出会いと違和感
「うう、ん。あれ……ここは――」
侵入者は俺が固まる中ゆっくりとあたりを確認し始める。
「え? ていうか、え? なんだコレは……?」
ようやく自分が縛られていることに気が付いたらしい。
「あー、お、おはよう」
とりあえず挨拶してみた。
「えっ! 誰!?」
おびえた様子でこちらに顔を向けてくる侵入者。
「えと、この家の住人だけど……覚えてない?」
「家……?」
何かを思い出そうとしているのかうつむき黙ってしまう侵入者。
声を聞いても性別が判らない。話している現在も目元だけは隠れているが、どうやらあち
らからは見えているようだ。
「そ、そうだ! 昨日はアイツと戦って……それから――それから……?」
目覚めたばかりで混乱しているのか少し取り乱す侵入者、落ち着いてきたところを見計らい再び声をかける。
「思い出したか?」
「いや、まああらかた……」
「そうか、それはよかった」
「ああ、ありがとう……ところで、なんで僕はこんなに縛られているんだい?」
「ああ、暴れたりされたらかなわないからな」
「そ、そう」
わかったようなわかってないような微妙な顔をしながらも一応は納得してくれたようだ。
「さて、侵入者である君を解放するにあたっていくつか質問するが良いか?」
「ああ、いいけど……」
俺はなめられないよう、俺の中で最も威厳のある口調で質問していく。
「では、君の名前は?」
「チチシロと言います」
「ふむ、どこから来た?」
「ガタヤマから来ました」
ガタヤマというと確かここからかなり北の方にある地方の名だ。
「そうか、何しに来た?」
「えと……勇者を探しにきました」
「は? ゆうしゃ?」
「はい」
おっといけない、思わず素が出てしまった。
「ゴホン! えー、それはどういうことなんだ?」
「えと、僕の一族は過去に魔王を倒した勇者の仲間の末裔であり、代々一定の年齢になると勇者探しの旅に出るという習わしがあります。その旅の途中でした」
か、かっこいい! ていうか、旅とか羨ましい!
「そ、そうか。ではなぜあんなにボロボロの状態で侵入してきたのだ?」
「はい、僕達の旅は同胞と探す地が被らないように地域ごとに分かれて旅をしています。僕の担当はこのカオズシの地でした」
なるほど。
「この地で勇者を探すにあたり、最も探すのに苦労すると思われたのはこの村、イカワと聞いていました。そのため僕はこの村から捜索することにしたのですが……」
「ですが?」
「ここに来る途中、近くの森で強力な魔物を発見しました。僕らは旅の副目的として魔物討伐なども請け負っています。なので僕はその魔物に挑みました」
「そ、それで?」
俺は固唾を飲んでチチシロの話に聞き入る。
「アイツの見た目は四足歩行のクマのようなものでした」
それは、村長から聞いた森の主じゃないか。
「そいつは悪い奴じゃないよ。魔物ではなく怪物だ」
「ええ、僕もあれがただのクマの怪物ならばそのまま退散していたでしょう。しかし、あれはもはやクマの怪物ではありませんでした」
「え……どういうことだ?」
「あれは、おそらく何らかの魔物に支配されています。体を乗っ取られている、とでもいいましょうか」
おいおい、どういうことだ?
「それはなんだ? 森の主がほかの奴に操られているってことだよな?」
「森の主……ああ、あのクマが。そういうことです」
「はは、バカな。アイツはこの辺りでは最強の生き物だって村長が――村長が……」
俺はここで何か違和感を感じた。なんだ……この感じ、なにか重大なことを見逃してるような――
「とにかく、その森の主はもはや乗っ取られているでしょう。かなり狂暴化していましたし、それを伝えようと……そうだ、それを伝えようとこの村に命からがらたどり着いたら門前払いされ、仕方なく壁をよじ登って力尽きたんだった」
「え? ちょっと待て、門番がそんなことさせるはずないと思うが――」
「ああ、確かにしばらく付きまとってきたから魔力を振り絞って隠匿の魔法と静寂の魔法を唱えました」
それならば納得がいく。壁の魔法を打ち消し上りきったところで気を失ったと、道理で静かだったわりに着地の音は聞こえたわけだ。
「質問はもう終わりですか? 正直もう解放してほしいのですが」
「あ、ああ。ごめんごめん」
俺は慌てて椅子からチチシロを解放した。
「ふう」
「あっ」
一息ついたチチシロはフードをとった。髪は長く、中性的な顔立ちで顔を見てもなお男か女か分からない。どちらと言われても納得できる。
「一応聞くけど……男なのか?」
「え? ああ、そうだけど?」
チチシロはなんでそんな当たり前のことを、という風に首をかしげる。
いや、普通わからないから。しかも言葉遣い変わってるし。
「そのフードって普通のものじゃないよな?」
「ああ、これは”隠者の被り物“っていって顔を隠す魔法がかけられてるんだ」
「へー!」
魔法のアイテムってやつか。
「ごめん。リュックサックを開くけどいいかな?」
「ああ、問題ないが」
「ありがとう」
そういうとチチシロは背負っていたリュックサックを開く。座らせるときに邪魔だったが、爆発物でも入っていて誤爆したらいやだからそのままにしておいたのだ。そんなことを知る由もないチチシロはリュックから薄い紙のようなものを何枚か取り出した。
「それは?」
「魔封紙っていうんだけど、まあ見てて」
そういうとチチシロは何か書かれた紙に手のひらを当て、言葉を唱える。
「【ヒール】」
治癒魔法だ! と、俺が感動していると、チチシロの傷が緑の光に包まれながら癒えていった。ある程度癒えると紙は薄くなりながら消滅していく。その後も同様なことを何回か繰り返し、チチシロはほとんど回復した。
「い、今のは?」
「ふう……ああ、この紙には魔法が込められていて、その魔法を使えない人でも使えるっていう便利な紙なんだよ。まあそのぶん値は張るけどね」
「へえええ!」
そんな便利なものが! 俺もやりたい! ……イモ何個分の価値だろ?
「さて、どうやらこの村は噂以上に排他的みたいだね。隠匿の魔法でこっそり勇者を探すとするか」
「それが効率的だと思うぞ」
まあこんな辺鄙な村に勇者なんているとは思えないが、とは口に出さないでおく。
「その間うちに滞在するといい」
「え? いいのかい?」
「ああ、そのかわり外の話を聞かせてくれ。なにぶんこんな有様の村だから外の話が聞きたいんだ」
「……そんなことでいいのかい?」
「もちろん! 実は俺この壁の外に出たことがないんだ」
チチシロは一瞬驚いた顔をした後、なぜか悲しそうな顔を浮かべながらも快く受け入れてくれた。……ふふふ、計画通り!
「じゃあこれからよろしく、ええと……」
「俺はヨウ、よろしくなチチシロ」
「ああ、ヨウ。よろしく」
こうして俺はチチシロと出会った。
握手の瞬間、カーンカーンと鐘が鳴る。昼休みの合図だ。
「こ、これは!? まさかアイツが――」
「違う違う、これは昼休みの合図だ」
身構えるチチシロに慌てて説明する。
「そうか……よかった」
「俺もあんまり顔出さないと疑われるし、食堂に行くよ。みんなで食堂で食うっていうのルールがあるからな」
もしかしたら他の村にはないルールかもしれないので、一応説明をしておく。
「まあ今日は一応俺の家で休んでたほうがいいと思う、ていうかこれは命令だ。今日は一日療養しててくれ」
「ん……まあそうだね。急ぐわけでもないしそうさせてもらうよ」
よし! 急ぎではないらしい。これでしばらくはここにつなぎとめて置ける。せっかくの機会だ、ギリギリまで外の話を聞きたい。
「でも、今日中に森の主……だっけ? アイツの話だけはしといてくれないか? 僕が森を出た途端に追いかけてこなくなったから、恐らくは森にさえ入らなければ問題ないはずだ」
「わかった。みんなにそれとなく伝えるよ。ご飯はイモでいいか?」
「大丈夫だよ」
「じゃあこれを、トイレは家の裏手にあるから見ればわかると思う。それに――」
その後、簡単なレクチャーを施した俺は家にチチシロを残して食堂へと向かった。
◇◆◇
「ん?」
食堂についた俺はご飯を受け取りながら(今日も献立は芋ご飯であった)なんとなく違和感を感じた。
「あ! ヨウ、もういいの?」
「おお、ミウ」
キョロキョロと周りを見渡しているとミウが近寄ってきた。
「なんか……人が少なくないか?」
「え? ああ、ヨウ本当に知らなかったのね」
本当にいらない心配だったみたいね、と言いながらミウはこう言った。
「今日は狩りだから村の精鋭は外に行ってるのよ」
「え――」
その瞬間、やけに冷たい嫌な汗が背中を流れた。
「ど、どうしたの? いやに顔色悪いけど……やっぱりまだ――」
「どっ、どこに向かうっていってたっけ!?」
ミウの言葉を遮り肩を掴んで叫ぶ。
「ちょっ、どうしたの急に!?」
「いいから!」
「え? ええと……海沿いにチアイらへんまでだけど――」
「る、ルートは!?」
一度ここからまっすぐに南下して海に出るなら問題はない、しかし、
「た、たしか森を突っ切って最短ルートで行くって言ってたけど……」
「クソッ!」
「あっ! ちょっと……もう! いったいどうしたのよ!」
俺は混乱しているミウをその場に放置して門に向かって走った。さっき感じた違和感の正体はこれか! よくよく考えれば、ミウの発言から今日が狩りの日だってことは容易に想像できたはずだ……普段ならば。
「クッソ! 掟を破って浮かれた結果がこれか!」
このままでは俺のせいで、昨日チチシロのことを黙っていたせいで村長たちが命を落としてしまうかもしれない……そう考えるだけで手足が震えた。いや……反省は後回しだ、まずは落ち着いて考えよう。
「すうー、はあー……」
走るのをいったん止め、深く深呼吸する。
考えろ、狩りということは村の精鋭全員で向かったはず、そう簡単にやられるとは考えられないが……万が一がある。ということは援軍を贈るのがいいか?
「いや……」
それはないな。と、頭を振ってこの考えを破棄する。村の精鋭全員でということは今この村にたいした戦力はない。最低限の守りを残して援軍を出そうとも、まず森までたどり着く事すら無理かもしれない。そのうえ、この話を信じてもらうのに時間がかかるし、どうやって知ったんだと聞かれたら答えられない。
「ならば――」
言葉を途中で打ち切り俺は家の方に進路を変えて走り出す。
ならば、一刻も早く俺が森まで行き、引き返すよう説得したほうが何倍も速い!それに、
「今ならチチシロがいる。あの壁を気づかれないよう乗り越えるのもわけないはずだ」
門番に捕まったりなんかしたら目も当てられない、荒い呼吸を隠しもしないで俺は自宅に飛び込んだ。
「ちっ、チチシロ!」
「え、ヨウ? どしたのそんなに急いで」
チチシロはイモを片手にのんびりとくつろいでいるようだった。
「とりあえず来てくれ! 緊急事態なんだ!」
「で、でもまだイモが――」
「イモ食ってる場合じゃねぇ!!」
俺は強引にチチシロの手を掴み家から引っ張り出した。
登場キャラ
ヨウ-主婦
チチシロ