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勇者にする? 魔王にする? それとも……お料理?  作者: 白米広重
第一章・外の世界と初めての魔物
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壁の外と追跡者

 俺は壁を前に軽く事情を説明する。


「なるほど、わかった。協力しよう」

「チチシロ……恩に着る」

「それじゃあ行ってくるよ」

「えっ、俺もついていくけど」

「えっ?」

「えっ?」


 なんでこんなに驚かれてるわけ?


「ええああいや、俺がいないでどうやって村長たちを説得するんだよ?」

「……まあそれもそうか。じゃあ急がないとね――【隠匿コンシールメント】【体重減少ルーズウェイト】【静寂サイレント】」


「~~~。~? ~~~!?」


 声が出ない、ということは最後に唱えたサイレントというのが静寂の魔法か。残りの二つのうち一つは隠匿の魔法だろうけど……もう一つはなんだ?


 チチシロを見るとハンドサインで行くよ、と指示しているように見える。俺は頷き返し、チチシロに続き壁をよじ登ろうと壁に手をかける――おお、確かに警鐘が聞こえなくなってる! と、思いながら体を持ち上げると腕に込めた力に思いっきり体が引っ張られる。


 なにこれ軽い!


 圧倒的に普段より自重が軽くなっている! 半分、いやそれより軽いか? まあ、体感だから実際は分からないがとにかく軽い。


 もしかしたら、昨日チチシロを家に運んだ時はまだこの魔法の効果が残っていたのかもな。なんて考えているうちに、あっという間に壁の頂上に到達する。

 顔を上げると爽風が吹き抜け思わず目を閉じてしまう。その閉じた目を薄っすらと開いていくと――


「~~~~!」


 一瞬、思考の全てをその景色に奪われた。生まれて初めてみた壁の外の景色はどこまでも続く青い空、裾の先まで見える緑の山々、生まれて初めて見る外の景色はとにかく新しく、輝いて見えた。


 しばらくぼーと景色を眺めていたがチチシロに肩をたたかれて我に返る。そうだ、今は緊急事態だったのだ。俺はチチシロに向かって親指を立て、草原に向かって飛び降りた。



◇◆◇



「ヨウがいない」


 あれから気になった私は昼食を終えた後急いでヨウの家に向かった。しかし、そこにヨウの姿はなく――


「いったいどこに……?」


 ――私はいつも通り無断で室内に侵入し(普段であればこの時点で文句を言うために姿を現す)、部屋の物色を開始するのであった。


「これは……」


 台所を見るとお茶碗と箸が二つ流しに置いてあった。茶碗が二つあるのはまあ不思議ではない。もう一度使おうにも、食べてから時間がたったコメがパリパリになるのを嫌ったのだろう。しかし、箸が二膳あるのはおかしい。ヨウは食べた後に箸をねぶって綺麗にする癖があるし、洗い物を少しでも減らすために箸を新しくすることは避けるはずだ。


 私はさらに情報を集めるために寝室へと進む。


「あら……?」


 寝室には不自然に置かれた椅子とその周りに強引にちぎられている紐……その椅子に近づくと何かが紐に挟まっていた。それは――


「黒い、髪の毛……この長さはヨウのじゃない」


 いつものように、胸いっぱいに部屋の空気を吸い込む。と、いつもの匂いに交じって、ほのかに甘い知らない匂いがする。


「……まさか、女?」


 そんなはずはない、この村にヨウと年齢の近しい人間はいない。そもそも黒髪でこんなに長い髪を持つ女がこの村にいないのだ。


「ん、この村……には?」


 何かが引っかかった。


「そういえば昨日、珍しく見張りがウチにきたと思ったら村長と旅人がどうたらって言ってたような」


 だとすればこの髪の毛は旅人のもの、つまり旅人が村に侵入しヨウを拘束していた……?

 いや、それはおかしい、今日の昼休みにヨウが自由に動いていたのは理屈に合わない。


 私はすぐにこの考えを放棄する。そういえば――


「献立はおかゆ、ヨウが自分のために作ったのではないとすれば、旅人のために作った……?」


 つまり旅人は手負い、ヨウは外の世界に憧れていた。情報を得るために皆に黙って介抱していた可能性が高い。しかし、臆病者のヨウのことだ、暴れられては困ると拘束した――といったところか。しかし、侵入者は途中で意識を取り戻し魔法か何かで脱出、帰ってきた家主であるヨウを連れて逃亡……か。


「まさか、この村の秘密を嗅ぎつけられてるとはね……でも、ソイツ――」


 人間の分際でこの私のヨウに手を出すとは……


「――消すから、絶対」



◇◆◇



「それで一緒に来てもらったけど、ヨウはどの程度戦えるんだい?」


 森へ向かう道すがらチチシロが聞いてくる。


「いや、正直なところサッパリわからない。何せ、俺は魔物はおろか怪物ですら見たことがないからな」

「え」


 チチシロが突然立ち止まる。


「どうしたんだ?」

「いや、どうしたんだ? じゃないよ! それってこれが初めてってことじゃないか」


 ちゃんと俺の顔真似まで律儀に行いつつも、チチシロはなぜかご立腹のご様子だ。


「そういうことだな」

「……やっぱりヨウは帰ってくれないか? 死ぬ危険だってある」


 おいおい、ここまで来てそれはないぜチチシロさん。


「……俺は自分が死ぬより村の皆が傷つくほうがつらい。きっとここで引き返してみんなが無事に帰ってこなかったら、俺は例え一人でも森に向かうだろう」


 もちろんチチシロを信頼していないわけではないが、と付け加える。


「でも――」

「それに、村の皆は旅人の助けなんか素直に受け取らないだろう、でも俺がいれば説得できる—―」


 かもしれない、と小声で聞こえないようにつぶやく。


「……とにかく、俺だっていずれは村の精鋭として外に行くための準備を一応はしていたんだ。自分の身ぐらいは守れるはずだ」


 俺は懐にしまってある武器を握る。


「それに……」

「それに?」

「……実は俺、究極魔法を一つだけ習得しているんだ」

「きゅ、究極魔法?」

「ああ。まあ、使用条件が厳しすぎるから、使えるかどうかはその場に行かなきゃわからないけどな」


 究極魔法、それは普通の魔法とは異なり、取得条件が謎に包まれている魔法の事である。だが、そのほとんどが想像を絶する高威力を誇ったり、世の理を一時的にとはいえ変える、などなど利便性の高い、まさに究極といえる魔法の事だ。


「君も――ああ、いやなんでも、でもそれが本当だったらすごいことだけど……」

「? まあそういう事だから俺のことは今は心配するな、それより早く森に向かうぞ」


 そういいながら、俺は遠くに見え始めた森めがけて駆け出す。


「……うん、わかった。ヨウを信じるよ」


 チチシロもそれ以上はなにも言わずについてきてくれる。


「……ありがとな」

「ん、何か言った?」

「いいや、なんでもない。急ごう」


 気恥ずかしさを誤魔化すのもあり、俺はスピードを上げて森に向かった。



◇◆◇



「ここからが森だな」

「さて、どうやって村の人たちを探そうか……」


 森の前まで来たものの、俺もチチシロもどこに村長たちがいるのかわからないでいた。


「せめてどこから入ったかでもわかればいいんだけど」


 やみくもに森に入って捜索しても、見つけられなくなるどころか俺たちが遭難してしまう可能性すらある。

 さて、これからどうするかと悩み始めた時だった、


「~~~~~~~~!」

「ん? ヨウ、なにか聞こえないか?」

「え?」


 チチシロは目つきを少し鋭くしながら、俺にそう囁いてくる。俺も黙って耳を澄ましてみる。


「ょ~~~~~~~!」


 確かに何か聞こえてくる。だんだんと鮮明に聞こえ始めるその音は、森からではなく—―


「――後ろから?」


 振り返ってみると、遠くの方に小さい何かがこちらに向かってきているのが見えた。と、チチシロが腰から短剣を引き抜く。


「おぉ……」

「敵か……いや、[望遠鏡]」


 俺が思わずその練達れんたつした動きに感心している間にも、チチシロはスキルを使用したらしい。チチシロは短剣を持っていないほうの手で、顔の前に指で輪を作りそこを覗き込む。


 おお、スキルだ! しかも見たことないスキル!


 スキルとは、魔法とは違い英語(英雄の語録)を用いない特殊な技の事である。誰でも覚えられるものではなく、その人の才覚によって取得できるかどうか決まる技なのだ。


「ん? 人間だな、しかも女の子だ」


 何故か左右の目をウインクしながら、どうやら人間らしいと教えてくれる。


「しかも早いな、旅人か冒険者かな――いやそれにしては服装が……」

「敵か?」

「いや、わからないがどうやらこっちに向かっているらしい」

「こっちに?」


 村の助っ人—―はないか。


 あの人たちが村から出ることはないだろう。そもそも誰にもこのことは言ってないし、だとするといったい誰だ? だんだん近づいてくるそれは確かに人間だった。どこかで見たような服装のソイツはよく見ると—―


「――え? ミウ?」


 ソイツの正体はミウだった。そして、今度こそはっきりと何を言っているのか聞こえた。


「――ヨウ! 大丈夫!?」

「あ、ああ……」


 あまりにも予想外すぎる追跡者に、俺は生返事を返すことしかできなかった。


「――良かった……やっと追いついた」

「ミウ、どうしてここが――ていうかどうやって村からでた!?」

「ソイツがヨウを連れ出した犯人ね」


 話聞いてないし、なんだか様子がおかしい。いつにもまして目がツンツンしてるし、その視線の先にいるのは、どうやら合ったことのないはずなのにチチシロだ。


「ん?」


 俺はなんだか違和感を覚え、ミウをまじまじと見つめてしまう。そこで俺は原因に気が付いた、


「ミウの瞳の色はこんなに紅色だったっけか……?」

「ヨウこちらは――!?」

「【デス】」

「ま、【マジックバリア】!」


 どうだったかなー、とのんびり俺が考えていると、なにやらミウが挨拶もなしに何かの魔法を唱える。その後に切羽詰まった様子でチチシロも魔法を唱えた。


「え? 何してんの? チチシロ、今の魔法なんだ?」

「……は? えっ? よ、ヨウ! この人は本当に君の知り合いかい!?」

「えっ、そうだけど……どうしたんだよ、そんなに慌てて」


 一瞬なにが起こったのか理解できない、といった様子でフリーズしたチチシロはしかし、すぐにハッと我に返り顔を引き締める。その額には一筋の汗が流れており、まるで、警戒でもしているように視線をミウに固定している。こちらに一切目もくれず、質問返ししてくるチチシロの目は真剣そのものだ。


「慌てるもなにも……今のはデス、死の呪文だよ!」

「……は?」


 死の呪文?


「理由はわからないけど彼女は僕を殺しにかかってきてる!」


 ど、どういうことだ? ミウが呪文を使える? しかも死の呪文? 確か――呪文って魔物と一部の怪物しか使えない魔法じゃなかったっけ?

 ミウに視線を動かす、と、全くの無表情でチチシロを見つめている。その顔を見る限りは死の呪文を使った、などとは思えない。


「意外とやるのね、人間。けど次はないから――」


 淡々と、しかし確かな殺意をにじませつつ、ミウは死の呪文を使おうと口を開く—―


「み、ミウ! ちょっと待ってくれ!」


俺は慌ててミウの言葉を遮った。聞きたいことは山ほどあるが、まずは興奮気味のミウを落ち着かせるのが先だ。


「ヨウ……洗脳されてるの?」

「どうしたんだよ……お前らしくないぞ?」

「そう、洗脳されているのね。待ってて、いま術者を殺して解放してあげるから—―」

「バカ! そんなことされてないわ! その証拠に――」

「あっ、危な—―」


 俺はチチシロのもとを離れミウに近づいて行く。そして、


「――ほら! 洗脳されてたり無理やり連れてこられているならここまで来れないだろ?」


 ミウに近づいた俺は手を取り、なるべく優しい声で洗脳されていないことを証明する。


「……でもそれならなぜこんなところに?」

「……殺しにかかる前にまずそれを聞けよ」


 呆れながらも俺はミウにも事情を説明した。説明しながら再び瞳の色を確認するとやはり記憶通りの黒みがかった小豆色の瞳。


 ……さっきのは見間違いだったのだろうか――まあ、興奮しすぎて目に血液が回りまくってたのかもな。


 俺は時間もないのでそういう事にしておいた。

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