くのが感じられる始末だった。

…まあ、婚儀ならではよの。

炎嘉は、そう思ってそれを探っていた。

三日も続く婚儀の宴なので、皆大広間に出たり入ったり、主役はいつ顔を出すのかも分からない中で、皆好き勝手に飲んで祝い続けるのだ。

炎嘉が、今日は何時に大広間へ出るか、それともここへ誰か呼んで話してから、あちらへ移動するかと考えていると、侍女が入って来て頭を下げた。

「王。お着替えをなさいますか。」

言いながらも、その手には平たい厨子が捧げ持たれていて、上には着物と帯、それに装飾品が乗っている。

炎嘉は、あからさまに嫌な顔をした。

「また。着替えはするが、その仰々しい飾りは要らぬわ。冠など、翠明だけで良いではないか。」

しかし、侍女が困ったように言った。

「ですが王、皆様公式の宴でこのような設えの御衣裳でいらっしゃいます。我が王だけ、何も無しでは貧相に見えてはいけませぬから。」

炎嘉は、言われてみたら、維心だって昨日はゴテゴテと冠やら頸飾(けいしょく)やら派手な方の龍王刀やらと山ほど飾り付けられていて、重そうだったが確かに豪華で、あんなにゴテゴテなのに品よく立っていてそれは荘厳に見えた。

確かにあの隣りに立つのに、自分が貧相では神世に示しがつかないだろう。

炎嘉は、仕方なくため息をついて、言った。

「…わかった。だが、先に着物ぞ。出る前に装飾はする。とにかくは、先に茶を入れてくれぬか。」

侍女は、炎嘉が面倒がってなかなか着替えてくれないのにいつも困るのだが、仕方なく着物を脇へと置くと、頭を下げた。

「はい、王よ。」

そうして、茶器を取りにそこを出て行った。

その時、箔炎がバン!と扉を開いて飛び込んで来た。

「炎嘉!」

炎嘉は、仰天して箔炎を見た。確かに仲が良い友同士、礼儀も少しぐらい弁えなくても見逃されるが、いくら何でも、声ぐらい掛けて入って来るものなのだ。

「箔炎っ?主、朝っぱらから何ぞ?」

箔炎は、必死な顔で言った。

「維心が!今、蒼が走って行ったが、十六夜と碧黎が来て…!」

「なんだって?!」

あの二人が来るぐらいだから、ただ事ではない。

炎嘉は、まだ寝室から出て来て袿を羽織っただけであったのに、そのまま自分の控えの間を、飛び出して行ったのだった。

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