村長という男と決断
いよいよここまで、か……。
戦い始めてすでに何時間過ぎたか……今のところ犠牲者は出ていない。しかし、それも時間の問題だろう。ワシのMPはまだそこそこ温存してあるが、こいつを倒しきれないのならば意味はない。それに、後方でずっと支援していた村の連中はMPが尽きかけている……このままではせっかくここまで守り抜いてきた御神木がワシの代でなくなってしまう。
いや、プライドなどどうでもいいのだ。
……ただ、娘の時代に安全を約束できない、自分の不甲斐なさがたまらなく悔しい。
「……今回は随分と回復に時間がかかっているな」
まあ、ワシの放てる技の中で最強のものを繰り出したのだから、すぐに回復されても困るのだが。最後に娘の顔を一目見たかった、それが一番の心残りである。
「……ん?」
ここで周囲の状況確認に気を回すとおかしなことに気が付く。まだ、効果が残っているシックスセンスで、周囲にいる生命体の反応が感知できるのだ。
「三人……増えている」
だんだんと近づいてきたのではない、急に現れたのだ。いや、分かるようになったというべきか……敵か? いや、敵意はないな。
「もしや、旅人?」
そういえば昨日、門番が珍しく旅人が来たとか言っていたな。誰かはわからんが今はありがたい、ちょうどスライムの再生にはまだ猶予がありそうだ。
「おい、そこの茂みにいる三人。旅の者か?」
返事は――ない、か。村の精鋭たちもワシが声をかけた方に注目する。
「いや、この際誰でもいい。……見ての通りかなり強力な魔物が出現した。悔しいが、ワシ達では倒しきることができなそうじゃ」
幼いころから、村以外のものに関与するな。と言われて育ってきたワシにとって、この行為は吐き気を催すほどの事だ。しかし、
「そこで、君たちは町に行って救援を呼んできてくれまいか? いずれ、この魔物はこの辺り一帯を蹂躙するだろう。そうなる前にここで始末しておきたい。どうだ、頼まれてくれるか」
しかし、だ。娘がコイツの毒牙にかかる恐れがあるのならば、そのリスクをワシがなくせるのならば、ワシは喜んで泥水をすすろう。喜んで死のう。それが、父親というものだ。
後方から、村人達のざわめきが聞こえてくる。まあそれも無理なかろう。村の者はワシと同じように旅の者を拒むよう育てられてきた。
その中でもワシが最もよそ者嫌いであると、誰もが知っているからだ。そのワシが、旅人なんぞに頭まで下げて助けを乞うているのだ。当然、今だって吐き気をこらえるのに必死だ。そこまでしてワシが頼み事をする、それが何を意味するか、村の者も理解してしまったことだろう。
「頼む、娘を……村にいる者たちを守りたいんだ」
顔は醜く歪み、声質だってとてもとても人にものを頼むようなものではない。だが、これがワシの精一杯なのだ。
しばらくすると、誠意が通じたのか茂みから人影が三つ出てきた。顔を上げてその人物がどんな奴か確認する――と、ワシの思考はそこで止まった。
「な――おま、……なんでここに?」
◇◆◇
まさか、まさか村長が旅人なんかに頭まで下げて頼みごとをするなんて……
隣のミウを確認するが、俺と同じように信じられないとばかりに口を半開きにして驚いているようだった。
「まさかあの村長が……」
「え……全然人にものを頼むような態度ではなかったように見えたけど……」
まあチチシロから見たらそうだろう。けど、俺とミウは普段の危険なまでに排他的なその人物像を知っている。故に、これがどれだけの事かわかる。誠意が伝わる。でも、その願いを聞くってことはつまり、……見殺しにするってことだ。
「ミウ、どうす――」
ミウの意見も聞こうと、顔を横に向けるとミウは茂みから飛び出る寸前だった。
「え――おい!」
そして、気が付けば俺の手は握られており、引っ張られる形で俺も茂みから飛び出でしまう。
「え、うーん……」
飛び出てから後ろを確認すると、チチシロも茂みから出てきたようだった。
「村長!」
「み、ミウ……本当にミウなのか?」
「ええ、そうよ!」
「な、なんでこんなところに……しかもヨウ、お前まで」
「そ、村長すみません……」
「……そこにいるよそ者が悪いのか?」
チチシロが茂みから出るや否や、殺意が込もった目でチチシロが睨まれる。
「ひっ、すすすみません!」
チチシロは何一つ悪いことしてないのに、何でこんなに可愛そうな扱いを受けるんだ……
「村長! なんでよ! こんなやつ倒せるでしょう!?」
「……すまんよ、ミウ。ワシが魔法職専門なら、もしかしたら、倒せたかもしれん。だが、ワシのメインは魔法戦士、魔法だけじゃ半分の攻撃力しかない……すまんな」
キッと殺意を込めた目で、いまだ霧の中で再生中であろう、スライムがいる場所を睨むミウ。
「お、おい。何する気――」
「お前なんか……お前なんか死んでしまえ」
冷たい声で小さくぼそぼそつぶやくミウ。その瞳は徐々に、黒々としたものから紅に染まっていく。
「【死】、【生命の終末】、【魂の根絶】、【精神破壊】、【命刈る死神の鎌】! ……なんでよ! 死んでよ! 死んで!」
なおも魔法――いや、呪文を繰り出し、「死ねっ! 死ねぇッ‼︎」と泣き叫ぶミウは、見たこともないほど、切なさに満ちた顔をしていた。
「ミウ、無駄じゃよ。強さが違いすぎる……諦めて町へ救援を呼びに行ってから、安全な所へ避難しなさい」
村長は呪文を繰り出し続けるミウを優しく諭す。ていうかこいつ……どんな効果かはサッパリだが呪文覚えすぎだろ。
「あああああああああああああ!!」
ミウが絶叫をあげながら髪の毛をかきむしり、苦しそうに体を折り曲げる。
「こっの――」
「落ち着けって!」
後ろからその身体に抱き着きなだめる。
「ふー! ふー!」
「お前がそんなになったって戦況は変わらない、冷静になれって――」
そこで俺は不思議なものを見た。ミウの服が裾から少しずつ燃え始めていたのだ。「え?」と声を漏らす。しかし、それは驚きのあまり瞬きした一瞬の間に消え、裾も焦げたりはしていない。
「お、落ち着いたわ。だから放して……」
「あ、ああ悪い……」
俺が戸惑っている間に、ミウも多少落ち着いたらしく俺の腕から脱出する。そのとき、さりげなく確認した瞳はいつもの色に戻っていた。
「なんなんだ、今日は……」
「ヨウ」
「ん?」
後ろからシャツの裾を引っ張り、耳元でチチシロが囁いてくる。
「なんだ? 今じゃなきゃ――」
「ヨウの究極魔法は? ここじゃ使えないのかい?」
……あー、なるほど。究極魔法か――究極魔法、ね。
「こ、ここだと結構難しいかもしれん。それに……」
「それに? 何か問題が?」
「…………いや、何でもない」
……言えなかった。
はあ、とため息をつきたくなるのを必死にこらえる。だって……だってまさか! まさか俺が究極魔法だと思っていたモノが! どう考えてもさっきの村長の攻撃より強いとは思えない!
……井の中の蛙大海を知らず、とはよく言ったものだ。まさに、今の俺はその蛙そのもの、助太刀どころの話ではない。しかし、嘆いている余裕も、反省している時間もない。今すぐにでも町へ行って助けを呼ばなければ。正直、それが一番村長たちも助かる可能性が高いだろう。
「おいミウ、気持ちは分かるが今は町へ急ぐぞ」
「村長……」
多少強引だが、まだ放心状態にあるミウの腕を掴み、引っ張っていく。今の俺たちじゃチチシロの言う通り、ただの足手まといが関の山だ。チラリと村長の方に振り返ると、優しげな眼差しでミウを見送りながら何かを言っていた。しかし、その声は俺には届かなかった。
◇◆◇
だが、森を出たはいいが町の場所なんて俺は知らなかった。当たり前だ、村を出たのは今日が初めてなのだから。頼みの綱であったチチシロも、まずはイカワの村を調べようと真っ先にあそこに行ったのでわからないという。
「ミウ、お前わかるか?」
「……わかってたらとっくに先導するわよ」
そりゃそうか……くそ、焦ってもいいことはないのに、
「このままじゃ村長たちが……」
「やっぱり助けに戻ったほうがいいんじゃないの!?」
ミウが我慢できないといった様子で叫ぶ。
「……チチシロはともかく、俺とミウは足手纏いなだけだ」
どうする? どうすればいい? 何が正解なんだ……? 今、こうして悩んでいる間にも時は刻一刻と過ぎてゆく。
「すうー、はあー……」
ダメだダメだ、落ち着いて考えなければ……俺なんかがまともな答えを出せるわけがない。目を閉じ、大きく、あえてゆっくりと深呼吸する。
「……待てよ」
極限のプレッシャーの中、少しだけ落ち着きを取り戻した俺は、ある一つの可能性にたどり着く。あのスライムのあの行動……まさか――「倒せる……かもしれない」ぼそりと呟く。
「はあ!? ヨウ、何言ってるかわかってるの!?」
「わかってる」
「あ――」
「根拠はあるのかい?」
あえてミウの言葉を遮りチチシロが続きを促してくれる。
「チチシロ……ああ、ある。さっき言った究極魔法だ」
「きゅ、究極魔法って……ヨウ、冗談はやめてよ! あなたの職は『主婦』じゃない!」
なんでミウが俺の職を知ってるのかはこの際置いておく。
「ああ、でも見つけたんだ。いや、気づいたというべきかな」
「勝率は?」
「五分五分ってとこだ」
「……わかった。このままむやみに走り回って町を探すよりは確率高いね」
チチシロが賛同してくれる、本来チチシロだって全員助けたいはずだ。
「チチシロ……ありがとう」
それでも、この話に乗ってくれたことに感謝する。
「あなたまで……。ヨウ、さっきまで取り乱してた私が言うのもあれだけど、勝てないわ。大人しく逃げましょう?」
確かに、五分五分なんて俺がそう思うってだけで根拠などない。でも――
「このまま町へ行こうとすれば村長たちは助からない、それどころか御神木だって危ない」
「そんな、こと……」
ミウだってわかってるはずだ。
「でも、今から戻って助けられれば全てが救える」
わがままだってわかってる、ありがた迷惑だってことも理解できる。でも、それでも、可能性が少しでもあるのなら……それを割り切れるほど俺は大人じゃない。
ならば――「……全か無か、俺は全て助けたい」――それならば俺は子供でもいい。
「でも! ヨウ、あなたまでいなくなったら私――」
「ミウ……さん、信じよう。ヨウを」
ミウの肩に手を置き、やんわりと宥めてくれるチチシロ。やっぱり、こいつはいい奴だ。
「――っ」
「……ミウ、行こう! 村長たちを助けに!」
「ヨウ……」肩を震わせながら顔を隠すミウ。
「おう」
「信じても、いいのよね?」
「おう」
ミウは顔を上げ、静かに涙を流しながら縋るように聞いてくる。俺は即座に、かつ自信満々に肯定してやる。
ミウだって、本当は助けたいに決まっているはずだ。
「ヨウ……うんっ! お願い、村長を――お父さんを助けて!」
「ああ……絶対だ」俺は自分にも言い聞かせるように断言する。「助けるんだ……みんなを!」
-村長の設定(⚠︎読まなくてもお話は楽しめますわ)-
昔からイカワの村一帯を仕切っていた村長は、城下町でも噂になるほど強かった。その強さを利用したいと考えた王は、村長にその地域を管理するよう命じた。もともと自分の地域だと思っていたこともあり村長は承認する。
しかし、それを快く思わなかった王国騎士の数人が村長に決闘を申し込む。が、あえなく敗北。王たちはその強さを見くびっていたのだ。その力の矛先が自らに向くことを恐れた王は、騎士の称号を特別に授与する。村長も、これからよけいなちょっかいがなくなるならと了承。
だが、年に数回ある重要な集会にも、国の一大事にも村長は一切駆けつけず、村に居続けた。このままでは数年の間、その姿を王に見せないと失権する。という契約に反してしまい村長は騎士でなくなると忠告を受ける。が、一切耳を貸さず、ついに騎士でなくなってしまう。
しかし、村長を見たことがあるのは数人の騎士のみであり、王ですら実際にその姿を見たことはない。その謎さと、確かな強さは人々の噂を呼び、村長は王国で伝説となっている。