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続・迷ったら月に聞け15~再会  作者:
月の宮の神
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合奏3

「まあ…!」綾が、ため息をついた。「何とハッキリとした、それでいて奥深い音ですこと…。」

維月は、維心の音と碧黎の音が、完全に重なっているのに驚いていた。

それでいて、二つの音はまた違っていて、碧黎の音の深みが、維心の正しく澄み切った音を引き立ててそれは美しいのだ。

そこへ、華やかに冴え冴えと炎嘉や焔の琴が続き、高瑞や蒼の音は癒されるようなおっとりとした空気を加えて得も言われぬ心地にさせるのだ。

奈河の笛も、危なげなくそれらの間を抜けてしっかり存在感を出していて、耳に心地よい。

薄暗い大広間の中で、天窓から見える星々を讃えるようにその音は響き渡っていて、音の洪水の中で夢見心地で漂うような感じがした。

一方、演奏している方もまるで己であって己でないような感覚に囚われていた。

間違いなく自分が演奏しているのに、まるで自分の指ではないような動きをする。

こうと思う前にもう、指が動いていて、これまでのように頭で演奏しているのではなく、完全に自分の感性だけで演奏している感じだ。

特に維心は、碧黎がぴったりと音を合わせて来るので、まるでその音が、自分が出しているような錯覚を起こしていた。

そうすると、あまりに心地良くてつい力が入ってしまう。こんな深い音が出るのなら、いくらでも弾いていたいと思わせる。

王達が演奏する天の川は、ざわざわといろいろな音を織り交ぜて絶妙なバランスを保ちながら流れて行き、そうして段々と遠く、その先が見えないのを表現して消えて行った。


しばらく、何の音もなかった。

しかし、後には割れんばかりの称賛の声があちこちから沸き起こり、場は現実へと戻って来た。

弾き終わった王達も皆、顔を赤くしていて、今の合奏の余韻に浸っているようだ。

匡儀が、手に持ったままの扇をまたバタバタとして、興奮気味に言った。

「のう彰炎、聴いたか?!ああ弾かねばならぬわ!やはり数ばかりで圧してもダメなのだ、深みよ深み!」

彰炎が、渋い顔をした。

「だったら主が弾け。我にばかり申してからに。」

高瑞は、久々の合奏の達成感に高揚した心地で奈河を振り返った。

「奈河、ようやったの。良い音であったぞ。この面子の中で、ようあそこまで。」

奈河も、興奮気味に頭を下げた。

「は!まさか、これほどに良い音の中で吹けるとは、父にも見せてやりたかった。」

蒼が、微笑んで言った。

「きっと見ておるよ。主の晴れ姿を、あちらでな。」

ならば良いが…。

奈河は、興奮冷めやらぬ様子で、他の王達も見た。

皆、それぞれの演奏を労い、笑いあっていた。

こんなに楽しい事があったとは、と、奈河は心底幸福感に包まれていた。

碧黎に、維心は言った。

「あれはわざとか?我の音に合わせておった。しかも、ぴったりと。」

碧黎は、頷いた。

「主旋律がバラバラではのう。それよりは太い一つの流れであった方が良いから。主の演奏は知っておるから。ぴったり合わせたのだ。」

炎嘉が言う。

「誠に素晴らしい!さすがは碧黎ぞ、これにあそこまでぴったり沿える者など居らぬから。主の音は深いゆえ、まるで維心があの音をそのまま出しているようだった。」と、自分の手を見た。「それに引かれるように、勝手に手が動いて。己ではないようだったわ。」

碧黎は、また頷いた。

「それが主らの実力ぞ。命の底から震えるような音に接して、それに応えようと常より良い音を出せたのだと思うぞ。楽しめたのなら良かったことよ。」

焔は、酒を注いで、碧黎に渡した。

「まあ飲め。主も宴を楽しまぬか。誠に良かったものよ、楽しめたわ。」

碧黎は、その盃を受け取り、言った。

「ならば良かった。」

そこからは、皆が皆酒を注ぎ合いながら、時に琴を弾いてみたりして、楽しみながら時を過ごした。

碧黎も、珍しくそこに留まって、皆が楽しむのを眺めていたのだった。


御簾の中では、綾が終わったと同時に扇を開いて必死に扇ぎながら、言った。

「ああ、誠になんと言う音。夢のような心地ですわ。油断しておりましたこと。」

桜は、声も出せずに余韻に浸っている。

夕貴も、興奮して言った。

「龍王様のお手が素晴らしかったですわ。皆それに引っ張られておるようでした。音に深みを与えていたのは、碧黎様のお手。なんと素晴らしい…あんなものを聴いておられたのなら、龍王妃様のお手が素晴らしいのも道理でありますわ。」

維月は、苦笑した。

「我など王にも父にも足許にも及ばぬ腕で。いつもお二人に教わってやっと弾いておるのですから。」ふと見ると、椿が涙を流している。維月は驚いて、慌てて言った。「まあ椿様?すっかり魅了されてしまわれたのかしら。」

椿は、首を振った。

「確かに素晴らしい音で…どうしたことか、命が震えるような心地で。困りましたわ、止まりませぬの。」

地が感応しておったものね。

維月は思いながら、胸から懐紙を引き出した。

「感性が豊かでいらっしゃるから。さあ、涙を拭いて。誰も見ておらぬのですから、大丈夫ですわ。ここは気楽ですわね、御簾に囲まれておるから。」

維心も、演奏が終わったら御簾を上げろと言っていたのに、それどころではないのか何も言って来ない。

なので、維月はそのまま籠っていることにした。この方が楽だからだ。

あちらでは、何やら話しながら琴を匡儀の方へ押しやったりしている。

どうやら、皆で戯れにいろいろ弾くようだった。

「…あちらもお遊びに。」と、和琴を押しやった。「綾様、何か弾いてくださいませ。」

綾は、とんでもないとまた和琴をこちらへ押した。

「まあ、維月様こそ。」

維月は、笑って言った。

「では、共に弾きましょうか。でも…そうだわ、菓子が。あれを食べてしまってからまた弾きましょう。」

そうして、維月達も楽しく茶を飲みながら菓子を食べ、そして、お互いに知っている曲を弾いてみたりしながら、楽しく過ごしたのだった。


宴は大盛況で続いていたが、妃達はそろそろ戻る時間だった。

王達は夜を徹して飲んだりするのだが、妃達はそういうわけにはいかない。なので、それぞれの侍女達が、そっと側までやって来て、そろそろ時間だと知らせていた。

維月は、それに気付いて、言った。

「…そろそろ、夜も更けましたわ。王は大変に楽しんでおられるようですし…まだ琴の音もしておりますものね。我らは先に戻っておきましょうか。我はこちらで今少し父の様子を見てから参りますので、皆様は先にご退出頂いて。」

綾は、頷いて微笑んだ。

「誠に今夜は楽しい宴でありました。このような雅な事は、何度経験しても良いですわ。また共に弾きたいですわね。」

維月は、頷いた。

「ええ、誠に。また茶会などで弾いたみたり致しましょう。お誘い致しますわ。」

綾は、頭を下げた。

「はい。楽しみにしておりますわ。それでは、本日はこれで失礼を。」

維月は、頷いた。

「ごゆっくりお休みくださいませ。」

次々に頭を下げて挨拶をする桜、椿、夕貴を先に見送って、維月は残った維月の侍女達を見回した。

「さあ、此度は大変にご苦労だったわね。あなた達が居てくれるから、滞りなく進められたのだと思うわ。後少し、楽器を皆様の侍女に引き渡したら、下がって良いわよ。」

真紀が、進み出て行った。

「そのようにおっしゃって頂きまして、我ら報われる心地でありまする。ですが維月様、お部屋へお戻りならねば。我らが皆下がってしもうては、お供する者が居りませぬ。王をお待ちになるには…まだ、掛かりそうですし。」

維月は、御簾の向こうの王達を見た。

確かに、まだ酒も持って来させているし、琴を弾き合って技巧を競ったりしているので、まだまだ帰りそうにない。

だが、じっと皆を眺めて薄っすらと微笑んでいる、碧黎はその輪に加わるでもなく居る。

維月は、言った。

「…お父様をお呼びするわ。」

真紀は、後ろの早紀と顔を見合わせた。

「でも…それでは、王が。」

維月は、苦笑して首を振った。

「お父様ならきっと、あれだけ宴に夢中でいらっしゃる皆様に気取られずにこちらへ来られるわ。」と、言った。「お父様。こちらへいらしてくださいませ。共にお庭にでも。」

すると、碧黎はチラと目だけでこちらを見たかと思うと、それは自然に、その場からスーッと消えた。

そして、維月の目の前にパッと出て来た。

「もう皆帰ったか。我と庭へ参るか?」

あちらでは、王達は碧黎が居ない事に全く気付いていない。

維月は、微笑んで手を差し出した。

「はい。もう帰らねばならない刻限なのですけれど、まだ合奏の熱も冷めやらぬので、少し散策したいなあと。侍女達ももう休ませてやりたいし。」

碧黎は、頷いて維月の手を握った。

「ならば参ろう。維心が煩いであろう?運んでやろう。」と、侍女達を見た。「維月の事は案じるでない。主らはここを片付けて休むが良い。」

早紀と真紀、それに他の侍女達は、深々と頭を下げた。

「はい、碧黎様。」

碧黎は頷いて、維月を見た。

「さ、では参ろう。十六夜も見ておったようだし、言いたいこともあるのではないかの。」

維月は、フフと笑った。

「誠に。お父様が出るなんて知らなかったでしょうから、それなら自分も出たのにと思っていそうですわ。」

碧黎は、クックと笑って言った。

「恐らくはな。」

そうして、二人はパッとその場から消えて行った。

侍女達は、もうそういう事に慣れっこだったので、楽器を片付けて他の宮の侍女達に渡すべく、せっせと励んだのだった。

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