プロローグ
ハァ…ハァ…
胸が苦しい。心臓が爆発しそうだ。もっとしっかり呼吸をしないと。
例えるなら…そうだな、アレだ。車のエンジン的な!トルク的な!
今にも爆散しそうなそんな感じ!わかるだろ?
えっ?わからない?
そうか…残念だ。自己評価ではたとえ話の天才だと自負しているんだが、
これは高度すぎたようだ。申し訳ない。
あぁ…そういえば説明がまだだった。
別に僕はやましいことをしてこんなに心臓を昂らせているわけじゃないんだぜ?
現実逃避したくなる気持ちをわかってほしい。
薄暗い夜の森を僕は全力で駆け抜けていた。
身体は草や枝にひっかいたのか、擦り傷もあるだろう。
ただ、そんなことを気にする余裕が今の僕にはなかった。
少し離れた後方から明かりが見える。その明かりは徐々にこちらに近づいている。
”向こうにまわれ””ガキの足じゃ逃げられん”
そんな野蛮な男達声がいたる所から聞こえてくる。
距離を確認しよと背後に視線を送る。
そのとき一瞬だけ松明の明かりが何かに反射したのがわかった。
それを確認したとたん、脳が瞬時になにかを理解した。
何に反射したのかなんてこの距離からわかるはずもない。だけど僕の脳は確信に近い答えを導き出していた。
「ハァ、ハァ…け、剣だ…」
風に紛れる程度のカスカスした声が喉をついて出た。
怖い。ただただ怖い。
恐怖で足の感覚がない。
止まってしまったら、きっと僕はもう走れない。
動くことすらできないだろう。
だからどんなに限界だと体が悲鳴を上げていても、僕には走る以外の選択肢しかなかった。
夢だと。これは夢なんだと。そう思い込ませてくれる冗談を言いたかった。
だからあんな風に自分の状態をふざけて考えてみたのかもしれない。
僕は今、間違いなく『パニック』だ。
「!」
視界に映る木の数が前方の一部分からほとんどない。
「も、森を…ハァ…抜ける…」
森の中は走りにくかった。
だから、森を抜けて、平坦な場所に出れればもっと早く移動ができる。
幸い追ってきている奴らも森の中だったために馬などは使っていない。
これはチャンスだ。
そう考えながら加速し、森を抜けたと思ったその時だった。
全身の感覚が麻痺した。そう思った。
だって両足の感覚がなくなっていしまったのだから。
先ほどまで感じていた身体の重さがすべて消えてしまったのだから。
そして今度は地面に引き込まれるような感覚に襲われた。
なんだ?一体何が起こった?
頭が混乱している。そして1秒後に理解した。
これは『落下している』のだと。
「おひぉ、うぁおぉぉぁぁぁぁぁ!」
安心してほしい。自分でも驚くほど気持ち悪い声が出たのはしっかり理解している。
暗闇とパニック、そして夜の森の中という視界の悪い状態で崖があることを理解できなかった。
その結果、勢いよく僕は自ら”紐なしバンジー”を行ったのだ。
ショックのせいなのか、パニックが極限状態なのかはわからないが意識が飛んでいくのがわかる。
薄れていく意識の中、なぜこの【世界】に呼ばれたのか。
僕は何のために呼ばれたのか。能力も天性も何もない僕は不要だと。
必要ともされなかった僕をなぜ間違えて呼んだんだ…。
確実な”死”を覚悟し、苦々しく感じながら元凶である【異世界召喚】のことを考えていた。
そして思考は静かに考えることを止め、僕のちっぽけな体は暗闇の底に消えていった…。