先日あなたに助けていただいた蝙蝠です
ヒロナリは高校卒業と前後するぐらいから、
もう彼これ二年以上引きこもり生活を送っている。
親が仕事で忙しく家にはおらず、
お腹が減った時は仕方なく買出しに行くぐらいは外に出るので、
世間からすれば準引きこもりということになるらしいが。
何もする気が起こらず、
体を動かすことですら億劫で億劫で仕方ない。
そのため、一日部屋で寝転がっていて、
体調がいい時は携帯をいじったりネットをする、そんな生活。
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心の病なのだろうが、家庭環境など
いろんな要素が複雑に絡みあっているようで
原因ははっきりとはわからない。
ただ元々非常にストレスをためやすい性格ではあった。
例えば、それ程仲がいいわけではない知り合いと
帰り道が一緒になったとして「駅どこ?」と聞かれる。
ヒロナリは自宅の最寄駅をを答えるが、
実は相手が知りたかったのは高校の最寄り駅で
どの路線で帰るのかを知りたかった。
そんな時、ヒロナリはイライラしながら、
何故相手の質問の意図を読み違えたのか
自分の理解力がないのかを激しく責め、
同時にわかりづらい質問をした相手を心の中で罵る。
そして、そういう些細なことがいつまでも気になって仕方ない。
そうしたことがどんどん積み重なっていくと、自分で自分が嫌になる、自分が嫌いになっていく。
そんな性質であれば、引きこもりではなかったとしても、
生きづらいのは間違いないだろう。
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それはそれは暑い夏の日中、
猛暑日と言われた日のこと。
最悪なことに部屋のエアコンが動かなくなり、
汗がダラダラ流れるぐらいに蒸し暑い。
さすがに引きこもりのヒロナリもこれには耐えられず
部屋のカーテンと窓を開ける。
『このクソ暑いのに
エアコン壊れてるとか、マジねぇわ』
ヒロナリがベッドで横になっていると、
開いた窓からゆっくりと何かが部屋の中に飛び込んで来る。
はじめは虫だろうと思っていたヒロナリだが、
それにしては妙にデカい気がしてならない。
室内をフラフラ飛び回る謎の生物を、
改めて目を凝らしてよく見てみると、それは蝙蝠。
それからしばらくして、
部屋の中に飛び込んで来たフラフラの蝙蝠は
力尽きてついに床に落ちる。
『うわぁ、ねえわぁ、マジ、ねえわぁ、
家の中に蝙蝠とかありえねーし』
床に落ちた蝙蝠、体をぴくぴく小刻みに震わせている。
『うわぁ、キモッ
こんなんぜってぇ触れねーわ』
ただでさえ引きこもり生活で動くのが億劫になっているのに、
この暑さでさらに動く気を無くしいるヒロナリ。
この事態にもベッドから動こうとはしない。
『見なかったことにしよ』
蝙蝠から目線を外し天井を見つめる。
『寝て起きたらいなくなってるって』
しかし、しばらくしてまた目線を戻すと、
蝙蝠はやはりまだ同じ場所でぴくぴくしている。
『もういいわ、放っとこ』
まずこの暑さを自分が死なずに乗り越えられるかどうかが問題。
『俺このまま暑くて死ぬし』
『蝙蝠の一匹や二匹、
もうどうでもいいし』
それに比べれば、蝙蝠が横で死にそうになっているぐらいは、確かにどうということはない。
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いつの間にか眠ってしまい、ヒロナリが目を覚ますともう既に夜になっていた。
窓からは夜風が入って来ており、カーテンがなびき、日中よりはやはり涼しい。
蝙蝠のことなどすっかり忘れていたヒロナリだったが、
暗い部屋に何かがいる気配を感じ体をビクッとさせて驚く。
蝙蝠はじっとヒロナリの顔を見つめている。
『やべぇ、今俺蝙蝠と目が合った、こえぇぇぇ』
この蝙蝠、夜になり涼しくなったおかげで少し回復したようで、
日中のようにぴくぴく震えたりしておらず、ちょっと元気そうに見える。
この状況を一体どうしたらよいのか思案するヒロナリ。
叩き出すと言っても、向かって来られたら、それはそれで非常に困る。
噛み付かれでもしようものなら感染症も心配だから、病院に行かなくてならない。
家の部屋に引きこもっているのに、蝙蝠に噛み付かれて感染症になるなど、
自分の部屋が洞窟やジャングルの秘境にあるのかと思われかねない。
棒や箒で叩いて脅かして、逃げるのを待つとしても、この部屋にそんな物はない。
箒を取りに行くために部屋から出るというのは引きこもりとしてどうなのだろうか。
さらに言うと、間違って本体を叩いてしまい、
運悪くクリティカルヒットを出してしまい、
死んでしまったらその死骸をどうすればよいと言うのか。
ちょっと考えただけでも身の毛がよだつ。
ましてや潰れてしまい血や中の具が出たりしようものなら、もう発狂ものでもある。
とにかく突然襲い掛かって来ることがないよう、
じっと蝙蝠を見つめ警戒を怠らないヒロナリ。
蝙蝠もまた様子を伺っているかのようにじっとこちらを見据えている。
しばし対峙するヒロナリと蝙蝠。
じっとりと汗ばむような緊張の空気が流れる。
すると蝙蝠は一旦頭を低く下げ、
羽根をバタつかせて空に舞う。
「おわっ」
ヒロナリは驚いて思わず声を漏らす。
蝙蝠は二、三度部屋の中を旋回すると
開いていた窓から外へと飛び出して行く。
窓の外、夜空には月が浮かんでおり、
先程の珍客の仲間なのか蝙蝠の群れが飛んでいる。
『俺が二年ぐらい引きこもってる間に、
蝙蝠が大量発生する時代になったんかよ、日本やべぇな』
そしてヒロナリはどんなに暑くても
部屋の窓は二度と開けないと誓う。
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数日後、寝ていたヒロナリは
窓をドンドン叩く音がうるさくて目が覚める。
とは言え、ここは二階の部屋、
誰かが窓を叩いているとは思えない。
強風か何かだろうかと思い、
眠い目を擦りながら部屋のカーテンを開けてみる。
そこにはゴスロリ衣装の美少女が浮いていた。
「やっほー」
窓越しではあるが声が聞こえる。
シャァァァッ
ヒロナリは物凄い勢いでカーテンを閉めた。
『やべぇなぁ、俺も
ついに幻覚とか見るようになったわ』
『しかも窓の外に魔法少女とか
一番やべぇパターンの奴だわ』
すると再び窓がドンドンと叩かれる。
その音にヒロナリはもう恐怖しか感じない。
確かにホラー映画にありそうな場面ではある。
あまりにしつこく叩くので、
仕方なく再びカーテンを開けるヒロナリ。
なんだかよくわからないがとにかく帰ってもらおうと、
勇気を振り絞って窓も開ける。
「ちょっと!
見なかったことにするのやめてもらえますか?」
文句を言うゴスロリ少女の背中には蝙蝠の羽根が生えていた。
「……そ、そういうの間に合ってますから、
……ど、どうかお引取りください……」
ヒロナリは何を思ったかわからないが、
そう言って空に浮く美少女にお帰りを願う。
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なんとか無理矢理、窓から部屋の中に入れてもらったゴスロリ美少女。
改まって床に正座し、三つ指をついて頭を下げる。
「数日前、あなたに助けていただいたサキュバスです」
「名をリリアンと申します。
その節は本当にありがとうございました」
「本日は助けていただいたご恩返しに参りました」
誰に教わったのか知らないが、
こちらの作法ぽい感じでリリアンは丁寧にお礼を述べた。
『いや、お前みたいなの知らねーし』
「ほら、蝙蝠ですよ、蝙蝠」
「この前ここでぴくぴくしてましたよね?あたし」
『いや、俺に聞くなし』
「この間の猛暑日のことですよ、
夏の日差しで弱ってフラフラになっていた私を
この部屋で休ませてくれたじゃないですか!」
『いや、俺別になんもしてねーし』
「もう! あんなに熱く見つめ合った仲じゃないですか」
『いや、見つめ合ってなんかねーから!』
蝙蝠がこの部屋に入って来たのは思い出したヒロナリだが、
あの蝙蝠が美少女になって恩返しに来るとは、
非現実的にも程があって、にわかに信じようとはしない。
目の前で宙に浮かぶ少女を見たというのにだ。
リリアンもリリアンで親切な人に助けてもらったと
一方的に勘違いして、一人で勝手に盛り上がっている。
とりあえず一生懸命説明して、なんとかわかってもらうリリアン。
「是非、あの時助けていただいた恩返しをさせてください」
とりあえず理解したということにしたが
納得がいっていないヒロナリからすれば、
面倒くさい、というか関わりたくないの一言に尽きる。
「恩返し?
恩返しって一体何してくれるわけ?」
さっさと帰ってもらいたいという一心。
「あなた様のためなら何でもいたします」
わざと無理難題でも言えば、
泣いて帰るだろうと踏んでいた。
「何でも? 今何でもって言ったよね?
何でもってことはエロいことでもいいんだよね?」
「むしろ一番の得意ジャンルなんですが」
「むしろ、エロい恩返しでお願いいたします」
『なんだよ、ただのクソビッチじゃねーかよ!』
何はともあれ、こうしてリリアンとヒロナリは出会った。




