ミウとチチシロ
「そ、それで、助けてくれるのはいいけど、どうするつもりなんだ?」
「そ、そうね」
お互い、なんとなくこっ恥ずかしくなり顔を背けて無理やり話を進める。それはミウも同じだったみたいでなんとなく早口になっている。
「まず、ヨウの計画で一番大切なのは多くの客を来店させる事でしょ?」
「そう……だな、うん」
確かに、お客が来ない限り現状を打破することは難しい。となると、まず大切になってくるのはそこで間違いないはずだ。
「私にいい考えがあるの」
ニヤリと笑ったこの顔……以前、勇者であるオレインの善意に付け込んで勝つ、というなんともアレな作戦を考えた時と同じ顔だ。あの時は失敗したけど。
「なによその顔。別に教えなくたっていいんだけど?」
気が付けば、ミウはジト目で俺を見ている
思わずして気持ちと顔がリンクしてしまっていたらしい。
「ごめんごめん、マジで困窮してるから助けてください」
「最初からそう言えばいいのよ」
腕を組みながらうんうんと頷くミウ。こういうところも昔から変わらない。
「じゃあ――」
「ヨウ殿、いるか?」
ミウがようやく話し始めようとした矢先、よそよそしい呼びかけと共にドアが開けられる。そこにいたのは騎士団のまとめ役であるゴウという老騎士だ。口ぶりからも感じることができるが、まだ俺を認めていないらしく、何をするにも懐疑的だ。
「例の作業、完了したぞ」
そんな彼にはとある別件を頼んでいた。どうやらそれの報告に来てくれたらしい。その言葉を聞き、ニヤリと口角を吊り上げる者が一人。まあ、ミウなんだけど。
「お疲れさま。それで、どこまで習得したの?」
「指示されたところまでは全員終わった。とりあえず、練習してた料理はできるぐらいか。空腹にさせる魔法や感覚を強化するものの習得は出来ていない」
「十分よ」
今日までの一週間、彼には従業員の調達、育成を頼んでいた。もともとツユちゃんを購入するために貯めていたというお金をほぼ全額費やし、言い方は良くないが安いマグン帝国民を商人から購入させたのだ。その人たちには悪かったが、俺の『料理人』を伝承させてもらった。
『社長』である俺は彼らに自分の職業を伝授させることができる。もちろん、熟練度は0からスタートだし、もともと持っていた職を失う事になるのでいい話ばかりではない。しかし、今回はマグン再建がかかっているので何とか了承してもらった。本来なら企業に入る人は俺みたいによっぽど職に困っている人だけらしい。
そんなわけだが、晴れて『料理人』となった従業員の人たちには、俺の指示した料理の特訓メニューをこなしてもらった。その面倒をゴウ爺さんに見てもらっていたというわけだ。
「さてと、ダメな幼馴染の尻拭いの時間だわ」
「で、結局まずは何をやるんだ?」
「ヨウとツユは今まで通りでいいわ」
「僕はどうする?」
「チチシロには、少し働いてもらうわよ?」
「う、うん……お手柔らかにね」
ニコニコ顔のミウを見て少したじろぐチチシロ。最近は慣れてきたとはいえ、無理やり唇を奪われたトラウマは払拭されてはいなそうだ。哀れ。
「まあちょっと待ってなさい。今がちょうどお昼前でしょ? 夜には大量の珍客をここに集めてあげるから」
珍客ってなんだよ、と突っ込んでやりたかったが、あまりにも自信満々なので水を差すのをためらってしまう。こんなに自信に溢れられるなんて羨ましい限りだ。だから、その代わりに、素直な気持ちをぶつけることにした。
「期待しとく。頼んだぞ」
ミウはいい笑顔で頷いた。
◇◆◇
「さて、とりあえずここでいいわね」
ミウさんに連れられてきたのは商店街から少し離れたところにある人通りの少ない路地だ。ここに来る道中に拾ったヨウの弟子というか、社員も一緒だ。みんな、どこか不安そうな顔をしている。もちろん、僕もミウさんが何をやるのか、僕が何をやらされるのかも聞いてないからとても不安だ。
「さて、まず、あなた達にやってもらう事は屋台を用意する事よ。【何処でもキッチン】を習得してる人、出してくれる?」
そんな中、一人だけ自信満々な様子のミウさん。その様子を見て、訝しげに顔を見合わせながらも数人の社員が屋台を出現させる。出て来た屋台はヨウのとは違い、屋根がないただの木の机のようにみえる。やはり熟練度で質が変わるらしい。
「上出来よ。そしたら、ここから半分にわかれましょう。こっちの人は大きい鍋と火口を用意して。もう一方は包丁とまな板、それと用意した鶏肉を出して」
ぼろい机を見ても落ち込むことなく、むしろ満足げに頷きつつテキパキと指示を飛ばすミウさん。どうやら本気でこの状況を打開する気みたいだ。
「で、チチシロの出番ね」
「来たっ!」
「……え?」
「あ、ああいや。なんでもないよ。へへ」
危ない。心の声が漏れてしまった。
「まあいいわ。それでね、チチシロへのお願いしたいことは仮面づくりよ」
「か、仮面?」
「そう。 前にオルガと別れた時、チチシロが仮面を作って渡してたでしょ? あんな感じのをたくさん作って欲しいのよ」
「ええと、それはいいんだけど」
「よかった。じゃあお願いね」
そう言うとミウさんは社員の方に行ってしまう。
「仮面……いったいなにに使うんだろう?」
確かに、僕は魔法で顔を覆う覆面のようなものを作る事が出来る。身バレを防ぐという『ストーカー』の魔法で、その派生で仮面を作ることも可能だ。オルガさんと別れる前に、素顔のまま勇者と戦うのはさすがにまずいだろうと思って仮面を作って渡してある。あれと同じようなデザインでいいのかな?
まあ、とりあえずお試しで一つ作ってみる。
「ミウさん、とりあえず一つ作ってみたけど、こんな感じでいいかい?」
「ええ。ありがとう」
「それで、何をやるつもりなんだい?」
「焼き鳥よ」
「……ん?」
「まあ見ていればこの意味もわかるわ、じゃあ言ったとおりにお願い」
ミウさんの指示なのか、横に長く並んだ机の上に四角い鉄製の箱を出現させる。と、そこに黒い何かを入れ始める。
「ミウさん、それは?」
「炭よ。点火しなさい」
と、社員たちはその黒い物体に向かって火を放ち始める。あの黒いのが炭っていうものなのかな。
「……よし、息を吹きかけて火力を上げて」
二人一組なのか、一人は火を放ち続け、もう一人が細い筒のようなもので息を吹き込む。そのたびに火は勢いを増し、ついには発火する。
「おお」
「じゃあ、火口班は【小炎】を消して、火ばさみで炭を崩して発火を止めなさい。お肉班、準備はいい?」
「……できてますけど」
見た目の派手さに気を取られて火口班だけしか見てなかったが、どうやら社員たちは二手に分かれていたらしい。お肉班と呼ばれたもう一方の班は何やら肉を一口大に切り分け、それを黒っぽい液体が満たされた鍋にどぼどぼ放り込んでいる。
「いいわね。じゃあ、鍋からお肉を取り出して、串にさして焼き始めてちょうだい」
社員たちはこれがいったいどう帝国を救うんだよ……と言わんばかりの不満そうな顔をしつつもミウさんの指示にしぶしぶ従う。ここまで見ても何がしたいのか僕にもわからない。屋台で美味しい物を売るのはいいが、美味しいだけでは『夢のレストラン』の二の舞だ。空腹にする魔法を覚えるまでの気持ち程度の資金集めなのかな?
肉を焼く直前まで僕、それとおそらく社員の人たちもそう思っていたが、肉を焼き始めた瞬間から異変に気が付く。
しゅうぅぅぅ……
「いいわね。さすが、ヨウ直伝のタレ」
火が入った炭の上に、タレに付け込み串に刺した肉を乗せる。もちろん、四角い銀の箱に串が引っかかるため落ちることはなく、空中で肉が火にあぶられる。その肉の表面についたタレ、これが火であぶられる際にとてつもなくいい香りを煙と共に発生させている。
驚くべきことに、煙に直接あたっていなくてもその匂いは脳を刺激してくる。もうここら一体はいい匂いで埋め尽くされているだろう。
「うわぁ……」
自らやっていることなのに、社員たちも驚きと感嘆の混じった声を漏らしている。
「あとはこれを掲げるだけね」
そう言ってミウさんが掲げたのは数字が書かれた大きい手持ちの看板。そこには、『1串10円』と書かれている。
「え? じゅ、10円?」
「そうよ」
「な、なんで? ヨウの作戦と随分と違うけど……」
正直かなり虚を突かれた気分だ。てっきり、値段設定はヨウと同じ超強気のものだと思っていたから。それで単純に売り口を増やすだけだと思ってたけど、違うのかな?
「そりゃそうよ、同じじゃあ結果も同じだもの」
「それは……まあ」
ド正論を言われてしまってぐうの音もでない。
「あの作戦の欠陥はいくつかあるけど、一番は新規客が自発的に来ないことよ。それを解決するにはこれが一番なの。ほら」
ニコニコ顔のミウさんが指さす方を見ると、早速お客らしき人が遠巻きにこっちを見ている。その人はキョロキョロと周りを見た後、そそくさとこちらにやってくる。
「あの……これ一本で10円なんですか?」
「ええ。おひとついかが?」
「あっ、じゃあ、お願いします」
「少しお待ちくださいね」
ミウさんは完全なる営業スマイルを携えつつそう言うと、焼きたての串を一本手に取り、肉を漬けているものとは別のタレにドポンと浸す。漬けるのが目的でなかったのか、今度は直ぐに取り出し、またそれを数秒あぶる。
「はい、どうぞ」
焼きあがったそれは、タレの水分がいい感じに飛び、少し焦げ目がついている。それがなぜかたまらなく食欲を刺激してくる。
「あ、ありがとうございます」
気が付けば社員も僕と同じように手を止めてその串を凝視している。それはお客さんも同じなのか、店員全員に凝視されていることに気づいてもいない様子だ。
お客さんは戸惑いつつも、我慢ならんといった様子でパクっと先端の肉に食いつく。
「がっ……」
謎のうめきを発し、その後はもう串ごと食べてしまうのではという勢いで平らげる。
「お気に召しましたか?」
「え? あ、ええ……」
あまりの美味しさに無我夢中になっていたのか、僕たちが近くにいる事を忘れていたような反応のお客さん。その脳の整理が完全に終わっていないところを狙ってか、ミウさんがどんどん話しかける。
「それはよかったですわ。でも、実を言うとここは支店でして、本店は別のところにありますのよ。もしよろしければ、今晩のご飯はそちらで召し上がってはいかがでしょうか。もちろん、コレより美味しいものが食べられますのよ」
「こ、これより美味しい……?」
「ええ、それは比べ物にならないぐらいに……。ああ、そうそう。そこに行かれる際はこれを身に着けてくださいね」
そう言ってミウさんは先ほど僕が作った仮面を手渡す。
「こ、これは?」
「まあ、通行手形みたいなものですわ。それではチチシロ、お店の場所を伝えてちょうだい」
「え? あ、ああ。もちろん……」
急に話を振られて驚いてしまったが、何はともあれ一瞬にして一人のお客さんを捕まえてしまった。
もう絶対に今晩と言わずに店に向かいだろうな、と感じさせる真剣な顔つきで僕の説明を聞いているお客さん。ヨウのような魔法を使わずにどうしてこの状態に持って行けたんだろう……
「不思議?」
「うわ!」
説明を終えるやいなや、放たれた矢のような勢いで店に向かったお客さんの背中を見ていると、ミウさんが僕の耳元で囁くので思わず飛び退いてしまう。
「ふふふ、不思議かしら?」
「……どうして魔法も使わずにこんな簡単に?」
いたずらのためだけに気配を全力で消すのはやめて、という言葉をグッと堪えて質問する。
「簡単よ。焼き鳥っていう料理は強くいい香りを発生させるわ。それによってきた客は十中八九おなかが減っている状態よ。美味しそうな匂いにつられてこんな場所に来るぐらいだからね。そんな人が相場より安い値段で売ってるいい匂いの食べ物を買わないはずがないのよ。しかも、買って食べてみたらこれが絶品」
そうか、焼き始めた瞬間からいい匂いが辺りに立ち込めたけど、言われてみればこの香りを嗅いだ時から余計におなかが減った気がする。ヨウの空腹強化をこれで代用してるのか。
で、いざそれを買おうとなっても10円と激安。これなら食事にお金を使うっている罪悪感もないから、わざわざ魔法をかけて空腹を我慢できない状態にまでしなくても素直に買ってくれる。しかも、食べてみたらとっても美味しいと。
「ヨウの魔法を再現してるってわけなんだね」
「うーん、ちょっと違うわ。アレの魔法は、もともと料理ができることを料理がなくてもある程度できるようにするっているものなの。だから、オリジナルはどっちかというとこっちなのよね」
「……というと?」
「まあ簡単に言うと、ヨウより料理の方が凄いってことよ」
ヨウ……君ってやつは。
「で、でも、仮面を渡す理由は?」
「匿名性にするためよ」
「仮面で?」
「ええ、食事にお金をかけてるなんて知り合いに知られたくない。そんなプライバシーを守るための策よ。まあ、仮面舞踏会ならぬ仮面お食事会、ってところかしらね? それに、匿名性が上がれば知り合いを連れてきてくれる可能性もあがるわ。チチシロには、これから大量の仮面を作ってもらうからね」
「な、なるほど……?」
「ほら、客もどんどんきてるからよろしくね」
正直、僕にはまだ作戦の全容を理解してないけど、難しいことは考えられないほどには忙しくなってきた。焼き鳥の匂いが広範囲に広がり人を集める。集まった人だかりをみてさらに人が集まる。驚くべき集客力だ。
社員の顔には驚きが色濃いが、先ほどまであった不安の色が少しずつ期待に代わっているように見える。
僕は仮面を次々に作りながら考える。このミウという人物は何者なのかと。最初に会った時は職業も相まって、かなりおかしな人なんだな、という印象だった。その後、無理やりいろいろされたこともあり苦手意識をもつようにもなった。まあ、それは多少改善されたけど。一時期は同じ見た目のオルガさんにでさえ苦手意識あったし。でも、普通の村娘であるはずなのに異常に高い戦闘力を誇ることが判明し、それは魔王の生まれ変わりであるからだともわかった。もうむしろ、勇者であるヨウより希少な存在と言えるだろう。そんな彼女からは、本当に僕のことも仲間と認めてくれているという思いが感じられ、今は僕もそう思うようになった。本来なら倒すべき相手である魔王、それが二人もいるパーティーに自分がいることは笑っちゃう事態だが、今はそのどちらも大切に思っている自分がいる。
「ほんと、自分で体験してみないと分からないことだらけだな」
僕の想像を超えて加速度的に忙しくなる手を動かしつつ、僕はそんな事をつぶやいていた。




