村の秘密と御神木
「森に強力な魔物?」
「ああ、そういうことらしい」
「ふーん」
なんだそんなことか、とばかりに目を細めるミウ。
まあ気持ちはわからないでもない。村長が村長になる前は王国のエリート魔法戦士だったらしく、その腕はかなりのものと聞いている。ミウはおそらく、村長の強さを目の当たりにしたことがあるのだろう。しかし、見たことがない俺からすれば心配になってしまうというものだ。
「万が一でもあったら困るし、安否を確認するだけでもやる価値はあると思う」
「そんなこと言って、外を覗いて見たかっただけじゃないの?」
「ち、違うわ!」
「……ふーん、半分だけか。半分は本気なのね」
まるで俺の心を読んでいるかのようにバッチリ俺の心理を言い当てるミウ。
「あの、ミウ……でいいのかな」
「あら、気安く呼ばないでくれるかしら?」
「ごっ、ごめん。じゃあ――ミウ、さん……? なんで君は呪文を使えるんだい?」
「そ、そうだよ! ていうかお前聞きたいことが山ほどあるんだが!?」
「……まぁ見られちゃったし、仕方ないわね。それより助けに行くんでしょ? 移動しながら話しましょう」
そう言って迷うことなく森に入って行こうとするミウ。
「待てよ、やみくもに入っても迷うだけ――」
「私は村長たちの居場所知ってるわ」
そう言って一人森へと入って行ってしまう。
こいつは本当にミウか?
そう思わずにはいられないほど、今日のミウはおかしい。……だが、今はミウを信じてついて行くほかない。
「チチシロ、行くぞ」
「う、うん」
チチシロの顔を見るとまだ青ざめている。よっぽど怖かったのだろう。今も一定の距離以上近づこうとしない。しかも、ミウはミウで、振り返ってその様子を確認したと思ったら、微笑んでチチシロと目を合わせようとするし。ちなみに目は全く笑っていない。そのたびにチチシロは肩をビクッてさせて全力で目をそらすし。
はっきり言って空気が最悪に近い。誰も話そうとしないし、こんな時は俺から口火を切ってやるべきだろう。
「あー、ミウ」
「なにかしら」
「お前は本当にあの、ミウなんだよな?」
「ええそうよ」
「じゃあなんで呪文なんて使えるんだ?」
「……ヨウ、成人の儀って知ってるわよね?」
「ああ」
「成人の儀?」
「ああ、うちの村では一定の年齢になると成人の儀っていう一日中特別な施設で修行した後、村の中心、つまり村長の家で寝るっていう儀式みたいなものがあるんだ」
ちなみに、俺はまだ受けていない。
でも、それが何の関係があるんだ?
「そう、それの真の目的は職替えなのよ」
「……は?」
「一日中修行して、へとへとになって、ウチで熟睡するでしょ? その間にちゃちゃっと職替えしてるのよ」
「は、え、ちょ……神父さんは?」
「村長でも、経験を積めば職替えのスキルを手に入れられるのよ」
ちょいちょいちょい! そんなん……今までの常識がぶち壊しなんだが!
「……まあ、百歩――いや、千歩譲ってそれは納得しよう! でも、それがどうして呪文につながるんだよ?」
「村長は職替えの時、勝手にその人の適性が一番高い戦闘系の職をメインに据えるの。私は村長の娘だから幼いころから特別に職を据えられていたわ。そして、私に最も適性があった職が『死神』だったの」
死、神……?
「し、死神って就くことを禁止されている職の一つじゃないか!」
「そうなの? でも私の村じゃそんなこと誰もお構いなしよ。効率一番で動く人だから、村長は」
つまり、職が死神だから呪文を使える……という事か。
「理屈はあってるが――」
「いや、ヨウ。呪文を使える時点で嘘じゃないよ」
「……そうなのか」
「うん、でも禁職に就くと精神が侵されると噂で聞いていたが真実だったとは――」
「あら、そんなデマが流れているの? 前時代的ね」
ほうっと呆れたようなため息をつくミウ。
「優れているものを優れていると認められず、ただただ敵対するものの文化、価値観だからと言って排除しようとするなんて、愚劣極まりないわ」
「で、でも君は僕をいきなり殺そうとしたじゃないか!」
「友達を誘拐した犯人に情けなんていらないでしょう?」
「うわぁ……」
思わず引いてしまう。チチシロの言ったことはもしかしたら正しいのかもしれない。
「質問はそれだけかしら?」
「いや、まだまだあるわ。まずどうやってあの村から外に出たんだ?」
「門番に催眠魔法をかけてその隙に」
マジか、
「じゃ、じゃあどうして村長たちの居場所を知ってたんだ?」
ミウはしばらく黙り込み、ジッとチチシロを見つめながらため息を一つついた後ゆっくりと話し出した。
「この村には秘密があるの」
「秘密?」
「ええ、この森には御神木があるらしいのよ」
「御神木ぅ? らしい?」
「ええ、私もこの森に来たことがないから聞いただけなんだけど、かなり力の強いのがね」
「それがどうして村の秘密なんだよ?」
「ヨウ、村の中心にいつも焚いてある松明あるのは知ってるわよね?」
「ああ」
「あれ、御神木の枝よ」
「あれかよ!」
確かに夜だけじゃなくて日中も点いているからもったいないなあ、とは思ってたけど……意味があったのか?
「その御神木は力が強く、枝でも燃やしている間は一定距離に魔物や怪物が近寄れなくなるほどなのよ。村一つは軽く覆える範囲にね」
「そ、それはっ!」
驚いたのはチチシロだ。俺にはそれがどれだけ凄い事かがわからず、いまいちピンとこない。
「それはそんなに凄いものなのか?」
「す、凄いどころか、あの規模の村を一つ覆えるぐらいって……いや、説明は難しいけど」
「まあヨウにはまだ理解できないでしょうけど、とにかく貴重で凄いものなのよ」
ふーん、ぐらいにしか俺には思えないが、きっととてつもなく貴重なものなんだろう。
「でもその御神木はまだ幼木でまだ大きくはないの、だから――」
その後のミウの説明によると、御神木はその一本しか存在せず、過去にどうにか栽培を試みたがどれも失敗。それからも俺の村は農業に力を入れ発展させていったが、最新の技術も虚しく、御神木の栽培は失敗に終わった。だが、その副産物として自給自足が可能になるぐらい農業は発展した。
御神木は一本しか存在せず、成長も極めて遅い。それゆえ、その価値は極めて高い。森の中ゆえ管理も難しく、村は旅人による乱獲を防ぐため、仕方なくこの木の存在をひた隠した。そして、自分達の分だけをこっそり取り続けることを選択したという。そのせいか、村の人々は旅人にその木の存在がバレるのを恐れるようになった。いつしか村人の誰もが旅人に素っ気ない態度をとってしまうようになり、その態度がその木の存在を知らない今の村人にも受け継がれている――ということらしい。
「簡単に言うとこんな感じかしら。だから、今回の狩りでも御神木の枝の採取も兼ねて、比較的安全な御神木付近を通ると思うわ。他にも細かい事情はたくさんあるけれどね」
「な、なんでそのことを僕にも教えたのかな……?」
「えっ? ふふ、だって――」
ミウの赤い瞳が一瞬だけ、深く、暗く、鈍く光る。
「――関係ないもの」
俺は背筋が凍りついた。
小さいころからずっと一緒にいた俺ですら目を見ただけでこの有様なのだ。その視線に晒されているチチシロはより恐怖を感じているだろう。
「お、おいミウ。チチシロに危害を加えるなよ?」
「え? 酷いわね……何も危害なんて加えないわよ、この話を漏洩させるなんて考えなければね――ねえ、チチシロ?」
「うっ!」
肩をびくつかせた後、チチシロが恨みがましく俺の方を見てくる……って、え? なんかしちゃったのか俺?
「……死神はどうか知らないけど、禁職の中には対象の顔と名前さえ知っていれば呪いをかけられる呪文があるとされている……」
「あ……ごめん」
「あはは、呪ったりなんかできないわよ――ねえチチシロ?」
「……。」
完全に釘を刺しているようにしか見えないんだが、やらない……よな?
やはり空気は最悪なまま。しかし、なんとなく会話を続ける空気ではなく、俺たちは無言で進み続けた。
◇◆◇
「……んん! で、その御神木が目当てだとしてもだ」
ミウの話を聞き終わった後、沈黙に耐えられなくなった俺は、ふと気になったことを聞くことにした。
「しても?」
「どうしてその御神木の場所がわかるんだ? さっきの口ぶりだとお前もここに来たの初めてだよな?」
「……ヨウ、あれは何だと思う?」
ミウがなぜか呆れながら指さしたのは、村にも時々生える魔草であった。
「は? 魔草……じゃないのか?」
魔草とは魔物とともに魔界から来たと言われる植物であり、見た目がけばけばしいのですぐにわかる。大抵は毒を有しているが、稀に武器や薬草に利用される。ちなみに、魔草は先ほども言った通り、村にも稀に自生してしまう。なので、村の子供が誤って食べたりしないよう、子供が一番最初に教え込まれる知識の一つだ。
「そうね、村のと比べて何か違うと思わない?」
「……なんか小さいような」
「ヒントはここまで。他に聞きたいことはあるかしら? ないなら急ぐわよ」
どうやらこれ以上は教えてくれるつもりはないらしい。村と比べて小さいのに理由があるのか? それが御神木の位置がわかる理由でもあるような口ぶりだし。
「いや、待てよ……」
森に入る前の魔草はむしろ村のよりももっと大きかったような――
「まさか、魔草も御神木の影響を受けるからここのは小さいのか?」
「ヨウ、よくわかったね。正解だよ」
チチシロはすでに気が付いていたのだろう。ミウよりも先に正解を知らせてくる。
「おそらく、その力は御神木に近ければ近いほど強力に作用するんだと思うよ」
「なるほど」
確かに言われてみれば村の魔草も中心近くでは全く見たことがない、生えているのは大体壁の近くだったな。
「大きさもそうだけど数自体も少なくなってる、もっと言うと種類も。魔草の中でも強い種のみが比較的御神木に近くても生き残れるんだろう」
「へー、よく気が付いたな。そんなところ気にしたことなかった」
「うっ、……うん。周りのか、環境に目を配るのは旅の基本だからね……」
……あれ、急に声が小さくなったな、どうしたんだ?
と、声をかける前に原因を把握したから聞くのをやめた。
「…………。」
ミウが無言でチチシロを睨んでいたのだ。いったいチチシロのなにがそんなに気に入らないんだこいつは……。
「そろそろ近いんじゃないか?」
周りを見てももうほとんど魔草は生えていない、生えていても背丈が普通の植物よりだいぶ低くなってきた。
「そうだね、そろそろ人の探知魔法を――今の聞こえた?」
チチシロがそう言いかけた時、遠くの方から微かに轟音が響いてきたのだ。
「ええ、そう遠くはないわね」
「たぶんこっちの方角からだろう」
「村長たちか?」
「まだわからないわ、でも何らかの異常事態でしょうね。どうする? このまま巻き込まれる前に逃げたほうがいいかもしれないわ」
確かに音の正体が村長たちとは限らない、でも……
「でも、何が起きてるのか把握しておくだけしておこう。もし放置したら村にまで被害が及ぶかもしれない」
「……そう、じゃあ早く行って確認だけしちゃいましょう」
そういうと思ってたわ。と言わんばかりのテンションで、しぶしぶながらもミウに承認される。
……なんでこいつが主導権握ってんだ?
「確認しに行くんだね? じゃあ一応、【隠匿】」
そのことについて突っ込む前に、チチシロが気を聞かせてさっきの隠匿の魔法をかけてくれたらしい。これで気づかれることなく確認できるだろう。
「サンキュ、じゃあ行こう」
◇◆◇
「どんどん音が大きくなっていくな」
「ああ。あっヨウ、この魔法は囁き声以上の声を出したり、大きく動いたり、素早く動くと解除されるから気を付けて」
「わかった」
「そういうことはもっと早めに伝えておくべきじゃないかしら?」
「ごご、ごめんなさい……」
チチシロのミスとも言えないミスをここぞとばかりに叩くミウ。
小姑かよ。
「あ……」
不機嫌そうな顔をしていたミウが、なにかに気が付いたらしく、その顔に少しだけ警戒の色をのぞかせる。
「どうした?」
「今、村長の声が聞こえたわ」
ていう事はこの先にいるのはやはり村長たちか、
「なら決定だな。おそらく村長たちはチチシロが戦った奴と戦ってるんだろう」
話ながらも接近していくと俺にも村長らしき声が聞こえた。ただ、それ以上に戦闘のものらしき音が大きすぎる。まるで雷でも落ちてるかのようだ。
「でも、村長が相手でまだ倒せないの……?」
「……いた、いたよ」
ミウは何かが腑に落ちないようだったが、それを聞く前にチチシロがついに村長たちを発見する。俺たちはとりあえず草の陰から様子を観察することにした。