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勇者にする? 魔王にする? それとも……お料理?  作者: 白米広重
第二章・刀刃帝と獄炎帝
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試練とチチシロ・ミウ 前

「っつ、しまった!」


 オルガさんとミウさんがやられてしまった、という現実を理解したくないあまり、体が数秒硬直してしまった。

 刀刃帝の尾に切断されたはずだが、体に傷はなく、あの感覚……僕はどこかに転移させられたようだ。


「おや? 貴女は……」


 不意に、頭上から聞き覚えのある声が響いてくる。この声は――


「ズラガルド!?」「如何にも。そういう貴女はあの鬼女、オルガの仲間であったメイドの者だな?」


 この速射砲のような話し方、間違いなくオルガさんが撃退した蜘蛛男、ズラガルドだ。 でも、メイド? ……ああ、そういえば、あの時はオレインの情報を集めるため、あんな場所に潜り込んでいたから変装していたんだったか。 ……思い出したくなかったのに。 それにしても、僕はあの時オルガさんが戦闘を始めてからずっと隠匿していたのに、一瞬で思い出されるなんて……流石というべきか。

 僕に質問しつつ、ズラガルドは天井から音もなく、まるでイルカが反り返ったような体勢で床まで降りてくる。その顔はどこかホッとしているようだった。


「……ここに来たのがオルガさんじゃなくて安心したのか?」「ん? ああ、いやいや、そういう事ではない」


 会話を交わしている隙を見計らい、[特定人物追跡(ターゲット・サーチ)]の対象をオレインからズラガルドに移す。

 っと、随分と準備万端って感じだなこれは……。

 [特定人物追跡(ターゲット・サーチ)]は相手の居場所がなんとなくわかるようになるだけでなく、標的の痕跡、つまり髪の毛や指紋の跡などの存在を知覚することを可能とする『ストーカー』の特技だ。その特性上、奴の移動や攻撃手段のかなめである糸の存在を感じられるようになったわけだが……もうすでに、この部屋全体にはその糸がバッチリ張り巡らされている。恐ろしいことに、その糸のほとんどは目で確認できない。咄嗟に[特定人物追跡(ターゲット・サーチ)]の対象を変えていなければすぐに触れてしまっていただろう。

 ズラガルドを挟んで向こう側の壁にはドアが設けられている。見たところ、ここから出る手段はあれしかなさそうだ。


「……どうやったら僕を解放してくれるのかな?」「吾輩の後ろに扉が見えるであろう? その扉には鍵がかかっている。その鍵は吾輩が持っている。あとは、わかるな?」

「なるほど……ね」


 ドアはかなり古いものなのか無駄に大きく、鍵穴もそれに見合う大きさである。鉄製のそれはとにかく頑丈そうで、僕の力では破壊することは無理そうだ。


「ああちなみに、その扉はちょっとしたマジックアイテムである。あらゆる攻撃を無力化するというものであるからして、変な気は起こさないように」


 僕の思考などお見通しなのか、すぐさま釘をさしてくるズラガルド。


 ……おかしい。なんだ、この状況は?


 ズラガルドのあの様子を見る限り、ここに転移させられたのは故意だ。なのになぜここが即死空間じゃないんだ? 転移座標が固定されているなら、ここに僕しかいないのはおかしいし、ズラガルドの糸がすでに張り巡らされていることから、ここを即死空間――例えば、火を焚きまくっておく――とかの対応もできたはず……でも、それをせずに敢えて僕にズラガルドをぶつけた。


 まるで、僕を試しているかのような……


「ご理解いただけたかな?」


 僕が黙り込んだので焦れたのか、ズラガルドが聞き直してくる。


「……理由は分からないが、とにかくそのドアを通れればいいってことかな?」「よくわかっているじゃないか――」「【所在を晦ます黒煙(ブラックスモーカー)】!」


 ズラガルド顔負けの速さで、僕は煙幕を噴出する。不意をついたのが功を奏し、ズラガルドは一瞬硬直する。その隙をついて僕は連続で魔法を唱える。


「【小爆発ブロウアップ】――」


 まず、小さな隙を生かし、ズラガルドの眼前で小爆発を起こす。こうすることでさらに大きな隙を作る。


「――【隠匿コンシールメント】、【静寂サイレント】!」「こ、しゃくな!」


 そうしてできた時間で、僕の存在感を限りなく消す。そして、この頃には煙幕も室内に充満し、ズラガルドの視覚をほぼ封じる。


 まずは――攻めてみる!


 速さにはそれなりに自信があるほうだ。僕は音が出ないのをいい事に、糸に触れないように注意しつつ全力で駆け、勢いを乗せたシミターで腹を突く。


「~~~!? ~~~!?」


 動揺の気配、いきなり攻撃された事と、声が出ない事によるものだろう。


 しかし貫けない、か。


 突きたてた切っ先は、ズラガルドの腹に沈んだが、一定の深さで止まり、切り裂くに至らない。


「!?」


 危険を感じ、咄嗟に飛び退く――と、頬に風、そして先ほどまで僕がいたところに高速で何かが通り過ぎる感覚。


 腕が振りぬかれたのか……


 改めてズラガルドに注意を向けると、ズラガルドは人型から変態しているようであった。もとの姿は人と同じ、四本の手足だったが、今は四対、蜘蛛と同じ形状になっている。その全ての脚は地面についており、まさに蜘蛛というポージングだ。


「おのれなめくさりおって――声が!」


 変態したからか、声の質が少し重いものへと変わっている。しかし、この怒りよう……どうやら、計画通り僕を警戒させることに成功したみたいだ。


 今のうちに!


 僕は知覚できるズラガルドの糸を頼りに壁際に戻る。もちろん、僕の視界も煙幕で遮られている。でも、僕は今、ズラガルドの糸を知覚できる。例え目を瞑っていても、感じられる。ズラガルドは僕がここに来る前、糸を部屋中に張り巡らせていた。その糸が途切れているところが壁であり、床だ。

 僕はその糸を踏まないよう、どうにかドアまでたどり着く。

 静寂の効果が切れるまであと二分ほど。僕は強くないし、おそらくズラガルドを倒して鍵を奪う、なんてことは出来ないだろう。でも、この状況。おそらくだが、倒す必要はない。きっとこのドアを抜けることが勝利条件なんだ。理由は分からないが、今はそれでいい。きっとみんなも――


「[眷属召喚・子蜘蛛]――散れ!」


 ――って、え……ちょっ! その手はまずいって!


 部屋の中心に陣取っているズラガルドから、召喚された蜘蛛の子達が一斉に散らばる。蜘蛛の子はズラガルドと同じ遺伝子を持っているらしく、知覚することは可能だ。そのため全体の動きが感じられるのが不幸中の幸いか……。

 等間隔に、そして一直線に、部屋の真ん中から端まで広がってきている。隙間はあるにはあるが、蜘蛛のサイズは大小さまざまであり、奇跡的に気づかれないということはなさそうだ。


 静寂を使用したのは早まったか……効果が切れるまであと一分と数秒、蜘蛛がここに来るまであと二分ほど。つまり、このわずかな間にどうにか脱出しなければならないんだけど……僕の魔法、【解錠ピッキング】を成功させるには少なくとも3分は欲しい。本来の計画ではズラガルドが僕を闇雲に探す隙にこの部屋を出る予定だったけど……想像以上にズラガルドは強かった。能力的にも、精神的にも。

 そして、あれこれ考えたが、打開策が思いつく前に静寂の効力は切れる。


「まずいね……どうも]



◇◆◇



「くあっ――ぐ……て、ここは? っ! よ、ヨウは⁉︎」


 あたりを見渡すも、この景色に見覚えはなく、ヨウの姿はおろか、仲間達の姿すらもない。

 ……まずいまずいまずいまずいまずいまずい! やってしまった! この……この私ともあろうものが! ヨウと離れ離れになってしまうなんて……!


「私のぉ……馬鹿野郎がぁああ!」


 一瞬の浮遊感の後、景色が全く異なっていることや、ここがどこかなど今はどうでもいい! そんなことより、ヨウと離れたことが問題だ!


「あぁ~、どうしよどうしよ!」

「あの~、お嬢さん?」

「ああん!?」

「ひっ! な、なんでもありません……」


 もちろん、この仲間の代わりにいた目の前の異形ですら問題ではない!


「何なのよ! さっきからオドオドオドオド……目障りだからどっかにいって頂戴!」


 その無駄に大きい図体からは想像しえないほど、恐る恐るといった感じで話しかけてくる怪物に八つ当たりで怒鳴りつける。


「ヨウには私がいないとダメなのに……こんなことしてる場合じゃ……私がいないと……」


 村にいる頃含め、私がヨウの傍から離れたことなど数回しかない。もちろん、ヨウが目覚めた時も、ヨウが畑仕事をしている時も、ヨウがご飯を作っている時も、ヨウがご飯を食べている時も、ヨウがくつろいでいる時もヨウが歯を磨いている時もヨウが湯あみをしている時もヨウがかわやの時もヨウが寝ている時も――そして、ヨウが朝に再び目覚めた時も。そう、いつだって私はヨウの傍にいた。


「それを……あの、女ぁあ!」


 絶対許さない……と、今は怒りに我を忘れている場合じゃない。とにかくヨウ(+その他)と合流しなければ!

 改めて部屋の状況を確認すると、目の前でビクついている怪物越しに、出入り口を兼ねているであろう扉が確認できる。まずはそこを出てからだ。


「あ、あの――」

「そこ、邪魔なのだけど?」

「は、はい……」


 これまた外見に似合わず、素直に退いた異形を尻目に私はドアの前に行き、ドアノブに手をかける――が、途中で鈍い音が響く。

 私は無表情で振り返る。


「あなた――もしかして鍵を持ってるんじゃない?」

「ひっ! ……あのその、はい……自分が所持しています」

「あらそう、それはよかったわ。では、それを渡して下さるかしら?」


 私は一転、ニッコリと微笑む。


「……………………。」

「どうしたの? さぁ――」

「お、お断りします!」


 ビキッ!


 ……おっといけない。乙女として鳴らしてはいけない音を眉間から出してしまったわ、思わず。


「そう、なら仕方ないわね」

「そ、そうですね――」

「【生命の終末ジ・エンド・オブ・ライフ】」

「て、むんっ! ……い、いきなりそんな技使いますかぁ!?」


 チッ、抵抗リジェクトされた。強さだけは見た目と比例しているなんて生意気だわ。

 しかし、我に返るとこの状況が如何にまずいか理解できてくる。

 ウルーナとの戦闘で魔法を使いすぎている。さっきまでは怒りで疲れも忘れていられたけど、冷静になるとそれも戻ってくる。それに加えて残存魔力も――あと数発分のみ……か。出来れば、今の一発で決めてしまいたかった。


「ヨウ、待ってなさいよね」


 でも、この程度の障害、私たちの運命の前には壁にすらならない。

 ヨウの癖である深呼吸を行い、今後の展開について考察を始める。

 さて、魔法が使えないとなると当然、戦闘手段は限られる。すなわち、素手、もしくは武器だ。私が選択するのはもちろん武器である。素手で戦うなんて原始的過ぎる。私にはふさわしくない。


「『出なさい』」


 私は何もない背中に手を伸ばし、掴む。しかし、私の手は空を掴むのではなく、しっかりとした金属特有のひんやりとした感覚を得る。前に構える頃にはその全身が具現化する。


「ええぇ……それ、鎌ですか? また珍し厄介な――て、どこから――あなたの身の丈より大きいのですが!?」

「秘密よっ!」


 鎌を振りかぶりながら拒絶の意を示す。私の一連の動作をみた怪物は懐から剣を取り出す。


「っ、なんでこう……厄介ですね」


 剣を取り出したものの、こちらに向かってくる様子はなく後ろへと下がる。


「ふぅん、切り合いの危険性に気が付いたのね。でぇもぉ――」

「ふぐっ!?」


 その顔……鎌をわざと重そうに扱っていたかいがあったってものだわ。

 私は鎌を構えたまま地を蹴り、一瞬で間合いを詰め、そのまま怪物めがけて振り下ろす!

 鎌が剣と比較して優れているところ、それはその形状故の切り合いの強さだ。剣と鎌がかち合えば、鎌の刀身は剣をすり抜けて相手を切り裂ける。逆に、鎌の弱点は大きさ故の重量、それゆえの小回りのきかなさ、切り返しの遅さなど挙げればキリがない。でも、私には関係ない。鎌を重いと感じなければなんの問題もないのだから。

 切り合いでの不利を察したから後退したうえ、鎌の重さでは一気に距離を詰められることはないと高を括っていたのだろう。怪物は驚き体制を崩している。


 この一太刀で……終わらせる!


「――でぇい!」

「くっ、ううおい! あっ、危なかった!」

「あれ!?」


 しかし、不意を突いた攻撃も、後ろにのけぞり回避不可能なはずの体勢から、できるはずのないバックステップで回避される。逃げた怪物を追う私の首は、いつしか上を向いていた。


「翼……なるほど、あなたはカラスの魔物だったのね」


 勢いがあまりに余って、床に三分の一ほどめり込んだ刀身を引き抜きつつ、怪物に向かって言う。

 あの回避、翼を展開させ、その第二の足で後ろに飛んだ(・・・)のね。


「その怪力……本当に人間ですか!?」

「あたりまえじゃない。私は人間よ。ちょっと、人より優れすぎているだけの」


 回避できたとは言え、動揺はしているようだ。その隙に、気付かれないようさりげなく額の汗をぬぐう。魔力だけでなく、スタミナももちろん回復できていない。できれば今の一撃で終わらせたかった。

 ……あれ、さっきも同じことを思ったような――

 そこで私はある一つの可能性に行きつく。


「あなた……もしかして強いの?」


 怪物は空中でもなおビクつきながら、少しムッとした様子で口を開く。


「……あなたではありません、私はロクサム。六柱が一柱―知力を担当しています」

ぎゃー、まさかこんなに期間が空いているなんて……つ、次はもっと早く――

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