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六話 「偽りの優しさ」


 辺りもすっかりと日が落ち、森の中は冷たい暗闇に包まれた。だが、そんな森の一角では焚き火の温かな光が周囲を照らす。

 そこには、複数の男達と一人の少女が各々食事や談笑している風景があった。


「ん、美味しい……!」


 器の中のスープを匙ですくうと口に運ぶ。

 その途端、頬が痛い程の旨味と身体の芯から染み渡る様な温かさを感じて、ソラは思わず声を上げる。


 数日ぶりの食事であり、外の世界で初めての食事。

 あの場所の物とは違う。たった一口しただけで、こんなにも満足感が得られる温かさを初めて味わった。これが夢にまで見ていた外の世界の食べ物。こうして味わえただけでも、外の世界に出てきて良かったと十分に思えた。


 それからは言葉も話さず、ただ食事に夢中になるソラ。そして、そんなソラの様子を見た周囲の男達は可笑しそうに声を上げて笑った。


 この人達は自分の事を見ても化け物だと言わなかった。それに武器を持って殺そうとしてくる様子も無い。それどころか親切に食べ物までくれた。


 初めは警戒していたが、話すのが苦手な自分に対して気さくに話し掛けてくれたり、どんな些細な事でも親身になって聞いてくれる、そんな彼らの優しい態度に不思議と安心感を覚えた。


 そうこうしている内に、ソラはその一団とすっかりと打ち解け、この人達なら話を聞いてくれるだろうと、今まで不満に思っていたあの町での事を彼らに打ち明けた。


「ははは、だろうなぁ! この辺じゃあ、そうだろうな!」

「あそこの町は亜人差別の酷い所だからな、入れて貰えないのも当然だろう」

「あそこだけじゃなくて、国全体がそうだけどな」

「そうなの?」


 どうやら、彼らの話を聞くに、自分は亜人と呼ばれる人種で、普通の人族とは違う存在らしい。そして、この国では亜人を迫害し、冷遇する様な差別が存在するらしく、一般的に亜人は奴隷、それを逃れたとしても貧しい暮らしを余儀なくされるとの事だ。

 つまり、自分は亜人で嫌われている。だから、それが原因で町ではあんな目に遭ったと言う訳だ。

 

「なんで、私は亜人なんだろう……」


  ソラは頭に生えた角を手で撫でる。

 この角も、腰に生えた尻尾も、ついこの間まで自分には無かったものだ。これの所為で自分が多くの人に受け入れられないと知ると、急にこの角と尻尾の存在が憎くなった。

 どうして、こんなものが急に……。


 これさえ無ければ。

 そう思ったソラは、頭の角を強く握った。


「まぁ、この国じゃあ駄目かも知れねぇが、なら他の国に行けばいい」

「……え、他の国?」

「あぁ、この森をずっと東に進んで、国境を越えた先に行けば嬢ちゃんの姿を見ても、馬鹿にする様な奴が少ない町に行けるかも知れねぇな」

「それって?」

「亜人の国だよ。そこなら、嬢ちゃんと同じ姿の奴が居ても不思議じゃねぇからな」


 男は私の頭の上の角を指先で突きながら、そう話す。

 

 亜人の国? そんな場所があるなら、こんな私でも普通に生きる事が出来るかもしれない。 


「私、行ってみたい! その亜人の国に」


 ソラはその場から勢いよく立ち上がり、その話をしてくれた男に声を張り上げる。


「おいおい、本気か? ここから随分と遠いぞ」

「それに一人旅は危ないから気を付けろよ。ここいらじゃあ、盗賊なんかもいるからな」

「うん、大丈夫」

「そうか? 嬢ちゃんが良いって言うならいいけどよ……」

「亜人の住む国ってどこにあるの?」

「それは簡単だ。あそこにある木の麓を目指して行けば、もうそこからは亜人の国さ」


 男はそう言って指差す。

 その差し示す先、ソラはその指先を添うように視線を動かし、やがてその方向を向くと、そこには雲を穿ち、天にも届きそうな程巨大な樹木が存在した。


「わぁ……凄い、綺麗」


 辺りが暗くなった夜でも空に浮かぶ星々の様な神々しく青い輝きが大樹の周りを渦巻き、螺旋状に天へと昇っていく姿が見てとれた。

 その幻想的な美しさに、思わずそう呟く。

 

 あそこの下に、私と同じような人達が住んでるのかな。それに、あの周りで光ってる青い光は何なんだろう。

 

「悪いな、大雑把な説明で。俺はこれだけしか知らないんだ」

「なんせ、話に聞くだけで実際に行った事はないからな」


 彼は不甲斐なさそうに謝るが、今の自分にはそれが分かっただけでも凄く嬉しかった。


「ううん、大丈夫。ありがとう」


 あまりの大きさに直ぐ近くにあると思ってしまうけど、多分凄く遠い先にあるんだろう。あの麓まで行くには何日歩けば辿り着くだろうか。居ても立っても居られない。今すぐにでも、あそこに行きたい。


 ようやく見えた希望。

 早まる気持ちを胸に、ソラは器のスープを口の中へかき込む。


「まぁ、そんなとこだ。と、器の中身が空だが、おかわりはいるか?」

「うん、お願い」


 男はソラから器を受け取り、焚き火の方へと向かう。そして、懐から取り出した()()の中身を鍋の中へ注ぐと、よく掻き混ぜ、それを器へ装う。

 やがて男は戻って来る。


「ほらよ」

「ありがとう」


 ソラは差し出された器を受け取る。

 それから男へ礼を言い、手に持った器の中のスープを匙ですくい、口まで運ぶ。


「亜人の国か、一体どんな所なんだろう」


 最初に町へ行ったあの時、もしかすると外の世界には自分の様な者の居場所は無いのだと思った。でも、彼らの話を聞いて、こんな自分でも普通に生きていける場所があるかもしれないと知った。

 大丈夫、まだ希望はある。

 そう考えただけ、心の中の不安が少し和らいだ気がした。


 ソラの顔に自然と笑顔が浮かぶ。


 


「まぁ、無事に行けたらだけどな」




「―――――え?」




 匙を口にした――その時、男の口元がいやらしく歪められる。 


 次の瞬間。

 途端に揺れ始めた視界。

 それと同時に不気味な程震え始めた自分の腕を揺れる視界で見ている内に不思議と身体を軸を支えていた力は消え失せる。

 やがて地面へと落下していく身体。それに抗う術も無く、間もなくソラは地面に倒れ伏した。


「かはっ、はっ……はっ」


 荒くなる呼吸も不規則で覚束ない。力を入れようとした腕も足も棒切れの様に動きやしない。頬が地面に面しているのに、まるで地面が揺れて身体が揺さぶられている感覚がして吐き気がする。


「はははッ!ガキは毒が回りやすいもんだな。一口でもうダウンかよ」


 そんな自分が異常事態の最中、周りの男達は笑い声を上げる。

 それから、手に縄を持った何人かが近くまで来て、それを腕と足に巻き付けて身動きが取れない様にソラを拘束した。


「亜人っていうのは皆どうしてそうなんだろうなぁ。餌をチラつかせたら疑いもせず食らいついてよ」

「馬鹿な奴らだぜ! はははッ!」


 何を、言ってるの。


 その場に倒れ伏せたソラを見下ろし、周りで下衆な笑みを浮かべる男達。

 各々が口々に言う彼らの言葉を聞いて、焦りか、困惑の所為か、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


 先程見せた優しい笑顔は消え失せ、今あるのは、まるでこちらを食い物にする様な目付きの顔であった。

 

 さっきまであんなに優しくしてくれたのに、なんで、急に……。


「ど、……して」


 すると、先程まで自分と話していた男が目の前でしゃがみ込む。そして、髪を鷲掴みにして持ち上げると、彼は口を開いた。


「ここいらじゃあ盗賊が出るぞってさっき言っただろ? ちゃんと気を付けないと駄目だぜ、嬢ちゃん」


 先程から親切にしてくれた男達の正体。彼らは旅人などではなく盗賊であった。


「お前は騙されたんだよ」


 だまされた?


「本気で俺達が、お前みたいな亜人に優しくしたと思ったか?」


 途端、目の前の男が軽蔑する様な視線をこちらへ向ける。


「――――」

 

 ぐわんと歪む視界の中で告げられたその言葉が脳裏に木霊する。親切だ、優しい人達だと思っていた彼らも、結局()()だった。


 他の人と変わりない。


 その瞬間、自分の中で何かが砕け散る様な音が聞こえた。


「あ、あぁ……ああああぁぁッ!!!」

「うおっ、こいつ急に暴れ始めやがった」

「縄で縛ってるから逃げはしない。が、うるせぇから口の方も縛っとけ」


 男が一人。一本の縄を両手に近づいて来る。

 叫ぶソラは自由の利かない身体を必死に抵抗しようとした。


 数瞬遅れて反応する身体、毒の所為で視界がチカチカ点滅して喧しい頭に鞭を打つ。

 早くどうにかしないと捕まってしまう。そうなれば、せっかく手に入れた自由が奪われてしまう。

 それだけは嫌だ!嫌だ嫌だイヤダ!


「大人しくしろ!」

「ぐぁッ」


 次の瞬間。男の蹴りがソラの腹部に当たり、腹に強い衝撃が襲う。それと同時に肺から空気が強制的に吐き出される。

 

「馬鹿野郎! 怪我でもして売り値が下がったらどうするんだ!!」

「でも静かになっただろ? ならいいじゃねぇか」


 ただでさえ呼吸が覚束ない上に、息を全て吐き出してしまった。次第に息苦しさが眠気に変わり、視界が段々とぼやけていく。

 そんな視界の先で、男が縄を持って奥から近づいて来る。


 誰か、助けて……。


 やがて男は近づき、ソラの口に縄を掛けようとした時。そこでソラの意識は途切れ、その意識は微睡の中へと消えていっていた。

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