紫炎と奇跡
逃走してから丸一日、吾輩は漸く城に辿り着く。
「姫様」
「おっおふ。 ズラガルド? 今回はまたいつにもまして早かったじゃない」
吾輩の登場にいつも通り可愛らしく驚く姫、吾輩はその姿を見まいと必死になって首と眼球を下に固定しつつ報告を続ける。
「……そのことですが姫、標的を捕らえることに失敗しました」
「失敗……? ということは――」「はい、標的は女性、それも美少女でした」
「あちゃー……」
脱力したのか、ドサッとソファーにもたれかかる音が聞こえる。
……見たいみたい見たいみたい見たいみたい見たいみたい見たい!
吾輩の八つの眼は上を向こうとする筋肉と、それを必死に堪えようとする下の筋肉の二つが同時に酷使され、見開かれた状態で痙攣しているが、なんとか踏みとどまっている。
「はあ、まあいいわ。それで? あなたのことだから情報はしっかりと持ってきたのでしょう?」「もちろんです――っく!」
「ど、どうかしましたの?」「いえ、なんでもありません」
吾輩としたことが……特徴を伝えるためにうっかりあの可憐な少女の貌を思い出してしまった。
ごほん、と咳払いをして場を仕切りなおす。
「……その少女は炎を身に纏い、圧倒的な強さを誇っていました」
「炎……? その少女の名は確認できたのかしら?」「はい。確か……オルガ、と名乗っていました」
名前を伝えた途端に、姫の纏う雰囲気が変質した。
「……そう。やはり生きていたのね」「姫?」
ポツリとそう呟く姫はなんだか危うく見え、吾輩は思わず声をかけてしまう。
「……ここを出ます。城の守りはルーツディッツ、グロムデュラムに任せ、管理はあなたが行いなさい」
吾輩にそう命じると、姫はソファーから腰を上げる。
「姫! どちらへ……?」
無論、行先などわかってはいるが、聞かずにはいられなかった。
「オルガ――私の妹のところへ」
え、妹? まさか……あの可憐な少女が!?
予想外の回答に、吾輩の頭は一瞬フリーズし、姫を止めるタイミングを逃す。
「ひ――」「『転尾』」
吾輩の言葉を遮るように姫は力を使う。
短いスカートから、ゆらりとキューティーな尻尾が顔を覗かせる。
「あ……可愛い」
「じゃあ、後はよろしくお願いしますわ」
その尾で自らを切りつけると、姫は目の前から姿を消した。
「姫……ウルーナ様、どうかご無事で」
◇◆◇
「ヒヒ―――――ひ……はあっ! 終わった――のか?」
サディスに命令された効力が切れたのか、俺は漸く足を止めることを許される。
「うう、裸エプロンの男が奇声を上げながら全力疾走とか――死にたい」
いや、もう死んでるか。社会的に、人間的に、はは。
「はは、ははは……」
死のう……。
心穏やかに結論が出た俺は迷わず海に向かって歩き出す。
「ヨウ! 大丈夫だった!?」
「……チチシロか。あれ、そういえば今までどこにいたんだ?」
数歩歩いたところで、すっかり忘れ去っていたチチシロに呼び止められる。
「いやあ……あのクラスの戦闘で役に立てる気がしなくて……端っこの方でハイドしてたんだ」
「ほーん、どうりで一切見なかったわけだ」
「ごめんね? ヨウはちゃんと戦ってたのに」
はは、どこをどう見てたら俺が戦っていたように見えるんだ? むしろ足を引っ張りまくっていただけなんだが。
まあ、申し訳なさそうに身をくねらせるチチシロ(メイド服)で癒されたことで、俺も少し落ち着いてきた。
「……ふう。ま、そんなことはいいさ。無事でよかった。とりあえず戻ろう。オルガが心配だ」
「そう言ってくれると、僕としてもありがたいよ」
◇◆◇
「はあ……随分走らされたもんだ」
チチシロと二人、先ほどの場所に戻ると横たわる人影が見える。
「お、オルガ? 大丈夫か?」
横たわるオルガの服は見慣れた服装に戻っている。
「もしかして……」
「う、ううん……あら、ヨウ――?」
気が付いたらしく、うっすらと開かれた瞼から覗く瞳はいつも通りの小豆色。
「ミウ……戻ったのか」
オルガはどうやらミウの中に戻ったらしい。
「あれ、なんで私こんなところに……ていうか、え、なにこの惨状は?」
だんだんと覚醒してきたのか周りの状態を確認したミウは顔が青ざめていく。
「そ、そうだ! 勇者とサディスは? どこへ行ったの?」
そうか、ミウの中ではあの決闘の最中で時が止まっているんだな。
「まあその話は後で詳しく。大丈夫だ。とりあえずは大体解決したから」
「くひっひ、そうですわね」
「ウヒッ」
突然、耳元で怪しく囁かれ、首筋がゾワる。俺は首が性感た……て、この声はまさか――
「オルガ!?」
「はい。ヨウさんの、オルガならここですわ」
飛び退きざまに振り返ると、消えてしまったはずの女の子、オルガが怪しく微笑んでいた。
◇◆◇
「……で、その子はいったい誰なの?」
騒ぎがひと段落し、落ち着きを取り戻した宿に戻るなりミウの尋問が始まる。
「なんていうか……その、説明がかなり難しい関係なんだよ」
「そ、それってまさか!」
「うん。少なくともお前が考えているような関係ではないな」
顔を赤らめて、こいつはいったい何を考えてんだ。
「うふふ、初めまして、ミウさん。わたくし、ずっとミウさんに会いたいと思ってましたのよ」
「私に……?」
「ええ……ずっと前から――」
本当になんなのこの子? と珍しくミウが困ったように俺を見てくる。
ま、助け舟をだしてやるか。
「えっとだな、まず、この子の名前はオルガ――でいいんだよな?」
「はい。わたくしはオルガ、オルガ=プリンシィプス・ザングィスと申しますわ。ミウさん、これからよろしくお願いしますわ」
「ええ、よろしく……まさか、どこかの王族の出身とか?」
まあ、この長い名前を聞いたらそう思うのも仕方ないか。広義には間違いではないし。魔族の、だけど。
「ええ。わたくし、魔族の王の娘ですの」
「ええええええええ! 言っちゃうんかい!」
「ま、魔族? 魔族って……あの?」
「そ、それは僕から説明するよ」
そう言って、チチシロはオルガについて俺たちが知っていることを簡単に説明してくれた。
魔族であること、力のこと、全面的に俺たちの味方であること、そして、今の人間と魔族の関係に疑問を持っていることなどを簡潔にまとめてくれていた。
「なるほど……どうりで私って才覚に溢れすぎていると思ったわ。ま、借り物の力みたいでなんだか癪だけれど」
まだ不信感は拭いきれていない様子だが、一応は認めてくれたらしい。俺やオルガじゃなく、第三者であるチチシロが説明してくれたからだろう。
「あら、そんなことはないですわ。ミウさん自身が優れているからこそ、父の力はミウさんへと宿ったんですから」
「そ、そう?」
「ええ、もちろん。ミウさんはわたくしから見ても素晴らしい才覚をお持ちの御様子……クヒっ! ぜ、是非、一度お手合わせ願いたいものですわあ」
なんだか急に息が荒くなるオルガ。
あれ? オルガってこんなやつだったっけ? いや、確かに血の気は多かったけど……
「そうだ、そういやなんでオルガはここにいるんだ? ミウの中にいるはずじゃ?」
「ああ、そのことですが……正直なところ、わたくしにも詳しいことは分かりませんの」
「君は、確かデュエットと呼ばれていた個体だよね?」
「あら、チチシロさん。よく見ていらっしゃるようで」
オルガが流石といった面持ちでチチシロを褒める。
「デュエット、って、一番武闘派で紫炎を使っていた?」
「そうですわ。これは予想ですが、能力が解除されわたくしが消える際に、紫炎の力、悪しき事を払うというものが発動したのではないか、と考えられますの」
「ん? それがなんで消えなかったことに繋がるんだ?」
「あの時、わたくしにとって“消える”という事は望ましくないこと、言ってしまえば“悪”でした。それを紫炎が弾いたのではないかと……」
「へえ……なんかいろいろできた力だなあ」
「まあこれはわたくしの勝手な解釈ですから……それに、本体が中に消えたことでウロボロスも消え、わたくしから紫炎の力は失われてしまいました」
完璧に都合よく、とはいかないらしい。どうやらウロボロスは本体にしか呼び出せないようだ。
そのまま100%のオルガがいれば旅路も安全だったんだが……まあ、今のオルガでも十分すぎるほど強いだろうけど。
「中に消えたって、みんな納得しているようだけど、中ってどこよ? 引っ張り出せばいいじゃない」
あー、そこの説明もしなきゃいけないか。
「なんていうか、ミウのなかだよ」
「私の? ……いや、だから中ってどういう意味よ」
「それはわたくしから。先ほども話されましたように、わたくしの力は炎と強欲。わたくしはミウさんが幼いころから、その身体に憑依させて頂いているんですの」
オルガはゆっくりと伸ばした指を「……ここ、ですわ」と言いつつミウの胸部に沈める。
「……憑依?」
「はい。ですから、ミウさんのお気持ち、わたくしは理解しておりますわ」
「えっ! ど、どこまで!?」
「どこまで……全部ですの」
「いやああああああ!」
説明を聞き、ミウはにやつくオルガとは対照的に頬と言わず、顔全体を真っ赤に染めて絶叫する。
おお、こんなに取り乱すミウを見るのは生まれて初めてだ……なんか新鮮だな。
「いいい言った!? どこまで言っちゃったの!?」
「ん?」
ミウは俺とオルガを交互に見ながらオルガに詰め寄る。
なんか俺に知られたくない秘密でもあるのか?
「うふふ、安心してください。わたくしにはその想いの強さまで伝わっておりますの。ですから、簡単に口外したりしません。寧ろ、わたくしは応援致しますわ」
「お、想いとか言わないで!」
「……ああ、なるほどね」
「お、どうしたチチシロ。二人の言ってることがわかったのか?」
チチシロが小さな声で納得したようなことを言ったので、素直に聞いてみる。
「悪いことじゃないよ。ヨウ、頑張れ」
「……結局さっぱりわからんのだが」
その後の細かい説明にギャーギャー言いつつも、ミウもオルガのことを認めたらしく、俺たちのパーティーに心強すぎる仲間が一人増えた。




