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勇者にする? 魔王にする? それとも……お料理?  作者: 白米広重
第一章・外の世界と初めての魔物
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それぞれの戦いと資質

「くっ、ぐうぅ」


 喰らった攻撃の威力を受け身で殺し、即座に立ち上がり、大きく後退しながらうなる。もはや身に着けている防具は飾りでしかない、受け身をとってもダメージが重すぎる。

 速さ、攻撃力、装備を溶かすという付属効果、射程距離、どれをとっても最強クラス。そのくせHPも底なしときた。


「ま、まだだ……」


 これ以上距離を広げると後方の者たちも射程距離に入ってしまう、本体はそこまで動かないが、こちらが触手の射程から外れると本体ごと追随ついずいしてくるのだ。


「ふ、畜生……」


 お手上げ……まさにそういう状況だろう。逃げる、という選択肢もある。追ってくるとはいえ本体は遅い……しかし、御神木が枯らされるとなればそれこそ相手の思うつぼ。御神木はまだ幼木ようぼく、こいつの毒素ならばすぐに枯れされられてしまうだろう。


 逃げるわけにはいかない。


 魔力も温存こそしているものの反撃に使うことなどない。


「最後に一発、お見舞いしてやりたいところではあるが……」


 今の最優先は時間稼ぎ、攻撃に割く魔力などない。防御系魔法で肉体を強化しなければ一瞬でミンチになってしまうだろう。後方の支援ももうほとんどなく、あるのはほとんど若返りの魔法のみ、それもいつ切れるかわからない。


「もってあと――いや、来るまで持ちこたえる」


 ミウ達のためにも……


「村長!」


 待ちわびていた声が聞こえた、だが心は晴れない。


 早すぎる。


「ヨウ、お前……くっ! 何しに戻ってきた!」


 一瞬注意をそらした隙をスライムは逃さず攻撃を加えてくる。しかし、今は痛みなど気にしている場合ではない。


「村長! そのまま聞いてくれ!」

「おまっ! はっ! くっ! 無茶を言うな!」


 畜生! こんな状態じゃ話を聞くどころか怒る余裕すらない!


「さっ、さっさと町へ行くんじゃ馬鹿者!」

「俺はあのスライムを倒せる!」


 ……は? こいつは何を言っているんだ?


「村長! 信じてくれ!」


 バカな……信じられるわけがあるまい。いいから早く行け! と口に出そうとしたその時だった。


「そ――ううん、お父さん! ヨウを……私を信じて!!」


 ミウがそう叫んだのを聞いた。……いま、もしかしてお父さんってい言ったか? 生まれてから一度もそう呼んでくれたことはなく、頼んでも拒否し続けたミウが? あのミウが?


「……。」


 もはや無意識に攻撃をかわしつつ考える。自分の娘の言う事一つ信じてやれないで何が父親か、初めてミウがワシの事を父と認めてくれたのだ。こんな、こんな嬉しいことはない!


「……いいだろう! 信じてやるぞ!」


 かっはっはっは、まさか死に際にこんな嬉しいことが起こるとは! 人生何があるかわかったもんじゃないな!



◇◆◇



「ミウ……」

「いい? もしこれで失敗したら後で責任とってもらうんだからね!」


 ふんっと顔を背けながら早口で一方的に告げるミウ。この場合、失敗したら死ぬのだから、この約束はノーリスクってことだ。がんばれって素直に言えないこいつらしい。


「ああ……絶対だ、絶対に約束は守る」


 俺は静かに目を閉じる。


「すうー、はー……」


 一度大きく深呼吸して覚悟を決める。俺のわがままでここにいる全員が死ぬかもしれない。でも、それでも……やらなくてはいけないんだ!


「村長! あのスライムをさっきの自己再生の状態まで追いつめられますか!?」

「なっ……、ふん。当たり前っ! だ!」


 器用に攻撃を躱しながらもオーケーの返事をくれる。


「おい! 村の皆よ! ヨウに全て託すぞ! ……これは村長命令じゃ!」


 後ろの方でざわつきかけていた村人たちを村長が一言で律する。


 助かった、手間が一つ省けた。


「まずはワシにありったけの支援を!」


 様子を窺ってみても、村人たちの顔にもはや不安の色はない。村長のカリスマの賜物だろう。よし、第一段階はクリアだ。


「おいヨウ! 戦闘には村長以外は加わるのか!? 俺たちが加わるのは正直厳しいぞ!」


 村人の一人が大声で尋ねてくる。


「どっちのほうがいいんだ!?」

「こちらとしては最低でももう一人ぐらいいたほうが助かる! 村長にかけている若返りの魔法もいつまで持つかわからないからだ!」


 なるほど……でも――


「僕が行くよ」


 チチシロが名乗り出る。


「えっでも、さっきは相手にならないって――」

「確かに僕の攻撃はあいつに効かないだろう……でも、避けるだけでいいんだろう? ――それなら僕でもできる」

「チチシロ……わかった、頼む」


 チチシロは微笑むと自分に支援魔法やスキルをいくつかかけて走っていった。


「合わせて二人だ! 頼む!」

「わかった!」

「ヨウ、私は?」

「……ミウは正直何ができるか俺にはわからん! 自分でやるべきだと思ったことを自由にやってくれ!」

「……わかったわ」


 よし、準備は整った。


「……作戦、スタートだ」



◇◆◇



 正直、私はまだヨウがスライムを倒せるなんて一切信じられていない。でも、でもなぜか、成し遂げてくれそうな……そんな気がする。

 作戦が開始されてからずっと、ヨウはひたすらにただ一つの魔法を唱えていた。


「主婦が使える魔法なんて、料理とか掃除とか洗濯に使うものしかないじゃない……」


 いったい何を狙っているのかわからない。


「ぐおおおああああああああああああ」


 スライムの魔物は村長とあのチチシロとかいう女が二人で相手している。村長とチチシロがヨウから受けた指示は「本体に火炎系の攻撃を加えないでほしい」という事だけ。火炎はダメで電撃はいいらしい。


「いったい何を狙っているの……?」


 わからないことばかりながら、私に今できることは特にない。私のスキルや魔法は死に関するものと、阻害魔法デバフ系ばかりだ。そのうえ、それらのほとんどは連続で使用できない。加えて、莫大な魔力を必要とするため、ここぞという時のために温存しておくのがベストだろう。そうなると先ほどの無駄打ちが気に病まれるが、やってしまったものは仕方ない。


「とりあえず今は――」


 観察に決め込むのがベストね。と言い切る前に、ミウの存在感はほとんど消失する。死神の常時発動効果パッシブスキル、[付き纏う死ザ・シャドウスデス]を意識することで、その効果をさらに引き上げたのだ。これは、先ほどチチシロという女が使用していた隠匿コンシールメントに近い代物である。

 このスキルのおかげで、黙っているとヨウが私の存在に気付いてくれないことが多々あったのであまり好きではない。が、そのおかげでヨウの様々な姿を余すことなく見れたのだから良しとしている。

 今できること、それは予想外の事態が起こった場合に即座に対応し、ヨウの作戦の不安材料をなくすこと。そのためにスライムの特性などを熟知しておく必要がある。

 ミウは、スライムの一挙手一投足を見逃さない勢いで観察・分析を開始した。



◇◆◇



「火花をおこすのもダメとは……制限が厳しいのう」

「あなたほどの使い手ならわけないのでは?」


 いつの間にやら隣に来ていた旅人に話を聞かれる、盗み聞きとはさすが旅人。


「ふんっ」


 確かにワシなら、できる。が、それを答えてやる義務はない。本来ならとっくに、


 この旅人風情が……後ろに引っ込んどれ!


 と追い返すところだが、なかなかどうしてこの旅人はやりおる。ワシへの攻撃頻度が下がったのはもちろん、適度にアシストもあり、かつ一度も攻撃は受けていない。横目でその様子を確認しても涼しい顔で攻撃を回避し続けている。


「がっ――」


 しまった、と思ったらもう遅い。足がくぼみに取られバランスを崩してしまう。


「しまッ――」

「ぐうおおおおおおおおおおおおおお」


 その隙を逃すまいと触手が正面から迫る。ち、畜生……旅人のことなど考えるからこんなことになるのだ! 旅人めぇッ!


 衝撃に備え咄嗟に防御の構えを取る。


「【小爆破ブロウアップ】!」


 後ろから何かが聞こえる。そして、ワシはダメージを受ける――ことはなかった。ほんの数メートルのところに迫っていた触手は突如膨らみ、爆散した。

 すぐに体制を整え後退する。しかし、その体液から煙が出ることはなく、魔法陣も出ていなかったことから自ら爆散したのではないことがわかる。


「大丈夫ですか?」


 さっきの爆発は恐らくこいつがやったのだろう。だが、元はと言えばこいつが原因なのだ。


「ふん、邪魔するな」


 失礼だと分かっていてなお、そう考えてしまうとこれがワシの精一杯のお礼であった。


「無事でよかったです」


 その返答に若干胸を痛めつつ、チラリと先ほど爆散して散らばったスライムの触手を見る。


「……やはり再生するか」


 思わず舌打ちしながらぼそりと漏らす。スライムの体を爆発系魔法で攻撃しバラバラにしても破片同士がくっつきやがて元に戻ってしまう。例え、それが不意を突いたものでも結果は変わらないようだ。


「あるいは再生できないくらいまで拡散させられればいけるかもしれんが……」


 遠くに散ったものほど再生までに時間がかかっていたことからそう考えられる……が、このスライムは粘度が非常に高く、ワシの最大火力の爆発魔法にも難なく再生しおった。現実的ではないだろう。

 ……しかし、若造――それも旅人にこのままなめられたままではワシのプライドが許さない。もう、時間を稼ぐなどケチくさいことは気にしなくてよいのだ。遠慮なく攻撃に魔力を回す。


「多少、無理をさせてもらうぞ……[百花繚乱ひゃっかりょうらん 花吹雪]」


 遠距離からスライムの方に手刀を入れる。当然ワシの手刀は空を切る。が、切った空の部分から限りなく薄く、小さい光の花びらが無数に飛び出す。色とりどりの花びらはスライムの身体を、触手を、竜巻に舞うように飛翔ひしょうしながら切り刻む。


「う、お、お、おおおおおおおお!」


 ワシはそれを何度となく繰り返し、数多あまたの花びらを出し続ける。


「うばあああああああああああおおおおお!」


 やがてスライムは光の花びらにまみれ見えなくなる。


「ふっ、ふぅっ、ふっ、ふぅっ……」


 まあ少々無理しすぎたか、しかしダメージはかなり与えた。感覚から言うとあと一押しってところだ。


「ヨウ! いつでもいけるぞ!」

「わかりました!」


 さて、ここからが勝負、だな。



◇◆◇



 凄い、この戦士はとてつもなく凄い。それが僕の正直な感想だった。攻撃を受けないことはもちろん、隙を見てはバンバン魔法でスライムにダメージを与えている。


 言葉を交わさずとも、僕がスライムを誘導し、隙を生ませると大技で的確に攻撃している。


「[完全記憶の眼シャッターアイ]」


 この魔物は知力はそんなに高くないように見える、攻撃のパターンはある程度決まっている。一つの触手につき、正面突き、叩きつけ、突き上げ、左右の薙ぎ払い、上下斜め方向からの殴打、の約九パターンほど、それが十本ほどあるから多彩な攻撃を生み出している……ように見えるだけだ。だが注意深く観察すれば、次にどれが来るのか想像するのは難しくない。その後のパターンさえ覚えてしまえば。


 斜め右からの打ち下ろしが迫る。他の触手はなし、となれば……


 僕はあえて右に前転し、衝突点の後ろにわずかに空いた触手と地面の間に滑り込む、と同時に左の方から轟音がなり響く。


 やっぱりね――と、僕は心の中でつぶやく。


 さらに右に前転を重ね一度戦線から離脱し体制を整える。右から来たので左に避ける、それが普通だろう。しかし、左にはあえて見えないように時間差でスライムが繰り出した真上からの突き落としが待っていた。もし、恐怖に負け、左に避ければ今頃はつぶれたトマトのようになっていただろう。


「それはさっき見たからね」


 これは陰から魔法戦士の戦闘を見たときに一度出してきたパターンだ。僕は強くない。だからこそ、このスキル[完全記憶の眼シャッターアイ]で強者の戦いの全てを記憶、保存し、それと同じことをただ実行する。


「……一度学習した事は絶対に忘れない、僕には同じ攻撃は二度と通用しない」


 それだけが、僕の取柄なのだから。


 先ほどの、魔法戦士の放った美しい竜巻のような攻撃で、あのスライムもだいぶダメージを負ったようだ。

 僕は体力感知フィジカルセンサーを使えないが、このスライムはダメージの受け具合で体の末端がとろけてくるのだ。それを先ほどの回復直後のものと、回復寸前のものの記憶と照らし合わせれば今がどのぐらいのダメージ量かわかる。


「それにしても――」


 攻撃をかわしながらスライムに起こっている現象を考察する。


「――大きくなってる、よな?」


 それは本当に少しずつだ。なので他の人は気が付いていないだろう――でも、僕はこの眼のおかげで、元の大きさを正確に覚えていられる、だからわかったのだ。

 触手に影響はないが、本体のみが徐々に大きくなっているのだ。たぶん、原因はヨウが先ほどから唱え続けているあの魔法だろう。


「ヨウ! いつでもいけるぞ!」


 魔法戦士からヨウに合図が飛ぶ。いよいよか、


「さあ、ヨウ。君の究極魔法をみせてくれ」


 こんな時であるのに、失敗したら死んでしまうのに、僕は興奮を禁じえなかった。やっと、やっと勇者候補を発見できたのだから。

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