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一話 「静寂を裂く咆哮」


 そこは四方を白い壁で覆われた部屋。

 広さは大体大人の人が十人以上は入れる位で、その場所には、数十人の子供が居り、それぞれが本を読むなり、ぬいぐるみや玩具を手にして遊ぶなどして時間を過ごしていた。


「いいなぁー!ねぇ、いつかこれを見に行こうよ、皆で!」


 そんな時。

 両手に持った一冊の本を掲げて一人の少女がそう言い放つ。

 少女が手に持つ、その本が開いたページには一面に町の絵が描かれている。


 そんな少女の近くには床で胡坐をかく一人の少年。

 膝の上で頬杖を付きながら、そんな彼女の言葉を聞いていた少年は呆れた様に深く溜息をつくと、眉を顰めて言う。


「はぁ…無理だよ、俺達はここから出られないだから」

「そんな事ない。私達はいつか必ず『()()』を治して、ここを出られる!」

「そんなこと言って、俺達の中で誰か『()』が治った奴が今まで居たかよ?」

「……で、でも! シグルズさんがこの前来た時に、もう直ぐここから出られるって言ってたもん!」


 考えを否定されて声を荒げる少女。

 そんな時。


「本、当?」


 ふと二人の会話に割って入るもう一人の声。

 先程から少女と少年が言い合っていた丁度中央に座っていた少女だ。


「本当に、本当にここから出られるの?」


 彼女は、期待に満ちた様に彼らに聞いた。


「おいおい、『ソラ』。こいつの話なんて、あんまり真に受けない方がっ――――」

「うん、本当だよ!」


 言いかけた少年を抱き着く様にして体で押し潰し、強引に黙らせるとこちらを向いてニッとした笑顔でそう言う少女。

 ここに集められた子供達の中で一番年長である彼女は、ここでは皆の姉の様な存在であり、その笑顔と言葉は何よりも安心すると同時に他の何よりも信用出来た。

 だからだろう、その言葉を信じたソラと呼ばれた少女は期待に満ちた声を出して喜んだ。


「本当っ!?」


 上下に身体を揺らして、飛び上がって喜ぶソラ。

 すると、下敷きになっていた少年は声を荒げて上に乗っかった少女を押し退かして起き上がる。


「っ、あのなぁ!! ………っ、はぁ、そう思うのはお前らの自由だけどよ。あんま期待しない方が良いと思うぞ」

「自由、か…………まぁ、きっとなんとかなるよ」


 本を手に抱える少女はそう言って片方の手をソラの頭の上に乗せて、頭を撫でる。


「きっと、私達は自由になれるよ」

「うんっ!」


 そうしていると、部屋の扉が開かれ、白衣を着た人達が「診察の時間だ」と言って皆に呼びかける。

 声を聞いた子供達は皆、その手を止めて部屋の入口付近へと集まっていく。


「あ、そろそろ診察の時間だね。ほら、行こう」




  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 ―――とある研究所内・観察室。 


「実験は終了だ。はぁ……少々期待していたが、これで終わりか?」


 白衣を着た男は、つまらん、と呟き、手に持っていた研究資料を床へ投げ捨てる。

 そして、その男は視線の先――眼下に広がる実験場を眺め、その『結果』に満足いかず、不機嫌そうに眉間へ皺を寄せた。


「ちっ……これは掃除が大変そうだな」


 そこに広がるは、死屍累々とした光景。

 四方を白い壁で覆われ、出口も無い密閉されたその場は血で赤く彩られ、幾人もの白い簡素な服を着た少年少女達が血を流し、無残な姿で息絶えていた。


()()()()に薬品を投与し、強制的に狂化状態にさせ、殺し合わせる事で危機的状況に陥れれば、何かしらの変化が見られると思ったんだが……気を急ぎ過ぎた様だ」

「はい。今回の実験で研究対象の被験体は皆、死亡。それにより、この研究もまた振り出しです。私もまさか誰も生き残らないとは思ってもいませんでした」


 その隣で、同じく白い白衣に身を包んだ研究員が、手に持つ研究資料を纏めたカルテを団扇の様にヒラヒラと扇ぎながら今回の実験結果について話す。

 彼ら以外にも、その場に居る他の者は、失敗だ、無駄な事だ、だの各々がそう口にして溜め込んだ息を吐き出した。 


「ふっ、まぁいい。どうせ見込みの無い奴らだったんだ。そんな奴らが一斉に死んだくらいで、どうという事も無い。それに振り出しではない、データはちゃんと残っているからな」

「ですが上への報告もありますし、早めに立て直さなくてはいけませんよ」

「言われなくても分かっている」

「……ん? どこへ行かれるんですか?」

「決まっているだろ、次の研究に取り掛かる。もうこの場にいる必要も無いからな」


 そこにもう興味は無いと言いたげに男はそう言い放つと、身を翻し、それから何事も無かったかの様にその場を後にしようとした。


 その時。


 ――バァンッ!!


 観察室の扉が大きな音を立てて勢いよく開かれた。


「レギンッ!! これはどういう事だッ!!」


 白衣を着た男――レギンが出口へ向かおうとした時。開け放たれた両開きの扉。通路の先から深紅の髪を揺ながら歩み寄って来る白銀の鎧に身を包んだ女性が、凄まじい剣幕で怒鳴り声を上げ、部屋の中を進んでいく。


 周りを威圧しながら突き進む彼女は、やがてレギンの前に立つや、腰に下げていた鞘から勢いよく剣を抜き放った。

 その瞬間。重たくのしかかる殺気に、(レギン)以外の者は背筋を凍らせ、声を上げる事すら許されず、固唾を飲んで黙する。


「『あの子達』に対する非道な実験は止める様にと私があれ程言っておいた筈だ!! それを何故っ! この様な事を……!」

「おやおや……シグルズ殿、何を言うかと思えば、面白い事を申されるな。アレらは研究の為の道具、言わばモルモットの様な存在ですよ。それを実験で使い潰した所で何かおかしな事でも?」

「モルモット、だと………? あの子達がどれだけ辛い思いをしたと思ってるッ!」

「ははは、モルモット相手に同情するとは、シグルズ殿は本当にお優しいんですね」

「レギン……ッ!」


 そう言って可笑しそうに笑い、肩を竦めるレギン。

 もはや、その姿には罪悪感や同情の色は伺えない。そんな彼の様子を見たシグルズの手に持つ剣には自ずと力が籠められ、小刻みにカタカタと揺れる。


「さて、私は忙しいんだ。次の研究にも取り掛からないといけない。用が済んだのなら、もう行かせてもらうよ」


 だが、そんな彼女の事を気にした様子もなく、手を振るレギンはカツンと靴底を鳴らして、シグルズの隣を通り過ぎていく。


 「―――――ッ」


 彼が通りすぎる、その刹那。

 それを横目に、シグルズは、今、手に持った剣を振り払おうと―――。


「あ、あれは……っ! レ、レギン様! 先程の実験で使っていた被験体の中に一人、生き残りがいます!」

「何?」


 その時。

 実験場を見ていた研究員の一人がそう叫び、その場を離れようとしていたレギンが足が止まる。

 それと同時に剣を振るおうとしていたシグルズの腕も止まる。


 それは彼だけではなく、場にいた他の者までもが行っていた作業の手を止め、生存者発見の声を聞き、急ぎ実験場を見渡せる大きなガラス張りの窓の前に集まる。

 シグルズはそんな集まっていく研究員を掻き分け、強引に窓際まで近づき、目を見張った。

 

 視線の前に広がるのは、死体が散乱する実験場。それらが視界に入るや、シグルズは今すぐこの場の者達全員を無惨に切り殺してやりたい衝動に駆られた。だが、今はそれよりも、そこに居るであろう生き残りを探すべく、感情を殺してその場の彼方此方へと目を凝らす。


 血を流して倒れ伏せていた無数の死体。その中の内一つが小刻みに動く。

 やがて、むくりと起き上がったのは白い髪をした一人の少女だった。


『おぉ……っ!』


 それを目にした研究員一同は歓声を上げ、興味深そうな視線を彼女へ向け、手放していたカルテを再び手に取り、各々観察を開始する。

 そんな中―――。


「―――ソラ」


 シグルズは、その少女を見るや否、消え入るような声で呟いた。


 起き上がったその少女は身体の傷が痛むのか、その傷を庇う様に手を宛がう。弱々しくそこに佇む彼女は、茫然とした様子で目の前に広がる光景を眺めていた。

 右へ左へ。前へ後ろへ。

 様々な方向へ視線を巡らせても、その視線の先にあるのは変わらず死体と白い壁のみ。


 やがて、ふとしたその時。少女の視線は何かを見つけて止まった。

 その瞬間、苦痛に歪んでいた彼女の顔は、途端に大きく目が見開かれ、その顔から表情が消えた。


「ぁ、あぁ…………」


 両腕を前に突き出し、ふらりと動く屍の様に動き出した彼女は、ゆっくりと『それ』に向かって歩き始めた。

 一歩、二歩、三歩。

 足を踏み出す度に、踏み台にされる子供らの死体。

 やがて、その弱々しい歩みの末、辿り着いたのは、ある『少女』の遺体の前であった。


 少女はそれを目前に、力無く膝から崩れ落ちる。

 それから彼女は両腕でその『少女』の遺体を抱き寄せ、力強く抱き締めると声を上げて泣き出し始めた。


「―――――――」


 もはや悲鳴に近い少女の泣き声が響く。

 その身体を小刻みに震えさせながらも抱える少女。遺体は、その首を力無く傾けさせ、光の灯っていない瞳を天井へ向ける。


 その光景を目にし、思わず言葉を失う研究員達。

 彼らは罪悪感を覚えていた。視線の先であんなにも悲しんでいる少女に憐憫(れんびん)の情を抱く研究員達は、徐々に先程まで熱心に行っていた記録の手を止めていった

 ただ一人を除いて。

 

「幸いな事に研究が振り出しにならなくて済んだ、が……たった一匹だけか。これじゃあ、どの道って感じだな。……ふん、どうせならコイツを使って新たな実験を始めるしかないか。捨て駒の中から生き残った唯一の個体だ。さぞや優秀なのだろうな?」


 周りの雰囲気をものともしないレギンは、ブツブツと考察し始めたと思うと、すぐに口元に笑みを浮かべると、窓に手を押し当て、「期待しているぞ」と言って、くつくつと笑う。

 



 ―――――――殺してやる。




「っ、何だ。アイツ、こっちを見て…………」


 その時だった。

 一人の研究員が狼狽えた様にそう言った。


 研究員達の視線の先――ガラス一枚を挟んだその先で、ふと少女と目が合う。

 ふらふらと揺らめく長い前髪の間から覗いた。彼女の凍てつく程青い瞳が研究員達を捉えるや、その(まなこ)が縦に鋭く細められた。


 次の瞬間。


 ――バキッ、バキキ……。


 実験室内から、そんな音が聞こえたと思うと、少女の頭部には二本の角が生え、腰辺りから蛇の様に細く長い、黒い鱗に包まれた尻尾が伸びるいく。


「お、おぉ……! す、素晴らしい! 実験は成功だ!! ようやく融合した魔獣の力の一部が顕現したぞッ!! ふふふ、やはり使い捨て覚悟で実験をした甲斐が――――ん?」


 変化はそれだけに止まらなかった。

 少女の華奢な両腕から刃物の様な黒い鱗が浮き上がり、それが頬の辺りまで覆う。

 そして、肘から掌のまでが大きく肥大化し、爬虫類を彷彿とさせる鱗に覆われた掌の指先からは鋭利な漆黒の爪が生えた。

 

「……これは、想像以上だ」


 気が付くと、そこには、先程の少女とは思えない『何か』がいた。

 彼女が肩を揺らして呼吸をする度、しばしば口から吐き出される吐息には、微かに赤い炎の様な物が入り混じり、床に触れたその手の爪が通った床には深い爪痕が刻まれていく。


「―――化け物」


 その時、その場に居る研究員の誰かが、思わず吐き出すように呟いた一言は、静寂に支配されていたその場に思ったよりも響き渡った。


 やがて顔を上げた『化け物』は、青い眼光を灯す視線の先で再び研究員らを捉える。

 慌てふためく研究員。

 だが、焦り出すにはもう遅かった。


 『化け物』は、その獣の牙の様に鋭く尖った歯をギリッと軋ませ、その次の瞬間には。


「――――ッ、アアアアアアアアアアァァッッ!!!」


 怨嗟を孕んだ絶叫の様な咆哮が、密閉された実験室に反響してノイズの様な騒音と共に響き渡る。


 観察室にいた者達は思わず耳を塞ぐ、そんな中。

 彼らの目の前に広がる張り付けられた窓ガラスは、その激しい音に続くように、ビシッと小さな音を立て、一筋の亀裂が生じた―――――。


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