余裕と存在価値
朝食組を処理した後、俺たちは人手を総動員して客に見つからないうちにレストランを畳んだ。そして、従業員たちを街に散らばらせ、店の跡地に近寄ってきた人や探し物をしている人を中心にとある噂を流してもらい、それを聞いた街の人は噂する。
「なあ、知ってるか? 夢のレストランが無くなったって。なんでも別の場所に移ったらしいぞ」
当然、噂を耳にした常連客は店を探す。でも、見つからない。なぜなら店はないから。そこが狙い目だ。店を探している間、その人はずっと夢のレストランのことを考えている。考える時間が増えるだけ想いは強くなり、より求めるようになる。
そして、頃合いを見て次の噂を流し、再び人々は噂する。
「知ってるか? 夢のレストランの場所と営業時間が書かれたメモが街中に隠されてるらしいぞ」
もちろん、この噂を流す頃には既に街中にメモと仮面を隠し終わっている。
こうして、夢のレストランロスになった人達は夢のレストランをより強く求めるようになるし、今まで近寄ってこなかった人達も噂を聞いて興味を持つようになる。知り合いが突然血相を変えて何かを探しているんだからな。気にもなる。
そして、メモに書いた期日までに郊外に会場を用意し、従業員の練度も俺が直々に上げ、従業員も随時増やしていく。
「とまあ、こんな感じで進めていたわけだ」
「まさかここまで上手くいくなんて……」
仮面晩餐会当日、俺はチチシロにここに至るまでの道筋を簡単に説明していた。
「人が、あんなに多く……でも、お代を頂かなくて本当によろしいのですか?」
同じく俺の説明を聞いていたツユちゃんが首をかしげる。
「お金はもういいんだ。今日の目的は多くの人に俺の料理を食べてもらうこと。これさえできれば何も問題はない」
「ヨウどの」
ズカズカと鎧を纏った老人が近寄ってくる。
「再び不審者だぞ」
「またか……」
今回は集め方が大雑把だった上に、料理の虜になっていない人も多い。それ故に行動の制御が難しい。こういう人達も一度でも料理を口にすれば素直になるのだが。最初から敵意を持ち、料理を口にしない人には効果なしだ。
「どうも、先ほどの黒い奴らの親玉のようだ」
「アレのか……」
先ほどの黒い奴らとは、さっきテントを切り裂いて侵入してきた不届き者たちだ。ミウに瞬殺されていたらしいが全員同じ服装だったし、装備も整っていたから組織的な犯行だとは思っていたけど、まさかリーダー自らお出ましするとは予想外。ちなみに、先に入ってきた奴らはといえば、全員拘束されている。
「おい、連れてこい」
ジイの部下が連れて来たのは普通にいい歳いったおじさんだった。黒い奴らの親玉と言われて想像してたのと違い拍子抜けする。
「……ほほう。君が店主なのか?」
「そうだが?」
「なるほど……おっと、自己紹介がまだか。私はサーベルト・アロウン。この街で魔族対策組織の代表をしている」
「サーベルト・アロウン? 本当か?」
名前を聞いた途端、連行してきた騎士がアロウンを憎々しげに睨む。
「なんだ、知ってるのか?」
「……ギチトを早々に見限るよう指示した男だと聞いている」
「そうか、マグン残党と手を組んでいるんだな。これはいい事を聞いた」
ぐるぐる巻きにされてる状態なのに余裕ありげにアロウンは笑う。
状況わかってるのだろうか……自分の立場的に危害は加えられないと高を括っているのか? それとも別な何かがあるのか?
「まあいいや。それで、そのアロウンさんが何の用だ?」
「まあ、あれだな。私も噂を聞きつけて一度ご賞味に預かりたいと――」
「あんな奴らを連れてか?」
「……。」
「いっておくが、シラを切るのは無駄だぞ」
何かを考えているのか、俺の顔をジッと見つめ始めるアロウン。やがて、わざとらしくため息をついて顔を上げる。
「やれやれ。どう言っても君達は私の事を信じてはくれないみたいだね。どうしたものか」
再び何かを考え込むアロウン。これはなんだ? 俺の質問に答えないように時間稼ぎをしているのか?
「……これは早々に狙いを吐いてもらった方が良さそうだな。ジイ、お前はミウに合流して警備を固めておいてくれ」
もしかしたらアロウンの他の仲間が向かっているのかもしれないしな。
「それはいいが……大丈夫か? そいつから戦える者が目を離しても」
暗に、いざという時俺だけでは心配だと釘を刺される。暴力だけが静止手段だと思うなよ?
「大丈夫。それに、さっきアロウンさんが言いかけてたよな? 俺の料理が食べたいって。だから食べさせてやろうと思って」
そして、俺の虜にして全てを話してもらう。
「私に料理を、ね。君は相当に自分の料理に自信があると見える」
なんだか引っかかる言い方でアロウンがニヤリと笑う。
「では、一つ賭けをしないか?」
「賭け?」
「ああ。何、難しいものじゃない。私が君の料理を食べて正気を保っていられるかどうかを賭けるだけだ」
「賭けになるのか? 俺はわざわざ賭けなんかしなくても、勝てばアロウンさんを従わせることが出来るんだぞ?」
「もちろん、メリットを用意する。そうだな……今、この場で会場を破壊するのは思いとどまる、というのはどうだろう?」
会場を、破壊?
「いや、わからないが」
「言葉通りだよ。私はこの会場を今すぐに吹き飛ばすことが可能だ。でも、それをやらない。それでどうだ?」
本当にそんなことが可能なのか? でも、アロウンは自信満々だし、あながち嘘をついているわけでもなさそうだ。
「どうやって?」
となると気になるのはその手段。
「それは教えられない。教えたら防がれてしまうからね」
当然の拒絶。でも、手段が判明すれば防ぐこと自体は可能みたいだ。
「さて、どうする? ちなみに、一定時間が過ぎても会場は吹き飛ぶ。私が何もしなければね」
つまり、防ぐには勝負を受け、なおかつ勝たねばならないということだ。わかりやすく逃げ道を防がれた。しかも保留すら許されていない。
「俺が負けたら?」
「私に従属してもらうとしよう。いろいろ話も聞きたいしね」
こっちの立場からすると、この会場で事件が起きるのはかなり痛手だ。俺の料理の虜になった人はほぼ全員がここにいる。それを除去されてしまってはふりだしに戻るよりもまずい。なんとか止める必要がある。
そもそも、俺が料理で虜にしてしまえばいい話だ。何も問題はない。
「まあいっか。その賭けを受けるよ」
賭けを承諾すると、アロウンはわかりやすく不気味に笑った。
「商談、成立だ」
その瞬間、俺の首に何かが巻かれる。
「な、なんだこれ!」
「さて、それでは料理を待とうかな。それじゃあ後でね」
俺の疑問に答えず、アロウンは奥にある休憩用のテーブルについてしまう。よく見るとアロウンの首にも何かが巻かれているのが見える。ていうか、ぐるぐる巻きの状態でよく転ばずに歩けるな……
そんなことよりこの首の何か、以前に同じような経験があるからなんとなくわかるが、絶対にヤバいやつだ。
「チチシロ。一応聞くけど、この首のやつわかる?」
「……契約の首輪。交わされた約束を破る、放棄するなどすると縮んで対象を絞め殺すっていう魔法の道具だよ」
ほら! もう! 知ってるよ! どうせ負けた時に約束守らないと首輪が縮まるとか! あー! めんどくせぇ!
「……はぁ。まあ、勝てばいいんだろ。とびっきりのヤツを食らわせてやる」
うだうだ言ってても仕方ないので俺は料理に取り掛かることにする。
それにしてもアイツ、やけに自信満々だったな。何か秘策があるのか? 好き嫌いが半端ないとか? ……ちょっと探りを入れてみるか。
「あ、ちょっと待って。あの、何か嫌いな食材とかって……」
「嫌いなもの……ね。ないよ。好きなものもないけど」
「好き嫌いとかないってことか?」
「ええ。味を感じないので」
業務用のニコニコ顔を貼り付けつつ、アロウンはとんでもない宣言する。
「味を、感じない? 感じたことがないってこと?」
「いえ、幼少の頃は多少感じていたような気もするのですが、今は全く」
これは驚いた。まさかそんな哀れな体質の人が存在したとは。
「味などという不要なものを感じなくなったのはまさに神の思し召し」
なんか嬉しそうだし。
「えっと、寂しくない?」
「え……なぜ?」
あー、これは本気だ。
「そかそか。わかりました」
「おや、もういいのですか」
「じゃ、それでは少々お待ちを」
と、いうことは。アイツ……
「ヨウさん……だだだ、大丈夫でしょうか?」
厨房に向かう途中、ツユちゃんが心配そうに歩み寄ってくる。
「多分……なんだけど、大丈夫だと思う」
「でも、味を感じないって……いくら美味しくても味が無ければ――」
「まあ見ときなさいなって」
まだ不安そうなツユちゃんを置いて、俺は厨房に入る。
さて、何を作ろう? ああ言うタイプは細かい味付けというより、豪快に美味い料理の方が良さそうだな。それも、レパートリーが少なそうだからすでに知っている料理。となると、この街……というより、この世界の基本的な朝ごはんであるトーストモーニングセットにしよう。
俺は食パンを取り出し、厚めにバターを塗る。その上に、今度は軽くアンコを伸ばし、さらにさらに、その上にチーズを豪快に乗せる。これをトーストして、出来上がりだ。コツはチーズを完全に溶かすこと。
「名付けて、小倉チーズトースト」
ま、読んで字のごとく小倉トーストにチーズを乗せたものだ。アンコにチーズ? と思う人が多いだろうが、これが非常に合う。バターとチーズの塩気が絶妙にアンコとマッチするのだ。
「付け合わせはコーヒー牛乳とスープだ」
「また随分と早いな」
「まあ、パンをトーストしてる間にできるからな。忙しい朝の味方だ」
実際のところ、これらに費やした時間は10分かからない程度。チーズとアンコは冷凍できるので、冷凍していたらもう少しかかるぐらいか。
「それじゃあ、早々に食べて話を進めるとしようか」
「……よし。さあどうぞ召し上がれ。パンは熱いから気をつけろよ」
「今、何か魔法を使ったね?」
「うぇ」
ば、バレた。最小ボイスで発音したのに。
「あ、あはは……まずかった?」
「……まあ、私に害がある魔法はある程度無効化されるのでいいですけど。ちなみに、料理に毒とか入れる魔法ですか?」
「全然そんなじゃない!」
「なら、問題ない。いただくとしよう」
俺の魔法を気にした様子もなく、アロウンはトーストを口にする。
「……。」
「……あれ?」
予想と反し、アロウンは無言を貫いていた。予想では、どっひゃー! くらい大げさに叫んでもらう予定だったのにだ。
「よ、ヨウさん……!」
「いや、ちょっと待て?」
どういうことだ……本来なら発狂し、叫び、喜び、とち狂ってもおかしくないはずだ。
ツユちゃんが泣きそうにこちらを見て来る。まずい、ここで役に立たなければ真の意味で俺は役立たずとなってしまう……
なんとか突破口はないかとアロウンを観察していると、俺はおかしな点に気がつく。トーストを口に含んだのにアロウンは無言で咀嚼を続けている。そう、手が止まっていないのだ。それに、あまりにも無言すぎる。一口食べてなんともないなら、「どうやらこの賭け、わたしの勝ちみたいだね?」ぐらいは言って来そうなものだ。
「おい、どうなんだよアロウンさん。何か言ってくれないと勝ち負けが分からん」
見た感じ表情には変わりないし。
「……。」
話しかけてもアロウンは無言と真顔を貫く。
俺がアロウンにかけた魔法、それは俺の味に関する器官を一時的にアロウンのものと交換するもの、【私の世界】だ。俺の世界の片鱗を覗かせてやる魔法。
料理はどこで味わうのか? それは脳である。俺は舌で発生した“味”という刺激が神経を通じて脳に伝わり、そこで初めて味を感じるということを知っている。俺の中の食品無駄知識の中の一つだ。それを俺と同等の代物に変えてやった。他にも、食感、香りなど食べている瞬間のみ、味に影響する器官が擬似的に俺と同じになるのだ。
しかも、アロウンは美味しさという概念の経験がない。非常に新鮮な初めての感覚だろう。ある意味、美味しさに慣れた俺より美味しく感じるはずだ。
その上、今回の料理は一応は食べたことのあるレシピ、トーストだ。過去に食べたトースト、今食べているトースト。二つを比べられてしまうことによりそれがどれだけ別格かわかってしまっているはず。
つまり、初めて感じる最上級の美味さに今、アロウンの脳は打ちのめされて正気を保つことさえ困難なはずだったんだが……
「……で、どうなんだよ? ダメならダメで……負けを、認めるけどさ」
とはいえ見た感じ、料理を嫌っている様子はないが料理の虜になる、って程でもない。相手を虜にできていなければ実質俺の負けだ。俺は負けたという事実を少しずつ飲み込み、皿を引き下げようとする。
「ん?」
アロウンは下げようとした皿をガシッと掴み、その行為を許さんとしている。
どういうこと?
「あの……勝負ついたし、もういいだろ」
「……。」
「え、ちょ……なにこれ全然動かない!」
料理を黙々と無表情で食べる姿に我慢できず、皿を引っ込めようとするもアロウンの細い指が掴んだ皿は微動だにせず。
「なにこれ? どういう状況?」
ふぬぬ! と、どうにか皿を回収しようと奮戦していると警備の休憩時間らしいミウが現れる。
「遊んでるの?」
「この状況を見てそのセリフを言えるのはお前だけだ !」
ふんぎぎ! と更に力を込めると、ついに皿がアロウンの手から解き放たれた。ついに、俺のパワーが勝った!
「冗談よ。これでいいの?」
と、思ったらミウも皿を掴んでいる。どうやらほぼミウの力で事を成せたらしい。……まあいいか。
突然、ガタッと音を立てて荒々しくアロウンが立ち上がった。そしてそのままゆっくり俺に近づいてくる。なんだなんだ。
アロウンの顔つきは相変わらず無表情であり、なにを考えているのかは読み取れない。
「あの……」
「……。」
幽鬼のようにフラフラとしながらも確実にこちらに向かってくるアロウン。
「なになになになに! こわいこわいこわいこわい!」
こんな反応初めてだよ! なんでこうなったの? 怖いよ!
思わず後退るがすぐに背中と壁がごっつんこしてしまう。
「なによあんた。キモい」
ベシッ!
俺がワタワタしていたら、ミウが近づいてきたアロウンにデコピンを食らわして吹き飛ばした。デコピンで吹き飛ばす。言い得て妙だ。
「……そろそろ暴力で解決する癖治せよ」
「ふん」
まあ、こんな注意くらいで治るなら苦労はない。
一方、デコピンされたアロウンは一秒ほど空の旅をおくり、仰向けで倒れた。
「デコピンで足が浮くとか……どんだけだよ。てか、大丈夫なんだろうな、アレ」
「ヨウじゃないんだし大丈夫よ」
確かに俺なら死亡するだろうな。てか、俺が死ぬレベルの攻撃をそんなにほいほい出すんじゃないよ。
「ん、私は……ごっ! 頭が、割れるように痛い……?」
どうやら正気に戻ったらしい。
ミウの攻撃に流石のアロウンも無表情を貫けないのか、顔をしかめて悶絶している。
「で、勝負の結果なんだが」
「しょ、勝負? そういえば、そんな事をしていたような」
デコピンの影響か、それとも料理の影響なのか記憶が曖昧の様子。
「ほらこれ。お前が食べてた料理」
「料理……?」
「うえっ!」
皿……いや、恐らくは皿の上のトーストを見た途端、アロウンの口から止めどなく唾液が溢れる。
「な、なんだこれは!」
アロウン自身も驚いているみたいで、必死に止めようとしているが止まる様子はない。
「君、私になにをした!」
口からヨダレを垂らしつつ、必死の形相で説明を要求してくるオジサンの姿に少し辟易しつつ、俺はアロウンにかけた魔法について説明してやるのだった。




