七話 「鎖の音」
「っ……」
意識が戻る。
目を開けると、しばらく目を瞑っていた所為か、視界がぼやけてよく見えない。
それから、ふと目を擦ろうと顔に手を伸ばしたその時、手が首の辺りで何か固い物に当たって、ジャラと煩わしい音を出す。
「え?」
瞬きを繰り返し、ぼやけた視界が元通りになると、その目に映ったのは腕に嵌められた手枷と鎖であった。よく見ると腕だけでなく、首と足にも同じ様な枷が嵌められ、それらは鎖で背後の壁に繋がれている。
そして、見上げた視線の先に映ったのは、薄暗い中で鈍い光沢を放つ鉛色の鉄格子だった。
「ここは……」
そこは薄暗い場所。
広さは人が二人もいれば狭く感じる程のもので、前方と左右を鉄格子で囲まれていて、背後には石の壁。それに空気が何処か湿っていて、遠くの方で水滴の落ちる音が微かに聞こえる。
ソラは檻の中に閉じ込められていた。
――どうして、こんな場所に。
ソラは意識を失う前の記憶の糸口を探る。
そして、思い出したのは気を失う直前に見た、あの男達の歪んだ笑顔。
親切だと思っていた自分の事を裏切り、騙した。そして、動けなくなった自分は気を失って、そのまま殺されてしまうと思っていた。だが、幸いにも殺される事は無く、自分はどうやら生きているみたいであった。
それを証明する様に今、頭が割れそうな程痛い。それに気分も良くない所為で少し吐き気がする。
微かな頭痛に頭を押さえるソラは、それからチラリと自分の腕に取り付けられた鎖付きの枷を見た。少し古びてはいるが、頑丈そうな手枷だ。
次いで、その手枷を外そうと腕を捻ったり、腕を振って鎖を引っ張ってみるが、煩わしい音を立てるばかりで、一向に外れそうな気配は無い。
どうしよう……これじゃあ、ここから出られない。
せっかく外に出て自由になれたのに、これでは振り出しだ。いや、振り出し所か状況は最悪だ。今、こうして自分は生きているが、ここを抜け出せなかったらその内、ここへ来た誰かに殺されてしまうかも知れない。
その焦る気持ちのあまりか、手枷を振り解こうとする行動も激しさを増していく。だが、ビクともしない様子にソラは更に焦りを感じる。
と、その時。
「気が付いたみたいだな」
「っ!?」
突然、恐らく自分に対して投げかけられた言葉が耳に届く。男の人の声だ。
急いで声のした方へ振り返ると、そこには薄暗い暗闇の中に浮いた紫色の目の様な光が一つ浮いていた。
「っ!?」
それを見たソラは驚き、弩にでも弾かれた様に声のした方から素早く遠ざかり、背後の壁に背をつけた。
誰か来た、殺される。
「そんなに警戒されると、少し心が痛むな……」
すると、再び男の声が耳に届く。
視線の先――ソラはよく目を凝らす。段々と視界が暗さに慣れていくと、そこには茶色い短髪に角張った強面な顔つきの大柄な男がいるのが見えた。
そして、どうやらその男は自分がいる檻とは別の檻に閉じ込められていて、首、手、足と頑丈そうな鎖で拘束され、壁に繋がれている。そして、紫色の目に見えた光は、どうやらその男が首に付けた首枷が発する光だったみたいだ。首枷の丁度中央に埋め込まれた石みたいな物が紫色に光っている。
「大丈夫?」
「っ!」
すると、今度は直ぐ隣から声が聞こえる。
次は女性、というよりは。
「女の子……?」
振り返った方、檻の鉄格子を挟んだ先には、もう一つの檻があり、そこには首を横へ傾け、栗色の髪を揺らす一人の少女がいた。
自分より少し年下だろうか、布を簡単に縫い合わせた様な服に身を包んだ彼女は心配そうに眉を顰めている。
「耳?」
そこで気が付いたのが、彼女の頭の上でまるで生物の様に動く耳だった。ひょこっと機敏に動くそんな耳にソラは目を奪われる。
なんだか、可愛い。
「あの、君も亜人だよね?」
「君も?」
君も、と言って首を傾げる彼女に、ソラは真似する訳ではないが同じように首を傾げて疑問を返す。
色々な人に亜人と言われてきたけど、自分には彼女の様な耳は無い。唯一の共通点と言えば、彼女にも尻尾が生えていた事だ。でも、こちらと違って毛深い。
「ん? えぇーと、私はサーシャ。見ての通り犬人族だよ」
そんな耳と尻尾を興味深そうに見ていると、少女――サーシャは、そう言って頭の上の耳や尻尾を見え易い様に見せてくれるが、見ての通りと言われたとしても何も分からない。なんせ、この子の様な特徴のある子は初めて見たのだから。
「…………」
とりあえず、ソラは再度頭の上に手をやり、彼女の様な耳が無いかを確認する。
当然、そこにサーシャの様な柔らかな耳がある訳でも無く、頭へとやった手は
すると、目の前のサーシャは「どうしたの?」と言って首を傾げた。
「きっと、起きたばかりで混乱しているんだろうよ」
そうしていると、先程見た檻に閉じ込められている男がそう言う。
「自己紹介が遅れたな、嬢ちゃん。俺はガドって言うんだ」
「……私はソラ」
「おぉ、よろしくな。嬢ちゃん」
ガドと名乗った男は、よろしくな、と言い、片腕を上げる。
よく見ると隣にいたサーシャやガドだけではない。この場には他にも多くの檻があり、その中には枷を嵌められた人達が閉じ込められていた。
「ねぇ」
と、自己紹介を終えたソラはふと口を開く。
今はサーシャの事だとか、男の名前だとかの事よりもソラには聞きたい事があった。
「ここは何処?」
それは今、自分が居る場所。
見るまでも無いが、この場所は気を失う前に居た場所とは全然違う。
そんなソラの質問に対しガドは、無理もないな、と言って頷き、次いでこの場所について話してくれる。
「ここは神聖国内にある『地下闘技場』だ」
「地下闘技場?」
って何、とソラは聞こうと思ったが、ガドはそのまま話し続ける。
「俺達はこの闘技場で奴隷として買われてここにやって来たんだ」
「買われて……という事は、私も?」
ここへ来る前の最後の記憶で、盗賊だった男が『売り物』がどうとか言っていた。それで、もしやと思ってソラはガドへ聞いてみた。
すると、案の定ガドは「あぁ、そうだ」と言って頷いた。
「嬢ちゃんの首にも付いてるソレがあるだろ」
そう言ってガドは自分の首に嵌められた首枷を忌々しそうに突く。素材は金属で、中央には鈍く光りを放つ宝石の様な石が嵌め込まれている、そんな首枷だ。
「ここでは、毎日の様に俺らみたいな奴らが無理矢理戦わされてる。この首枷は契約者の命令を遵守する呪詛が籠められていて、逆らうと……て、まぁ、こんな難しい話をしても嬢ちゃんには分からないか」
「?」
話をしていたガドは途中、話を聞くソラの反応を見て肩を竦める。
「ようは強制的に殺し合いをさせられてるんだよ、俺達は」
「え」
殺し合い、と聞いてソラは言葉を失う。
「首枷がある限り、俺達はここの奴らには逆らえないって事だ」
「逆らえない……絶対に?」
「無理なんだ。俺達は、この首枷の所為でここの支配人の命令には逆らえない」
視線の先でガドはそう言い、悔しそうに顔を顰める。
「奴らにとって俺達の殺し合いはショーなのさ。所詮、俺達は演劇でなんかで使われる『人形』であって、幾ら壊れようと替えの利く『物』だと思ってやがる」
ガドだけではない。よく見ると、彼の他にも檻に閉じ込められた人達は悔しそうしていた。
「だが、それも今日までだ。遂に計画を実行に移す時がきた」
すると、先程まで悔しそうな表情をしていたガドだったが、次にはその表情も明るくなる。
「そうだ、お前は運が良いぜ!」
「あぁ、何てったって今日は計画を実行する日だ」
「この計画が成功すれば、晴れて俺達は自由の身になれる!」
ガドがソラに「計画を」と話すや周りで同じように檻へ閉じ込められている者達が口々に『計画』と口にし始める。
「計画?」
気になったソラは、ガドへその事を聞くと。
「あぁ、脱走の計画だよ、嬢ちゃん」
ガドは、そう言って口元に笑みを浮かべた。