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続・迷ったら月に聞け15~再会  作者:
月の宮の神
122/158

憧れ

それからも、日々は淡々と過ぎて行った。

奈河にはまた二度目の幼少組の当番が回って来て、そこで浬を含む七人の相手をして一日を過ごした。

浬は、それは真面目で言ったことはきっちりと直して来る几帳面さがあった。

他の七人もそれなりにやるのだが、浬のそれは何やら鬼気迫るものがある。

その日の訓練終わりに、浬のことは自分が送って行くと言って、送迎担当の軍神が他の子供達を連れて飛び立つのを見送って、奈河は言った。

「さあ、共に帰ろう。隣りであるからの。」

浬は頷いて、浮き上がった。

本当は抱いて行っても良い大きさなのだが、一人前と扱って欲しい浬にとっては迷惑でしかないだろうと、奈河はその横に浮いて、スピードを合わせてゆったりと飛んで家路を急いだ。

すると、浬は真剣な顔で、横を飛ぶ奈河を見た。

「奈河殿。我はまだ真剣を持たせてもらえぬのだろうか。」

奈河は、驚いた顔をした。

幼少組に、真剣を持たせる事などない。

棒であっても怪我をするのに、幼い子供にそんな危険な事はさせないのだ。

「主は真剣を持ちたいのか?」

奈河が逆に問うと、浬は頷いた。

「早く一人前になりたいのです。ずっと棒で立ち合いの練習ばかりで、こんなことで軍神になどなれるのかと案じてしもうて。」

奈河は、苦笑した。

幼い頃は、そんなものかも知れない。

「…我も、父が軍神であってな。主より更に幼い、やっと立ち上がった頃から棒を持たされて立ち合いの真似事をさせられた。本来、結界内で育てばそんな早くからやらぬが、あんな場所であったから。早く身を守れるようにと、そうやって気が付いたら棒を振り回しておったわ。だが、そんな父でも我に刀だけは絶対に持たせなかった。なぜだと思う?」

浬は、首を振った。

「分かりませぬ。無かったからですか?」

確かに、あんな場所では刀一つも手に入れるのは大変だ。

奈河は、苦笑して首を振った。

「我の体の大きさに合う刀が無かったからよ。父ならどこででも刀を手に入れて来られたので、小屋には刀が数本あった。しかし、刀に振り回される体の間は、変な癖がつく可能性があっての。それに見合うだけの体にならねば、後々技術が伸びない可能性があった。長い刀なら癖があってもできようが、戦場で長い刀は不利なのだ。体に合った刀で、日々訓練しておくのがもっとも良い形だそうだ。主も、その体で戦う必要がないゆえ専用の刀などないし、今は棒で筋と型を覚える事に精進した方がよい。棒なら成長に応じて簡単に長さを変えられるゆえ、毎回合っておるか我らが見るであろう?急いで刀を握るのは、良いことではないのよ。」

浬は、じっとそれを聞いていたが、頷いた。

「つまり、体が大きくならなければ、技術が上がっても真剣を持つことはないと。」

奈河は、頷いた。

「その通りよ。主らの未来を潰しとうないからな。現にはぐれの神出身で、幼い頃から刀を持っていた軍神は未だに癖が直らず難儀しておる。下位に甘んじておって気の毒なほどよ。ゆえな、焦ることはないのだ。」

浬は、見えて来た自分の家に、奈河と共に降りて行きながら頷いた。

「はい。技術が未熟だからなのかと焦っておりました。でも、そうではないなら良かった。ならば、このまま精進します。」

奈河は、地上に降りたって頷いた。

「良い心掛けぞ。では…」と、浬の家を見た。「何ぞ、また八重が押し掛けておるな。夕殿も帰ったばかりで疲れておるのだろうに。」

浬は、首を振った。

「いえ、母上も最近では友ができたと喜んでおりますので。」

とはいえ、こう連日ではあちらも鬱陶しいだろう。

なので、言った。

「我が帰ったと伝えて欲しい。夕刻に家を頻繁に空けるでないと。どうしても夕殿と話したいのなら、非番の日にするが良いと申しておったとの。」

浬は、頷いた。

「はい。本日はありがとうございました。」

浬が頭を下げるのに、奈河は頷いた。

「良い。またの。」

そうして、屋敷へと入って行った。

入ってすぐの居間のテーブルの上には、使った茶器がそのまま片付けられずに置いてある。

奈河はため息をついて、それをさっさと流し台に運んで片付けておいた。

八重を少し、叱っておかねばと思っていた。


蒼はと言えば、毎日の報告を受けて、もう寝る準備をしていた。

とはいえ蒼はそんなに早く寝ないので、着替えたらまだ起きているつもりだった。

夕は思いの外優秀な侍女で、時々杏奈の所でも見掛けるようになった。

相変わらず隙の無い様子で、茶器が落ちそうになっても抜群の瞬発力でそれを支え、犠牲になる茶器が減ったのだと侍女長から上機嫌で聞いたぐらいだ。

だが、本人は穏やかな性質なので、基本おっとりしていて心証は良かった。

それに、傍に居ても邪な気を全く感じなかったし、夕は頼りになる拾い物だなあと蒼は思っていた。

そんな蒼の所に、裕馬がやって来た。

学校の方は一週間に一度ぐらいの報告で良いので、今日は顔を見ていなかったのだが、こんな夕刻になってから来るのはなぜだろう。

裕馬はもう長いので、蒼がこの時間は着替えてゆっくりしているのを知っているはずで、こんな時間に来るからには、何か話があるはずだった。

「裕馬?何かあったのか?」

裕馬は、苦笑して首を振った。

「いや、久しぶりに飲もうかと思って。」と、瓶の酒を見せた。「人世に居た神からもらったんだよ。持って来てたらしくて。神世へ来たらこんなのもないと思っていたら、案外神が人世に居りてそういうのを仕入れて来てるのが分かって、だったらって世話になってるからってオレにくれたんだ。」

蒼は、それを見た。

「へー、シャンパンか。久しぶりだな。客用には蔵に置いてるけど、自分が飲むことないもんね。」

裕馬は、頷いた。

「だよな。お前どうせ、まだ寝ないだろ?だからちょっと飲もう。」

蒼は頷いて、グラスを自分で棚から持って来て二つ、裕馬の前に置いた。

裕馬は、ポンと音を立ててコルクを抜くと、二つのグラスにそれを注いだ。

淡いピンク色をしている液体で、細かい泡がチラチラと立ち上っていた。

「じゃあ、乾杯だ。」

二人はグラスを合わせると、シャンパンを口に含んだ。

「ふーん、良い酒だ。」裕馬が、言った。「神って早く寝ちまうから、しょっちゅう飲みに誘ったりできないしなー。お前がいつまでもオレとおんなじサイクルで生きてて助かるよ。」

蒼は、笑った。

「恒にはそろそろ早起きしてくれって言われてはいるけどね。」と、ふと思い出して、言った。「そういや、夕が役に立ってるぞ。最近は杏奈の侍女達に混じって頑張ってくれてるぐらいだ。裕馬が結構しっかり教育してくれてたから、すんなり馴染んでるみたいだな。」

裕馬は、頷いた。

「結構賢かったんだよね。はぐれの神って結構動きから学ばなきゃならないから時間が掛かるんだけど、あっさり動きはマスターしたし。字も最初は子供みたいだったけど、めっちゃ集中力があって気が付いたらスラスラ書いてた。あれなら侍女だって大丈夫だなって思ってな。この前受け入れた女神は、侍女は無理で結局、今は裁縫を必死で習ってるところだし。ほら、明日香って名前をお前がつけてやった女神。」

蒼は、あああれか、と頷いた。

「だいぶ前に受け入れた女神だろ?え、まだ裁縫を習ってる段階だったのか?」

裕馬は、バツが悪そうな顔をした。

「そうなんだよ。教育に時間が掛かってしまってな。なかなか合格ラインに到達できなくて、結局一年居た。で、やっと卒業して、侍女にはちょっと性格的に無理かなって思ったんで、他は台番所か裁縫だろ?台番所は無理だって本人が言うから、仕方なく裁縫に送り込んだが…裁縫の彩花(さいか)が困ってたから、ちょっとものになるか分からない。」

蒼は、ため息をついた。明日香は、悪い女神ではないのだが、いろいろ不器用で、やる気はあるのだが上手く行かない感じだった。

それでも、娘が一人居るので頑張るしかないのだ。

「…頑張ってもらうしかないよなあ。いい子なんだけど、ちょっと不器用なんだよな。でも性格的にって、別に明るい子だったけど。」

裕馬が、首を振った。

「明るいんだが、なんていうかお祭り好きっていうか。酒も好きだし手に入るなら飲みたいタイプだ。悪い子じゃないのはその通りなんだが、侍女は王の物を取り扱うからな。落ち着いてないと無理だし、派手好きでも窃盗とかあり得そうだし、酒が好きなのも手に届くところにあったら惑うかもしれないしで困るだろ?だから侍女は避けたんだよ。」

言われてみたらそうだった。

はぐれの神達は、全て奪って生きて来たので、全く悪気なく他者の物を盗んでしまう。なので、最初に教えるのは、やっていい事と悪い事だった。

学校の校長を長年やっている裕馬には、そこのところが良く見えて分かるのだろう。

明日香は、侍女には向かないと判断したのだ。それによって、明日香自身も守られることになる。誘惑が目の前にあって、惑わないとは限らないからだ。

「そうか…悪い女神じゃないんだよな。役に立ちたいって気持ちもあるし。だからこそ、受け入れを許したんだし。機会はあげないとね。例え役に立たなくても…それでも、何かできることがあるかもしれないし。」

裕馬は、頷いた。

「だよな。いい子だから軍神の誰かが結婚してくれたりしたら、いい嫁になると思うんだけどなあ。まだ若いし、決まらないか。」

蒼は、言った。

「お祭り好きなら興が乗って案外あっさり誰かに決まるかもしれないしな。」

裕馬は、そこまで話して、ハッとした顔をした。

「そうだ。」と、椅子に座り直した。「あのさ、浬が今、軍の幼少組と、学校を行き来してるの知ってるか。」

蒼は、頷く。

「知ってる。浬が、まだ学びたいけど軍神の訓練もしたいって言うからそんな風にしてるから。」

裕馬は続けた。

「そうなんだよ。で、昨日だったか、夕が浬を連れて来てな。仕事前にいつもそうやって連れて来るんだが、それに八重も河玖を連れて一緒に来てて。河玖にも学校を見せてやりたいからって言ってたけど、まだ四カ月か五カ月の赤ん坊だぞ?まあ、学校は誰でも来て良い事になってるし、そのまま図書館に行くのも止めなかったんだが…夕に聞いたところ、子供が大きくなったら侍女になりたいんだって?なんか、毎日宮での様子を聞きに来るんだって言ってたんだ。」

蒼は、それを聞いて顔をしかめた。

八重は、諦めていないのだ。

嘉韻から、奈河には伝えたと聞いていたし、奈河はちゃんと八重に話したはずだった。

「…それは、奈河から嘉韻に問い合わせがあって、オレは断ったんだよ。八重には奈河が居るし、奈河は今50位でかなりたくさんの報酬がある。働く必要がないんだから、必要な女神に席を空けておくと言って。」

裕馬は、ハアとため息をついた。

「やっぱそうか。なんかなー八重からは明日香と同じ雰囲気を感じるんだよなあ。お祭り好きっていうの?いや、あれはミーハーかな。図書館からはコロシアムの方が見えるから、そこから飛び立ったり降りてったりする軍神を見ては目を輝かせていたらしい。オレは観察してる暇ないから、部下の図書館司書に聞いたんだけど。」

「え、奈河が居るのに?」

あれだけ出来る奈河が居て、どうして他の神達を見てうきうきしていられるんだろう。しかも、人前で。

蒼は、その神経が分からない、と思っていると、裕馬は神妙な顔をした。

「よくある事なんだよ。」蒼が驚いていると、裕馬は続けた。「はぐれの神って夫婦でここへ来たら、離婚率高いの知ってるか?」

蒼は、目を丸くした。

「知らない。そうなのか?」

裕馬は、何度も頷いた。

「そうなんだよ。何しろ、外じゃあ選べなかったわけだ。男は選んだのかもしれないが、女は大概が略奪婚だったりする。男も、ここに居る品のある女神に目移りする。お互いにじゃあいいか、ってなって、離婚するわけだ。ここは平和だし、生活を脅かされることもない。だから、恋愛とかそっちに興味が出て来るわけなんだ。お互いにだけどな。」

蒼は、眉を寄せた。

確か奈河は、八重の事を助けて、共に居ることになって行きがかりで娶ったと言っていたっけ。

という事は、お互いに感情的にはそうでもないのかもしれない。

だが、またひと悶着がありそうだし止めて欲しかった。

「…まだ赤ん坊抱えてるのに。八重ってそんな困った性質だったか?入る時に見た時は、普通だったんだけどな。」

言ってしまってから、蒼はハッとした。

…そうだ、八重の叔母。

幼い高瑞の美しさに惑い、虐待して身籠って処刑された女なのだ。

血は争えないのだから…もしかしたら、性質が似ていたのかもしれないではないか。

蒼は絶句して考え込んでいると、裕馬が心配そうに言った。

「どうした?大丈夫か。別に女神一人だし、気にするこたないと思うぞ。確かにちょっと…その、男好きっぽい感じに見えたが、結婚してるしな。奈河が外聞が悪いから、咎めるだろうし。問題ないよ。」

蒼は、男好きに見えるのか、とため息をついた。

八重の事は、少し警戒して見ておいた方がいいかもしれない、と、蒼は嘉韻にそれとなく命じておこう、と思っていた。

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