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勇者にする? 魔王にする? それとも……お料理?  作者: 白米広重
第二章・刀刃帝と獄炎帝
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試練とオルガ・ヨウ 前

更新遅れてすみません(-_-;)

 切られたと思った次の瞬間に、わたくしは全く見覚えのない草原のようなところに立っていた。

 ヨウさんの安否に気を取られた、その一瞬の隙にどうやら転移させられたらしい。


「くっ、わたくしとしたことが……迂闊でした」

「やーやーお姉さん! こんにちは!」


 内心ではかなり動揺したが、それをおくびにも出さず、わたくしは顔を上げる。

 視線の先には、やたらニコニコと笑みを浮かべるまだ小さい少年がいた。


「あなたは――いえ、ここはどこですの?」


 今はこんな弱っちそうな少年のことなどどうでもいい。とにかく現在地の確認と、皆さんとの合流が最優先だ。


「つれないな~、挨拶には挨拶で返すもんじゃない? 普通」


 まあいいけどね~、とお道化る少年。

 本来ならこんな奴は無視していいのだが……会話の最中に辺りを確認したところ、ここは何か不自然な印象を受ける。わたくしの危機感知センサーが異常を感じて警鐘を鳴らす。


「……その後ろのドアを通ってもいいんですの?」


 少年の後ろには、草原の中にポツンとドアがたっている。ドアの後ろにも空間は広がっており、どこかに繋がっているのかいないのか、現段階では判断できない。

 わたくしの質問に、少年は変わらずニコニコしながら答える。


「いいけど……僕を――」

「【突き上げる炎柱(フレイムピラー)】」

「――って、いきなり!?」

「……よく避けましたわね」


 あの身のこなし、見かけによらず戦闘経験は豊富そうですわね――


「酷いなあ、僕みたいな幼気いたいけな少年に向かってあんな技で攻撃してくるなんて」


 ――だって、普通に空中に浮遊して回避してますし。


「何が幼気ですの……そんな芸当できるぐらいなんですから、相当な実力者なんでしょう?」

「さぁて? どうだかね〜」


 どうやらこういったネチネチした会話がお好みの御様子……正直言って、わたくしの最も嫌いなタイプの一人ですわね。

 そう言いつつ、わたくしは発動した炎柱に違和を感じ、何気なしに観察する。もちろん、この少年に注意を払いながら。


「ああ……なるほど、理解いたしましたわ」

「ん? 何を、かな?」

「この場所、何処までも広がっているようで、その実密室……おそらく、あなたか誰かの魔法で幻覚を見せているのでしょう」


 今のところ、そうする理由は不明ですが。


「ふうん……よく気が付いたね?」

「さっきの魔法……炎柱の先端が不自然に途中で広がっていましたから」


 少年の顔に、ほんの少しだけ驚きの色が浮かぶ。

 炎柱は、何もない空中で鍋底に当たったガス火のような形になっていたから、例え見えていなくてもなにかがそこにあるのでしょう。密室であるのは単なる勘でしたが、案外簡単に教えてくれましたわね。


「……それで? それが分かったところで、ここから逃げられないことには変わりないよ?」

「そっ、そうですわね……!」


 わたくしは、意思とは関係なく震える体を両腕で抱きしめて抑えようとする。

 いけない……たぎってしまいますわ! いくら面と向かっているとはいえ、この四帝わたくしに幻覚をかけられるほどの魔力量! 節々から感じる絶対的な自信! まず間違いなく強敵!! あぁ……ああ! しかも! 今は一刻も早くヨウさんのもとに馳せ参じなければならない状況! 時間がない、時間がないのに……楽しみたい!!


「クヒっ! 30分……30分だけ!」


 なぜでしょう、昔っからそうなのですけど、時間が無い時の一押しというか、遊びというか……とにかく、ギリギリに追いつめられてる時にする関係のないことほど、どうにも欲情してしまう。


「……何を一人で興奮してるのか知らないけど、不快だね」

「はぁはぁ……嫌ですわ、興奮だなんてはしたない」


 ギリギリの時間設定……このギリギリが間に合った時……わたくしは最高の悦楽を得ることができる!!


「ヨダレ垂らして、全身に熱気ムンムンと纏わせてよく言うよ」


 あらいけない、うっかり女性としてアウトな一線を越えていましたか。

 手の甲で野性的に、思わず溢れた唾液を拭いとる。と、頬がだらしなく緩んでいることに気が付いた。ダメですわね、にやけが止まりません……!


「クヒヒ! さあ! 楽しみましょう?」



◇◆◇



「ぐっ――て、ここはあっ!?」


 オルガのお姉さんである、刀刃帝ウルーナに切られた俺は、見たことのないところに飛ばされたらしい。

 そして、俺は目の前には『死』が待ち受けていた。

 俺でも知っているメジャーな魔物、リザードマンがそこに鎮座していたのだ。

 二つの眼孔にはまった二つの黄色い目は明らかに俺を捕らえており、体には頑丈そうで隙の無い鎧、さらにその下にはぬらぬらと光る自前のウロコの鎧。その手には先端が三叉に割れた長い槍。

 俺は蛇に睨まれた蛙の如く、微塵も動くことができず、悲鳴どころか声の一つすら出なくなった。


 終わった。


 情けないが、俺はただただその時が来るのを待つばかり――


「zzz……」

「……へ?」

「zzz……」


 ……まさか、寝てるのか? 落ち着いて観察すると、確かに目は開いているが焦点はあっておらず、肩はゆっくりと一定間隔で上下している。どうやら本当に眠っているらしい。

 しかし、コレを起こしたりなんてしてしまったら、その時こそ俺の終わりだ。落ち着け落ち着け……まずは、状況の確認からだ。

 ここは石造りの大きな部屋みたいな感じになっている。四隅と壁に松明が灯っており、村にあった牢屋のような雰囲気だ。リザードマンは四角い部屋の真ん中らへんに座っており、俺はその正面にいる。

 そして、リザードマンを挟んだ俺の視線の先、そこには大きな鉄製の扉があり、外に出るにはそこを通るしかなさそうだ。

 ……とはいうものの、俺は腰が抜けており、動けない。そもそも、動いて音が響いて、コレが起きたら――と思うと、一歩も動けない。動かないといずれ死ぬと分かっていながらも、俺は恐怖に勝てないでいた。


 ……そして、俺がここに来てからどれくらい経ったか、俺はかつてないピンチを迎えていた。


 ト イ レ ニ イ キ タ イ


 端的に言って、限界だった。

 今までは緊張によって荒くなっていた呼吸は、今や別の理由で荒く、音をたてないように固定されていた姿勢は、今や腹に刺激を与えないように固定されている。

 もはや、眼前の魔物の存在などほとんどどうでも良くなりかけていた。そもそも、なぜ俺がこんな目に合わなければならないのか。だんだんと怒りが湧いてくる。だってそうではないか、俺は悪いことなど何一つしていない。

 憤りに身を任せ、俺はスッと立ち上がる。


「zzz……ふごっ……zzz」


 ここにチチシロがいれば静寂の魔法をかけてもらう所だが……今はないものねだりをしている場合ではない。

 俺は怒りに身を任せつつも、持ち前のみみっちさを発揮し、音を立てないくらいのスピードで歩行を開始する――が、いままで悩んでいたのは何だったのかというほどあっさりと、俺は扉の前まで来ることに成功した。

 一刻も早くエデンの園へ! という思いをドアにぶつけつつ、俺はでかいドアノブを両手でゆっくりと捻る――ガチ。


「ガチ?」


 ドアノブはまだ明らかに道半ばという所で回るのを拒否してくる。

 ……おいおい、ガチのあとにちっちゃい『ゃ』が足りないぞ? SEミスか? ――などと現実逃避している場合ではない!


 カ ギ ガ カ カ ッ テ ル !


 勘弁してくれ! と喉奥まで出かかったが、まだ少しだけ残っている理性がなんとか阻むことに成功する。

 かわりに心の中で叫ぶ――おいおい! 嘘だろ!? ――と。

 あまりの絶望に涙で視界が滲む。


「zzz……ごっ……zzz」


 ……いや、まだだ! まだいけりゅ!

 一度目前にゴールが近づいたため、限界という名の何かはかなり下降してしまったが、まだ限界ではない。

 一度腹に刺激を与えない程度の深呼吸をして気を落ち着かせる。

 ……おそらく、ここの鍵を手に入れて、この部屋から脱出するのが本来の道筋なのだろう。当然あのリザードマンはこの扉から入ってきたはず。となれば、鍵を閉めなおす必要があるため、鍵は奴が持っているという事になる!

 奴の防具は寸分の無駄も隙も無い。逆に言えば、鍵を収納できるほどの無駄スペースはないという事になる。加えて奴はリザードマン。体表面はウロコに覆われているはずだから鎧の中に隠すこともできないだろう、たぶん!

 となれば、必然的に、残るは武器だが――


「おっ……おっ……っく!」


 第三波が押し寄せ、俺はしばし悶絶するが、何とか耐える。しかし、この感じ……次は、ない。


「ぐ……ぐおっ!」


 このリザードマンもいつ起きるかわからない。早くしなければ――!?


「……あっちゃった」


 あった。鍵が見つかった。それは武器の尾部に無駄に生えていると思われていた毛の中にいた。あの、金属光沢は間違いなくドアのそれと同じものだ……だが、だが!


「うっ……うっ……」


 気が付けば俺は自然と嗚咽を漏らしていた。なぜか? 簡単な話だ。まず、鍵は武器と鎖でつながれており、よく考えればわかったことだが、扉の大きさに見合ったでかさだ。俺の頭と同じぐらいはある。

 整理しよう。俺にはあの鎖を無音、無衝撃で断ち切る手段はない。……そうでなくても、断ち切る手段などないが……。

 さらにもちろん、あの武器は大切そうにリザードマンが抱きかかえているため持ち運び不可。そもそも鍵は金属製で床は石畳。ちょっとでも小細工をすれば大きな音が鳴り響くことは必至。

 要するに、俺にはどうすることもできない。唯一できることがあるとすれば、コレが漏れる前に潔く殺してもらう事かな? はは。

 一応言っておくが、万が一これが漏れれば臭いで起きてしまうだろう。漏らしてから死ぬよりも、漏らす前に死にたい。

 そう考えた俺はなりふり構わず、リザードマンに向かってグーパンを繰り出そうとした時だった。歯を食いしばって脳に血流が周りまくったせいか、一つの妙案が思いつく。


「んん……がっ、んがっ!」


 見開かれた眼がギョロギョロと動き出す。いよいよ起きる寸前だ。

 となれば、迷っている暇はない。


「もう……ぐす、知らん」


 俺は完全にヤケクソになり、床を蹴った。

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