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勇者にする? 魔王にする? それとも……お料理?  作者: 白米広重
第一章・外の世界と初めての魔物
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暗闇と侵入者

 ドアノブに手をかけ固まること数分、いや、もはや時間感覚などとっくにマヒしている。妙にバクバクと高鳴る心臓のせいか呼吸も荒い。


 ドアを開けたら、開けてしまったら――死ぬかもしれない。


 この考えが俺を硬直させているのだ。この扉を挟んだ向こうでは魔物が待ち構えているかもしれない。

 しかし、極限の緊張感の中で俺はある一つの可能性に気が付く。


「村の皆は大丈夫だろうか……?」


 外からは緊急事態の鐘の音も悲鳴も、物音ひとつ聞こえない。魔物が静かに、かつ迅速に捕食しているとしたら一刻も早く伝えなければ被害が拡大してしまうかもしれない。もしかしたら、音を支配する魔物かもしれない。もしかしたら、生きてこの事実を知っているのは俺だけなのかもしれない……!

 この時の俺は錯乱しており、ではなぜ俺は無事なのか、とかそんな細かいことは考えもしなかった。ただ、正義感に後押しされついに、俺は扉を開いた。


 キィイィー……


 こ、こんな時に限って甲高い音を立てやがる!

 そんな普段ならどうでもいいことに戦々恐々としながらも、顔だけ出して当たりをキョロキョロと確認する。村長の家の松明はいつも通りだし、見渡す限りでは異常はない。


「……よし!」


 俺は勇気を振り絞り、ついに家から出ることに成功した。音が鳴らないよう注意しながらゆっくりと扉を閉める、外に出てみてもやはり何ら異常はない……ように見える。


「どうしよう……」


 俺は悩んでいた。このまま異常アリと村長の家まで駆けていくか。それとも、家の裏手の恐らく音がしたであろう場所を先に確認するか……どちらにせよ時間はない。

 迷いに迷った末、俺は家の裏を確認しに忍び足で歩き出した。


「顔をちらっと出して確認するだけだ……」


 そういいながらついに角までたどり着く。もうここまで来たらやけくそである、俺は意を決してそろーっと顔を半分だし家の裏を確認した。そして――慌てて隠れた。


 ナ ニ カ ア ル。


 家の陰になっているため何なのかは不明だ。しかし、確実になんかあるのだ。


 どうするどうするどうする!?


 普段なら一目散に村長の家に行くだろう。しかし、俺はなぜかアレの正体を確認しなければ! という謎の使命感に支配されているのだ。


「すうー、はあー……、よし」


 深呼吸で息を整え、


「お、大人しくしていてくれよ……」


 震える足で未確認物体に近づいてゆく。だんだんと闇夜に適応してきた目は徐々に、その何か(・・)を鮮明にとらえ始める。それは黒い布に包まれており、大きさは大したことはない。ピクリとも動かないそれは生き物ではないように見える。ここで少し安心した俺は多少警戒を解き、その黒いモノに触れられるほどの距離まで近寄る—―と、ようやくコレの正体が分かった。


「人……?」


 黒い布は体全体を包んでいるが足や腕がチラリと見えており、しかもどうやらケガを負い、気を失っているようだった。


「ん? どういうことだ? 顔が……見えない?」


 不思議なことに、黒いフードの中にあるはずの目元は不自然なくらい深い闇に隠されており、中は一切見えなかった。ゆったりとした外套を着ているため性別すらわからない。


「侵入者……ってところか?」


 しかし、なんでまたこんなボロボロの状態でこんなところに?

 いろいろ疑問は浮かんだのだが目覚めて襲われてはかなわない。とりあえず異常なほどに軽いソレを家に運び込んだ。

 ……わかってる。これは村の掟に反する行為だろう。しかし、俺にとっては貴重な外の情報源、誰にもこのことがバレていないのならば簡単に手放すことはできない。

 どうしようもなく暴れたら村長に報告すればよい。そう考えた俺はとりあえず部屋に入れ、もう一度光の下で顔を確認する――が、やはり目元だけは闇に隠れて見えなかった。


「フードを取ってみるか――いや、うわさに聞く魔眼の持ち主だったとかだとシャレにならないしなあ」


 俺は楽な姿勢で椅子に厳重に縛り付ける。


「でも、まあ楽しくなってきた」


 俺の今までの人生で一番のイベントが起きている! この村にこんな刺激的なイベントなんて起きたことはない。毎日毎日繰り返し繰り返し、もうウンザリしていたところだ。

 俺は期待に胸を躍らせながらご飯を食べるのも忘れて布団に入った。



◇◆◇



 次の日、俺は仮病で仕事をさぼることにした。伝えるのは簡単だ、自宅の前で二つ色付きのろしを上げればいい。のろしの数が増えれば増えるほど体調が悪いという合図になる。二つだと仕事には行けないが、良くなったらいけるかも、ぐらいである。

 この合図は一人暮らしの人しか使わないため村でも数人しか使わない。


「朝起きてもアイツは寝たままだし、このまましばらく目が覚めなかったら仕事どうするか」


 とりあえず、これが仮病で休める限界と感じたらもうあきらめて村長に引き渡すか。そう思いながら扉を閉め侵入者を確認する。期待とは裏腹にまだ寝ている。


「回復魔法とか使えないしなあ」


 下級治癒魔法である【ヒール】でさえこの村では使えるものは少ない。

 なにせこの村の人の職業は、村に数人しかいない精鋭を除けば農夫や村娘、主婦などありふれたものしかないはずだ。そのうえ神父やシスターもいないため職替えができない。

 まあ職替えについては本にちょっと書いてあったから知ってるだけで実際はどうだか知らないのだが。


「さて、じゃあおかゆでも作ってやるか」


 米だけだと栄養的に心配だ、かといって固形物は食べられる状態じゃないだろう。


「イモでも入れるか」


 棚の引き出しの中からサツマイモ一本と、俺の魔法で保存してあったご飯お茶碗二杯分を取り出す。サツマイモはお湯で沸騰しないぐらいの温度を保ちながら調理したほうが甘くなる。


「【ボイル】」


 俺はすでに水とサツマイモの入った鍋の取っ手を持ちながら沸騰の魔法を言葉にする。俺のレベルが低いうえ、低位の魔法のため沸騰までかなり時間がかかる。けど、サツマイモやカボチャなどに関してはこちらのほうが都合がよい。

 これらの野菜はある一定の温度帯にいるときのみ甘くなると言われている。詳しくは知らないが、その温度帯に長くいればいるほど甘くなるのだそうだ。ちなみに、イモやゴボウなどの根菜類は水の状態から入れるのがおいしく仕上げるコツだ。


「そろそろか」


 水がかなり温まった状態で鍋の取っ手から手を放し、魔法を中断する。その代わりに鍋に蓋を被せる、こうすることで中までじっくり火が通り、ホクホクとよりおいしくなるのだ。


「さて、次はご飯か」


 サツマイモとは別の鍋にすでに炊いてあったご飯を入れ、今回はそのだいたい2倍弱ぐらいの水を入れる。


「うーん、今回はアイツの水分補給も兼ねてるからこれぐらいでいいか……」


 本当だったら俺も食べるので水は1.5倍弱ぐらいが歯ごたえが程よくおいしいのだが……


「まあ仕方ないか、アイツ噛めないだろうしな【ボイル】」


 再び魔法で鍋を加熱し沸騰させる。そこへ、ご飯、カツオのドロップ品である本出汁ほんだし、ショウガをおろしたものを入れ、そのあと食事に使うスプーンで固まったご飯をほぐしながら魔力供給を強から中弱にする。そのまま蓋をしていい感じになるまで煮て、いい具合になったら魔法を止める。そして、いい感じになっているであろうサツマイモに【マッシュ】の魔法を重複してかけペースト状にする。


「本当はこれもサイコロ状とまではいかなくても歯ごたえあるぐらいの潰し具合の方がおいしいんだけどなあ」


 まあ今回は仕方ない。それを先ほどのおかゆに混ぜれば完成である。


「サツマイモは一日一本で生活習慣病の予防をできる。それに食物繊維が多く、一日に必要な量の半分を摂取できるからなあ。しかも、カロリーは高いものの、構造的に優先して使われるエネルギー源のため、体に貯蔵されにくいっていうのがいいんだよな。まさに、甘いものを食べにくいダイエット中にはうってつけ――ってまたやっちまった」


 どうしてもこの癖が治らない。料理を作るとその食材についての効能的なことを口にしてしまうのだ。

 しかもその言葉の意味は俺でもわからないものばかり、小さい頃は怖かったが今ではもうすっかり慣れた。


「これも『主婦』の宿命なんだろうか……」


 ぐううー、と俺の腹の虫がくだらないことを言ってないで早くしろと催促してくる。まあ昨日の晩を食べ忘れたから仕方ない。


「そうだった。そんな事より早くあっちに運ぶか」


 鍋ごとおかゆを持ち上げまさに侵入者のいる部屋に入ろうとした時だった。


「ヨウ大丈夫?」


 ガチャッとノックもなしに玄関を開けやがったのは幼馴染のミウであった。

 いつもなら何でもない訪問だが今はまずい、なんてったって今ちょうど開けようとしたこのドアの先には侵入者が椅子に縛り付けてあるのだから、


「お、おうミウ。ありがとな。えと、ゴホゴホ、まだちょっと辛いわ」


 ゴホゴホと咳をして見せる。


「咳出るから家の中に入るなよ? う、うつったら大変だからな」


 なんでこいつはいつもこんなにお節介なんだ! 最近は特にだ!


 心の中でそう叫ぶがもちろん表情には出さない。


「そう……あ、ありがと。でも私おかゆぐらい作るよ! だからあっちの部屋で寝てて? それならいいでしょう?」


 絶体絶命、断る理由など見つかるはずもない――普段ならば、


「ありがとな、でもいまちょうどおかゆ作っちゃったんだよ、ほら」


 そういって鍋の中身をミウに見せる。


「あ……本当、丁寧に具もすりつぶしてあるしこれなら大丈夫か」


 なぜか少し残念そうに見えたが何とか納得させられたっぽい。あ、あぶねー! 昨日か今日の朝に侵入者が目覚めてたら普通のご飯作ってバレるところだった!


「そ、そういうわけだからもう俺は食べて寝るよ。お前はうつされないうちに早く帰っとけって」

「……それもそうだね。私、てっきりこっそりついていくために仮病で休んでるんじゃないかって疑っちゃった」


 ごめんね? と申し訳なさそうにするミウ、何の事を言ってるかは正直わからないがどうやら納得してくれたらしい。


 とにかく早く帰ってほしいので適当に相槌を返す。


「まあこの話が漏れるわけないもんね。……こんなことなら会議をさぼっていつも通りヨウの傍に――ああ、ううん。こっちの話。でもなんかあったらすぐのろし上げるんだよ?」


「ああわかってる。じゃあな」


 そういって、ミウは意外と素直に扉を閉めて帰っていった。玄関の扉に耳を当て足音が遠ざかるのを確認する。


「はあぁ……疲れた」


 なんだか無駄に疲れてしまったが、早くしないとせっかくのおかゆが冷めてしまう。寝室に入ると侵入者はまだ眠っていた。口元を確認するとちゃんと口呼吸で眠っている。余談だが、人は寝付くときに鼻呼吸でも、熟睡するとどうしても口呼吸に戻ってしまう人が多いらしい。つまり、寝ている人が口呼吸か鼻呼吸かで寝たふりかどうかあらかたわかってしまうのだ。


「さて、まだ暑いし俺から先に食べちゃうか」


 スプーンで柔らかいおかゆを口に運ぶ。これなら噛まなくても問題なく呑み込めるだろう。じっくり加熱したサツマイモはほのかに甘く、本出汁の塩味と相まって食欲をそそる。飲み込むと鼻にカツオのかすかな香りが抜ける。


「うーん、うまいな。でも歯ごたえあったらなあ」


 まあ、トロトロにしたおかげでミウに疑われなかったのだから文句言うまい、それにこんなんでも十分おいしく仕上がった。しばらくたつと、入れたショウガの効果か体が内側からあったかくなってくる。


「さて、食わすか」


 椅子に座らせた状態で口を軽く開かせ、ほぼ液状のおかゆをそっと、少しずつ流し込む。


「本当は専用の器具が必要だから良い子はマネしないでほしいな」


 いつもの癖で自分でも意味わからんことをつぶやきながらも全て飲ませた。


「これでよし、暇になったし洗い物でもするか」


 そういって立ち上がろうとした時だった。


「う、ぅうん」


 軽いうめきとともに侵入者の瞼がゆっくりと開かれた。

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