繁盛店とフレンチトースト
いったい、アイツはどんなマジックを使ったんだ?
ミウが出て行ってから数時間。変な仮面を付けた客がポツポツと来店してくるようになり、今では列をなすほどになっている。ミウのやつが料理できるスタッフをほとんど連れて行ったから、この量の客を捌き切れる人がいない!
「だ、ダメだ! 全く手が足りねぇ!」
一度手を止め、物陰からチラリと客を覗き見る。
列は長くなる一方、なのに、文句を言う客はいない。それどころか、列の客らはただただ黙し、ひたすらに無心で待っている。食事中の客らは何かに祈りを捧げている様子。さらに、いざ食べ始めるとただただ黙し、涙を流しながら食事をしている。
「なにあれ怖いよぉ……」
いくら個人に必要な栄養素を含んだオーダーメイドの料理とはいえ、反応が過剰すぎるだろ! ……まあ、閑古鳥が鳴いてた時に香りの魔法を店内外に漂わせすぎた俺が悪いんだけど。
【飢餓を呼ぶ香り】。空腹を刺激し、思考力を著しく下げる香りを漂わせる魔法。道行く人がたまたま引っかからないかな〜とか思いながら垂れ流してた結果がこれだ。完全に自業自得である。
「オルガみたいに分身したい……」
でなくても、せめてミウが連れて行った料理の心得がある奴があと数人残っていれば……。
たらればか。やめよう。俺も無心で調理すればいいだけの話だ。そこから俺の感情はなくなった。
とにかくその晩、俺はひたすらに料理を作り続けた。少しずつだが客は減っていき、ついには捌ききることに成功した。
「な、長かった……腱鞘炎なる。もぅ無理、帰ってねょ」
テンションもさる事ながら全身を襲う倦怠感と脳の疲れがピークでもはや自分の言っていることの意味すら不明だ。
「はぁうあ……ヨウ様……お疲れ様でした……」
給仕係として働いていたツユちゃんを始めとする数人もヘトヘトだ。もちろん、俺の手足となっていた調理スタッフもだ。
くそぅ、俺のワガママでここまで頑張らせているんだ。リーダーである俺がここでへこたれるわけにはいかないよなぁ。リーダーが部下より先にダウンしちゃダメだよなぁ。
「みんな……あっちのテーブルについててくれ」
「え……まだ何かあるのですか?」
数人のスタッフが早く寝かせてほしいと目で訴えてくる。残りの数人はもはや正気を保っていない。起きていることが奇跡のような状態だ。
「ああ、そのまま寝ても疲労は完全に回復しない。だから、俺の料理を食べてから寝てくれ……」
「あぇ……いいんですか?」
俺の料理、という言葉に反応してピクンとみんながこっちを見る。働きづめだったからな。当然お腹も空いているだろう。
「任せてくれ」
とりあえずツユちゃんたちを席に着かせ、俺は一人で厨房へと戻る。
さて、何がいいか……精をつけさせたいとはいえ就寝前、あまり重いものは食べさせたくない。
「疲れてるだろうし、甘いもの……それでいて消化にいいもの」
加えて精のつく食べ物といえばあれか。
俺は魔法の収納スペースからパン粉、牛乳、卵、それに調味料と風味づけのスパイスを並べる。
「あれだけの人数分となると量もヤバイな……」
さっきまでに比べたらマシだけど。
さて、小言はここまででサッサと終わらせて俺も寝たい。
俺は大きなボウルに卵を割り入れ、溶いていく。
「ヨウ様……」
「え、ツユちゃん?」
大量の卵を溶いていると厨房にツユちゃんが入ってきた。
「迷惑でないなら、側で見ていてもいいでしょうか?」
「え? 別に構わないけど……退屈だよ?」
「そんなことはないです」
そういえば、じっくりとまともに調理を見るのは初めてなのか。あの時は魔法にかかっていたわけだし。
「それで、なにを作るのですか?」
「時間もないしね。簡単フレンチトーストだよ」
「フレ……?」
耳馴染みのない言葉に困惑しているツユちゃん。可愛い。じゃなくて、それも無理はない。俺だって『料理人』の知識で知っているだけだ。
「なんていうんだろう……甘くて柔らかくて……温かいパン」
「……それってパンなのですか?」
「パンなんだよ」
ツユちゃんの言う普通のパンとはそこらの屋台などで売っているのもので、固く、冷たく、無味だ。香りはどことなく酸っぱい感じ。どうやら水やその他の飲み物などに浸して食べるものらしい。
説明しつつ、卵を溶いたボウルにパン粉、砂糖などの調味料とスパイスを加え、混ぜる。そこに牛乳を少量ずつ加えていき、耳たぶぐらいの固さになるまで入れては混ぜ、入れては混ぜを繰り返す。
「甘い香りです……」
「砂糖と、バニラエッセンスっていういい匂いのするものを入れてるからね」
フレンチトーストの素ができたら、特大のフライパンを火にかけ、油を薄くのばす。熱くなったら素をフライパンに人数分落としていき、それらを全てヘラで四角く成形する。
「うわぁ……」
フライパンの上で激しく、心地いい音を出すフレンチトーストを見てツユちゃんが感嘆の声を漏らす。俺はその様子を見て少しだけ元気が出た。
片面が焼けたら裏返し、もう片面も焼く。両面焼けたら皿に移し、完成! だけど、
「せっかくだし、今日はスペシャルだ」
「すぺしゃる?」
「特別ってことだよ。まあ、楽しみにしてて。運ぶよ!」
「あ、はい!」
すっかり給仕に慣れた様子のツユちゃんは何皿も同時に持っていく。
すげえ……6皿一気に運んでるよ。
「これがヨウ殿の……」
「まともなご飯なんて……いつぶりだろう」
今日の戦友である騎士連中としばらく奴隷同然の扱いを受けていた従業員も皿に釘付けだ。
「じゃあ、食べてくれ! と、言いたいが、最後に魔法の食べ物を追加してやろう!」
そう言って、俺は【冷凍庫】を唱え、中からあるものを取り出す。
「ヨウ様……それは?」
「アイスクリームっていう食べ物だ」
ひょいひょいとアイスクリームをフレンチトーストの上に乗せていき、みんなが渇望している一言を放つ。
「さあ、召し上がれ!」
言葉を聞いた途端に全員が料理にがっつく。
「よく噛んでから飲み込めよ〜」
軽く注意を飛ばしながら俺も食べる。うん。美味しい。
「がぐぅ! うまっ、美味いッ!」
「な、なんだ? なんなんだいったい!」
騎士連中は会計や客の整備などで、従業員は料理と給仕でそれぞれ尽力してくれた。疲れた体にこの甘さは突き刺さるだろう。
「ツユちゃんもおつかれ。美味しい?」
「(もぐもぐ……ごくん)これは……絶対にパンではないです。美味しすぎます!」
丁寧に、咀嚼している間は手で口元を覆っている。しかも、しっかりと飲み込んでから返答するだなんて、やはり高貴な人なんだなと実感する。
「そかそか。じゃあ、次は上のアイスクリームと一緒に食べてみな」
「あいすくりーむ……この白いのですね」
ナイフでアイスクリームとフレンチトーストを切り取り、それを口へと運ぶ。
「ん? 冷たい……? でも、フレンチトーストが温かいから次第に溶けてきて……なんでしょう! この、この調和は!」
実に予想通りのリアクションだ。周りの連中も同じような反応を示している。
と、いきなりフレンチトーストについて語りたくなってきた……ダメだ、抑えきれないこの衝動!
「美味しいだろう? フレンチトーストっていうのは普通、食パンというパンを卵液と呼ばれる液に数時間浸したものを焼く料理だ。でも、今回はパン粉を使った。パン粉を卵液に浸すと表面積が広いから染み込むのに数分もかからないし、牛乳の量を調節してまとまるようにすれば何も問題はない。オリジナルに比べれば多少食感は変わるが、時間の短さを見れば断然こっちの方が作りやすいしな」
俺の悪い癖。[溢れ出る食品豆知識]。このスキルによって知識がつくのはいいが、料理の効能や作り方、メリットなどを説明せずにはいられなくなってしまうという呪われたPスキル……『食生活アドバイザー』という職業のスキルだが、これの派生で他人に必要な栄養素や料理がわかるようになっている。
幸い、今はみんな料理に夢中になっているため誰にも聞かれていない。よかった……側から見ればわけのわからない事をつらつら喋っている変な人だからな。
ふう、とため息をついてから俺は自分のフレンチトーストに目を向ける。
そこには、温かいフレンチトーストの上で絶妙に溶け出すアイスクリームがあった。
溶けたアイスクリームは絶品なソースとなり、すでに味の付いているフレンチトーストに新しい風を呼び込む。それに、溶け具合や溶けたアイスクリームのしみ込み具合によって味も食感も変わる。刻一刻と味を変える儚い料理、それがこれだ。
食べ終わったみんなの顔はどことなく疲労が抜けたような気がする。俺にできるのはこれぐらいだ。
「じゃあ、明日もバシバシ働くからな。今日は明日に備えて寝るぞ。おやすみ」
最後の気力を振り絞って皆を叱咤激励し、全員の頷きを確認してから俺は眠りについた。
「起きて、起きてヨウ」
なんだ……
まだ寝てからそんなに経ってない気がするのに……眠い。
「あと五分」
「ダメよ、外見て」
外? 眠すぎて目を開けるのが痛いってのに……
両目はしんどいので、片目でどうにか窓の外を見る。ぼやけて見えない。
「わかった」
「わかってないでしょ。アレ、全部あなたの客よ」
客ぅ……?
「わかった」
「はぁ……【過剰痛覚】。起きてって――言ってるでしょ!」
「うぎゃあああぁぁ!」
突如、俺の頬を何かが襲った! なんだ、力士の張り手? 馬の後ろ蹴り? 不明だけどそれぐらい痛い!
「【解除】」
「っ、あれ?」
頬から脳まで突き抜けた痛みは嘘みたいに消えた。何だったんだ……?
「さて、お目覚めかしら?」
「あれ……ミウ?」
側にいたのはミウ。あれ、だんだんわかってきたかも。
「お前……何かやったな?」
「さてね。それよりほら。外見て」
「外? て、おいおい」
窓越しに、人々が列をなして何かを待っているのが見えた。しかも、俺の客だ。なぜか? その客たちは全員あのでかい蝶のような仮面を着用していたからだ。
「マジか」
「さ、準備しましょう」
何も朝から来なくてもいいだろうと思いつつ、俺は朝食を作り始める。
幸い、朝だからか昨日ミウが連れて行った従業員がいたので作業自体はスムーズに進んでいった。
問題は昼夜だった。ミウたちが新規客獲得のために屋台へ行ってしまうため、どうしても人員が足りない。それどころか、ミウが店舗を増やしたため新規客の数は増す一方。今日はなんとかしのいだが明日以降もコレはキツイ。
資金はそこそこ集まってるから、次々に従業員を増やしているけど、客の伸び率の方が早い。でも、俺の作戦を実行するには認知度がまだ足りない。
「認知度が足りない……か」
なんとなくこの言葉に引っかかり、なんでか考える。そして、俺は悪魔的閃きによって解決策を見出した。
随分と時間が空いてしまったな〜
もうちょい投稿スピード上げたい




