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目撃

維月は、帰って来た維心が、先に休む準備をすると言って、維心の対の中にある小さな内風呂へと向かったので、出て来るのを待っていた。

すると、窓から十六夜が慌てたように入って来て、言った。

「維月!ちょ、来い!お前も聞いといた方が絶対良いって!」

維月は、驚いて十六夜を見た。

「え?何かあったの?でもね、維心様が今湯殿に行ってらっしゃるから、待ってからでないと駄目なの。」

十六夜は、言った。

「だったら、そこで見てるだけでもいいから!ほら、南の庭だっての。見てみろ!」

言われて、維月は南へと地の視線を向けた。

すると奥の池の側で、翠明と綾が、何やら言い合っているように見える。

維月は、驚いて口を押えた。

「え…あんな所で、会う約束でもしてらしたの?なんだか、仲がめっちゃ良さげだけど…。」

十六夜は、首を振った。

「違うんでぇ。オレは見てたけど、偶然会ったんだ。だからお前も聞いてろって。」

維月は、じっと目を凝らしてそれを見た。


『はい。でも、なんだかあっけなくて複雑な心地ですわ。もっと、情緒的な感じでお申し込み頂きたかったのに。結局、こんな風で。』

翠明は、綾を見て顔をしかめた。

『情緒的とは何ぞ。仕方がないではないか、こんな風に主だと知ってしもうたら、分かっておるのに今さらであるぞ。』

綾は、拗ねたようにぷうと顔を膨らませて、横を向いた。

『我だって、普通の皇女並みに嫁ぎたいというだけですわ。だから、文だって遣わせてみたりしておったのに、全くなびいてくださらなくて、翠明様は。』

翠明は、歩き出す綾に慌てて合わせて歩きながら、言った。

『だから、此度はきちんと申し込んで、結納だって遣わせるし。そのように機嫌を悪くするでない。鷲の王族なのだぞ?主は。臣下の子ではないし、主の望み通りになるゆえ。』


「…どういうこと?」維月は、顔をしかめた。「翠明様が、綾殿から婚姻の承諾を得たってことよね。そんなご様子はないようだったのに。でも、綾殿の言いようも分かるわ。だって、あんなところで立ち話で決めたわけでしょ?私だったら、そりゃあロマンティックに申し込んで欲しいと思うわね。だから綾殿の気持ちも分かるわ。」

十六夜が、言った。

「あーお前、肝心なところを聞き逃したんだよ。でもさ、お前だって維心と別にロマンティックな婚姻じゃなかっただろ?あいつが嫁いでくれって言い出して、その日のうちに部屋へ押しかけて来てやることやって婚姻って感じ。出来たら結婚式まで待つ結婚もしたいってお前、言ってたじゃねぇか。」

維月は、息をついた。

「まあ、それはそうよ。待つ間のドキドキ感だって楽しみなわけだし。でも、そうなっちゃったんだから仕方ないわよ、今更戻せないもの。」

するとそこへ、バツが悪そうな顔をした、維心が入って来た。

「まあ…我は焦ってしもうて。確かに待てば良いのだが、早う娶らねばと焦っておっての。」

維月は、驚いて立ち上がった。

「維心様!お戻りですか?あの…お気になさらず。」

維心は、頷いて維月の手を取った。

「分かっておる。今さらどうにも出来ぬし。それより、翠明が綾と?そんなことは、本日も言うておらなんだがの。焔が面倒だから娶るなら早う娶れと言うておったが、何やら歯に物が挟まったような感じでハッキリせなんだのに。」

十六夜が、困った顔をした。

「うーん、まあ、な。オレは見てたから理由は知ってるけど、オレから言うのもだし。急いで維月に言いに来たけど、こいつは肝心なところを聞き逃したんでぇ。だから、オレからは言えねぇ。そのうち分かる。」

維月は、せっつくように言った。

「なに?なんなのよー教えてよ。気になるじゃないの。」

十六夜は、もう窓の方へ向かいながら、首を振った。

「だから、お前も聞いてたんなら良いけど、聞いてなかったんだから仕方ねぇよ。そのうち分かる。じゃあな、とりあえずあいつら結婚するんだしいいじゃねぇか。」

維月は、慌てて十六夜を追った。

「待ってよ、教えてってば!」

十六夜は、光に戻りながら言った。

「またな。だからそのうち分かるって。じゃあな!」

十六夜は、月へと帰って行ってしまった。

「十六夜!」

維月は叫んだが、十六夜はもう月に入ってしまっている。

維月は、ぷんすか怒って言った。

「もう!だったら言いに来なくていいのに!」

維心は、苦笑して言った。

「主も見ていたならこの限りでないが、見ておらなんだのなら言えぬということなのだろう。しようがない、そのうち分かると申すのだから、良いではないか。主らは、言える事と言えぬ事があるのだろう。気長に待とう。」

維月は、大きなため息をついた。

「まさか、お二人がお庭に出ておるなど思いもよらず。見ようと思えば見えましたものを。」

維心は、維月をなだめて椅子へと座った。

「悪い事なら気になるが、良い事であるから。主も、外の宮の奥を気にするのを止めぬか。言うて良いことなら、いずれ翠明か綾の口から知れるだろうぞ。それより」と、維月の肩を抱いた。「本日、碧黎と合奏しておったの。あれは琴も弾くか。」

維月は、そのことか、と表情を引き締めた。

「はい。私も知りませんでしたが、お父様には琴も笛も演奏されるのですわね。こちらの侍女から聞いたところ、天黎様がこちらの皆が演奏されるのを見て、自分もやってみたいと父に教えを乞うたので弾けるのがわかったということらしいですわ。大変な腕であるようで…その時は十六夜すら機嫌が悪くなったのだとか。」

あの腕ならの。

維心は、思って頷いた。

「さもあろう。誰も弾いておるのを見たこともないのに、あそこまで情感豊かに弾けるとなるとの。」

維月は、それには同意した。

「確かに。お父様には出来ない事などないのではと思うた次第です。」

維心は、頷いてじっと維月を見た。

「時に…我は、碧黎が主を誘うておるようにも聴こえたぞ。主はどう思うたのだ。」

やっぱりそう思って、来ようとしたんだ。

維月は思って、答えた。

「…お父様には、私を確かに娘とも女とも愛してくださっておるのでしょうし、そのお気持ちは伝わって参りましたわ。ですが、維心様との取り決めもあります。体を繋いで婚姻などということは、絶対にありませんのでご安心を。命すら、この百年以上繋いでおりませんのに。」

維心は、分かっているものの落ち着かなかった。

確かに、百年以上前にそう取り決めたが、それからそういうことは一切なかった。

里帰りの時も話してはいるようだったが、面倒なことを言う事もない。

なので安心していたが、またここへ来て、すっかり安心していただけに、気になって仕方がなかったのだ。

「…あの取り決めは有効か。」

維月は、頷いた。

「もちろんですわ。父が決めた事を勝手に違えた事など一度もありませぬでしょう。なので、維心様がご懸念なさるようなことはございませぬ。」

維心は、首を振った。

「そうではなくて、主の中でよ。」維月が驚いていると、維心は続けた。「まだ、碧黎と命を繋ぐ可能性があると思うか。」

維月は、目を丸くした。

そっちは気にしないのではなかったのかしら。

「え、維心様はそちらに関して気になさらないのでは。お父様も、私がまたそういう気持ちにならぬ間は、とおっしゃって、本当にあれから、何も申されないのですわ。色好い事すら、誠に何も。」

何しろ気が長い種族だし、そもそも碧黎は、維月が嫌がるようなことは絶対にしないし言わない。

少しおかしくなって来ていた、あの頃とは違って落ち着いたものだった。

維心が何を言っているのか、維月にはわからなかった。

「違うのだ、主の心よ。」維心は、イライラと言った。「主はまた、あの時に見切ろうとしていた心地から復活して、受け入れようという気持ちになっておるのではと問うておるのだ。」

維月は、言われて驚いた。

心…私の心のこと?

「それは…考えてもおりませんでしたので、分かりませぬ。確かにお父様は、何も求めず居てくださるし、こうと決めたらああして私が面倒に思わぬようにと、決して愛しているとも口になさらないですわ。ただ、その行動でそれを感じますけれど…誠にそれだけで。そんなお父様のことは、私もやはり想う気持ちも、あるようには思いますけれど。」

そこまでこちらを気遣って堪えてくださるのだもの。

維月は、自分で話しながらそう自覚していた。

こういう機会がなかったのでこれまで忘れていたが、確かに今なら命を繋いでもいいと感じる。

何しろ、維心以外と婚姻関係になろうというのではないからで、維心も命を繋ぐぐらいなら気にしないからだ。

維心と碧黎の、価値観の違いだった。

だが、維心は言った。

「我だけだったのではなかったか。主はあの折、あれを拒絶したよの。それなのにまたと?」

維月は、困惑して言った。

「ですが…あのように努めてくださり、私を待ってくださったのです。もとのお父様で、拒絶した時のお父様の面影は、今はもうありませぬわ。そも、あの時にお父様を庇って機を与えてはとおっしゃったのは、維心様であられたのに。急にどうなさいましたの。」

維心には、自分が無理を言っている自覚があった。

確かにあの折、そう思って碧黎を庇った。

自分とダブって見えて、放って置けなかったのもあるが、あの時確かに、維月の心が自分だけにあると余裕があったからなのだ。

だが、今は違う。

維月の心を持って行かれるのではと、全く余裕がないのだ。

「我だけと来た百年以上が我を安心させておったのに。また主を持って行かれるのではと、我は落ち着かぬのだ!」

そんなことを言われても。

維月は、どうしようと困って維心を見上げた。

維心を夫として愛しているのは本当で、碧黎は父とも兄とも、なんとも複雑な想いで慕っていた。

命を繋ぐのは、別に維月の価値観では大した事ではないし、碧黎がそれを求めるならば、それでも良かった。

同じ価値観を持つ維心と婚姻関係で、それで良いのだと思っていたのだ。

「ですが…愛情の種類が違うので…。」

維月が維心の勢いに退いていると、十六夜が割り込んだ。

《こら維心。お前、横柄になってるぞ?夫はお前だけなんだろうがよ。何が不満なんでぇ。ってことは、お前はオレのことも気に入らねぇよな。オレ達はなんも繋いでねぇが、それでも愛し合ってるぞ?兄妹だしな。お前は、心を持ってかれるのが嫌なんだろ?》

聞いていたのか。

十六夜、あんな感じで戻ったので、こちらは今見ていないと思っていたのだ。

維月は、窓を見上げた。

「十六夜…。」

維心は、月を見上げた。

「主にも我の心地が分かるはずぞ。我が何を危惧しておるのかも。確かに、こんな言い方は乱暴やもしれぬ。だが、我には余裕がないのだ。」

十六夜は、言った。

《まあ、オレだって前はそうだったから分かるけどよ。でもな、お前もそろそろ分かってるんじゃねぇのか?維月の心は、あんまり押し付け過ぎたら逃げるんだよ。親父がなんで復活して来たのか分かるだろうが。お前に、百年も維月を放って置くなんて出来るか?出来ねぇよなあ、一日離れてもうるさいんだからよ。だからって、お前から維月の心が離れてないのに、そんな事言ってたら、また逃げるぞ。お前はな、そうやって維月を責めることで、墓穴を掘ってるんだっての。いい加減悟れよ。さっきから、維月から逃げたい気を感じてるんだ。維月は今、お前が怒り出すんじゃねぇかって怯えて離れたがってるんだ。》

維心は、そういえば、と維月を見た。そうだ…さっきから、維月から怯えたような気が漂って来ているのだった。

維心は、自分の気持ちの持って行きどころがなくて、維月に自分の気持ちを吐き出しているのだ。

何があっても全てが自分だけだと言えと、迫っているように維月には感じられているだろう。

《じゃ、まあとりあえず戻って来い。》十六夜が、光を下ろして来た。《ちょっと離れた方がいい。いい機会だし、ちょっと里帰りして、お互いに頭を冷やせ。》

光が、維月を捉える。

維心は、慌てて言った。

「待て、もう冷静になった!我が不安で言わずでいられなかっただけなのだ!もう言わぬ!」

だが、維月はスーッと人型を崩して、光になって十六夜に引き上げられて行く。

十六夜は、言った。

《全くお前は変わらねぇなあ。お前も親父みたいに、百年ぐらい離れてたらどうだ?そしたら、維月の心も落ち着くし、親父の気持ちも分かるだろ。そうしろ。たまに会いに来てもいいからさ。》

維心は、焦って叫んだ。

「待て!そのような…百年など!」十六夜からは、返事はない。「十六夜!維月!」

だが、そのまま月に気配はあっても、二人が声を返すことはなかった。

維心は、どうしたら良かったのだと、がっくりと肩を落として項垂れたのだった。

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