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背中越しの恋  作者: 野本さとみ
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望まない再会

「昨日は、ごめん!!言いすぎました!」


朝、唯が教室に戻り着席した途端、あさみがすかさず小走りに唯の横に来て、頭を下げた。

唯は、突然の謝罪にビックリして目を丸くして、体を横に向けてあさみを見ようとすれば下げている頭が飛び込んできた。


あさみは、頑固だし、気が強い。

日本人は謝りすぎだと豪語するくらい謝罪することを嫌っていた。


そんなあさみだから、この謝罪はどれだけ勇気がいったことだったのか想像に難くない。

きっと、昨日はあれから色々と悩んで行きついた結果がこの行動だったのだろうと思う。

あさみの心中を考えると、唯の胸が熱くなるのを感じた。

うやむやにするでもなく、意見を無理矢理通すでもなく、あきれるでもなく、突き放すでもなく。

ただ真っ直ぐ私に向き合ってくれたその気持ちが嬉しかった。

唯は目を細めて、あさみの顔を覗き込んだ。


「ううん。私のこと心配して、言ってくれたって、ちゃんとわかってるから。

むしろ、あさみに感謝してる。持つべき者は、親友よね?」

唯はそういうと、照れ臭くなって笑った。

親友という言葉は、口に出せば出すほど軽いものになってしまう気がしてあまり、軽々しく使うものではないと思っている。

本当の友達が親友だとしたら、わざわざ言葉に出さなくたって伝わるはずだと信じていたから。

でも、それはただの独りよがりなのかもしれない。

親友の満面の笑顔を見れば、そんな風に思えてくる。

言葉にしなければ、伝わらないことはたくさんあるのかもしれない。


「よし!じゃあ、今日はお茶でもしに行こう!ご馳走するわ!」

あさみは手をパチンと叩いた。

「え?いいわよ。」

「いいのいいの。今そうしたい気分なんだから。

この私が誰かにご馳走するなんて出来事、後にも先にも二度とないわよ?

そんな、貴重な体験を断るの?」

あさみは、短い髪をふんわり揺らしてそっぽを向いて見せる。

「じゃあ、その希少な体験を有り難くさせていただきます。」


二人の笑い声が教室に響いた頃、教室に戻ってきた亮は密かに口角を上げた。







―放課後


一日の終わりを告げる鐘が鳴るとあさみと唯は教室を出た。


「宮川氏に言っとかなくて、いいの?」

あさみが、心配そうに眉をひそめる。

「何で?帰りは基本的にあさみと一緒じゃない。昨日はイレギュラーだったけど。」

「帰りが遅いと男と一緒なんじゃないかって、心配するかと思って。

って、そんなことないか。何気に唯のこと気にして、朝の会話聞いてそうだったしね。」

「まさか。無神経な奴がそんなのいちいち聞いてないと思うけど。」

「全体的にはね。でも、唯に関することには、異常に神経質よ。」

あさみは、ニヤニヤしながら肘で唯の脇腹つついた。


思い当たる節は、あるといえばある。とは、唯は口には出さずに。

落ち込んでいるとき、何も言っていないのに顔を合わせた瞬間、異変を察知してどうかしたのかと聞いてくることがある。

嘘をつくのが下手な私は、無意味に手を動かしてしまう癖がある。

髪を弄ってみたり、爪を弄ってみたり…

そんなほんの少しの挙動不審を、亮は決して見逃さない。

それが神経質といわれてしまえば、そうなのかもしれない。


一方で、私は亮に対してどうなんだろうと、ふと思う。

いつも励まされて、元気をもらうばかりで、亮には何もしてあげられていないように思える。

記憶を辿ってみてもこれまで、亮が落胆した姿を見たことがない。

彼の一番近くにいるはずなのに、何一つ力になれるようなことができていないのかもしれない。


ふと、複雑な思いに駆られ大きくため息を吐いたとき。


「そうだ!」

とあさみが叫んで、立ち止まった。


「本返すの忘れてた!ごめん、図書室すぐ行ってくるから下駄箱で待ってて!」


唯は、わかったと頷くと、あさみは走って教室に後戻りしていった。

その後姿を見送り、先ほどの妙な思いがザワザワと心を乱した。

とりあえず、落ち着こう。

そう思い、唯は下駄箱に向かうと邪魔にならない場所を見つけて、鞄から本を取り出すと読みかけの場所に入れてあったしおりを取り出し、読み進めることにした。

こういう時は、本に心を委ねるのが一番だ。

下校する生徒たちが幾人も前を通り過ぎてゆくが、気にせず本の世界に没頭していく。

小さいころから冒険小説が好きだった。

自分が絶対体験できない世界に連れ出してくれる。

父が病気で亡くなったときもそうだった。

小学二年生だった私は、まだまだ子供で真正面から受け入れることがなかなかできずにいた。

母もまた、父が亡くなったことに落胆し唯まで気が回らないこともしばしばあって。

そんな時、唯の一助となったのは本だった。

母と子の無言の食卓も。涙に暮れるばかりの日々も。

本を読んでいる間だけは、涙をとめることができた。

現実に苦しいことがあっても、悲しいことがあっても、本さえあれば忘れられる。

あの悲しみを乗り越えられたのは、もちろん本の力だけではなく、亮がいたことが最も大きかったけれど。

それでも、やはり本は確かに唯の力となっていった。

それは、今でも変わらない。


今手に取っている本は、終盤に差し掛かり盛り上がりを見せていた。

夢中で活字を読み進めていたその時。



「宮川君の幼馴染みさん!」



高く通る声が一瞬で唯を現実に引き戻した。

ドキリと胸を打った。

それは、聞き覚えのある声。

そして、一番聞きたくなかった声だった。


本から目を離して、声のする方向へ顔を向けると、クリクリした大きな目がこちらを見ていた。

長い黒髪を揺らしながら、昇降口で手招きしている。

山川高校の制服はセーラー服。

バイトをしていた時とずいぶん印象が違っていたために、姿だけでは誰なのかわからなかったけれど、あの印象的な目を見て今朝までずっと脳裏にちらついてした人物だと確信した。唯は手に持っていた本を鞄に戻しながら、三咲に手に導かれるがまま近づいていく。

足が重い。

それでも、行かなければならないと頭ではわかっている。

義務感にかられるように、無理やり彼女の方へ足を動かした。


「福島さん…。」

そう名前を呼べば

「あ。覚えていていてくれたんだ。」

三咲は、意外だという顔を向けた。

「てっきり、記憶から消し去れらていると思ってたから。

あ、それ以上に何でここにいるの?って、聞きたそうな顔してる。」

三咲は、そういって挑戦的な目で唯を見た。

唯は、目をむいた。

昨夜も亮と一緒にいる自分は面白くない存在なんだろうとは思っていたが、ここまで露骨に敵意を向けられるとは。

正直、予想外だった。


「今日から、テニス部合同練習試合することになったのよ。

これからしばらく、宮川君と一緒にいられるというわけ。

昨日の出会いといい、こんなにラッキーなことないわ!運命よね!」

三咲は、目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

「もう、彼は部室にいるのかしら?ワクワクしちゃう!ねぇ、知ってる?」

「亮なら、さっきまで教室で油売ってたみたいだけど、時間も時間だし、もうみんないるんじゃないかしら。」

そういいながら、唯はチラリと階段を見た。


誰でもいいから、来てほしかった。

でも、こういう時に限って誰もやって来ない。

落胆している自分自身を意識すれば、逃げたいと思っている証拠だと言われているような気がして、情けなさを覚える。



「亮…ねぇ。本当にあなた、羨ましいなぁ。」

唯が三咲の方に視線を戻すと、真っ直ぐ唯を見据え、鋭く睨み、口を歪ませていた。

その目の奥に確かな怒りと嫉妬の色が含まれていた。

この時唯には、成す術なんて何一つ持ち合わせていなかった。


「だって。大して取り柄がなくても、幼馴染みっていうだけで、亮って呼べるんでしょう?」

三咲の声は大きくなり、手の色が変わるほど握りしめる拳を震わせながら、唯に言葉をぶつける。

「なーんにも、しなくてもただボーッとしてたって、隣にいられるんでしょう?

バカでもブスでも、いいわけでしょ?

たまたまご近所さんで、たまたま同い年で。それだけでいいんでしょう?」

止まることを知らない三咲の声は高らかに響き続ける。

唯は、無表情に三咲の険しい顔を見つめていた。

それが、火に油を注いだのか三咲は今にも食って掛かりそうな勢いで一歩前へ。

「幼馴染みって、すごい特権よね。

たったそれだけで、我が物顔で一緒にいられるんだから。

本当に…」

三咲が更にその後を続けようとしたところに


「ちょっと!」


と、三咲の吐き続ける言葉を甲高い声が遮った。

唯の前に立ちはだかり、三咲に対峙するように短い髪を揺らして割って入ってきたのは

あさみだった。

それでも、三咲の眼中にはあさみではなく、唯しか映らない。

「だって、あなたも思わない?

あんなに輝いている人の傍にこんな子がいられるなんて、おかしいって。」

あさみに同意を求めるように、三咲は訴える。

止まらない三咲の暴言に、あさみは目をつり上げて三咲の肩を押した。

「あんた、何なの?

いきなり、唯に食って掛かって。

嫉妬するにも程があるわ!」

息を乱していたあさみは、そこまで言うと深呼吸して呼吸を整える。

と、あさみはふんと鼻で笑った。

「あなた、まるで手に入れたいものが手に入れられなくて癇癪起こしている子供のようよ。」

「何ですって!?」

三咲は、顔を真っ赤にして叫ぶとあさみの胸ぐらをつかみ、手のひらをその頬に向かって打ち付けようと腕を振り上げた。

「やめて!!」

唯はあさみと三咲の間に割って入ると、あさみを唯の背後に隠すように両手を広げて立った。

三咲は瞬時にターゲットを変え、唯の頬に向かって思い切りその手を振り下ろそうとした刹那。



「君は、山川高校のテニス部の子だよね?」

と、教師のような落ち着いた口調の男性が彼女の振り上げたその右腕を掴んでいた。

「僕は、3年のテニス部副部長の長野だ。これから、しばらくよろしく。」

そういうと、長野は掴んでいた三咲の腕を離し、少し下がった銀縁の眼鏡を持ち上げた。

三咲は自由になった腕を下ろし、口を真一文字にきゅっと閉じた。

険悪な雰囲気も動じることなく、淡々と長野は三咲に

「女子も男子も一旦集まることになってるんだ。だから、部室に集合してくれ。もう、山川高校の部員も何人か集まっているんだ。早く行ってくれ。」

そういうと、部室へと向かうよう彼女の背中を軽く押した。

静かに頷いて、三咲は何も言わず部室へと歩き出した。


だが、その眼には確かに憎悪の念が唯に向けられていたのを誰もが気付いていた。




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