方針
蒼はいえば、宮を閉じているので相変わらず上位の宮としか付き合いはなく、たまに上位の王の誰かが訪ねて来るぐらいで、落ち着いて暮らしていた。
それでも天黎に対する気持ちは変わってしまい、前のように接する気持ちにはならなかった。
そもそもがあまり顔を合わせないので、蒼は自分から呼ぶ事もしなかった。
碧黎が現れたら、維心の事を伝えようと思っていたのだが、当の碧黎はあれから月の宮に現れてはいなかった。
だが、よく考えたら碧黎は、どこに居ても見えているはずなので、蒼がわざわざ言わなくて知っているのかもしれない。
それでも、碧黎がどう思ったのかは、知りたいと思った。
少しは同情して、あの反応も許して良いのではないかと思ったからだ。
それでも蒼も、王なので維心の事ばかり考えているわけには行かない。
今は、はぐれの神達の受け入れも無くて落ち着いてはいたが、あの宴の前に受け入れていた、神達の事も気に掛かる。
蒼は、報告を受けようと裕馬を居間に呼んで、それを待っていた。
裕馬が相変わらずの様子でやって来て、蒼の前へとどっかりと座った。
蒼は、言った。
「なんだよ、忙しいのは分かるけど、オレだって気になるんだからな。報告ぐらいしろよ。」
裕馬は、ハアとため息をついた。
「分かってる。だがな、お前が受け入れた子供達は、めっちゃ真面目だ。真面目過ぎて毎日授業が終わってもしつこいぐらい質問してくるんで、疲れるんだよ。ええっと、摩耶と、浬。夕はおとなしいし普通なんだが、あの二人は異常なほど学びたがるんだ。夕はやっと字を覚えて礼儀もしっかりしてきた感じなんだが、あの二人はもう、神世の歴史まで頭に入ってる。」
蒼は、興味を持った。
「へぇ。会って話してみたいな。摩耶は器用なようだったが、そろそろどこかに振り分けられるんだろ?何をするって?」
裕馬は、頷いた。
「いろいろ考えたみたいだけど、結局軍神になろうと思ってるみたいだ。浬は最初から軍神一本なんだが、まだ幼いしな。気がそこそこあるみたいなんだが、あれの父親は強かったのか?」
蒼は、あの時のことを思い出していた。確か、幹とかいったが、その男の気は軍神には無理だと思った記憶がある。
「いや…父親はそうでもなかった。ってことは、夕の筋からかな?」
裕馬は、頷いた。
「やっぱり。夕は女神なのにそこそこ気があるんだよな。その気になりゃいくらでもダンナをぶっ飛ばせたと思うのに、どうやら親が戦う感じの女だったみたいで。それが嫌で親の元を逃げたみたいで、そこから一人だったんだと。夫に拾われて、っていうかかどわかされて、まだ幼い頃だったしそのまま一緒に居たって感じらしい。」
子供の女神ならそうなるだろうな。
蒼は、十六夜が子供ばかりを保護していく、と言っていたのも道理かもしれないと思っていた。
とにかく子供をなんとかしなければ、不幸の連鎖は止まらない。
子供なら、教育次第で何とでもなった。
これ以上、夕のように望まない男との婚姻で不幸に暮らす女神と、その子供が出ないように、対策を考えて行かねばならないかもしれない。
「だったら、ちょっと考えないとな。」蒼は言った。「十六夜が子供を保護するとか言ってたんだよ。オレは最初反対してたんだけど、そうやって子供だけでも保護していったら、その後数百年で少しははぐれの神も減るんじゃないかな。ただ、母親が共に来るのが最低条件なんだけど、良い性質でなかったら子供だけになるんだけど、子供がそれでも来るって言うかが問題なんだけどな。」
裕馬は、頷いた。
「子供ってのはどんな母親でも慕ってることがほとんどだからなあ。難しいかもしれないが、やるだけやってみても良いかもしれない。ただ、うちが保育園みたいになるのは勘弁だけどな。」
確かに、子供の教育って親に任せて来たから、そうなったら学校が今のような形態から、幼稚園のような機能も併せ持ってものに変えて行かねばならないだろう。
そうなったら、保育専門の神も必要になって来る。
「…うーん、困ったなあ。それでも、何とかなるとは思うんだけど、臣下の負担が増えるしな。」
裕馬は、苦笑した。
「ああ、分かってるって。勘弁とか言って悪かった。考えとくよ。そうなった時のために。職員会議で意見を出させてまた形を作る前に蒼に知らせに来る。十六夜は、それまで子供の保護は待てと伝えておいてくれ。」
蒼は、裕馬に感謝しながら、微笑んで頷いた。
「うん。ありがとう、裕馬。面倒になるけど、やっぱりここ数百年を見ていても、焼け石に水だもんな。子供を徹底的に保護していくのが良いのかもしれない。これからの数百年を考えて。」
裕馬は、頷いて立ち上がった。
「じゃあ、オレは仕事が増えたから行くわ。じゃあな、蒼。」
蒼は頷いて、裕馬を見送った。
裕馬は、神格化してからもそう気が大きいわけではないのに、老いが止まっていてずっと人の頃から友で居てくれる唯一の存在だ。
月の宮が清浄な気で溢れているからだと思われているが、実際はそうではないだろうことは、蒼には分かっていた。
同じように人の頃の弟の恒も、現世に残って蒼を助けてくれている。
この二人がこうして現世に留まって自分を助けてくれているのも、恐らくは自分の精神のためだ。
二人が仙人になった時も、それから神へと変わった時も、碧黎がそうすることが一番良いのだと言って、やってくれたことだった。
碧黎は、蒼の心を案じてくれていて、それが蒼にとって、一番良いことで、蒼の心の安定が、神世の安定につながるのだと言って、考慮してくれているのを蒼は知っている。
この二人が未だにこうして生きて側に居てくれるのも、要は黄泉へ行けない蒼のためだった。
蒼は、そんな一人である裕馬には、あまり無理は掛けたくなかったが、それでもはぐれの神の子供の件については、確かにこれから進めて行くべきだと思っていた。
奈河は、宴を終えて帰ってから、また日常を厳しいながらも幸福に過ごしていた。
行き掛かりで助けて側に居るようになった八重も、最近越して来た隣りの夕と仲良くしているようで、毎日楽しげにしている。
奈河は、今日も仕事を終えて、八重と河玖が待つ屋敷へと帰って来た。
すると、八重は河玖を抱いて、隣りの夕と、その子の幼い浬と立ち話をしていた。
こちらに気付いた、八重が言った。
「まあ、おかえりなさいませ。」
夕が隣りで慌てて頭を下げる。
奈河は、言った。
「今帰った。珍しいな、こんな時間まで。中に入ったらどうだ?」
しかし、夕が首を振った。
「いえ、お疲れであられるのに。このような時間まで、奥様をお引き留めして申し訳ありませぬ。」
奈河は、驚いて夕を見た。
つい数週間前に来た時は、ここまで言葉もしっかりしていなかったのに、何と少し見ない間にまるで宮で見る侍女達のようだ。
奈河は、首を振った。
「良い。気にはせぬから。浬も、よう励んでおるか?」
浬は、頷いた。
「はい。本日は、我の気、軍神になれるだろうと言って頂きました。育つまでは立ち合いなど、幼い組で混ざって精進すれば良いと。」
奈河は、確かに大きめな気だ、と思いながら頷いた。
「そうか。良かったの。ならばいずれは共に戦う事になるやも知れぬ。お手柔らかにの。」
奈河が笑って言うと、浬は頬を赤くした。
「奈河殿は大変に優秀なのだと聞きました。我も追い付けるように精進致します。」
誠に完璧な受け答え。
奈河は、感心した。
僅かな間にかなりこの二人は学んでいるのだ。
夕は、頭を下げた。
「それでは、我らはこれで。楽しい時でしたわ、八重殿。」
八重は、微笑んだ。
「こちらこそ。またお話しましょう。」
そうして、二人は隣りの部屋へと入って行った。
奈河は、自分の屋敷へと入って行きながら、言った。
「誠によう学んでおるようよ。浬もだが、夕殿も。まるで宮で侍女と話しておるようだった。僅かの間にの。」
八重は側の子供用の椅子に河玖を座らせてから、奈河が甲冑を着替えるのを手伝った。
「はい。明日からは宮でお仕事を教えてもらうのだと申しておりました。夕殿はお一人なので…でも、働けるのが嬉しいのだと言うておりましたわ。」
奈河は、甲冑を脱いで部屋着に着替えながら、頷いた。
「ここは誠に良い所よな。女一人でも子を養って参れるのだ。危険もない。誠に良かったことよ。」
八重は、茶を淹れながら言った。
「我も、河玖が育って参ったら侍女として教育を受けられぬでしょうか。この子が学校へ通えるようになれば、我も手が空きますし。夕殿のように、王のお役に立ちたいですわ。奈河様から、王にお頼み頂けませんでしょうか。」
奈河は、考えた。確かに子育てが一段落したら、八重もここで暇だろう。
ならば何かお役目をもらった方が良いのかもしれない。
「…一度、聞いてみよう。」奈河は、言った。「とはいえ、侍女は余っているかもしれぬし、あまり期待するでないぞ。何しろ宮にはそんな女神が多く働いておるから、主は我が居るから働く必要はないし、母子で困っておるもの達の方を優先しなければならぬ。」
八重は、頷いた。
「はい。でも、宮で働けるのならとても嬉しいですわ。」
それは華やかな場は憧れるだろうが。
奈河は思ったが、黙っていた。
だが、一応王には問い合わせてはみよう、と、奈河は思っていた。
八重も、己一人で生きて行けるだけの、力は付けておいた方が良いと思うからだ。何しろ軍神である奈河は、いつ何があるか分からない。それは、ここまで訓練などして来て分かっていることだった。
河玖がまだ幼いし、奈河が居なくなった後で、河玖が路頭に迷うのだけは避けたかった。
奈河は、そう思って明日、嘉韻に頼んでみようと思っていた。




