幼馴染と新たな仲間
奇異の目線から逃れるように速足で急いだため、俺たち三人は無言のまま宿へと入る。
「ふぅ……これでとりあえずは一息付けるな」
改めて俺が競り落とした少女の顔を拝見する。まだ現状を把握しきれていないのか、どこかぼーっとした表情をしている。
まさか……この俺がチチシロ以外にトキメク日が来ようとはな。まあ、実際にはなんどかオルガ(ミウ?)にもドキッとしたことはあるが、あれはミウだしノーカンだ。
「はあー。……それで、説明してくれるのよね?」
盛大に溜息を吐いたミウがジト目で俺を見る。さて、どう説明したもんか。
「いや、さっきも言ったけどさ、この世界の情報を集めるのに――」
「ふうん。でも、他の人で良かったじゃない? その子高いし」
「さ、最後の最後でそうしたほうがいいなって気づいたので」
「なるほど。私達に相談もなく?」
あ、これはダメなやつだ。
既にミウの中では俺の行為は『悪』だと決定している。求めているのは理由ではなく謝罪と誠意だろう。この場合、誠意とはこのツユという少女を手放すことを指す。それだけは避けなければならない。
「料理を、一人で、作り続けるのは……ちょっと負担デカイです」
考えるのと話すのを同時並行で言い訳を試みる。
「でも、そのかわりあんた戦闘には参加しないじゃない」
そこを突かれると立つ瀬がないよぅ。どうしよう……
ミウはやると言ったら絶対にやる。その決定を覆すには即興の言い訳じゃ通用しない。何か、何かあるはず――
「……わかった」
「ふん、最初からそう言えばよかったのよ。じゃあ行きま――」
「勘違いするな。そっちの話じゃない。戦闘の話だ」
見つけた突破口、ここしかない。
「……それはどういうことかしら?」
「俺も戦闘に参加する。あと、料理当番も交代制にしよう」
ここで初めてミウの眉間がピクリと動く。
「どういう事?」
「意味通り。俺も戦闘に参加する。前衛としてな。あと、料理番は交代制にする。それで文句ないだろ?」
この勝負、勝つにはここを突くしかない!
実際のところ、俺は出たくなくて戦闘に不参加なのではない。むしろその逆、ミウに止められているから出られないのだ。つまり、ミウは俺を戦闘に参加させたくない。しかし、それをまるで俺がサボっているかのような口草。そこがミウの落ち度! あとは、ミウがどちらを選ぶか、だ。
「ぐぬぅ……」
さあ、どうする? ツユちゃんを無理に返却すれば美味しい晩御飯を失い、俺を戦闘に参加させることになる。
「あ、あのう……」
「今日から後退するか。今日の晩御飯当番は……チチシロだな」
「ぐぅ!」
チチシロの料理力はミウも知っているはず。丸焦げの味付けなしのジャガイモは嫌だろう?
「ゎ……」
「え、なんだって?」
「ああもう! 分かったって言ったの! あああ! もうっ!」
子供の頃から変わってない、自分の思い通りにいかないと癇癪を起こす癖。しかし、口は悪くとも絶対に約束を破ったりしない。
「ただいま~。いいとこ借りたね――って、その子……どちら様?」
話に折り合いがついた頃、チチシロがタイミングよく部屋に入ってくる。
「おお、ちょうどいいところに。この子はツユちゃん。さっき買った」
「買った……? あぁ、『使用人』か。いくら?」
「500万?」
「ん?」
スッとチチシロの目から光が消える。
あれ、なんかやばいのかな?
「ごめん。なんか悪いことしちゃった?」
「あ、ああ。いやいやごめん。ちょっと疲れてるみたい。それで、いくらだったって?」
「ご、500万」
「……うそでしょ? な、なんでそんなに使ったの! どこにそんな金が! 相談なしでどうして!」
あれ、チチシロ……キャラ違くない? こんなに声を荒げるチチシロは初めて見る。しかし、怒っていても流石に美少女、超かわいい。
「ちょっとヨウ? まじめに聞いてないだろ! しっかりしてくれよ! このチームのリーダーだろ?」
なんだろう……雰囲気から察するにかなり怒っているのは分かるんだけど、どうしても和んでしまう。
勘違いしないで欲しいが、俺はいつもこうではない。むしろその逆なのだが、あまりにチチシロが可愛すぎる故の問題なのだ。
「本当にすまん!」
そこで、俺は謝罪の意を込めてお辞儀をする。この体制なら床を見る事でチチシロの顔を見なくて済む。
「まず、この500万はどこから出てきたの?」
「ウルーナに頂きました」
「いくら残ってるの?」
「ええと……5万ぐらい?」
財布を握るだけで大体の金額は把握できる。
「それ――だけ……か。はぁ、なんで相談しなかったの?」
これは言いにくい。なぜなら、ただ単に一目惚れして、考えなしにお近づきになりたかっただけだからだ。チチシロに浮気と誤解されたくもないし……
「……ええと、競りで、時間がなかったので」
とりあえず誤魔化すことにした。
「……はぁ。もう買ってしまったものは仕方ないか。それで、そちらの彼女――ツユさんだっけ? の情報は?」
幸い、チチシロの論点はもうそこからズレていたらしい。
「……あっ、ええと」
論点が自分に向いたと気がついたらしいツユちゃんは、オドオドしながらも助けを求めるような目で俺を見つめてくる。ここは早めにチームに馴染んでもらうためにも自己紹介してもらうのがベストか。
「じゃあ、せっかくチームになったんだし、自己紹介をしてくれるか?」
「……そ、そうなんですか? そうなんですね?」
やはりまだ現状を把握しきれていないのか、若干戸惑っている様子。
……まだ親しくないし、馴れ馴れしくタメ口をするべき時ではなかったかもしれない。
「まああの、軽くでいいから」
「う、うん。わかりました。ええと……ツユです」
沈黙。
まさか、今ので終わったつもりなのだろうか? そんな考えを肯定するように、なんの反応も帰ってこないことにビクビクしている様子のツユちゃん。
「あの……もう少し詳しくしてくれると助かる」
「あっ……えっと……、しょ、職業は、メインの、『主婦』です」
「え? 『主婦』なの? それで、なんで500万?」
「あ、あぅ……」
なんだ、金の話になると明らかにチチシロの熱量が違う。さっきもだけど、今だっていつもの優しいチチシロからは考えられないようなセリフだ。
「落ち着けってチチシロ。ツユちゃん怖がってるぞ」
でも、逆にチチシロがもろに本音で喋ってるのは新鮮だ。こんな面があった方が人間らしくていい、という気もする。
「あ、ああ。すまない。ちょっと興奮しててさ。ツユさんもごめん」
「あ、ああいえ。私こそ、すみません……」
どうやら相当に緊張しているらしい。だって、常に俯いてるし。
「それでは、ええと、ツユです。『主婦』です。……他には何を言えば?」
「好きな食べ物とかさ」
「は? はぁ。……うーん、なんでしょう、肉料理?」
肉料理か、ならば今日の晩ご飯は決まったな。
「それで……その、皆さんは?」
「ん? ああそうだな。俺たちも自己紹介しとかないと」
ツユちゃんにしてみれば知らない人達から質問されてる感じだろう。これでは集中もできまい。かと言って、適当な自己紹介では警戒を強めてしまうだけだろう。早めに打ち解けてもらうためにも第一印象は大切だ。ここは気合を入れるか。
「おほん、では俺から。一応、このチームの代表的なポジションにいるヨウだ。メイン職は『主婦』。さっきもチラッと言ったけど、主に炊事を担当している。よろしくな!」
ニコッと微笑んで自己紹介を終える。まあまあの出来だろう。
「えっ、代表なのに『主婦』……ですか?」
サラッと言ったつもりだったのに……やはり突っ込まれるか。
「まあ、気にしないでくれ。じゃあ次ミウ」
ここは安定してスルー。深く掘り下げても特に何もないし。
「……ミウ。メイン職は『死神』。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
ツユちゃんは何か、恐らく死神について聞きたげな様子だったが、ミウがさっきの言い合いで負けた溜飲が下がりきっておらず、御機嫌斜めなので挨拶にとどめたみたいだ。うむ。懸命。
「次は僕か。じゃあツユさん、改めて初めまして。僕はチチシロ。イタンへ族の者で、メイン職は……その、『ストーカー』です。よろしくね」
一方、チチシロはすっかりいつも通りになっている。しかし、相変わらず自身の職業に自信がない様子だ。ストーカーのどこがそんなに嫌なのだろうか? 主婦よりマシだろって思うけど……むしろ妬ましい。まあいいけど。
「イタンへ……名前だけは聞いたことがあります。確か勇者を探して旅する一族だとか」
「おお、そこまで知ってるなら話が早い。ここのヨウが勇者なんだ」
「ども」
「……そうなんです、か? 先程は主婦だと申されていましたけれど」
「まあ、細かいことは気にしないでくれ」
話せば話すほど俺のポンコツが明らかになってしまう。小出しに、小出しにしていかねば。
「あと、オルガっていう女の子がもう一人いるんだ。今は別件で別行動中なんだけど、その子はちょっと特殊で……まあ、おいおい話すよ」
「はぁ……それにしても、随分と女性が多い隊なんですね」
「そうかな? ツユさんを加えても2:3だけど」
「2:3? どなたが?」
「僕とヨウが」
「またまた」
まあ、信じられないのも無理ない。納得してもらうには時間がかかるだろうし、今は無理にさせなくてもいいか。
「それでツユちゃん。逆に俺たちに聞きたいことがあったら遠慮なく――」
「ねえ、ヨウ。なんでそんなにこの子にだけ優しくするの?」
ここでようやくミウがまともに口を開く。しかし、機嫌が回復している感じはない。
「いやだって、いわば無理やり連れてきちゃったわけだし……」
「知らないわからない。昔っからヨウってそうよね、なんで私以外の女の子に優しくするの?」
うわぁ、面倒くさい。
「うるさいな、しょうがないだろ! なにもわからないんだから」
「しょうがないってなに? ねえ?」
自分の気が晴れるまで執拗に突っかかってくるモード……これは、長丁場な予感。
◇◆◇
一体全体、なんなのだろうかこの状況は。
商人に言われるがままに壇上に上がり、ボーッとしていたら何を思ったのか落札されていた。そのままあれよあれよという間に話が進み、今、こうして知らない人達に囲まれている。しかも、最初からいた2人が何やら言い争いを始めており、どうやらその原因は私らしい。まあ、言い争いというよりも、女の方が男の方に一方的な因縁をつけているという感じだが。というか、ここに来てようやく落ち着いてきたけど、私の状況、かなり危ないのでは……?
いや、確か、こういう状況に備えた計画もあったような……。ダメですね、思い出せません。でも、いつまでもボーッとしていていい場合でもありません! もしもの場合に少しでも助けになるよう、今は情報を集めなくては!
今、部屋にいるのは私を含めて4人。会話の断片から察するに、本当はもう1人いそうですが、今は考えなくてもいいでしょう。となると、残るは3人ですが……そのうちの2人は未だに言い争いをしているので残るは1人。
私はチラリと横に立っている人に目線を向ける。
「えっ……」
その人が視界に入った瞬間、思わず私の口から声が漏れる。透明感のある白い肌。それに加え、流れる黒髪は艶々と輝いており、いかに状態がいいかわかる。その顔は女性の私から見ても羨ましくなるほど整っているのに、どこか薄幸そうな雰囲気を纏っている。それがたまらなく守ってあげたいという衝動を起こす。
さっきもチラ見はしたが、見れば見るほど美しい……
「どうかした?」
「はっ」
顔を凝視したまま固まった私を見て不振に思ったのか、チチシロと名乗った女性が話しかけてくる。
「あな――あはは。なんでもありませんから」
あなたは何者? というストレートな疑問をすんでのところで飲み込む。
「ならいいんだけど……何か聞きたいことがあるなら遠慮せずに聞いてね」
そう言ってどこか申し訳なさそうに微笑むチチシロさん。
その顔もまた――じゃなくて、これは千載一遇のチャンスです! なんでも聞いていい、ということは怪しまれることなく何でも聞けるということ! これを逃す手はないですね!
「で、では……万が一私が誘拐されそうなになった場合、どう対処しますか?」
「んん?」
急にチチシロさんが訝しむような表情になる。
……おかしいですね。何か怪しまれるようなことを言ったのでしょうか? でも、なんでも聞いていいとのことでしたし、問題ないはず。
「んー……。まあ、いいか。えと、相手がどう来るのかにもよるけど、基本的に僕たちは隠密行動が得意だ。だから、気づかれないように脱出できたらそうするけど、戦闘になったら相手をなるべく殺さないで無力化したいと思ってるよ。まあ、相手が強いとそうもいかないだろうけどね」
「殺す……可能性があるのですか」
「最悪の場合だけどね」
まずいですね。万が一私を助けてくれるとしたら、おそらく私の護衛の方々。実力は折り紙つき。対するこの人達も私を落札できたことから相当な資産家であることが伺えます。その上、話を聞く限りこのパーティーのリーダーは今も言い争っているあの男の人。特別な顔が整っているというわけでもないのに、チチシロさんを含め、2人の美女を連れていることから容姿以外の強い魅力があると考えられます。旅をしているということから裕福なだけでなく、相当に腕も立つのでしょう。
ならばこそ、私のやるべきことは決まりですね。
なんとか就職活動が無事に終了しました!
長いあいだ更新できてなかったので、これから巻き返したいです……!




