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続・迷ったら月に聞け15~再会  作者:
月の宮の神
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宴の前の席

維心と維月が侍女に案内されたのは、宮の中でも中ぐらいの大きさの広間で、そこは庭を見ることができる明るい場所だった。

そこに、今日は床を作って畳を敷き、長いテーブルが半円を描いた形で設置されてあり、コタツのように綿入れの布が掛けてあった。

そこの中央の席へと案内された維心は、入り口を背に維月と共に座った。

座る時に侍女が綿入れの布をめくってくれたのだが、そこは掘りごたつのように足を下ろせるようになっていて、椅子のように楽に座っていられる形だった。

維月が、懐かしい、コタツみたいと思って足を下ろすと、中が本当にコタツのように温かくてじんわりと癒された。

座ったのを見てから、後ろから侍女が大きなクッションを背もたれになるように設置してくれた。

「…何との、珍しいわ。」維心が、綿入れをめくって下を見た。「中に熱を発する玉を入れておるな。だから温かいのだ。面白いの。」

維月は、微笑んで頷いた。

「人世では、これはコタツと申しましたわ。こんなに大きな物を見るのは初めてですけれど。」

維心は、頷き返した。

「月の宮ならではであるな。宮でも作らせようかの。良い高さのテーブルもあって、酒を飲みながら庭を眺めて皆と談笑できそうであるし。」

テーブルが長いが、丸く弧を描いているのであちらの端に座っていても顔が見えるし、神の耳なら難なく声が聴こえるし話ができそうだ。

上位の王達は、維心、炎嘉、焔、箔炎、志心、翠明、公明、高湊、樹伊、駿、そして蒼の11人。

ここに、妃を連れて来ている者達が隣りに並べたとしても、綺麗に収まってまだ何人もの席が余りそうな感じだった。

とはいえ、続きのテーブルなので、隣りが普段座っているより近くはなる。

それでも気にはならなさそうだった。

ちなみに、妃は誰が来るかと言うと、聞いているところで維月、椿、綾、桜、燈子、玉貴、杏奈の上位の宮の妃オールスターズだ。

燈子はしばらく宮で臥せっていたようだったが、維月が何度も文を遣わせている間に復活して来て、今ではすっかり回復していた。

それでも、蒼は気を遣って維心達とは離れた位置に燈子と高湊の席を設えたようだった。

侍女達がまずは茶をと持って来てくれるのを見ながら、維月は言った。

「誠に、人世を思い出す正月ですわ。」と、目の前に置かれた塗りのお弁当箱のような、器を見た。「これはお節料理と申すのですわ。本来は大きな物を真ん中に置いて皆でつつくのですけれど、こうして一人ずつ置いてくれてあるのですわね。懐かしいこと…月の宮では作っておるとは聞いておったのですけれど、私もお正月にこちらへ来ることがありませぬので、見ておりませんでした。」

維心は、それを見ながら頷いた。

「人世の正月料理か。聞いた事はある。食してみるか。」

維心がそう言った時、品の良い侍女が進み出て、屠蘇器を二人の前に置いた。

「お注ぎ致しましょうか。」

おっとりとまるでどこかの皇女のように言う侍女に、維月は微笑んで首を振った。

「いえ、我が注ぐので良いですわ。ありがとう。」

その侍女は、頭を下げて下がって行った。

維月が急須のような器を持ち上げて、杯を維心に勧めた。

「さあ、お注ぎしますわ。」

維心は頷いて、杯を持ち上げる。

維月がそこへ酒を注ぐのを見ながら、維心は言った。

「今の侍女…どうも、見たことがあるような気がするのだが。」

維月は、え、と振り返った。

「誠ですか?月の宮でお育ちになったおった時では。」

維心は、首を振った。

「いや、もっと前の記憶ぞ。」と、眉を寄せた。「…どこであったか。何分女の顔などあまり覚えておらぬから。」

すると、炎嘉が入って来て維心の横へとずかずかとやって来て、どっかり座った。

「維心!いや、誠に楽しみであるな!我は昨夜眠れずで年を越してしもうたわ。碧黎の本気が聴けるなど幸運よなあ。常の正月とは違って楽しゅうてならぬ。」

維心は、いきなりに思考を中断されて不機嫌な顔をしながらも、隣りの炎嘉を見た。

「こら、いくら身内のような者達ばかりでも、最低限の礼儀は弁えぬか。」

維心が本気でムッとしているのを感じ取った維月が、まずいと慌てて言った。

「炎嘉様、ちょうどお屠蘇でもと思うておったところですの。お召し上がりになりませぬか?」

炎嘉は、少し不機嫌になりながらも、杯を持ち上げた。

「まあ飲んでも良いわ。維心、主相変わらず本気でムッとするのをやめぬか。我らの仲でそんな細かい事を気にするでない。困ったヤツだの。」

維心は、言われて確かに自分はまた感情的に、と思い、ふっと息をついた。

「…分かっておっても抑えきれぬものがある。ならば主も少しは普通に振る舞ってくれぬか。さすれば我も、感情に踊らされずで済むからの。」

炎嘉は、維月に屠蘇を注いでもらってそれを持ち上げた。

「分かった。今年もよろしくの、維心よ。」

維心は、同じように杯を持ち上げた。

「こちらのこその。」

そうして、二人はそれをグッと飲み干した。

そこへ、ぞろぞろと志心、焔、箔炎と椿がやって来て、侍女に先導されて席に座り始めた。

「もう来ておったか主らは。」焔が言う。「夜には外の桟敷へ案内されるそうだぞ。そこで碧黎が演奏するんだそうな。蒼がさっき言うておった。」

志心が、頷いた。

「我もそう聞いた。夜が楽しみであるなあ。それまではここで酒でも飲んで待っておれと申しておったが、また珍しいものがあるの。」

志心が言うのは、目の前のお節料理のことらしい。

箔炎が言った。

「我は知っておるぞ。人世に行った時にこれはお節料理と申す正月料理なのだと。そうか、月の宮はこれを正月に作っておるのだな。」

そこへ、駿と高湊と燈子、樹伊と玉貴、公明と桜が入って来た。

そして、その後ろから蒼と杏奈、翠明と綾が歩いてやって来ていた。

「お、皆揃ったの。」

炎嘉が、それを見て言う。

蒼が、やって来て維月の隣りへと座った。その隣りに杏奈が座り、その隣りは志心で、その向こうは翠明、綾と並んでいる。

樹伊と玉貴がその、綾の隣りへと収まり、玉貴の向こうが駿といった感じになった。

維心の反対側、炎嘉、焔と来てその隣りは箔炎、椿で、その向こうが高湊、燈子、そして公明、桜だった。

ぐるりと半円を描いた長いテーブルの前には、畳を敷いた場所があり、その向こうが庭が臨める大きな窓だった。

蒼が、言った。

「本日は、お忙しい中無理を言いましてお集りいただきましたこと、有難い事だと思っております。碧黎様の演奏は夕刻から庭で始まりますので、庭に準備させた桟敷へと移って頂きますが、それまではこちらで歓談しながらお節料理と、お雑煮を作らせましたのでそれをお召し上がりになりながら、酒を飲んでゆっくりとなさってください。月の宮の正月を、皆様にも楽しんで頂ければと思います。」

維心が、言った。

「本日は招いて頂いてこちらこそ感謝するぞ、蒼よ。珍しい正月を過ごせること、我らも楽しみにしておった。皆の代わりに礼を申す。」

侍女達が、わらわらと盆の上に何やら器を乗せてやって来た。その器からは、湯気が上がっていて温かい食べ物らしい。

目の前に置かれた器を見て、維月がにっこりと微笑んだ。

「お雑煮でありますわ。ほら、お餅が入っておって。白みそ仕立てなのね?」

蒼は、頷く。

「オレがずっと食べてた物だからさ。雑煮といったらこれしか思いつかなくて、毎年ここではこれだよ。」

維月は、自分が人の頃に作って蒼に食べさせていたのに、その記憶も遠くなっているのが何やら寂しい気がした。

あの頃は、有も、涼も遙も居て、子達五人と正月を迎えていたものだった。

今では、三人は黄泉へと行ってしまい、会うこともできていない。

維月がどこか物悲しい気持ちにもなりながら、器へと口を付けると、とても懐かしい味がした。

「…おいしい。」

維月は、その味から蘇って来る記憶に、ただただ懐かしんでいた。

蒼が、言った。

「その、前の畳で楽器を演奏してもらっても良いのですよ。明日からの宴はここでずっとやろうと思っているんで、もし良かったら楽器を持って来させますから。」

炎嘉は、笑って言った。

「それは良いな。皆が酒を飲みながらそれを眺めていられるしの。」と、炎嘉の前に酒を補充に来た、先ほど見掛けた品の良い侍女を見て、炎嘉がふと、二度見した。「え?松ではないか?」

言われた侍女は、え、と驚いた顔をして、炎嘉を見た。

炎嘉は、まじまじと侍女の顔を見つめて、頷いた。

「そうよ、やはり松ぞ。主、こんな所で何をしておるのだ。(わたる)は?」

松と呼ばれた侍女は、困ったように頭を下げている。

蒼は、慌てて言った。

「炎嘉様、今はこちらの侍女をしておりまして。渡殿とは話がついておりまする。」

維心が、ハッとした顔をした。

「…そうか、どこかで見たと思うたら、渡の娘か。もっと幼い頃に見たきりであったから、忘れておったわ。」

炎嘉は、渋い顔をした。

「確かのあの宮は裕福ではないが、ならばどこかへ嫁がせれば良かったのに。なぜに侍女など。しかも誰かの話し相手ならまだしも、こうして立ち働く侍女に。」

蒼は、急いで言った。

(ゆう)(たか)。」二人の侍女が、寄って来て頭を下げた。「松にはそろそろ非番の時間であろう?下がらせて良いから、主らは他の侍女をこちらへ。」

二人は、頭を下げた。

「はい、王よ。」

そうして、松を自分達の影に隠すようにして、ササーッと下がって行った。

蒼がため息をつくと、志心が言った。

「我は見たことが無かったが、あれが渡の娘なのか。なぜにここに?」

炎嘉は、ブスッとした顔で言った。

「まあ、跳ねっ返りだと言うておったが、今はあのように落ち着いておる品の良い皇女ぞ。侍女の間に居ったら目立って仕方ないであろうに。蒼よ、なぜに渡はあれを侍女などに?」

蒼は、ハアとため息をつくと、仕方なく頷いた。

「実は…漏らさぬという取り決めであれをこちらへ迎え入れたんです。でも、炎嘉様は見知っておられたんですね。その、宮の外へ一人で出掛けたらしくて。その時に、はぐれの神に攫われてしまって。すぐに軍神達が取り返したみたいですけど、その時には身籠っていて。子と共に籠められていて、生涯恥だと出してもらえぬと、十六夜に助けを求めたんですよ。それで、オレが引き取るって書状を出しました。決して漏らさぬという約定の下に、松と子の比呂をここへ迎え入れて、侍女として使っておりました。あれが、普通に扱って欲しいと言うから。」

炎嘉は、神妙な顔をした。

「知らなんだ。確かに渡は、娘の話をついぞせぬようになっておったな。我は己を慕う宮の王達の世話をしておるが、渡はそのうちの一人なのだ。小さな宮であるが、あれは王としての誇りが大変に大事らしゅうての。何事にも気難しいヤツで、わけを聞いたら確かにやりそうなことだと思うわ。それにしても…娘と孫をの。」

志心も、頷く。

「いくら何でもな。子は臣下にでも育てさせたら、松なら他に良い縁があったろうに。誰も知らなんだのだしの。あれほどに美しい皇女であったのに、哀れなことよ。」

蒼は、息をついて頷いた。

「確かに。でもオレも、妃を娶るつもりもなかったし、そんな事を言っていたらここは大変な事になりますしね。松は侍女で良い、毎日が楽しいと申すので、そのままああして侍女として使っておったのですよ。皆とも仲良く楽し気にしておるし、あれが居ることで皆品良くしようと努めるので助かるんです。松自身が良いのなら、それで良いかなと。」

炎嘉は、頷く。

「まあ、ここは浄化の光が降っておって良い場所であるしな。あれが良いなら良いが。」

そこへ、高瑞と天媛がやって来た。

「おお、皆揃っておるようだ。」

蒼は、あ、と高瑞を見た。

「高瑞、駿の向こうが空いてるからそこに。」

高瑞は頷いて、天媛の手を取ってそちらの端へと歩いて行く。

空いていると思っていた席も、結構埋まって来て良い感じの席になって来た。

正月の席だし、ここは別の話題でも出してもらえないだろうか、と、蒼は皆を見回して、誰かが話し出すのを待った。

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