茶会
侍女に先導されて連れて行かれたのは、南西の宮の応接間の一つだった。
そこへ、維月を先頭に入って行って、侍女に促されるままに上座へと維月が座ると、皆が皆、自分のために準備されている、席へと座った。
そこには、きちんと人数分の茶器が並んで置いてあって、綾が最初から宴の最中にこうして茶会を開こうと思っていたのだが透けて見えた。
維月は、ついて来て後ろに立っている自分の侍女を振り返って、頷きかけた。
侍女達は、維月に頭を下げて、そこを出て行った。
「…本日は三日間という事で、菓子をたくさん作って持って参りましたの。こうして、皆様とお話する機会もあろうかと思いまして。」
綾は、嬉しそうに顔を輝かせた。
「まあ!維月様の菓子は、誠に素晴らしいものですもの。前に戴きましたパウンドケーキも、とても良い味わいで…。」
維月は、苦笑した。
その言いようが、かつての友にそっくりだったからだ。
「この度は、カスタードプリンというものを作りましたの。」侍女達が、平たい厨子を手に、入って来た。維月はそれを見ながら、続けた。「卵と牛乳、砂糖で液を作って、器に入れて窯で蒸し焼きにするのですわ。底には、苦みのある砂糖を焦がして作ったカラメルソースというものを入れて…それがまた、大変に良い味わいなのです。術をかけて、冷やしておきましたので、皆様どうぞ。」
南西の宮の侍女達が茶を配っている横で、維月の侍女達がプリンの入った器を皆の前に置いて行く。
綾が好きなのを知っていたので、大きめに作ったのだが皆は満足してくれるだろうか。
維月は、そう思いながら自分の前にもそれが置かれるのを見守った。
そうして、皆にそれが行き渡ったのを見てから、匙を手にして、プリンをすくった。
「では、戴きましょう。楽しんでくださいませね。」
そうして、口へと入れた。
こうしないと、誰も食べることが出来ないのだ。
本当に、めんどくさいことこの上ないのだが、それが礼儀として通っている世の中なので、仕方がなかった。
それを見て、皆嬉々として匙を手にする。
玉貴と燈子の二人は、全くの初めてなので恐る恐るといった感じで匙を口へと運んでいたが、維織など慣れているので、嬉しそうに言った。
「お母様、大変においしいですわ。プリンは久しぶり。また、宮でも作らせてみようかしら。」
維月は、微笑んで頷く。
「あなたとは小さな頃からよく一緒に菓子作りをしましたものね。作り方はご存知なのですから、侍女に教えて作らせたら良いのよ。燐様にも、きっとお喜びになられるわ。」
綾が、うーんと身を震わせてプリンを口に含んで恍惚とした顔をした。
「誠に…何と滑らかな舌触りでしょう。素晴らしいですわ。」
維月は、微笑んだ。
「お気に入られたのなら、侍女を寄越してくださいませ。こちらで作り方をお教えしますわ。」
玉貴と燈子も、顔を見合わせて目を輝かせている。
「維月様、誠にこのプリンと申すものは、良いお味でありますわ。このようなものを、食したことがございませぬ。」
燈子が、頬を赤く染めてそう言った。
玉貴も、パクパクと口へと運びながら、頷いた。
「甘味でこのようなものがあるとは、初めて知りました。誠に嬉しいですわ…。」
本当に初めて食べたのか、玉貴はそのまま、一心不乱にプリンを味わっていた。
維月は、一瞬でなくなりそうなプリンを見ながら、折を見て他の菓子も持って来させよう、と、決心していたのだった。
一方、維心達は他の応接間の方へと移動していた。
維月達が居る応接間と、近いのだが声が届くほど近いわけではない。
そこで、翠明が準備させた酒を飲みながら、皆ソファに座って円になって座って、向かい合った。
テーブルにきちんと座ってお茶を飲んでいる妃達とは、そこが違っていた。
志心が、言った。
「して?改めて何ぞ、翠明。ここには他に居らぬ。存分に申すが良いぞ。」
炎嘉が、からかうように言った。
「そうそう、誠は正妃にしたのは早かったと後悔しておるとか?なんでも申して良いぞ。」
燐が、驚いたような顔をする。
燐には、こんな席に同席する機会が少ないので、王達が皆、冗談なのか本気なのか、分からないのだ。
翠明が、慌てて言った。
「何を言う。綾の事は、必然だったと我は思うておる。」と、息をついた。「…主らに、言わねばならぬ。綾も、あちらで機を見てかつての友には話したいと申しておった。」
維心が、スッと眉を上げる。
炎嘉も、目を丸くした。
「…かつての友と?まさか、主は綾が生まれ変わりだなどと申すのではあるまいな。だとしても、綾は普通の女神であって、記憶を持って来れるほど力は無い。主、綾に謀られておるのではないのか。」
翠明は、首を振った。
「我だって、最初はそう思うた。ゆえ、散々あれに質問したのだ…あの、月見の夜に。そうしたら、あれは我との初めから、子達の事までそれは詳細に覚えておって、話してくれた。思い出したのだと…あの日、我らの地の気を呼ぶ演奏で。最後の時に、皆で合奏したこと。それに、椿が調子っぱずれの曲を弾いて、逝く直前に目覚めた時の事を。何から何まで…それこそ、我らが褥で話した事まで知っておる。いくらなんでも、維月殿と少々話したぐらいでは、あんな事まで頭に入れて、我を謀ることなど出来ぬ。いくら仲が良かったからと、褥の中のことまで話すはずもないからの。あれは、記憶を戻したのだ。」
全員が、仰天したような顔をしている中、一番驚いていたのは、燐だった。
自分は、母にそっくりな娘を、今度こそ大切に、幸せにするのだと心に決めて、綾と名付けた。
それが、間違っていなかったという事になる。
「…綾は、母上であると申すか。母上が、戻って来られておったのだと。」
翠明は、燐に頷いた。
「そう。綾はの、煽の所へ押しかけて、この際あれの罪は許すから記憶を持って参れるように、術を掛けろと迫ったらしい。決まりがどうのと渋っておったらしいが、最後には綾の迫力に押されたのか、煽は術を掛け、綾はああして生まれた。そして、あの月の宮での合奏で、全てを思い出して…我に、その事実をあの時に知らせたのだ。我は、誠かどうかとそれは詳しく質問し、あれが嘘を言っていないのを知った。なので、娶ると約したのよ。それを、我は主らに知らせておきたかった。だからこそ、最初から正妃にすると申したのだ。」
綾だからか。
皆は、今聞いた事実に衝撃を受けていた。
それにしても、煽はまたあちらで罪を犯したことになるので、まだまだ転生はして来られないだろうと思われた。
「…煽は、黄泉の禁じておる術を使ったという事であるの。では、またあれは長く番人であるな。」
維心が言うと、翠明は頷いた。
「詳しい事は知らぬが、煽はあちらで幼女趣味の王と言われておるらしゅうてな。それだけでも大層恥ずかしいであろうに、その上長居せねばならぬとなると、我も気の毒になったわ。主らも、いくら美しゅうても幼女には手を出すでないぞ。」
駿が、顔をしかめた。
「幼女など。娘を思い出してその気にならぬわ。」
燐が、苦笑した。
「誠にの。我が父ながら、恥ずかしい限りよ。あの頃、宮を閉じておったから何をしても誰も咎めなんだからのう。我は育って参ってから思うたが、母が不憫であるなと。それだけのことを、父はしたのだ。」
焔が、フンと横を向いた。
「我とて、あれの前世は疎ましく思うておったが、真実悪いのは煽。ゆえ、我も燐と同じく綾には今生、幸福にと思うて世話をしておった。なので、あれが望むと叶えてやらねばと思うて、あちこち連れて出ておったもの。此度のこと、誠にホッとしておるのだ。翠明が、ようよう娶ってくれたものとな。主ならば、あれは間違いなく幸福ぞ。それを知っておるから、誠に良かったと思うておる。だが、まさか真実あれが、あの綾であるとは思うてもおらなんだ。まだあちらで休んでおるような時しか開いておらぬし。」
焔は、そう思って綾をあちこち連れて来ていたのか。
思えば、最後の時には共に合奏したりしていたものだった。焔も、さすがに綾には思うところがあったのだろう。
翠明は、下を向いた。
「我が…いつまでも沈んでおったからぞ。あれは、我を案じてあちらから戻ったのだ。だが、記憶もなくて我に嫁がぬでは本末転倒だと、わざわざ話したくもなかった煽に会いに参ってこのように。誠、あれには頭が上がらぬのだ。」
だから、ここまできちんと綾を娶ったのだ。
皆は、納得して聞いていた。
綾は、己が休むことよりも、何より翠明を案じて、すぐに転生して来たのだろう。
しんみりとした空気になった中、炎嘉が言った。
「ま、どちらにしろめでたいことよ。」あっけらかんとした明るい声に、皆が顔を上げた。炎嘉は笑って続けた。「良いではないか、あの綾が、今回は鷲の皇女としてこうして始めから良い縁に恵まれて嫁いだのだ。これで今生は安泰ぞ。また主も西の島を守る、甲斐があるというものぞ。」
とはいえ、本日は公明の姿がない。
維心は気になったが、何も言わずに酒を酌み交わす皆を眺めていた。




