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婚姻の宴

一方、維月と維心は、完璧に設えられた、大広間で席についていた。

椿は、白蘭と共に宮を回している最中であるので、箔炎の後ろの席は空席だったが、後で合流するのだと箔炎が炎嘉に話しているのを維月は後ろで聞いていた。

今回は翠明の婚儀なので、翠明が真ん中に座り、その両脇に維心と炎嘉という形だ。

蒼が珍しく維心の隣りなので、維月は後ろで杏奈と綾に挟まれる形で座る事になっていた。

ちなみに、蒼の隣りは高湊、炎嘉の隣りは箔炎、その隣りが樹伊と、妃を連れて来ている王が近いのを見ると、どうやら椿が、後ろで妃達が話しやすいように配慮したからのようだった。

つまり、杏奈の向こうは高湊の妃の燈子で、綾の向こうは二つ空いて玉貴が座っている形になるのだ。

翠明が開式の挨拶をして、王達は前で話を始める。

維月は、緊張気味に黙っている後ろの妃達に、片っ端から声を掛けて行くという、任務が課せられていた。

何しろ、維月から話し掛けない限り、ここに居る誰も口を開けないのだ。

維月は、ベールの中で上げていた扇を半分下ろして、まずは今回の主役である、綾に話し掛けた。

「…綾様。本日は誠におめでたいことですわ。このように正式にお迎えされて、羨ましい限りだと話しておりましたの。」

綾は、深々と頭を下げて、答えた。

「身に余るお言葉、ありがとうございまする。これよりは誠心誠意、我が王にお仕えして参る所存です。」

維月は頷いて、真横の杏奈に声を掛けた。

「杏奈様。あなた様は我の里の妃であられるので、心安いですわね。本日はお珍しいこと。」

杏奈は、緊張気味に顔を上げた。

いつも気楽に話している維月とは、明らかに違う様子なので、戸惑っているのだろう。

それでも、礼儀は教わって来たのか、向こうから話し掛けてくる事もなく、こうして黙って待っていた。

北から輿入れしたので知らないことだらけのはずなのに、頑張っている杏奈に、維月は感心していた。

その杏奈は、言った。

「はい。我はコンドル城より参って、こちらの礼儀など知らぬ事が多いので、公の場にはご遠慮させて頂いておりましたが、この度は王からお連れ頂けるということで。何事も弁えませぬが、どうぞよろしくお導きくださいませ。」

あれだけ言葉が拙かったのに、今では完璧だ。

維月は頷いて、次に杏奈の向こうの燈子に声を掛けた。

「燈子様。初めてお目に掛かりますわ。お姉様の瑤子様には、何度かお会いした事がありましたの。よう似ておられて、お美しいかたですこと。お会いできて嬉しいですわ。」

燈子は、やはり瑤子と同じで控えめで完璧な所作で、扇で顔を隠して頭を下げ、言った。

「龍王妃様には、初めてお目に掛かります。燈子でございます。龍王妃様には姉をご存知であられるとの事、姉と比べて至らない所もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。」

維月は頷いて、さあ最後はあちらの離れた位置に座っておられる玉貴様だわと、そちらを見た。

結構離れているのだが、あちらはこちらから声を掛けられるだろうと分かっているので、じっとこちらに膝を向けた状態で、扇で顔を隠して頭を下げている。

維月は、そちらへ声が通るようにと、気を遣って言った。

「そちらは、玉貴様であられますか?玉貴様にも、初めてお会い致しますわね。」

玉貴は、来た、と思ったのか体を一瞬震わせたが、思い切ったように言った。

「初めてお目に掛かりまする。玉貴と申します。」

維月は、一生懸命さが伝わるその震えた声に、何とか緊張をほぐそうと言った。

「玉貴様。お父上の甲斐様の事は存じておりますわ。どうぞおよろしくね。」

玉貴は、この西の島南東に領地がある王の甲斐が、それは大切にしている妃である幸貴(こうき)の娘なのだ。若いがそれは美しい玉貴に、樹伊が一目惚れしてどうしてもと迎えた妃であるらしく、宮へと入ってすぐに正妃に取り決められた皇女で、しかしながらまだ若く、西の島ではなかなか満足にこちらの礼儀などを教われないということで、これまで公の場には出て居なかった。

そんなわけで、初めての公の場なので、かなりガチガチに緊張しているようだった。

しかし、維月が思いに反して穏やかで、父の甲斐を知っていると言ってくれたので、ホッとしたのか顔を上げて、言った。

「まあ。お父様をご存知であられるのですね。」

維月は、なるべくおっとり見えるようにと気を付けて微笑んだ。

「はい。大変に妃と子を大切になさる王であられると、聞いておりますわ。」

確かにそうだがそれが過ぎたせいで、同じ西の島の王達に叱責され、公明に傘下の宮々を譲る羽目になってしまった過去があるのだが。

それでも、玉貴はそんな政治的な事など分からないので、維月が自分達を知ってくれていたということに、少し気が楽になったようだった。

後は、ここに居ない椿様だけね。

維月は、一通り声をかけ終えたことに、ホッとした。何しろ、こうして話しておかない事には、誰も口を開くことも出来ないのだ。

綾が、隣りで微笑んで言った。

「維月様には、本日のお召し物が大変に珍しく美しいと、噂になっておるのだと先ほど侍女から聞きました。これまでとは趣の違ったものですのね。」

維月は、綾がそれに気付いているのに驚いた。何しろ、以前の綾ならばしょっちゅうこうして一緒に宴に出ていたので、前の石が山ほどついた着物の事も知っているが、この綾とは、七夕でこれまた石がついていない着物を着ている維月しか、知らないからだ。

とはいえ、維月が何を着ているかなど、神世の他の宮々には筒抜けだ。

何しろ、龍王妃の衣装、という画集が取り合いになるほど人気で、どこの宮でも率先してその着物に似た着物を作っては、身に着けるからなのだ。

維月は、頷いた。

「本日のために、王がお作りくださった着物でありますの。石がついておると、重くて大変で、我も七夕の顔見世の際、出て行かぬ間に倒れてしもうて今年は出て参れなかったほどで。それでは意味がないと、王も龍達に考えさせたようですの。」

それでも、刺繍と織りと染めがそれは見事で、これが出来て来た時には、維月もため息をついて見とれたほどだった。

ちなみに、襟元にはレースがついている。

最近では少なくなっていたが、今回これを維月が身に着けることで、また流行るだろうと思われていて、蒼もそれを見越して月の宮で先に増産させているのだということだ。

もちろん杏奈の着物にも、きっちりレースがついていた。

とはいえ、半襟についているだけなので、いくらでもカスタマイズできる優れものだった。

綾は、頷いて自分の着物を見た。

「こちらは、焔様が我のためにと月の宮から取り寄せてくださいましたレースの半襟に、更に刺繍を施してくださったものですの。父も焔様に、感謝しているようでしたわ。」

それを聞いて、そういえば、と維月は思った。

婚姻の宴なのに、燐と維織が居ない。

「…あら?」維月は、回りを見回した。「そう言えば、燐様は?」

綾は、苦笑して言った。

「母が公式の着物に慣れぬで、軽い物に着替えさせてから来ると。ですので、少し遅れるのですわ。」

あの子は、あんな着物をあまり着ない生活だから…。

維月は、苦笑した。

思えば綾は、維月の孫に当たるのだ。維織が維月と十六夜の子だからなのだが、そもそも月の眷属はそういった考えがなく、神世でも外へ嫁ぐとそこの皇女皇子まで、孫だとかなんだとか言わないものなのだ。

何しろ、あまり会う事もないからだった。

そこへ、慌てたように椿が入って来て座り、深々と頭を下げた。

維月は、間に合ったかと椿を見た。

「まあ椿様。お式が滞りなく終わって良かったこと。これだけの式を采配されたのは、見事と言うよりありませぬわ。」

椿は、顔を上げて言った。

「そのようにおっしゃって頂いて、報われる心地でございます。維織様も、燐様と共にあちらの回廊をこちらへ来られるところでありましたわ。」

そう言ったと思うと、燐が維織の手を取って入って来て、向こう側の樹伊の隣の焔の横へと座った。

維織が、玉貴の横へと座ったのを見て、維月は言った。

「維織。着物は大丈夫ですか。あなたはあまり、公式の着物を着る事がないから…苦しくなったら、申すのですよ。」

維織は、母とはいえ龍王妃とは地位が違うので、頭を下げて言った。

「はい、お母様。こちらの着物は幾分良いようでございます。」

式の時の着物には、石がいっぱいついてたものね。

維月は思いながら、やっとこれで皆揃った、と、ホッと息をついた。

そして、皆で和やかに歓談しながら時を過ごし、焔の後ろの空席に居るはずだった、桜を思っていた。

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