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霧と幻と現実と

作者: 菅原十人

「ん? 」


 辺り一面霧だらけ。

 右も上も左も下も。どこにも霧が充満していて、全く視界が効かない。


「あれ、俺なんでこんな場所に? 」


 どこに進んでいるのか、他ならぬ彼には分からない。それでも、彼の足はどこかへ向かって進んでいく。


 気付けばそこには街があった。

 相も変わらず、霧は晴れないけど。そこは確かに街と呼べる場所だろう。彼には確信があったし、なによりもそこには街があるのだ。


「おじさん、どこからこんな場所に来たんだい? 」


 突然、彼の後ろから声がした。若い少年の声だ。


「なっ・・・・!? 」


 そこに誰かがいることすら気付けなかったことに、彼は驚きを隠せない。

 何せ。彼はその生き方故に、人の気配には敏感なタチなのだ。彼自身もそのことに一種の誇りを抱いていたのだから、彼にとってはとんだ大事件だった。


「そういうお前こそ誰なんだ 」


 驚きという名の巨大な金槌に、頭を打たれたような衝撃を感じつつ。それでも彼は、言葉で相手を探ろうとする。

 彼は見極めなければならない。少年らしい誰かが、彼に危険を与える存在なのかどうかを。それは義務感というよりも、職業病のようなもの。

 彼にとってはどうしようもない癖なのだ。


「オイラ? オイラはサーベラス。番犬って呼ばれることが多いけど。ま、今は案内人のようなものだと思ってくれればいいよ 」


 その少年のはどこにでもいそうな、絵に描いたような平凡な子供だった。

 だというのに、この違和感はなんだろう。

 見た目はただの子供。なのに、中身だとか本質と言うべきナニカがどうしようもなく釣り合っていない。見た目と中身があまりにもかけ離れていて、どこか一つが致命的に歪に感じられる。


「・・・・案内人とは? 」

「君が迷子になっちゃったんだ。なら、ちゃんとあるべき場所へ案内しないといけないだろ? だから案内人なのさ 」


 えっへん。

 誇らしげに胸を張るサーベラス。

 そのあまりに子供らしい、どこか見ていてほのぼのする光景に彼は今という状況を忘れ、警戒心が一瞬だけほんわかする心に取って変わった。


「へぇ、俺は迷子になったのか 」

「そうだよ。君がどこにいたのかは知らないけどさ、少なからずこんな辺鄙な場所にいたんじゃあなかったと思うよ? 」


 彼は思考を巡らせる。

 ここに足を下ろす前は、果たしてどこにいただろうと。

 少しの間考えて、彼は思い出したようだった。


「そういえばそうだったな。俺は羊飼いの知り合いに会いに行こうとしてたんだ。間違っても、こんな霧の立ち込めた場所じゃない 」

「でしょ? 」

「ああ 」


 なるほど、確かに自分は迷子なのかもしれない。彼にとって何かしら納得するところはあったのか、割とあっさりとサーベラスのいうことを信じることにした。


「そういう訳で、オイラの案内に従ってもらうよ。迷える者よオイラに従えーってね 」

「ははは。従わせてもらおうとも。道案内というのは、詳しい人に任せるべきだからな。サーベラスだってその例に漏れないだろ? 」

「もちろんさ! ここのことはオイラはよく知ってるからね。伊達にここにいる訳じゃないのさ 」


 自信ありげなサーベラスの表情こそが、その発言がいかに真なのかをよく示している。


「じゃあ、道案内は任せたよ 」

「任されたー! 」


 サーベラスの言うままに、彼は歩んでいく。

 霧だらけなせいで、彼の視界は悪い。だからどこへ向かっているのか、彼自身全く分かっていない。

 でも、サーベラスにとってはそうではないようだ。こんなに周囲のようすが見えないというのに、そんなことお構いなしにぐんぐんどこかへ進んでいく。その歩みには微塵の躊躇がない。

 彼には分からなくとも、サーベラスはきっと分かっているのだろう。


「しかし・・・・惜しいなあ 」

「何がだい? 」

「いや。サーベラスがどこへ行こうとしてるのかは分からないけど、少なくともあの街とは真逆の場所なんだろ? 」

「そうだね 」

「街があるってことは、美味しい料理とかないのかなって。今から戻ったりはしないけど、さっきのうちに食べとくべきだったかなあって 」


 はははと苦笑いしながら、彼はささやかな後悔を口にする。しかし、ささやかな後悔でもあり、ささやかな未練でもある。

 まあ。今更戻って食べようとは、流石の彼でも思っていないようだが。


「んー、やめといてよかったね。もしあそこで何か食べてたら、死ねなくなるくらいに後悔してたと思うよ? 」


 まるでなんてことないかのように話す。が、さらっととんでもないことを発言するサーベラス。


「本当に? 」

「本当の本当さ 」

「どんだけ不味いんだよ・・・・? 」


 逆に興味が湧かないかと言えば嘘になるが、彼にゲテモノ喰らい(不味いものを食う)の趣味はない。

 美味しいものは食べたくても、不味いものを食べたいと思う人間ではないのだ。彼という人間は。

 ちなみに珍味には喜んで挑戦する。


「食わなくてよかった・・・・ 」

「本当にね 」






 ***






「君、もしかして旅人? 」

「そうだが、それがどうした? 」


 どれほど歩き続けたか。

 彼はもう覚えていない。ただただ歩き続けている。今もさっきも、変わらずずっと。

 分かるのはこれくらいだ。


「いや、なんで旅なんてするんだろうって思ってさ。考えたことある? 」

「旅をする理由か・・・・ 」


 足を止めないままで、頭の中に想いを馳せる。

 理由(それ)に手が届くのに、そう時間はかからなかった。

 だってそれは、彼にとってとても大切な思い出で。そして、彼という人間にとっての原点だ。

 忘れてはいけないし、きっと忘れられないもの。


「昔々。爺ちゃんに話を聞いたんだ。『世界の果て』っていう場所があるってな。何にも無くて、だからこそ全てがあるかもしれない場所。そんな所があるって聞いて、俺はじっとしてられなかったんだ。それが理由だよ 」


 ぴたり。

 ずっと彼より前を歩き続けていたサーベラスは、初めて足を止めた。必然的に、サーベラスと歩き続けた彼も止まることになる。


「・・・・その『世界の果て』とやらに行った人間を知ってるのかい? 」

「いいや、知らないな。知らないからこそ行ってみたいし。正直に言うなら、知らないからこそ恐怖ってやつが俺の中から消えないんだ。厄介なことにな 」

「そうか 」


 サーベラスは何かを噛み締めるように。けど、それはたった一瞬。気付けば、何事もなかったような澄まし顔に戻っている。


「さて、オイラの案内はここまでだ。ここからは君だけが歩かなくてはいけないよ 」

「・・・・俺はこれからどこに歩けばいいんだ? 」

「君の思うままに真っ直ぐ歩けばいい。簡単なことさ 」

「それが難しいんだけどなあ 」



 さも当然のようにすぐに出来ると言わんばかりの言い草だ。簡単に出来るんなら、人生っていうのに苦しんだりしないっての。



 彼は心の中で悪態を吐きながら。

 最後に、案内をしてくれたサーベラスに礼を言って、出来る限り彼は真っ直ぐに歩みを進めていったのだった。


 サーベラスは彼という人間が、真っ直ぐに分からないなりに真っ直ぐにあろうとする姿を見続ける。霧が立ち込めたこの場所から、彼という人間が立ち去るその時まで。


「君という人間の歩みの果て。今度はちゃんとした場所に、迷わず来れるといいね 」





 ***





「   」


 なにか声が聞こえる。

 あれ、俺は、


「ラーク! やっとラークが起きたよー!! よかった目を覚ましてくれて 」


 どうしてここに?


「覚えてないの!? いつも通り羊を放してたら、ウチの近くでラークが血流して倒れてのよ! 私がどんだけ焦ったか!! 」


 あれ・・・・。

 俺、さっきまで霧の街にいたんだけどなあ。


「霧の街? アンタ何言ってるの? 夢でも見た? 」


 さあ、どうだろう。




 ・・・・もしかしたら、あれはただの幻だったのかもしれない。

 今となってはあれがなんだったのか、俺には分からないけど。

 でも、分かったことが一つある。



 きっと、世界の果てにはいつか辿り着けるってこと。



 それが重要なんだ。

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