ギチトと秘密
「私が……こんな醜態を晒すなんて」
アロウンに俺の魔法について説明したが、今まで食に関心が微塵もなかったからか理解できないようだった。
しかし、理屈はわからなくとも身体が変化しているのだから納得せざるを得ないのだろう。現に、今も真剣な顔で悩んでいながらミウからトーストを取り返そうと縋り付いては引き剥がされている。
「はっ!」
そして自分の奇行に気がついては我に帰りを繰り返している。もう体と脳がリンクしていない。
「で、とにかく俺の勝ちだな」
「……まさか、本当にこの条件で私が負けてしまうとはね」
これで負けたなら仕方ない、とでも言うようにあっさりと負けを認める。まあ無理もないか。まだミウにまとわりついてるし。顔と行動が一致しないな……デュラハンみたいだ。
「それに、念のため言っておくけど俺たちは害を与えようとしてこんな事をしてるんじゃない。目的はマグンの復興だ」
「ほう?」
「今、この街には多くのマグン市民がいるな? ある程度は俺たちで解放したけど、まだまだいるはずだ。その人達を解放し、魔族からマグンも奪還し、復興させる。それが目的」
「なぜそんな事を?」
「え」
なぜ? なぜかと言われればツユちゃんに頼まれたし、オルガと合流するまで時間があったからと言うしかないけど……あまりに自主性がないか?
「……勇者だから」
考えた末に出した結論がこれだった。もっと考えりゃよかったい。
「勇者? どなたが?」
「俺」
「え、あなたが?」
もはや悲しみさえ感じないこのやり取り。
「ああ、なるほど」
と、思いきや何かを悟った様子のアロウン。まさか、この俺から隠しきれない勇者オーラが溢れ出し始めたとでも言うのか!
「……道理で雨粒ほどの力も感じないわけだ。力を隠して警戒されないようにしていたということだね?」
「…………ウン……まあね」
すみません。これが全力なんです。隠すほどの力とかないんです。今もありのままの姿なんです。
なんか、いつもより遠回しに、しかも悪気なく言われている分、悲しみが大きい気がするの。
「そんなことはどうでもいいんだよ! それより、勝負に勝ったんだ。こっちの言うことの一つも聞いてもらうぞ」
「なんでも、というわけにはいかない。私はこの町を任された身分だ。それに、契約ではそこまでは言っていない」
やっぱり、いくら身体が料理を求めていたとしても頭が冷静だと魅了できないのか。となると、俺の出番は終わった。
「ど、どうしようミウ」
「ヨウ、あなたという人は……私は情けないわ」
怒るでもなく、ミウは心底呆れたというような表情で俺を見る。口調がわざとらしい。これはあえてこう言っているのだ。そうした方がより俺を貶められると知っているから。ほんと、真性のドSですわ。
「ふふ、冗談よ。いいわ。哀れなあなたには私しかいないんだしね」
もはや言いたい放題である。
「アロウンだったわね? この話はあなたにとっても悪い話ではないわよ」
「ほう?」
「え、そうなの?」
やば、思わず声に出ちゃった。
「マグンが復興することにより、前線は以前のようにギチトから離れる。そうすれば、今この街に集めていた戦力をギチトに戻すことができるはずよ」
そういえば、この街にはやたらと人が多いし、その人達の装備も整っていた。ということは本来街の中央にいた人達なんだろう。
「ギチトは魔王復活以前から挟まれる形でマグン、キラバイと争っていたから戦力は常にカツカツ。今は勇者がいるからなんとか持ちこたえている状態。違うかしら?」
「そう思う根拠は? 君の妄想かもしれないではないか?」
「知っているわよ? マグン、キラバイに同盟を持ちかけたのはギチトだったそうじゃない。それにマグンが魔族の襲撃を受けた時に選んだ手段は援軍ではなく見捨てるというもの。せっかく同盟を結んだのになぜかしら?」
アロウンはここに来てようやく真剣な表情に変わる。図星なのだろう。ていうか、なんでミウはそんなこと知ってんだよ。ほとんど俺と一緒にいたはずなのに……
「答えないなら私が答えてあげる。正解はできなかったから」
「できないなんてことあるのか?」
「その時、ギチトの兵達は違う事で手一杯だったのよ」
「違うこと?」
「そう。でしょ? チチシロ」
「ああ、この目で確認してきたよ。マグンが戦闘始めたおよそ一日後、ギチト兵達は今戦っている平野に砦を建設していたんだ」
ちょっと待て。チチシロも事情知ってるの? 知らないの俺だけなの? そうなの?
「ギチト側も援軍を全く送る気がなかったわけじゃないと思う。一日待って、敵戦力がどんなものかを見ていたんじゃないかな?」
「そんな……ではなぜ援軍を送らなかったのですか!」
ツユちゃんが悲痛に叫ぶ。そのせいで父親と母親を失ったんだ。当然だろう。ジイをはじめとする騎士勢もアロウンに厳しい目を向けている。
「敵が想像より強力だったから、だと思う。ギチトだって自治領を戦場にしたくない、援軍を送って勝てる見込みがあったなら際限なく送っていたはずだよ。でも、敵は強かった。このままではギチトもマグンの二の舞になる事は確実」
「じゃあ、なおのこと援軍を出すべきだろ。だって、そっちの方が砦なんかより戦力が集まるし」
待つよりそっちの方がいいに決まってる。
「ギチトの狙いは砦じゃない。キラバイからの援軍だよ」
「キラバイ?」
どうしてキラバイが出てくるんだ?
「ギチトの次、それはもちろんキラバイだ。キラバイにとってもそれは避けたい。そんな時、マグンが陥落し、ギチトが侵攻され始めていると知ったらキラバイは援軍を出すはず。同盟も結んでいるし」
「キラバイだってギチトみたいに見捨てるかもしれないじゃないか!」
同盟を結んでいたとしても破らないとは限らない。それはギチトが証明している。
「いや、キラバイは絶対に援軍を出すよ。ギチトとは状況が違うからね。キラバイはギチトが落ちたら確実に落ちる。これはマグンが速攻で落とされたことからも明らかだ。でもキラバイに援軍を出すところはない。故にギチトに戦力があるうちに援軍を出さざるを得ない。逆にいえば、ギチトはキラバイから援軍が来ることを確信していたから援軍をださなかったんだよ」
「そんな……理由? 同盟とは、そんなことで破綻するような約束事なのですか……?」
悔しさに涙を浮かべるツユちゃん。俺はそんな姿を見てられなかった。
「……私だって、そうしたくてしたわけでない」
流石に黙り続けることはできなかったのか、アロウンがポツリと本音を漏らす。今までのような冗談交じりの声色ではなかった。
「こほん。よく調べられている。あの砦は最前線までいかないと見られないはずですが」
「隠密行動に関しては少しだけ自信があるからね。まあ、何かあるはずって言ったのも、今の推理をしたのもミウさんだけど」
「流石に援軍にもいかず、ただ手をこまねいて魔族を待ち構えているとは思えなかっただけよ」
今回の事は全てミウが調べ上げたのか? あのミウが? ……いつからこんなに差がついた?
「それに従業員問題ね。ギチトは同盟国であるマグン市民を片っ端から捕らえて町の機能維持に使っているみたいじゃない。そうでもしないと戦力を前線に送れないんじゃない? それに、マグン市民をキラバイに行かせない事で援軍を出さなかった事実も隠蔽したのね。ギチトが援軍を出したのにも関わらず、マグンが落ちたとなればキラバイも援軍や物資援助を惜しまない」
流石のアロウンも驚いたようで表情がぎこちなくなってきている。
「……本当に驚いた。同盟を持ちかけた事、援軍を送らなかった事、砦の事、キラバイの事、マグン市民のこと、隠蔽の事。どの情報もほんの一握りの人間、しかも一部ずつしか知らないはずだ。どうやって調べたのか後学のために聞いても?」
「ヨウの周りには優秀な人材が集まるから、かしらね?」
……ごめん。俺にはよくわかんない。その情報を得られるチャンスとかいつあったの? 誰がその情報を知ってたのか聞いた後でも検討つかないよ?
「さて、ここからはギチトのメリットについての話よ」
「……伺おう」
ここまで調べ上げられてたことからこちらを信頼してくれたのか、すんなりと話に入れた。
「まず、ギチトの現状ね。勇者がいきなりきたからキラバイへの要請は物資のみ。でも、その勇者達が苦戦しているようじゃない。仮面を付けた魔族にね。だから大急ぎで援軍を要請した。けれど、到着まではまだしばらくかかるはず」
「……それが?」
「その魔族は勇者を蹂躙している。キラバイの援軍が来たところでどうにかなるのかしら?」
オルガのやつ、うまくやっているようだ。ていうか、オレインみたいなのが何十人もいるのに一人で蹂躙してんの?
「でも、私にはその状況を打破する策があるの。マグン再建はそのために不可欠。それに、マグンが復活すれば、前線は上がる。今回は勇者もキラバイの軍もいる。万全の状態で戦場を変えられるのよ?」
悪い話ではないでしょうと、ミウは悪い顔で言う。
「それで、君たちは私に何を望む?」
「マグン市民の解放。その手伝いをしてほしいのよ」
「それになんの意味がある」
「あら、勝負に勝ったのはこっちよ。言う必要はないと思うけど」
ミウの言葉に少しは思うところがあるのか、アロウンは顔をひきつらせる。
「……手伝うと言っても、従業員はすでに個人の所有物だ。私個人の命令で解放する事はできないよ」
「ああ大丈夫。邪魔さえしなければ後は私達でやるから。ね」
急に「ね」と言われても困る。マジで俺だけ置いてけぼりなんだから。お願いだから話に混ぜて欲しい。
「どうするつもりなのか、参考までに聞かせていただきたい」
「あなたも食べたでしょう? ヨウの料理を。この料理を食べた後、どうなると思う?」
どうなるんだ? 普通に俺にもわからないんだが?
「生活のほとんどが食事を中心に回り始める」
答えたのはチチシロ。俺の料理を食べた始めての外界人。
「今までの食事だって食べられ無くなるわけじゃない。でも、圧倒的な美味しさを知るとわかっちゃうんだよ。いろいろとね」
いろいろってなんだよ、と激しく突っ込みたかったがなんとなく真面目な雰囲気なので自重する。
「町の人たちの変化を見ればあなたもわかるでしょ?」
「中毒性がある、というわけなのかな?」
「言うなればそれの上位互換。食べたら最後、執着し、依存し、束縛され、狂気に陥る。もちろん、毒や催眠なんて必要ないわ」
それって、村に自生してた覚醒草と一緒じゃん。食べたら発狂するって噂の。なに、俺の料理って覚醒剤なの?
「刺激のないこの世界、始めて味わう味という絶大な刺激。脳はそれを忘れられず、摂取できない日々はそのことばかり考えてしまう。思えば思うほど思い出は美化され、ますます食べたくなる」
「ヨウの料理や魔法にはその力があるってわけ。本人に自覚はないけれどね」
ないというか、そもそも俺が作っているのはただの食事だ。特別なことは少ししかしていない。
「なるほど理屈はわかった。実際、わたしでさえこの有様だ。普通の市民ならまず正気は保てないだろう」
アロウンは未だに取り上げられたトーストを取ろうとしている。顔だけは真面目にこちらを見ているが。
「それこそ、美味しすぎて頬が落ちる感覚を得ているのでしょうね」
「わかった。君たちに賭けてみるとしよう。どうやら今の話に嘘はないようだし」
「あら? すんなりね」
「職業柄、その人が嘘をついているかは手に取るようにわかるものでね。まあ、気になる点は多くあるけれど……一応は信じてもいいと判断した」
無理に抵抗して、コイツらのようになるよりはいくらかマシそうだ。と、アロウンは肩をすかせる。コイツらってお前の手下じゃん。
「と、とにかく、俺たちの勝利……でいいんだよな?」
「あらかた狙い通りだわ」
なんか、俺の勝負感ほぼ皆無だったけど……まあいいや。ていうか狙い通りて。ミウのやつ適当に言ってるだけだろ。いいけどさ。
こうして夢のレストランの夜会は幕を閉じた。その後はアロウンの妨害もなく、それどころか屋台やレストランの支店を構えるスペースを提供してもらい、町中が俺の料理に虜になっていった。ちなみに、こっちに有利な条件を提示してくるたびに料理を作ってやったのは秘密だ。誰にかは言うまでもない。




