宴へ
応接室を出た蒼は、隣りを歩く公明に言った。
「公明、助かったよ。オレがソワソワしてたら、言ってくれたんだろ?」
公明は、苦笑した。
「いや、我も練習しておきたかったからよ。何やら皆、手練れのようであるな。上位の王達は軒並み前世の記憶もあって上手いのだと翠明殿も言うておったし、我も負けていられぬからの。父上が生前我に教えてくれておったもの、威信に掛けてもとちるわけには行かぬから。」
高瑞が、言った。
「そのように構える事は無いのだ。遊びであるからの。合奏は皆で協力せねば上手くは行かぬから。皆弁えておる者ばかりであるし、問題ない。」
公明は、恨めし気に高瑞を見た。
「主はかなりの手練れであるではないか。前に一度宴の席で弾いておったよな。今はどれほどか。」
高瑞は、苦笑した。
「まあ、それなりに弾いておるからの。今は月の宮で暇であるからいくらでも励めるし。そういう主の琴だってそこそこやるではないか。」
公明は、ふうとため息をついて、言った。
「…ならば良いが。本日は、どうあっても良い音を聴かせねばならぬで。」
蒼は、え?と公明を見た。
「誰か来るのか?聴かせたい女神とか。」
最近色好い話もないもんなあ。
蒼が思って聞くと、公明は蒼を軽く睨んだ。
「誰にも申すなよ。離縁した妃が全く楽を嗜まなんだゆえ、次に迎えるなら共に楽しめる相手と思うておったのだがの、最近娶りたいと思う相手ができて。もう、二年ほど文だけの付き合いなのだが、そろそろ婚姻の打診もしたいと思うておって。その気になってくれぬかなあと思うて。」
高瑞は、ほう、と公明を見た。
「本日は多くの王族が来ると聞いておるし、どこかの皇女かの。」
公明は、頷いた。
「あれも本日琴を弾くし、我も負けておられぬで。」
蒼と高瑞は、顔を見合わせた。
琴を弾く…ちょっと待て。
「え…女楽に出る皇女か?」
というか、妃ばっかりなんじゃ。
またややこしい事になるのではと蒼が顔をしかめると、公明は言った。
「そら、全部が妃ではないではないか。」
言われて、高瑞があ、と蒼を見た。
「蒼、そういえばそうよ。駿殿の皇女の桜殿が離縁して戻っておるではないか。」
蒼は、そうだった、と公明を見た。
「え、公明、桜殿か?」
確かによくできた皇女だと聞いてるけど。
公明は、頷いた。
「ハキハキとした受け答えで頭の良い女神で。我が正気に戻ったのも、あれが助けてくれたのもあったからぞ。ゆえ、それからずっと文を取り交わしておって。離縁したばかりの頃からなので、さすがにすぐには婚姻などと言い出せなんだが、そろそろ良いのではないかと思うての。あれを失望させとうないし、他の王と見劣りするようなことがあってはならぬから。」
高瑞は、真剣な顔で言った。
「ならば励まねば。」と、足を速めた。「主の琴を聴かせぬか。お互いに悪い所を指摘し合って少しでも良い音を出せるようにせねば。」
高瑞に悪い所なんてないのに。
蒼は思ったが、恐らく高瑞は公明の琴を聴いて、もし悪い所があったら直してやろうと思っているのだろう。
三人は後ろからも王達が出て来たのを感じていたが、そんな事より早く部屋へ帰って練習だと振り返りもせずに足を速めて控えへと急いだのだった。
維心が、ギリギリまで炎嘉達に付き合わされて戻って来れずに、やっとの事で居間へと急ぎ足で戻って来たら、維月が髪を結上げて化粧をし、中身の着物を着付けている最中だった。
「あら」維月は、振り返って言った。「維心様、お帰りなさいませ。そろそろいくら何でもお呼びせねばと思うておったところでしたの。お着替えですか?」
維心は、頷いた。
「主が簪を挿すまでには帰らねば我が着替えられぬと言うておるのにあやつらは今一度今一度と煩う言いおって。とにかく、着替えるゆえ。」
維月は頷いて、中の着物だけならまだ軽いのでさっさと歩いて維心の着物に手を掛けた。
「間に合いましてよろしかったですわ。袴を履いてしまうと裾を踏んでおるので動きづらいですし。」
維月は、もう慣れているのでサクサクと維心を着替えさせていく。
維心は、目の前でサッサと動く、維月の頭をじっと見つめながら言った。
「…ほう、また凝った結い方よ。こちらの髪をこちらに…そうか、こう回しておるのか。簪はここに挿したら良いの。維月、我が挿すゆえ。持って参らぬか。」
維月は、グッと踏ん張って維心の帯を締めながら、頷いた。
「ちょっとお待ちくださいませね。とにかく、維心様の着付けだけでも終わらせてしまいますので。」
維心は頷きながらも、維月の髪から目を離さない。
どうやら、簪のバランスを考えているらしかった。
維月は、そんな維心には構わずその髪を振り乱して必死に維心を着付け、ハア、と息をついた。
「…終わりましてございます。」維月は言って、侍女を振り返った。「汗かいちゃったわ。お化粧大丈夫?」
侍女は、寄って来て綿のコットンでトントンと維月の額を叩いたり、化粧が無事かと確認している。
維心は、まだ言っていた。
「簪を持って参れ。維月の髪に我が挿すゆえ。」
維月は、維心を振り返った。
「維心様こそ、冠を付けさせてくださいませ。本日は正装でありますので、維心様にも飾りがございますの。皆様同じであられますから、維心様だけ見劣りしては大変ですから。」
維心は、顔をしかめたが、言われた通りに椅子へと座った。
そうして、維月に髪を整えられながら、言った。
「維月、御簾が多いのではないか?炎嘉達と少し覗いて参ったが、女楽の場だけぐるりと御簾で覆われておって中が我らからすら見えぬで。せめて我らの横ぐらいは、御簾を上げぬか。」
維月は、やっぱりな、と思ったが、維心に冠を乗せて固定しながら言った。
「はい。演奏が終わりましたら上げるように侍女に申しますから。」と、やっと維心の準備が終わった。「終わりましたわ。維心様には飾りが少なくていらっしゃるから。私はこれからですけど。」
維心は、満足げに頷いた。
「さあ、主の簪を。」
自分が挿すと聞かないので、仕方なく維月は急いで袴を履くとスツールに座り、侍女が捧げ持つ厨子に並んだ簪を、端から順番に挿し始めた。
どんどんと重くなって来る頭に、維月はどんどんと眉を寄せて行ったのだが、維心はそれとは逆に機嫌よくなりながら最後まで簪を挿し終えた。
維月は、この上にまだいつもの額飾りもあるし、頚連もある、そして何より一番上の豪華すぎて重い着物がある、とうんざりしていたのだが、維心は嬉々として維月の額飾りも乗せた。
「おお、よう似合う。やはり主は美しいの。着物には石は付けておらぬし、少しぐらい装飾が多くとも大丈夫よな?」
維月は、ジトッとした目で維心を見上げて、首を振った。
「本日は琴を弾きますので。あまり重いと動けず弾けぬようになりますわ。これぐらいでよろしいですから。ね?維心様は軽い装備でありますし。」
維心は、残念そうに頚連を置いた。
「そうか。確かにまた倒れては困るしの。せっかくに良い音になったのに、皆に聴かせねばなあ。」
今日は聞き分けが良くて助かった。
維月は思いながら、少し減った装飾にホッとしながら侍女達が持って来た、最後の着物を着付けられた。
これは確かに重いのだが、しかしながらあの事件から石が全く使われていないので、遥かに軽くなった。
今回は金糸だったし、金はとても軽いので問題ない。
維月は、これなら動けそう、と、ホッとしながら侍女達に帯を結ばれていた。




