初めての魔物と戦闘
「す、凄い……けど、どうやら苦戦してるみたいだ……」
「そんなはずあるわけないわよ……村長よ? 元王国騎士の一人よ?」
チチシロに続き、俺たちも茂みの陰からその様子を確認する。覗き込んだ先にあった光景はまさに異次元のものであった。
「【第六感強化】! 【雷の矢】!」
村長と思わしき人物が異形の者、大きな紫のゼリー状の魔物に本当に雷を打ち込んでいた。
「うぼおおおおおおおおおお!」
雷の矢を体に何本も撃ち込まれ苦しそうな声を上げる化け物。しかし、雷は表面を流れており、体内までダメージを与える前に地面に拡散しているように感じる。そのためなのか、攻撃を受けつつも体から生える幾多の触手で村長を攻撃している。
魔物の右からの丸太ほどもある触手の薙ぎ払い攻撃を、紙一重のところで身を倒し回避。しかし、その起き上がりの瞬間を狙って頭上からすでに第二、第三の触手が迫っていた。
「あぶ――」
思わず俺がそう叫びそうになった瞬間、村長がまるで来るのがわかっていたかのように、触手を見ることもなく左に前転しながら回避する。
「え――なんで今のが回避できたんだ……?」
触手が地面に衝突した轟音が響く中、俺は疑問を思わず口に出していた。
「村長がさっき唱えた魔法、シックスセンスのおかげだよ。全ての感覚を極限まで研ぎ澄ます事で、見ていなくても魔物の次の動きが全てわかるんだろう」
「そうね。しかも、後ろに控えている村人の魔法で若返っているようね。道理で動きがいつもより早いわけだわ」
俺がちょっとつぶやいてしまった質問に、冷静かつそれっぽいことを速攻で返してくる。こいつら冷静すぎかよ!
「[三度目の正直]、【エレメンタルジェネレート・メタル】」
上からのたたきつけ攻撃を回避した後もスライムの猛攻は止まらない。しかし、その攻撃をかいくぐりながらも村長は懸命に攻撃を加えている。村長の目の前に光の粒が集まった――と思ったら、次の瞬間にはそれは大きな金属の玉になっている。
村長はその玉を魔物の頭上にほおる。それを無視して攻撃を続ける魔物の触手を避けながら村長が叫ぶ。
「【サウザンドニードル】!」
すると、空中に投げられた金属の玉から無数の輝く銀色の雨が魔物に降り注ぐ。
「うぼおおおおおおおおおおおおお!」
再び絶叫を上げる魔物、村長はさらに追撃をかける。
「【檄成・雷の矢】!」
先ほどと同じ魔法のようだが、しかし、現れた雷の矢は、一本一本の大きさが先ほどより三~五倍ほども巨大化していた。
「えっ、あれは?」
「強化魔法を追加で重ね掛けしたね。そのうえさっきのスキル、三度目の正直の効果だね。あれを発動してから三回目に使う魔法やスキルの効果を増大する効果があるんだ」
深々と突き刺さる雷の矢(というよりはもはや槍だが)、見た目だけでなく刺さってからも別物だった。先ほどは電流が表面を流れて地面に拡散したのに対し、今回は体内まで網目状に流れる。
「うぼああああああああああおおおおおおおおおおお!」
ひときわ大きな悲鳴を上げる怪物、こんどは相当効いているのか攻撃が止んでいる。
「そうか……さっきの金属の針が雷の通り道となって帯電し続けるのか」
「……よく気が付いたわね。相手はスライム系の魔物、物理攻撃の類はほとんど効かないと思うわ。そのくせ弱点属性である雷魔法で普通に攻撃すると威力を地面に受け流されてしまう。だから前準備として針を打ち込んだんじゃないかしら」
「えええ、戦闘しながらそんなことまで考慮してんの!?」
しかし、スライムは再び攻撃を再開し、体内に入り込んだ鉄らしき金属をゆっくりとだが溶かし始める。
「それより、あれを打ち込まれてまだ動くの……?」
「ぐう!」
四方八方から狂ったようなスピードで迫る多数の触手攻撃に、ついに村長が被弾する――
「【ターゲット・ヒーリング】!」「[独立自尊]!」「【天使の微笑み】!」「[疾風迅雷]!」「[孤軍奮闘]!」
――と、同時に後方の村の精鋭から、様々な支援が村長にかかる。
「どうやら村長の指示であえて一人で戦ってるみたいだね」
「そうね、支援系もそういうのばっかりだわ」
相変わらずぽかーんと戦闘を見ているのは俺だけ、ミウとチチシロはなおも冷静に戦局を分析していた。
チチシロはともかくミウもなにがどうなってるのかわかっているのか!? 俺なんて目が全然追いつかないってのに!
「む……、[背水の陣]」
村長も自らに支援スキルをかけ再び魔物に向かっていく。
「うぼおおおああああああああああ」
狂ったような雄たけびとともに、スライムの周囲に突如魔法陣が多数出現する。
「くっ――【脚力強化】!」
「うええ!?」
突撃を開始した村長は慣性の法則を無視し、あり得ないほど地面に右足をめり込ませる。と、まるで何もないところでボールが跳ね返るが如く、すごい勢いで後方に飛び退いた。
「うんぐあ……うぼあああああ!!」
村長が飛び退き、着地するまでのほんの一秒足らずの間、スライムの頭部と思わしき部分が肥大し、爆散した。先ほどまで村長がいた場所を含め、スライムの半径三十メートルほどに体液が飛び散る。その体液は飛び散ってから発泡し、毒々しい霧がたちまちスライムを覆い隠した。
「どうだ……」と村長が呟くのが聞こえる。
「[風神の風袋]!」
後方の村人が霧に向かって疾風を巻き起こす。風が吹くと霧が風に流され、一時的にスライムが姿を見せた。しかし、霧の発生源である体液は粘度が高いのか、吹き飛ばない。中にいたスライムは丸まっており、動かずにジッとしていた。
「【体力感知】」
村長は何かの魔法を唱えジッとスライムを睨み付ける。しかし、特に何をするでもなく黙って首を左右に振る。
スキルの効果が切れ風が止むとスライムは再び霧に包まれる。
「あれは倒せないわけね……」
「どういうことだ? 結構追いつめているように感じたが……」
「あのスライム、あそこで自己再生してるのよ」
「ま、マジかよ! ……でも、じゃああと一歩って事だろ? なんで村長は霧越しにスライムを攻撃しないんだ!?」
「あの霧が原因だと思うよ。おそらく、衝撃を与えると爆発でもするんじゃないかな」
「じゃ、じゃあさっきみたいに霧を払ってから攻撃すればいいじゃないか!」
「……これもおそらくだけど、魔力を温存したんじゃないかな」
「温存……?」
何のために?
「倒しきれないんだよ、霧が晴れるまでの数秒が勝負。だけどその時間だけじゃ倒しきれないと判断したんだろう」
「……戦法を見てもその線が濃厚ね、三度目の正直なんて効率の悪いスキル普通なら使わないわ。たぶん再生を開始してしまうギリギリまで削ってから最高威力のさっきの攻撃をしたんでしょう。でも、それでもまだ足りなかった――」
悔しさを顔に滲ませながらも、冷静に戦況を分析するミウ。おいおい、ちょっと待てよ、ていう事は……
「今のがもしそうだとしたら……もう手詰まりってことじゃないか!」
「よ、ヨウ! 声を抑えて! あのスライムに目をつけられたら秒殺されるよ!?」
チチシロは慌てるが、落ち着いてなんていられない。確かにミウが心配しなかったように村長はかなり強かった。でも、その村長でも倒しきれないほどの強敵が出現したのだ。
「な、なんでこんな田舎にこんな化け物が……まさか――」
「ええ、きっとそのまさかよ。御神木を排除しに来たんでしょうね……」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつミウがつぶやく。
「待てよ! 御神木の周りには魔物は近づけないんだろ? それじゃあ大丈夫じゃないか!?」
「ええ、いくらあのスライムといえどここらが限界でしょうね。……でも、あのスライムなら遠距離からじわじわと土壌を汚染するぐらいはわけないんじゃないかしら?」
「それに気が付いているからこそ、あそこの魔法戦士も退くに退けないんだろうね……」
「村長……」
止まっている村長を見ると表情は険しく、装備品ももはやボロボロだ。先ほどスライムに触れたところなんて……溶けかけている――!?
「え――ま、まさかスライムの身体に触れるだけで防具が溶かされるのか……?」
あの一撃叩かれただけで、あんなに溶けるのか?
「恐らく、ね。いつも村長が持っていた剣と盾が見当たらないわ、もう溶かされたのかも」
「さっきだって、わざわざ魔法で作った武器で攻撃していたし、いい武器を使うに使えないんだろうね」
「それに魔法だけで戦ってる、魔法戦士なのに不自然だわ。察するに、近くによるだけでスライムの体から揮発している瘴気にやられるのかも」
ええ、つまりなんだ。村長は普段使いの最もいい装備をほとんど失い、接近戦を禁じられ、無限に回復し続けられる……そんな相手と半分の力しか出せない状態で消耗戦をしている――ってことか?
「か、勝てるわけがないじゃないか……」
「村長が一番その事をわかってるでしょう、後ろの村人たちを支援に徹底させてるのだって被害を自分だけで抑えるためだわ。あのスライムなら彼らを一瞬で殺すなんてわけないでしょうしね……」
「いい判断だ、前衛を下手に増やしてこちらの味方が減れば戦況が一気に傾きかねない」
「じゃあ助けに入ったほうがいいんじゃないのか!?」
「あのクラスの戦闘に僕らが加わっても邪魔になるだけだ。……でも、あの御神木を失えば魔物はさらに活性化してしまうだろう」
目を伏せるチチシロ、やがてゆっくりと口を開く。
「僕はここでいったん町に戻って援軍を要請するのがいいと思う」
チチシロは唐突にそう言った。
「……は? おい、ちょっと待てよ。村長たちはどうするんだよ?」
「ここであのスライムを食い止めておいてもらう」
それってつまり、
「見捨てる、ってことか?」
今だって村長はギリギリの状態だろう、再びあのスライムが動き出したら次は……
「結果的にそうなるとしても、今はそれが最善だ。僕たちにできることはそれぐらいしかない」
「お――……くそッ!」
掴みかかろうとしたが、できなかった。チチシロもまた歯を食いしばり、辛そうな表情を浮かべていたのだ。まだ出会って間もないがこいつは理由もなく人を見捨てたりしない奴だ。
……チチシロにとっても苦渋の決断なのだろう。
「いったいどうすればいいんだよ……」
俺は天を仰いでそう呟いた。