進路
-ー翌朝
いつものように唯は自宅前で亮を待っていた。
バドミントン部もテニス部も朝練の開始時刻が同じであるため、登校は一緒だ。
相変わらず、道を挟んだ向かいの家の玄関のドアは開かないまま。
唯は自宅の門の前でぼんやりと足元を見つめていた。
昨夜、なかなか寝付けなかったせいか頭がぼーっとしていた。
それなのに、福島美咲という女の子の顔は鮮明に脳内に蘇る。
しっかり者で、自分の気持ちをサラリと言えて、可愛くて、キラキラしていて。
私があさみに言った「亮にお似合いの女の子」とは、まさに美咲のような子をいうんだと思う。
そういう子が、亮の隣にいてくれればいい。
共に光を与えあい、二人で輝きを与え続けていってくれれば。
それでいい。
ずっとそう思っていたのに。
とっくに覚悟を決めていたはずなのに。
なぜ、こんなに胸を掴まれたように苦しいのだろう。
「もしもーし。」
耳元で声がしてビックリして顔を上げれば、視界いっぱいに亮の顔が飛び込んできた。
手に持っていた鞄が手から離れ、バサリと地面に落ちる。
目が痛くなる程大きく見開くと、心臓がバクバク音をたてていた。
「ビ…ビックリした…。
もう!いるなら、いるって言ってよ!」
「出てきたときに、声かけただろ。気付かなかったのかよ。何考え込んでたんだよ。」
亮は、そういいながら、唯の鞄をひょいと拾うと唯に差し出す。
真っ直ぐ向ける視線に思わず目をそらしながら、唯はおずおずと受けとった。
「別に…。何も。」
「ふーん。」
そんな言葉信じると思うか?という顔をしながら、亮は相変わらずじっと見つめてくる。
その視線から逃れたくて。
「ほら、早く行こう。遅刻しちゃうわよ。」
そういって、唯は歩き出した。
釈然としない表情を浮かべながらも亮は仕方なく唯の少し後ろからついていった。
自宅から学校まで徒歩二十分という距離。
初夏の風が心地よく二人の髪を揺らした。
夏は、もう近い。
しばらく唯が先導する形で亮の前を歩いていると、亮は小走りして唯の前に立ちはだかった。
唯は、行く手を阻まれて仕方なく立ち止まる。なに?と眉間にシワを寄せて、口を開きかけたとき。
「これやるよ。」
いつの間に出したのか、手のひらサイズの小さな木箱を手のひらに乗せて、唯の顔の前に差し出した。
ブック型の木箱の入れ物。その蓋には蝶や花が繊細に彫られ、装飾されていた。
目をぱちくりさせながらも、一目見れば亮の手作りだとわかる。
性格はおおざっぱなくせに、手先は器用で工作が昔から得意だ。
小学校の頃は、夏休みの自由研究で、木で精巧に作り上げられ本当に使用できる映写機を持ってきたことがあった。巨匠と呼ばれるくらい有名な映画監督である父親と美術の先生をしていた母親。その二人の才能という血をしっかりと、引き継いでいるという証のような作品だった。
その完成度の高さから、マスコミ取材がきたくらいだ。
これまで、唯はそんな亮から、花束や、ブリキのおもちゃ、写真立て…様々なものを作っては、唯の家に持ってきたり、帰り道に手渡された。
その度に、唯の気持ちは一気に引っ込ませ明るくなり、自然と笑顔が溢れるのだった。
唯にとっては、それはいつも突然で、驚かされるばかりなのだが、よくよく考えてみるとそれはいつも、何かしら落ち込んでいたり、暗い気持ちになっている時を見計らっての行動だと気付いたのはつい最近のこと。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
ワクワクしながら、蓋を開けると。
ビヨーーーン!!
本物さながらの蛇が、勢いよく飛び出し唯におそいかかった。
「ギャーー!!!!」
唯の絶叫と共にが周りに響きわたると、通勤通学の人間が何事かとギョッしてこちらを見ていた。
箱が唯の手から宙へ舞い、亮の手の中に吸い込まれるように収まると、亮の顔はニヤニヤと悪そうな笑み。
「もうちょっと可愛らくできないもんかねぇ。」
「んなもん!できるわけないでしょ!!
私は、蛇がこの世で一番嫌いなの知ってるでしょ!?やっていいことと、悪いことがあるわよ!!」
ぜーぜー息を切らし唾を飛ばしながら、ありったけの抗議の声を上げる。
「まぁまぁ。今日は特別な日ということで~。」
ほれ。と亮は唯の右手をとると、先ほどの小箱を唯のその手の上に置くと強制的に握らされた。なんて、唯は亮をギロリと睨み付ける。
「何が特別よ。いらないっていってるでしょ。」
「もう蛇はいないぜ。」
「じゃ、何?」
「それは、今日一日終わって家に帰ってから開けてみるんだな。本当に自分のことは無頓着だよなぁ、お前は。ほれ、遅れちまうぜ。」
疑問符を頭の上にたくさん並べる唯を尻目に、今度は亮が先を歩いていく。
腕時計を見れば、確かにギリギリの時間だ。
箱を鞄にそっと仕舞うと、亮の背中を追った。
「ちょっとは、元気出たみたいだな。」
「え?」
「暗い顔してだんまりを決め込むより、そうやって可愛げなく怒っている方が、唯らしいぜ。」
亮は、そういうと歩きながら少しだけ振り返ってニヤリと笑うと、またすぐに背中を向けた。
何気ない言葉で、浮上していく気持ち。
何て、単純なんだろう。
さっきまで、うじうじしていた自分が嘘のように吹き飛んでゆく。
亮の背中を見ながら、これで一日頑張れそう。なんて、思ってしまうんだから。
唯は静かに微笑んだ。
唯も歩を進めると、急に亮が立ち止まって、あ。と小さな声が聞こえた。その右側に唯も並ぶ。
「そういえば、進路面談いつだったっけ?」
亮は顔を唯に向けて尋ねられれば、唯も同じように、あ。と小さく声をあげた。
「明日だった!すっかり忘れてたわ。」
先週、担任から細かく記載しろと進路シートが配られたのを思い出した。色々面倒そうな記入欄があった気がする。
「俺、何もやってねぇや。」
亮は面倒くせーと呟くと、項垂れた。
唯は顎に人差し指を当ててシートの内容を思い起こす。確か、志望校を書く欄もあったような。なかったような。
「亮は…スポーツ推薦とるの?」
「いや。テニスはただの趣味。そっちで食べに行く気はないからな。」
「亮は、オールマイティーだもんね。」
「まぁな。だから、余計迷うんだよなぁ。どこへ行くべきか。」
「テニスはないってことは、お父さんの道へ進むべきか、その他ってこと?」
「さすがに、監督になろうって気にはならないんだ。やるなら、技術系がいいんだよなぁ。でも、やっぱそっち系は狭き門だから、無難に他の道へ行くか迷いどころ。」
「へぇ。意外。」
唯は驚いていると、亮は心外だという顔をしている。
だって。まさか、亮が平坦な道も考えてるなんて、思ってなかったから。
「そりゃあ。そのうち、社会人になるんだなら、それなりに、考えるだろ。」
「それは、わかるけど。」
「そういう、お前は決めてるのかよ。」
「私は、残念ながら全く。本が好きだから、文学部にでも行くかなぁ…。」
唯は大きくため息をついた。
これといって、得意なこともないし、突出してできる勉強もない。
更に言えば、将来何をして働きたいかなんて、何一つ思い付かない。
平凡な人間は、夢さえも上手く描くことができないんだと、そんなことを思ったりする。
でも、隣にいる亮は違う。
「亮は、何だってできるし、どこへだって行けるでしょう?」
唯はそういって、空を仰ぎ、目を細めた。
雲一つないまだ青くなりきてれいないうっすらと白みがかった高い空。
その真ん中で、風にのり優雅に鳥が自由に飛び回っていた。
そう。
ああやって、亮はその大きな翼で羽ばたくのよ。
私なんか見えなくなるくらい
空高く。
ずっと遠くまで。
唯は、ゆっくりと視線を亮に戻すとニッコリ笑った。
「だから、私は亮が本当に行きたい道を行ってほしい。その道にどんなに、高い壁が立ちはだかっても、それをぶち壊す力があるんだからさ。もったいないこと、しないでよね。」
何とも言えない顔をしている亮に、まだ昇りきっていない日差しが、少しだけ赤く亮の頬を照らしていた。
唯は亮の胸に軽くパンチして悪戯っぽい笑顔を向ける。
ふと、唯は腕時計をみれば、朝練が始まる十分前をさしていた。
「亮!ヤバイヤバイ!本当に遅れちゃうよ!行くよ!」
そういっても、反応が薄い亮に唯は更に大きな声で
「は・や・く!!」
と、思い切り耳元で叫ぶと亮を待たずに走り出した。
「耳が壊れる!」
「バカみたいな顔してるからですよ。お先に~!」
亮も唯を追いかけるように走り出す。
それを見て、更に唯はスピードをあげた。
唯と亮の間には大分距離はあったはずなのに、足音はどんどん近づいて、あっという間に唯の隣に亮は追い付くと、唯の鞄を引ったくった。
「ほら!早くしろ!」
「うん!」
手を伸ばせばすぐ届くこの距離を保ったまま。
二人はいつもの道を息を切らしながら走り抜けた。