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五話 「親切な人」


 町から逃げてきたソラは、只管平原の上を走り続け、そして森の中へと入った。

 薄暗い森の中は本当なら怖いと思うけど、今だけはこの暗さが不思議と今の自分には安心感を与えていた。


 ここなら後ろを追ってくる兵士達も居なければ、周りに人の影は一つもない。あるのは草木の生い茂る静かな森だ。


 やがてソラは走るのを止めると、それから道無き森の奥へ歩いて進む。それから、ふと上を見上げると、空の色は赤みがかった色から段々と黒ずんでいっているのが見えた。


「もう、夜になる」


 あの日から二度目の夜が訪れようとしていた。

 あそこに居た頃は時間が経てば夜になって暗くなるなんて事は無かった。いや、そもそも夜という概念すら無かったのだから考えもしなかった。

 

 こうして外の世界に出た。

 きっと外の世界はあの場所とは違う。これから先は自由で楽しい日々が待っている――と、思っていた。でも、そうじゃなかった。町の人達は、皆して自分の事をまるで目の敵にする様な忌み嫌う目をして見ていた。更には武器を手に持って殺そうとまでして来たのだ。


 そんな彼らが口を揃え、自分に向けて口々に言った言葉。

『化け物』

 あの時、ソラはそう呼ばれた。


 自分でも普通ではないと思っていた。でも、それはあくまで自分が思うだけの事であり、他の人からすればどういう事ないと。


 だが、杞憂だと思っていた自分の懸念は的中した。

 どうやら外の人達には、自分の角と尻尾、それから鱗に覆われた『あの姿』は、彼らに化け物と言わしめるものだったらしい。その結果がこのありさまだ。


 これじゃあ、何処に行っても、誰と話そうとしても、また同じ事を繰り返すかも知れない。折角、外の世界に出る事が出来たのに、自分の姿の所為で嫌われる。そんな事実にソラは、これは余りにも理不尽だと思わずにはいられなかった。

 

 こんなの、どうしたら……。


 今までの理想が崩れていく。自分の思い描いていた外の世界とは一体何だったのか。それすら、もう分からなくなってきた。自分の存在が否定され、一人この世界から切り離された様な、そんな感じがする。

 そう、言うなら今の自分は酷く孤独を感じていた。


「皆……私、どうしたら良いのかな」  


 自分一人では、どう考えてもこの先どうしたら良いのか分からない。でも、自分にこの先の道を示してくれる人なんて居ない。

 いつも自分が何かをしようとした時、常に側に居て、一緒になって考えてくれた()()はもう居ないのだ。


 路頭に迷うソラの瞼に不安からか、ふと涙が浮かぶ。

 道なき道をただ真っ直ぐと進み、あてもなくソラは森の中を彷徨った。

 そして、おもむろに目の前の茂みを掻き分けた。


 と、その途端。


「誰だ!」

「ひっ」


 突然、誰も居ないと思っていた森の中で威嚇する様な男の怒鳴り声が聞こえ、その声に驚いたソラは思わず小さな悲鳴を上げて動きを止める。


 ソラは声のした方を急いで振り向く。


 すると、そこには一人の男が立っていた。

 更に奥には焚き火を囲んだ男達が十人程それぞれ飲み物や料理を手に食事の途中であった。その中の一人が茂みから現れたソラに気付き、立ち上がって声を上げたという感じであった。


 こんな所になんで人が…………。


「ん? ……こんな所に嬢ちゃん一人か、一体どうしたんだ?」」


 やがて一人の男が警戒しつつもソラへと近づき、言葉を投げかける。

 それと同時に料理を手に語り合っていた者達の手は止まり、料理に向いていた視線も自然と急に現れたソラの方へと向いた。


「いや、その……」


 警戒心を滲ませた彼らの複数の視線が突き刺さる。よく見ると焚き火の側に座る男達の側には剣や斧なんかが置いてある。

 だめ、早く逃げないと。


 ソラは、ゆっくりと後ろへ一歩後退りをする。


「ぇっと……街に入ろうとして……」


 おどおどとした様子でソラは男へそう言うと、視線の先の男は訝しげに眉を顰めた。それからこちらを上から下まで見る様に視線を動かす。


「あぁ? …………なるほどな、そう言う事か」


 返事を聞き、ソラの姿を見て何か納得したように頷く男は、後頭部を掻く仕草をする。


 怖い。

 もしかすると、この人も自分を殺そうとしてくるかも知れない。この場にいる全員が自分の事を捕まえようと突然追いかけて来るかも知れない。

 ふと、脳裏に町での光景が思い浮かぶ。もう、あんな怖い目には二度と遭いたくない。

  

「まぁ、大変だったな亜人の嬢ちゃん。……そうだ、同情って訳じゃないがここで飯でも食っていかないか」

 

 すると男は、ソラに背を向け、焚き火の方へと歩き始める。 


「俺達はこうして野営をしながら旅しててな。こうして会ったのも何かの縁ってやつだ」

「……」

「食事は食べる人数が多い程美味しく感じる……ほら」


 焚き火の上には、一つの鍋があり、男はそう言って手に器を持つと、焚き火で温めたスープを入れ、それをソラに向けて差し出した。

 そうして、


「大丈夫だ」


 と言う。


 怪しい、近づいては駄目だ、と自分の中の勘がそう囁く。この人達も、きっと同じだ。

 怖い。逃げたい。

 でも……。


「……?」


 中身の入った器からはモクモクと湯気が上がる。

 それは自分が今まで見た事の無い物な上に、何だかとても美味しそうな匂いがするものだった。


 きゅぅ、とお腹が小さく鳴る。

 そう言えば、二日も前から何も口にしていないかも知れない。研究所に居た頃は、毎日の様に食事は出ていた。でも、外に出てからは何も口にしてない。食事をするにしても、何を食べていいのか分からなかったからだ。

 そんな中、男が差し出す食べ物と思わしきそれは、今のソラにとっては、とても魅力的だった。


 ゴクリ。


 ソラは一歩前へ踏み出す。

 今まで大変で、気にも留めてなかったが、いま改めて思い出すと急にお腹が空いてきた。

 もう一歩。それから、もう二歩と前へ進み。 

 

「……わかった」


 ソラはそう言うと、男から差し出された器を受け取る――と、すぐさま数歩後ろへ下がって警戒する。


 …………。


 あれ、何もしてこない?


 近づいた途端に殺そうとしてくると思いきや、ソラへ男は器を手渡すと、ニカっと笑みを浮かべた。


「おいおい、そんなに動き回ると器をひっくり返すぞ?」


 男は方眉を上げてそう言うと、それから身体の向きを変えて焚き火の方へ振り返る。


「よし。お前らぁッ! 可愛いお客さんの登場だ、歓迎してやれよ!」

『おおぉ!!』


 男が声を張り上げる。

 すると他の男達は一人の少女が食事に加わると知ると、彼らは盛大に拍手をして歓迎してくれて、それぞれが料理を手に再び食事を再開させた。


「え……?」


 予想していた事とは全く逆の出来事に、ソラは頭を悩ませた。危害を加えてくるどころか、こちらを嫌う様な視線すら向けてこない。あんな事があった後での、この歓迎ぶりだ。町の人達とは真逆の反応に、どういう訳なのか分からなくなる。


「ほら、嬢ちゃんも早くこっちに来なよ」

「え、え……?」


 男は焚き火を囲んだ円陣の中で空いた場所を指す。


 ソラはどうしようか考えた。


 脳裏に浮かぶのは町で見た人々の表情。まるで自分の事を人とも思わないその視線。だが、ここには自分を敵視する様な、そんな視線は感じない。寧ろ、こうして食事まで用意して貰い、歓迎されて好意すら感じる。


 少し迷った挙句、それからソラはすぐに考えるのを止める。


 この人達は、きっと大丈夫だと思う。


 そして、言われるがままに焚き火の前を進むと、ソラはその空いた場所へと腰を下ろした。


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