育った子達
維黎は、父の天黎から許されて、蒼について龍の宮へと来ていた。
母はどうやら顔見世には出ていないので、もう龍王は奥へと引っ込んでしまったらしい。
なので、挨拶の順番待ちをしていた蒼と共に、侍従に案内されて本宮の方の内宮、応接間へと向かっていた。
それにしても大変な神の数で、父が言う通り、ここが地上での中心的な場所であるのが分かる。
ここを統べる王である維心には何度も目通りしていたが、いつ見ても母の維月以外にはにこりともせず、隙のない様子でこちらを探るように見ていた。
曰く、維黎は父と母が婚姻という形を取らずに成した命なのだそうだ。
父が母の命に触れ、それで出来た地上では特殊な命で、公の場では母の事を母とは呼んではならぬと言われていた。
龍王の、妃であったからだった。
地上の命のように、子を成したからと母は父を愛している様子はなく、母としては維心をそれは愛しているようだった。
神世の常識を学んでからは、それが普通で自分の方が特殊だと知っていたが、何やら孤独な気がした。
できれば両親には揃って幸福にしていて欲しかったし、その二人の傍で生きたいとも思ったが、それは自分が神世の常識の中で育ったからの価値観であって、父の天黎はそんなことにはこだわらないようだった。
維黎が複雑な思いで龍の宮の中を蒼について歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「蒼。」
蒼と維黎が振り返る。
すると、そこには箔炎が、維黎と歳が近そうな命を横に、立っていた。
「箔炎様。あれ、箔遥も連れて来たんですか。」
箔炎は、頷いた。
「今日はいろいろ子を連れて参ると聞いておったし、ならばこれも面識を持っておいた方が良いかと思うてな。それは、維黎か?」
維黎は、箔炎に会釈した。蒼が、答えた。
「そうなんですよ。天黎様が連れて行ってやれと言って。」と、維黎を見た。「維黎、鷹の王の箔炎様と、第一皇子の箔遥だ。歳は、多分十年ほどしか違わないんじゃないかな?」
箔炎は、頷いた。
「箔遥、これは地の親の子、つまりは地の兄弟ということかの。その、維黎ぞ。力は比べ物にもならぬほど大きいが、面識を持っておくと良いぞ。」
箔遥は、箔炎にそっくりの金髪に金色の瞳だ。
対して維黎も、天黎譲りの金髪に、維月譲りの赤い瞳で、じっとお互いに顔を見合わせた。
よく考えたら、自分の方が地位が上か。
維黎は、ハッとして口を開いた。
「箔遥殿。我にはあまり友が居ないので、仲良くしてくれたら嬉しい。」
箔遥は、頷いて答えた。
「我の方こそ、これまで宮で父上に政務ばかりを教わっておったし、友というものも少ない。仲良くしてもらえたらと思う。」
蒼は、気を遣って言った。
「だったら二人で宮の中を歩いて来てはどうか?祭りのこと、珍しいであろうし。主はこの宮に詳しいだろう?」
維黎は、蒼に言われて確かにそうか、と、頷いた。
「それは箔遥殿さえ良ければ。ご案内し申すが。」
箔遥は、頷いた。
「参りたい。ここは広くて見る場所が多そうよ。」
維黎は、微笑んで頷いた。
「では、参ろう。」と、蒼を見た。「蒼、ならば我らは見回った後は控えに戻れば良いか?」
蒼は、頷いた。
「ああ。オレは宴に出るから、夕刻になったら居ないから好きに過ごして良いから。」
箔炎も、言った。
「ならば箔遥も。すまぬが、我らの控えに連れて行っておいて欲しい。」
維黎は、箔炎に会釈した。
「は。ではそのように。」
そして、箔遥も二人に会釈すると、維黎と共に宮の中を歩いて離れて行った。
それを見送りながら、箔炎は言った。
「あれも着いて早々からあっちこっちの王と我が話すゆえ、気を張っておってなあ。このままでは外出が億劫になるだろうと案じておったから、ちょうど良かったわ。」
蒼は、歩き出しながら頷いた。
「だろうと思いました。顔付きが固くなっていましたし、あのままじゃ疲れるなって思って。維黎は懐っこいし、神が好きな命なんで。上手くやると思いますよ。」
箔炎は、頷いた。
「見た感じ、鳥のような雰囲気であるから、箔遥も構えぬだろう。それにしても天黎にそっくりになって参ったな。同じ命の碧黎はそうでもないのにの。」
蒼は、笑って首を振った。
「いえ、色合いは違うんですけど、よく見たら結構似てるんですよね。目の色なんて全く同じですし。そもそも型などない生まれなのに、やはり命が型を作るのかなあ。」
箔炎は、苦笑しながら言った。
「どうであろうの。我には分からぬが、確かに全く違う筋から転生した椿も陽華に似ておるから、もしかしたらそうなのかもしれぬな。」
そうして、箔炎と蒼は、二人で話しながら、維心達が移動しているという、内宮の応接間へと向かったのだった。
一方、維月は奥宮で伸び伸びと休んでいた。
いつもの七夕なら、維心の側で着物に縛られて動くのも億劫な様で耐えねばならなかったが、今日は本当にラッキーだった、と思っていた。
それにしてもあの着物の苦しさは異常だ。
いつもなら、苦しいとはいえ、気を使って持ち上げて、何とかなるものなのだが、今日は気が遠くなって来て、とても無理だったのだ。
同じ想いをしている女神も居るのかと思うと維月は落ち着かなかったが、誰より一番重い着物を着せられるのは維月だった。
それは龍王の面子もあるししかたがないのだが、普段動く事が少ない女神にこれは酷だろう。
結構手練れな維月でこれなのだから、他を思うと胸が痛んだ。
そこへ、維月の侍女の千秋が入って来て、頭を下げた。
「王妃様、王は内宮東の応接間へ移られたそうでございます。そろそろご準備をなされますか。」
維月は、まだ宴が残っていた、と息をついた。
「そうね。ただ、着物は私がさっき選んだ乳白色の物にしてね。石がついていると重くて死にそう。維心様も、宴に出るならこの際何でも好きな着物で良いとおっしゃっておられたし。あれも金糸銀糸が織り込んであって、それなりに豪華に見えるし問題ないでしょう。」
千秋は、頷いた。
「はい、王妃様。」と、ハッとして懐から紙を出した。「それから、先ほど申されておりました来場者でございますが。」
維月は、それが聞きたかった、と頷いた。
「そうだわ、本日は妃の方々は誰が来ておるの?」
千秋は、頷いて紙を見た。
「それが、本日は王の妃の方は椿様のみで。上位の王は皆来られておるのですが、妃をお連れになっておるのは箔炎様だけのようでございます。後は、皇子の妃の方々で、本日は宴にはご出席なさらぬかと。」
今回は、皇子は気の張る宴には出ないで良い、と維心が言っていたからだ。
その代わり、皇子達は皇子達で、来たい者は訓練場に来いと維明が通達してあるはずだった。
要は、皇子達は立ち合いという遊びに興じるということだ。
娯楽が少ない神世では、人世のゲーム感覚で気軽に立ち合いをして交流することが多かった。
「皇子は、誰が来ておるの?」
千秋は、紙を見つめながら答えた。
「はい。炎月様、炎託様、志夕様、騮様、烙様、煌様、箔遥様、納弥様、維黎様、紫翠様、高彰様と、軒並み上位の方々は皆来られて居るようですわ。」
それは維明も維斗も楽しみね。
維月は思いながら、首を傾げた。
「じゃあ…皇女は?来ておるの?」
千秋は、頷く。
「はい。ですが、数は少ないかと。鷹の宮の菖様、鷲の宮の綾様。」
維月は、考える顔になった。
綾は、維織と燐の娘で焔から見たら姪だ。その綾を連れて来ているのに、それを教育していたという、桜は来ていない。
普通なら、母の椿が来ているのだから、会わせようと連れて来るものだった。
焔の性格で、面倒だからというのは分かるのだが、だったらなぜ綾は連れて来たのだろう。
兄の烙が居るからだろうか。
烙が世話をするだろうからというなら分かるが、それなら桜だって烙の叔母なのだし、任せてしまえば良いだろう。
どうも解せないが、それでも来ていないのは事実。
また宴の席でても、聞く機会があるかもしれない、と、維月は頷いた。
「では…準備を。直に宴の席へと維心様がお呼びになるでしょうし。茶会でもと思うたのですけど、その数では初めての皇女達は緊張するばかりでしょうし。」
千秋は、紙を懐へと戻して頭を下げた。
「はい。では、お着替えを。奥へどうぞ。」
維月は頷いて、椅子から立ち上がった。
椿なら何か知っているかもしれないし、また宴の席で聞いて来よう。
維月は、そう思いながら奥へと向かったのだった。




