八話 「約束」
『脱走の計画』と話すガドは口角を吊り上げ、笑みを浮かべる。
「試合では戦う事を強要されるが、その程度までは言われてない。試合になれば、いずれこの場に居る誰かが必ず戦う事になる。だが、もしそうなっても戦っている振りさえしとけば、それで良い」
「それで大丈夫なの?」
「あぁ、この前の試合で確かめたが、振りだけでも命令に従った事になっていた。まぁ、これだけは不幸中の幸いと言うか、誰だって好んで命のやり取りはしたくないからな」
ガドがそう言うと、他の檻に居る者達も同意した様に頷く。
世の中には戦いや殺しを好む奴はいる。が、それは別。ここには、そんな戦闘狂は居ない。皆、生き残る事に必死だが、それでも望んで誰かを傷付けたい訳ではないのだ。
「計画、と言ってもそんな大層なものじゃない。単に俺が支配人を殺す、もしくはそいつが持ってる契約の証を壊して首枷の効力を無くす、って感じだ」
首枷をした者に命令を下せるのは、契約者である支配人ただ一人。それさえ始末してしまえば、首枷は効力を失ってただのガラクタになるそうだ。
そして試合だが、試合形式は勝ち残り戦。
一対一の試合をし、それで勝った者がその場に残り、負けた者はその場を去り、残った者は次の相手と戦って、誰かが勝ち残っていく。その上で、自分達はガドを勝ち上がらせる為に戦った振りすれば、後は彼がどうにかしてくれる。
「作戦決行は、俺の試合が終わった瞬間だ。出番がいつになるか分からないが、試合の後の解説だかなんだかして油断している支配人を俺が殺す。そうしたら、その隙に嬢ちゃんらは会場から外へ繋がる出口まで走って逃げろ」
会場には、試合場の通路から続く二つ、そして観客席に四つの計六ケ所の出口が存在する。各々、一番近い出口から混乱に乗じて逃走する算段だとガドは話す。
「ガドは逃げる時どうするの?」
「ん? 俺は……まぁ、俺も奴を始末したら急いで出口に向かうさ。というか、俺が一番出口に近いかも知れないしな」
嬢ちゃんは自分の事を心配してくれ、と言うガド。
「それに、もしもの事を考えて会場には俺が依頼した助っ人が既に何処かに潜伏している。俺達がいざ首枷を外した後で手助けしてくれる筈だ」
ふと、ガドが『助っ人』と言った事にソラは首を傾げる。
こんな檻に閉じ込められた状況なのに、自分達以外に誰が居るのかと。
それに、助っ人の話については、ソラだけでなく周りの人達も知らない様子であった。皆、首を傾げて「助っ人」「誰だ」と口ずさんでいる。
「まぁ、試合の時間まで時間はある。それまでは……そうだな、ここを出た後どうするかでも考えていてくれ」
▼ ▽ ▼ ▽ ▼ ▽
計画について話を聞いたソラ。
試合までの時間はまだ半日以上時間があるらしく、それまでの間、特に何をする訳でも無く、壁を背に膝を抱えて座っていると、サーシャやガド達にここへ来る前の事を聞かれた。
ソラは少し考え、それから彼らにこれまでの経緯を話して聞かせた。
研究所の事、町での出来事、そして騙されてここへ来た事。
話を聞いたガドは、自分の事ではないのにも拘らず何処か申し訳なさそうにし、サーシャは唇を引き結び、顔を俯かせていた。
「そうか、そんな事が……」
「……」
彼らなりに思う所もあるのだろう。特にサーシャは自分と同じ亜人だ。同じ目に遭ったとは言う訳ではないが、似た様な状況を体験したのではなかろうか。
「だったら嬢ちゃんはここから出たらどうするんだ? もし、行く当てが無ければ俺達と一緒に行動しても良いが」
ガドはそう言ってソラを旅の仲間に誘う。
優しいと一瞬思った。きっと、これは自分の事を心配してくれて言ってくれているのだと思ったからだ。
だが、ソラは戸惑った様に顔を俯かせた。
「一緒に行きたいけど、私はここを出たら亜人の国に行きたいから……」
亜人の国に行きたいと言っても、これは自分の事を騙した盗賊達が言っていた事だ。これが嘘か本当かも分からない。例え、それが嘘であったとしても、あると信じずにはいられない自分がそこにいた。
「亜人の国か。なら、嬢ちゃんは世界樹の方を目指すんだな」
と、その時。ガドが耳を疑う様な事を言う。
それを聞いた途端、俯くソラは目を大きく見開いた。
「亜人の国って? そんなのあるの?」
すると、話を聞いていたサーシャがガドへ聞いた。
「たしか世界樹の麓より先の方だったか。国境からミュルクヴィズの森という場所を抜けた先に亜人達が住む国があるって聞いた事がある」
別名「黒い森」と呼ばれる世界樹の周りを囲う巨大な森林地帯。
森の中は、その名の通り頭上を覆う木々の所為で光が全く差さず、夜の様に真っ暗だとか。その上、巨大迷宮の様に入り組んだ天然の迷路になっており、更に夜行性の魔獣が住み着いて徘徊しているという。
そんな事もあってか、人々の間では足を踏み入れたら最後、生きては出られない魔境とも言われたりもするらしい。
「護衛を付けるならまだしも、嬢ちゃん一人が行くのは危険だぞ? 森には魔獣がいるが、その道中にも盗賊や奴隷商人なんかが居てもおかしくないからな」
「盗賊……」
ソラは盗賊と聞いて、先日の出来事を思い返し、確かに危険だと思う。しかし、そんな危険を冒してでも行きたいとさえも思っていた。
一人で行くのが危険なら、ガド達がついて来てくれればと思ったが、彼らにも彼らのやりたい事や事情があるだろうし、それにソラはそんな危険だと思う事に彼らまで巻き込みたくなかった。
仕方ないか、とソラは考える。
と、その時。隣の檻のサーシャが鉄格子を掴み、こちらを向いて声を張り上げた。
「なら、私がついて行く!」
「え?」
「一人が危ないなら、私達二人で行けば大丈夫でしょ?」
そう言い、満面の笑みを浮かべるサーシャ。
「二人ならって言ってもなぁ……」
それを聞いてガドは頭を掻きながら困った様に唸る。それから、少しの間悩んだ末に「よし」と言うと、こちらを見て口を開いた。
「なら、俺が途中までお前達と一緒に同行しよう。流石に亜人の国までは一緒に行けないが、森を抜けた先の辺りまでなら大丈夫だ。お前達もそれで良いか?」
ガドが他の者に確認すると、他の皆は「問題ない」と言って返す。
「よし! じゃあ、決まりだな」
ガドはそう言って、こちらへ白い歯を見せる。
「え、でも……」
「駄目、かな?」
視線の先で、檻越しに上目の視線を向けて来るサーシャ。
元々一人で行くつもりだっただけに、一緒について来てくれる仲間が増えるというのは凄く心強いし、嬉しい。
だが、心の何処かで『信用するな』と言う自分が居るのも確かだ。
――また裏切られるよ。
と、心の中で囁く自分が居るのも確かだ。
「二人は、良いの……危ないんでしょ?」
そんな引け目を感じているあまりか、少し声が震えていた。
すると、そんな時。
隣の檻から手が伸びて来る。サーシャの手だ。
その手はソラの頭の近くまで来て頭を撫でようと……するが、届かずその手前で空振る。次いで、必死に届かせようとするが届かず、サーシャは「うーん!」と言って、その手を上下に振り始めた。
そんな彼女の様子に、思わずソラは口を綻ばせる。
それから、ソラはその手を取ると、サーシャは届いたと言わんばかりにソラの手を握り締めると、声を張り上げた。
「あたしは平気だよ! どんな目に遭っても大丈夫だから!」
「あぁ、俺も大丈夫だぞ。それに、別に嬢ちゃんが気にする事はないぞ。俺達は自分の意志でお前について行くんだからな」
そう言うサーシャに続いて、気にするな、と言って手を振るガド。
そんな彼らの様子を見ていると、ソラは何処か吹っ切れた気持ちになった。
「うん、分かった。ここから出られたら一緒に行こう」
「やったーっ! 約束だよ?」
「うん、約束」
そして、ソラとサーシャは檻越しに手を繋ぎ合い、次いで互いに笑顔を見せあった。