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九話 「籠の中の人形」


 それから暫くの時間が経過した。


「時間だ」


 半日と待った試合の時間がついに訪れ、この場に居た人達はやって来た闘技場の係員に次々と連れていかれた。


 隣のサーシャが連れていかれる最中、彼女は「行ってくるね」と言い、ガドが係員に連れていかれ、彼はこちらへ目配りをすると、任せろ、と言わんばかりに強面ながら屈託の無い笑顔をこちらへ向け、通路の奥へと歩いて行った。


 一人、また一人と連れていかれ、数十人といたこの場の者達は段々と数が減っていき、その後ろ姿を眺めている内に、遂にはこの場に居るのは自分一人だけになってしまった。


「大丈夫だよね」


 最後に残ったソラは、一人静かに檻の中で皆の無事を祈る。


 会ったばかりではあるが、同じ境遇を背負い、共に今の窮地を乗り越えようとする彼らは自分の中ではもう仲間の様な立ち位置に居た。それにサーシャやガドとも一緒に亜人達が住む国に行くと約束もしたのだ。

 もう、今更彼らの事を他人だとは思えない。


 耳を澄ますと、微かに聞こえてくる人の声。

 もうすぐガドがここを出ていってから一時間くらいが経とうとしていた。


 依然としてソラの首に嵌められた枷は外れず、この場に誰も帰ってこない。

 何かあったんじゃないか、と心配するソラは、そんな首枷を強く握り締めた。


 すると、奥の通路から靴音が近づいて来るのが聞こえる。

 誰か帰って来た、そう思いソラは視線を向ける――が、通路の奥から姿を現したのは闘技場の係員であった。


「出番だ、来い」


 やがて係員はソラのいる檻の前で止まるとそう言い放つ。 


 遂に自分の番が来た。

 相手は誰になるのだろうか。先程ここを出ていったガドか、あるいは他の誰かになるか。戦うにしても命の取り合いまではしないと言うが、きっと怪我を負う事になるに違いない。そうなれば相手は、せめてサーシャじゃない事を祈りたい。


 そう思うソラを他所に、係員が檻の扉を開き、壁に繋げられた鎖に手を付ける。腕と足の枷は外れたが、首に付けられた枷だけは依然と付けられたまま。そして、その首枷から伸びる鎖を引かれ、ソラは檻の外へと連れ出された。




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 薄暗い石の通路を進む。

 湿った足場は裸足で歩くには少し冷たく、ひたひたと音が木霊する。


 やがて、視界の先の方が明るくなっていく。

 そこに近づくにつれて耳に聞こえてくるのは多くの歓声。耳に響くようなそんな音に、何事かとソラが思っていると、目の前を歩いていた係員がふと足を止め、こちらへ振り向く。そして、係員は手にしていた鍵でソラの首枷に付いていた鎖を取った。

 すると、前方の方で金属の擦れるような音が響き、錆びた鉄格子が上へ上がっていく。


「持て」


 次いで係員が、通路の端に置かれた武器立てから一本の剣を取り出し、それをソラに持たせた。

 そして、次の瞬間。

 

「ほら、さっさと行け」


 ソラは背中を押され、その錆びた鉄格子の柵の先へ放り出された。その途端、思わず目を細めてしまう程の眩しい光が照らしつける。


 押されて倒れ込んだ先は、ジャリとした感触の乾いた地面と、天井に吊るされた幾つもの照明に照らされた広い場所。


「さぁ、皆様。大変名残惜しいですが、次が者が最後になります!」


 すると、何処からか大きな声が響き渡る。


「これまで数々の戦いを勝ち抜いてきた歴戦の戦士ガド! 彼と挑戦者の対決はここに決着しました!」


 慣れてきた視界が段々と周りの光景を捉え始める。

 そして、ソラは持たされた剣を支えに立ち上がり、目の前へ視線を向けた。


「そんな彼を破り、こん闘技場の頂点に君臨したのは挑戦者――ミュルクヴィズの森の『大喰らい』マンティコアだぁッ!!」


 ――ワァアアアアッッ!!


 周囲から観客席から大きな歓声が鳴り響く。

 視線の先。そこには大きな黒い影がいた。


「――ぁ」


 そこで、ソラは喘ぐ様に声を漏らす。


 それを目にしたと同時に、必然的に周りの景色が目に映る。

 そこには、赤、赤、赤。乾いた地面に染み付いた赤い染みはそこら中で広がり、その近辺には人の()()らしきものが転がっている。


 すると、視線の先の黒い影、その下には先程檻から出ていった筈のガドの姿があった。

 血塗れになって地に伏せる彼は、ソラを見つけると、こちらへ腕を伸ばす。


「に、げろ……!」


 必死に絞り出した声でガドが苦しそうに叫ぶ。


「さぁ、彼女は果たしてどの様に、かの魔獣から逃げ回るのでしょうか! いよいよ、最終戦の幕開けだぁ!!」


 やがて、支配人による司会の言葉が会場に響き渡り、それに続いて鼓膜を裂く程の歓声が轟いた。


「だ、めだ、お嬢、ちゃん……逃げ――」


 次の瞬間。

 その言葉は途切れ、赤い鮮血が宙を舞い飛び散った。


『オオオオオオォォ!!!』


 腹の底から震える様な雄叫びが響く。

 

 視線の先に映るのは、一体の怪物。

 黒い毛皮に包まれた巨躯に、背中に生えた蝙蝠(こうもり)の様な羽に、後ろへ伸びる(サソリ)の様な鋭利な針の付いた尻尾。その頭はまるで憤怒する男の顔が張り付いた形をしており、引き裂かれた様な口元は真っ赤に染まっている。


 ――ワァアアアーー!!


 周囲で耳煩い歓声が響き続ける。

 人で埋め尽くされた観客席。そこにいる人達は大きく分けて二つ。

 拳を振り上げ、喜ぶ様に叫ぶ者。

 こちらを見下して、まるで面白い物でも見るかの様に笑みを浮かべる者。


 目の前で人が大勢死んでいるという状況にも関わらず、誰一人として慌てた様子が無い。

 狂っていると、ソラは思った。


「な、なんで……そんな……」


 すると、視線の先に佇むマンティコアと呼ばれた魔獣は、その頭をこちらへ向けた。

 

 目が合った。その瞬間、背筋が凍ると同時に頭が真っ白になる。

 そして、ただこう思った。


 殺される。


 やがて、視線の先の怪物はこちらへ身体の向きを変え、歩み始める。それから、ゆっくりと近づく足取りは段々と早くなり、やがて僅かに地面を揺らしながらこちらへ駆け出した。


 ドスン、ドスンと重たい足音が近づいて来る。


 だが、ソラは恐怖とショックのあまり腰を抜かしてしまっていた。

 動かないと、逃げないといけないのに、身体が思う様に動かない。

 

 そんな最中、奴は遂に目の前まで来た。

 そして、次の途端。会場を震わせる程の大きな咆哮が轟いた。


『グルゥオオオオォォ!!』

「――っ!」


 耳が張り裂けるその声に当てられて、ソラは我に返る。

 と、次の瞬間。目前まで迫った巨躯から振るわれた鉤爪が薙ぎ、反射的にソラはそれを(すんで)の所で身を屈めて回避する。それに引き続き、もう片方の腕がソラの頭上に覆い被さり、危険を感じて後ろへ飛び転がった瞬間、先程までいた場所が踏み抜かれ、持っていた鉄の剣は地面と共に潰れて拉げた(ひしげた)


 少しでも遅れていたら危なかった! いやだ、殺される! 早く、逃げないとッ!


 ソラは瞬時に起き上がり、怪物に背を向けると、全速力で走った。

 それと同時に背後で、足が震える程の咆哮が響き、続いて地鳴りのような足音が聞こえ始めた。

  

 走れ、走れ、走れ!!


 死に物狂いで走るソラ。

 だが、幾ら逃げた所でこの場に逃げ道は無い。高い壁に囲まれた試合場は、たとえ壁を乗り越えたとしても、その上にはドーム状に頑丈そうな金属の鉄格子によって覆われている。もし、仮にそこから強引に逃げ出そうとしようとしても、その前に自分は殺されてしまうだろう。


 状況は最悪。しかし、せめてもの救いは後ろを追いかけて来る怪物が自分よりも走る速度が遅い事だった。初めは真後ろに圧倒的な存在感はかなり後ろの方まで離れ、今は一定の距離を保ち続けている。 

 

 そんな逃げ惑うソラに「逃げるな!」「戦え!」と周囲の観客から怒声が飛ぶ。


 逃げるにしても、いずれ体力が尽きれば、追い付かれて殺される。だが、戦ったとしても、どうせ自分は殺される。


「あっ」


 と、ソラはある事を思い付く。


 ――『あれ』を使えばどうにかなるんじゃないか。


 どうして今まで気付かなかったのだろう。脳裏に浮かぶそれは、いつしか急に現れ、望まずして手に入れた『黒い腕(ちから)』。堅い木ですら、一振りで切り倒すあの力さえあれば、或いは……。


 走るソラは視線を自分の腕へと向ける。

 きっと、これを見せれば自分は化け物として見られる。そうなれば周りの人に何と言われるか分からない、とそんな考えが脳裏を過ぎる。


「迷ってる暇なんてない!」


 そして、ソラは腕へ意識を向けた……。


 その時だった。


「た、助け、て……」

「っ!」


 ソラの耳にその場の誰かの助けを呼ぶ声が聞こえた。


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