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背中越しの恋  作者: 野本さとみ
9/19

秋田と三咲と別れてから、亮はまっすぐ帰宅した。

玄関を開けると魚の焼けたいい香りが漂った。

その途端、グーっとお腹が鳴る。

ここで、初めて空腹だったことに気が付く。

靴を脱ぎ、廊下を数歩。

左側のドアを開けると

「おかえりー亮。」

焼き魚を乗せた白い皿をテーブルに置きながら顔を上げると、目じりを下げほうれい線をくいっと上げて笑った。

食卓には、ホウレンソウ、鶏肉のソテー、卵焼き、みそ汁と日本食が並んでいた。

母は、日本食こそ最高の料理だと豪語している。

その割に、外食は必ずと言っていいほどイタリアンやら、ステーキといったザ洋食をチョイスする。言っていることと、やっていることが違うというのが我が母である。

世間一般的に言えば、所謂”天然”という部類に入ることは間違いないと思う。

「これから、飯?いつもなら、俺のことなんか待ってないじゃん。」

「亮の帰りをたまには、待とうと思っただけ。」

「親父は?」

「出張中よ。北海道だって。」


父は映画監督という仕事柄出張なんてざらだ。

映画監督なんていうと、頑固一徹のイメージを持つ人が多い。

家でも厳しいんでしょう?とか、怒鳴られるの?とか。聞かれることもよくある。

だが、父はそれとは真逆だ。

これまで、怒鳴られるどころか、怒られたこともない。

父親と接する時間が他の家庭と比べて短いから摩擦が少ないということもあるかもしれないが、父はいつも柔らかい眼差しで、温かく包み込んでくれる存在だ。亮の主張に静かに耳を傾け、全面的に信用してくれる。

それは、今でも変わらない。

だから、父は亮にとって、尊敬すべき存在であり、信頼すべき存在でもある。

「お母さんも一緒に行きたかったわ~」

そういって、ふふんと鼻歌を歌いながら、再びキッチンへと戻っていく。

どういう風の吹き回しかと、少しだけ思考を巡らせても母を理解するのは不可能だとあきらめる。

お喋りな母は、どうせ自分からべらべらと話すのだろうと思い、とりあえず着替えに二階にある自室へと戻ろうとリビングを出る。

「亮、すぐ来てよ~。もう準備できてるんだからね~。」



廊下に甲高く響く声に小さく返事をしながら、階段を上がり、正面のドアを開けた。

鞄を正面ベッドに放り投げ、左側クローゼットから手早くTシャツとジーンズを出して素早く着替えを済ませる。

そして、勉強机の上から二段目を開けスマホを取り出した。

携帯は、学校では持ち込み禁止ということになっているが、8割は持ち歩いている。

亮は残り2割の少数派に属する。

理由は簡単だ。携帯を持ち歩けば、その分トラブルも続発するというのは目に見えているからだ。

クラスでも、携帯に関するトラブルは日常茶飯事。聞いているだけで、うんざりだ。

だから、スマホ自体所持していないと公言している。

そんなわけで、必然的に自分の連絡先を知っているのは、ごく親しい人間だけということになる。

スマホの電源を入れると、ラインが届いていた。

唯からだった。


『お疲れ。帰ってきて、朝もらった箱思い出して、開けてみたらビックリ!亮が誕生日覚えていたこと自体にもだけど、かわいいネックレスにはもっと驚いたよ。初めてのプレゼントありがとう。ずっと大切にするね。』

届いたのは、つい数分前だった。

亮は、ゆっくり指先を動かす。


『なんか、最近元気なさそうだったからな。たまたま誕生日を思い出したからさ。たまにはいいかなと思っただけ』


たまたま思い出したなんて嘘だ。

本当はいつもちゃんと覚えていた。

でも「おめでとう」の一言も言いだすのが照れくさくて、いつも2,3日過ぎてから今思い出したと前置きしてから軽くその話題に触れるくらい。

でも今回は、たまにはこれまでの感謝を形にしてもいいかなと思った。

どんなことがあっても、いつも変わらずに隣にいてくれるその横顔に。

迷った時、背中を押してくれるその腕に。

躓いたときにサッと差し伸べてくれるその手に。

唯はきっと気付いていないだろう。

どれだけ、唯の存在が亮の力となっているのか。

思いを馳せていると、手の中のスマホが小さく震え視線を画面に移す。



『そうだね。ありがとう!

あ。そういえば、明日はうち朝練ないの。だから、亮は遅れないようにちゃんと行ってね!

じゃ、おやすみ。』

たいしたやり取りのない中での突然の強制終了に、亮は眉をひそめる。


『おやすみって、まだ20時だぜ?風邪か?』

『元気だけど、昨日あんまり眠れなかったの。この年頃は寝不足だとすぐニキビとかできちゃうんだから。明日は、担任と進路面談でしょ?だから、今日はもう寝ることにしたの。というわけで。お・や・す・み!』


強制的に切り上げられたメッセージのやり取りに違和感を覚えながら

『ま、とりあえず今日は、おめでとう。また明日な!』

と、送り返す。

きっと今日はもう唯からの連絡は来ないだろう。

こんな時、文字だけのやり取りは何とも不便だと思う。もしも、これが電話越しならば。相手の声色から多少なりとも感情を読み取れるのに。ただの画面だけのやり取りでは、相手の本心なんてわかりやしない。

苛立ちに任せて、電話をしようかと思うが、冷静なもう一人の自分がブレーキをかける。

冷静な自分に従うために、大きなため息をついて、亮はスマホをポケットに突っ込みリビングへと向かった。






「何してたのよ?」

なかなか来ない亮にイライラしていたのかキッチンにいた母がとげとげしく聞いてきた。

素知らぬ顔で、亮は並べられている料理の前に座り「別に。」とボソっと答えると、母は半目でははーんとしたり顔。

「唯ちゃんでしょ?お誕生日だものね。素直に言えばいいじゃない。なんで、わかることをわざわざ隠すのかしら。だから、この年頃の男の子って本当につまらないわよね~。」

小言を聞き流しながら、椅子に座りいただきますと呟くと、並べられている料理卵焼きをほおばる。

それを見て、母も向かい合っている席に座り、魚を解体しながら

「で、その唯ちゃんよ。ねぇ、唯ちゃん何かあったのかしら?」

という具合に、母の話はいつも唐突に始まる。

どこをどうしたら、何かあったということになるのかわからず口をもごもごしながら聞き返す。

「どういうことだよ。」

「ちょうどお母さんが買い物から帰ってくるとき、唯ちゃんが真横を走って帰っていったのよ。

声かけようかと思ったんだけど、ちらっと横顔見たら泣いてた・・のかしら。

なんだか、すごく悲しそうな顔してたのよ。

年頃だし、色々あるだろうな~と思って、気にしないことにしたんだけど。やっぱり、気になっちゃって。

で、家に帰ってから唯ちゃんに連絡したわけ。バースデーパーティうちでやらない?って。

そしたら『今日は用事があって行けないんです。せっかくなのに、ごめんなさい』っていう返事が来たわけ。」


今朝は、放課後にあさみとお茶するとかなんとか話していた。

その時はいつもと変りなく、上機嫌な唯だったはず。

だから、母が見たのは見間違いということも大いにありうる話だ。

亮は、野菜を食べながら咀嚼する。

「ふーん。そもそも、見かけたのは唯じゃなかったんじゃねぇの?」

人違いであってほしい、という思いからそう聞き返してみるが、母は少し怒ったような眼を向けてきた。

「そんなことないわよ!

絶対唯ちゃん。玄関入っていくところも、目撃してるわよ。

でも。あの顔だったから、何かあって一人になりたいのかなって…。

でも、せっかくの誕生日じゃない?

なんだか、放っておけなくて。」

母は、眉根を寄せて心底心配そうな顔をして箸を動かした。

唯は、自分の娘のようだという母にとってそういう心境になるのは仕方のないことだとは思う。

亮自身も、唯のことを他人事だと片づけられるほどの関係ではないことくらい自覚している。


と思っていた矢先に、急に母は亮を鋭く睨んだ。

「まさか!あんた何かやったんじゃないでしょうね!?」

突然母の矛先が自分に向けられ、白米が気管支に入ってむせ返る。


「なんで、俺なんだよ!」

ゲホゲホせき込みながら、かろうじて反論すれば。

「やりかねないじゃない。昔っから、あんたひねくれて者なんだもの。好きな子にいたずらしちゃう典型的な子供でしょ。行き過ぎて泣かせちゃったとか。大いにありうる話よね?」

過去を振り返れば、そんなこともあったような気もする。

的が外れているような外れていないような微妙な言動に一瞬言葉に詰まるが、首をぶんぶん振る。

「絶対違う!」

「ふーん。なら、どうしたのかしら。余計に気になるわ。唯ちゃんのお母さんは、仕事人間だし、きっと唯ちゃんのこと気にする余裕もないと思うのよ。」

箸をおいて悩まし気に腕組みをして、目を宙に泳がせて考え込んでいたかと思えば、右手をビシっと目の前に出して勢いよく亮を指さす。

「亮。何とかしなさい!」

「はぁ?」

「あんた、男でしょ!唯ちゃんを支えてあげなくてどうするのよ!」

ヒートアップしていく母に亮はため息をつく。

いちいち相手をしていたら、面倒だし、喧嘩するのもバカバカしい。

夕食をさっさと平らげると

「はいはい。ご馳走様。」

食器をキッチンへと運んでいく。

母はそれを見て、まだまだ言い足りないという顔を亮に向けてくる。

それも無視して、亮はリビングを出て二階に退避する。


電気をつけないまま、自室に入り音沙汰のないスマホをポケットから取り出して大の字にベッドに倒れ込んだ。

スマホを持った手を天井に伸ばしディスプレイに光を灯らせる。

唯からの連絡はなかった。

淡い期待は霧散し、スマホをベッドの脇にポンと投げ捨てた。

何かあったのではないかと危惧する母の言葉が、頭に響く。


ふと窓を見れば、向かいの唯の家が見えた。

この時間はどこかしらに明かりがあるのだが、今日は真っ暗だ。

先ほどのメッセージのやりとりに加え、母の話を総合してみれば、唯に何かあったというのは間違いないのだろう。

明日の朝は、別々に行くことになっている。

午後は、進路相談という面談もあり、なかなか学校で会う時間もなさそうだ。

それ以前に、何かあったのかと唯に直接聞いたところで、素直に事実を述べるとは考えにくい。

「…どうするかな…。」

いい考えも浮かばないまま、亮は頭をかきながらベッドから起き上がり電気をつけた。

学校の鞄からしわくちゃになった白紙の進路相談シートを取り出す。

ずっと埋もれていた道は今朝の唯の言葉で、はっきりと一本の道が現れた。

この先に、もう迷いはない。

鉛筆をとり、シートに書き込んでいく。


進路相談は、授業中に並行して行われる。五十音で割り振られた出席番号順に呼び出されていく。

進捗状況によっては、放課後までもつれ込む人も出てくると担任が説明していた。

ここでも、奇しくも出席番号が前後の唯と亮。

一つ前が水島唯で、後ろが宮川亮だ。

この機会を逃す手はない。

唯を捕まえる手段は、一つ。

いつも通りの正面突破だ。

唯との間に小賢しいやり取りなんかいらない。

亮は唯を捕まえる為の作戦を脳内に描きながら、書き終わったシートを鞄にしまい込むと、電気を消し、ベッドに身を投げ、亮は静かに目を閉じた。




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