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続・迷ったら月に聞け15~再会  作者:
月の宮の神
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演奏

月が昇り始めて、桟敷に移った神達が酒を飲んで談笑していると、目の前の桟敷の上に、維月が縫った宴用の着物を、きっちり着付けた碧黎がパッと現れた。

皆が驚いて黙ると、碧黎は言った。

「では、主らの日頃の働きを労うために、主らが望む我の演奏を聴かせようぞ。」と、空を見上げた。「十六夜。」

十六夜は、言った。

《なんだ?オレは後からじゃなかったか。》

十六夜の演奏も聴けるのか。

皆が思っている中、維月だけが焦った。

十六夜の着物は、縫ってないのに。

演奏するならするって言ってよと、内心慌てていると、十六夜は光の玉になっておりてきて、スーッと人型を取った。

その姿は、やはりきっちりと宴用の着物を着ていた。

…そうか、十六夜は無理を言わないから。

維月は、ホッとした。きっと月の宮の縫製のものが縫ったのだろう。

「胡弓を頼む。曲を変えようと思うてな。」

十六夜は、頷いた。

「別にいいけど。何を弾くつもりだ?」

侍女達が、今度は慌てて胡弓を持って走って来る。

十六夜はそれを受け取って、爪を着ける碧黎の横に座った。

「…地の創造主を敬う曲ぞ。我が作ったもの。」

初めて聞く。

王達はその会話に固唾を飲んでいた。

碧黎が作曲したのか。

十六夜は、驚くでもなく言った。

「あれか。難しいのによー。親父が作る曲はみんな。」

何曲もあるのか。

皆が驚いている前で、碧黎は構えた。

「主しか知らぬからの。では、参る。」

あれだけ騒がしかった桟敷や宮が、シンと静まり返った。

碧黎は、この上なく真剣な顔をして、最初の一音を爪弾いた。


途端に、地が小刻みにブルブルと震動し始めた。

目の前の碧黎は、とても独りで弾いているとは思えないほどにたくさんの音を同時に出し、その技巧は誰にも真似ができるものではなかった。

しかも音の色は一つではなく、様々な色を含んで深く心の奥へと直に突き刺さるような印象を与えた。

十六夜の胡弓はその裏で美しく華やかに、それでいて癒しの気を放ちながら響いている。

知らず知らずのうちに涙が込み上げて来て、体ばかりか魂から激しく震えている心地だった。

「ああ…。」

維月は、言葉を出したかったが声が出ても形にならなかった。

何と評すれば良いのかわからないのだ。

ただただ涙が溢れて、手が震えて扇が落下してもそれを拾い上げることもできない。

地の底からはこれでもかと気が沸き上がって来て皆を包んでいた。

月からは十六夜に向かっておりてくる、癒しの気が回りに波及して恍惚とした心地にさせる。

碧黎が作曲したという曲は、とても壮大で地どころか広く宇宙を思わせるような大きな旋律で、維月は自分が、とても小さくてちっぽけな存在のような気がした。

そうして、自分の命というものを強く意識させ、その器ではなく、何を着てどんな姿でも、そんな事は宇宙という空間の中では全く意味の無いものなのだと、自分という命が育ち、この広い宇宙の中の星の一つとして光り輝き、皆に認識されるほどに大きく育つことにこそ意味があるのだと、そんな風に思わせた。

それを悟った時、解放されるような気がした。

この命として生きている今を感謝し、この素晴らしく美しい地上に存在することに対して感謝せずにはいられなかった。

そうやって、己の中で様々な思いが突き上がって来るのに戸惑いながら、曲はいきなりに、終わった。

しばらく、誰も動かなかった。

シンと静まり返ったまま、時だけが過ぎて行く。

十六夜が、フッと肩の力を抜いて、弓を置いた。

「…相変わらずだなあ。」十六夜の声に、皆がハッと我に返る。十六夜は続けた。「要は天黎を敬う曲だろ?我を忘れて演奏を忘れそうになるから、本気の親父と一緒に演奏するのは嫌なんだよなあ。」

碧黎は、クックと笑った。

「まあ、だが主は最後までついて来るではないか。」と、まだ黙って呆けている、王達の方を見た。「あれらでは共に合奏など無理であったろうに。」

維心は、我に返って驚いた。

自分が、大量の涙を流していたのに気付いたからだ。

慌てて懐紙を胸から引き出してそれを拭い、誰かに見られてはいまいかとそっと隣りを見ると、炎嘉も嗚咽を漏らすほどに涙を流して泣いていて、他の者達などそんな声すら出せないような様子だった。

几帳の中でも、維月は必死に懐紙で涙を拭いていたのだが、こんな時には絶対に来るはずの侍女達が来ない。

遠慮しているのかしら、と几帳の外を見てみると、侍女達は皆、気を失ってしまったのか地面に突っ伏してしまっていた。

「まあ!」

維月は、これは誰か呼ばねばと回りの皇女達を見ると、綾は涙を流したまま呆けているし、桜と玉貴は失神してしまっていて、椿は我に返って懐紙で鼻をかんでいるところだった。

その他の妃達も、軒並み茫然と口も利けないようで、皆が皆、取り落とした扇すら広上げることが頭に上らないような様だった。

間近で聞いたから、皆あんなことに。

維月は、小声で必死に言った。

「蒼!蒼、ちょっと!気を失っちゃってる女神達が多いの!何とかして!」

蒼は、前でハッとして慌てて立ち上がった。

「あ、あの、嘉韻!」蒼は、思わず叫んだ。いつも何かあったら嘉韻を呼んでしまうので、嘉韻は何をしていてもやって来る事になるのだが、今は東北との境辺りに警備で居るはずだった。「嘉韻、こっちの者達が倒れたから、何とかしてくれ!」

嘉韻が、向こうから必死に飛んで来た。

どうやら、嘉韻も演奏に当てられていたようで顔は赤かったが、それでも直下に居たここの者達よりはマシのようで、蒼の前に膝をついた。

「王。只今軍神達に命じて侍女達を治癒の対へ移動させるように指示致しました。あちらでも、倒れた神は多くて、それらはコロシアムの大会議場の方へと運ぶように指示を出しました。しかし、治癒の者が恐らく足りぬと思われますので、治癒の者達を召喚してもよろしいでしょうか。」

蒼は、頷いた。

「頼む。それから、ここまでとは思わなくて、保育されてる子達を側の侍女の控室に連れて来させてたんだ。多分、間近で聞いたから大丈夫か分からないから、そこも見ておいてくれないか。」

嘉韻は、頷いた。

「は!では御前失礼を。」

嘉韻は、そこを離れて飛んで行った。

炎嘉が、やっとのことで復活して来て、言った。

「…誠に素晴らしい音色だった。」炎嘉は、しわがれた声で絞り出すように言う。「碧黎よ、主の能力はしかと見届けたわ。まさかこれほどとは思わぬで…ただ美しい音を聴きたいと思うて来たら、いろいろな事を悟るような心地であった。何と大きな地。そして宙ぞ。我は…己の無力さを思い知った心地ぞ。これよりも尚のこと精進せねばと思うた。」

碧黎は、頷いた。

「我ですらまだ成長過程の命であるのだ。広い宙から見て、我など小さな光でしかない。主らは更に小さな命。皆が皆切磋琢磨して、そうして大きく光り輝くのよ。そして、ここを作った天黎ですらそのうちの一つであるのだ。我らは皆同じ。同じ道を歩みながら生きる命なのだ。それは、人や獣でも同じことよ。」

皆にそれを悟らせるため、碧黎はこれを弾いたのだろう。

だが、今はこうして感動して悟ってはいるが、いったいここに居る幾人がこれをずっと心に留めて、励んで行こうと思うのだろうか。

皆、忘れてしまうものだからだ。

焔が、言った。

「今は分かったが、我らは愚かであるからの。悟っても、またその心地を忘れてしまう。だが、今夜の事は命が忘れぬ。そうやって少しずつ励んで参るしかないの。」

それでも当分は忘れそうにない。

皆が皆懐紙で涙を拭って鼻をかみ、大騒ぎのこちらであったが、それは几帳の中でも変わらぬようだ。

碧黎は、軍神達に運ばれる侍女達や臣下達を眺めながら、苦笑した。

「それでも主らは最後まで聴いたゆえ。」碧黎は、言った。「これを最後まで聴けるのは、これを理解できる命だけぞ。理解できぬことや情報量が多すぎると、身に余るのでああして気を失う。狂うてしまうからの。主らが最後まで聴いて正気を保っている時点で、それだけ育った命ということよ。ゆえに我は、本気で弾くことなどないのだ。」

確かに最後まで聴けぬのに聴いても仕方がないかもしれない。

蒼は、大騒ぎの宮を見て、言った。

「では、先ほどの広間へ戻りましょうか。侍女達が倒れてしまったのでここまで酒を給仕する者が居ないし、あちらでないと何も無いので。」

皆が頷いて立ち上がろうとする中、天媛の声が几帳の中からした。

「蒼。なりませぬよ、こちらでも気を失っておる女神が居るのです。ええっと、玉貴様と桜様…燈子様もだわ。維月、そちらは平気ですか。」

維月の声が頷いた。

「はい、綾様と椿様はこのように。まあ安奈様?ダメだわ、安奈様も気を失っておられるみたいですわ。」

公明が、言った。

「桜は我が控えに連れて参ろう。治癒の者を遣わせてくれぬか。」

樹伊も、言った。

「ならば我も玉貴を。」

蒼も慌てて言った。

「安奈はオレが。大変だな、足りるだろうか。」

維心が、眉を寄せた。

「我らも控えに戻った方が良いか?手が回らぬのでは。」

蒼は、首を振った。

「いえ、今戻られても侍女が居ないので大変です。1ヵ所にまとまっておられた方が、世話をするもの達も1ヵ所なのでその方が。」と、十六夜を見た。「十六夜、あっちで琴でも弾いて聴かせて差し上げてくれ。オレ、安奈を連れてくからさ。」

十六夜は、えー?と顔をしかめた。

「なんだよオレが接待か。そこまで上手かないのによ。」

「いいから行って!」と、蒼は几帳を押しやった。「失礼しますよ、とにかく気を失ってる者達だけでも何とかしないと。」

碧黎が、言った。

「別に放って置いても勝手に目覚めるわ。悪いものではないからの。要は我の気に当てられただけぞ。その辺に転がしたままでも問題ないぞ。」

そうは言っても、そんなことはできない。

高瑞が、言った。

「主は安奈殿を何とかしてやるが良い。後は我が見て参る。嘉韻に進捗を聞いて来て主に報告するゆえ、案ずるな。」

蒼は、余裕なく安奈を抱き上げた。

「すまないな、高瑞。頼んだよ。」

天媛が、慌てて言った。

「お待ちくださいませ、お客様を放り出して行かれるのですか。」

高瑞は、苦笑して浮き上がった。

「非常の時ぞ。そんなことにうるそう言う神などここには居らぬから。主は、後を頼む。」

天媛は、それでも食い下がった。

「でも…、」

しかし、高瑞はそのまま飛んで行った。

それを見送って、天媛は悲しげな顔をしていたが、皆己のことに精一杯で、それには気付かなかったのだった。

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