デートと針のむしろ 後
「はあー、こんなに料理作ったの久しぶりだわ……」
料理と言っても味噌汁だが、量が量だったためかなり疲れた。
途中、材料が尽きたと思ったら、客からノータイムで無償提供された時は正直ビビったけど、それ以外にハプニングらしいハプニングもなく全ての客を捌ききった。
「ヨウさん、お疲れ様ですの」
ニコニコしながら近づいてくるオルガ。心なしか顔の艶を増している。
……こいつは何回並んでたかわからないぐらい列に並び、それと同じだけ食べていた。つまり、俺の疲れの主原因の一つだ。本当なら皮肉の一つでも言ってやりたいところだが、残念ながらそんな元気は残っていない。
「……ああ、お疲れ」
投げやり気味に返答する。
「に、兄ちゃん! 頼む! ランチセットも作ってくれないか⁉︎」
俺が返事をするやいなや、正気に戻った客の1人が鬼気迫る表情で俺に縋り付く。
……ヤバイ、ビックリするほどやりたくない。
「……お、俺はここで」
「逃さない……」
「なっ!」
既に正気に戻った客達が、満腹でダラけたい体に鞭を打ち、幽鬼のように立ち上がって俺を囲んでいる。
お前ら頼むからもう寝ててくれよ! どんだけ気に入ったんだよ! 人肉を求めるゾンビかよ!
しかし、俺の願いとは真逆の思いを込めているであろうギラつく目のガチさが、意思の強さを物語っており簡単には逃がしてくれそうにない。
「お、オルガ。頼む、逃がしてくれ……できればあの人達を傷つけない方法で」
困った俺は、こっそりとオルガに相談を持ちかける。
……俺はなんて情けない男なんだ。
でも、少なくても彼らに悪意はない――はずだ。オルガと同じ、今まで美味しいメシにありつけた事がなかっただけだろう。
それに、行動はともかく俺の料理をここまで気に入ってくれた人達を、無下には扱いたくない。
これを成し遂げるためにはオルガの協力が必要不可欠だろう。だから、これはしょうがない事なんだ! と、俺は自分に言い訳をする。
「うふふ、ヨウさんのお望みとあらば……【行き過ぎた蜃気楼】」
俺の要求をすんなりと受け入れてくれたオルガは、魔法を唱えると俺の手を取る。
「さ、行きますわよ」
「えっ、何も起こってないけど……て、あれ?」
俺達が動き出しても客達の目線は動かず、固定されている。
「あ、さすがに触れたらバレてしまうかもしれませんので」
「あっ……おう」
幸いにもまだ疎らな包囲網の隙間を難なく通り抜ける俺達。コイツ……マジでハイスペックすぎないか?
なんともいえない感情になりつつも、俺はオルガに連れられ商店街エリアに着いた。
因みに、後から聞いた話だと何故か俺にもアダ名がついたらしい。
その名も『雲隠の膳夫』、だそうだ。
俺は勇者になるために旅に出たはず……いったい俺は、どこで間違えたんだ?
「商店街は流石に賑わってますわねぇ」
そそくさと足を向けた商店街は活気付いており、行き交う人々で溢れていた。
「でも、商店街なんかに来てなにすんだ?」
「うふふ、ヨウさんとただ歩く、それだけでわたくしは楽しいですの」
「な、何言ってんだバカ! ほ、ほら早く行くぞ!」
照れながらも、もう何度目かわからない疑問を抱く。
なんでコイツは手放しで俺をこんなに気に入ってくれてるんだ?
オルガに出会ってから、ずっと思っていたこの疑問は未だに解決しない。聞いてもはぐらかされるばかりで、唯一聞けた事も、料理を食べたから――とのこと。だが……いくらなんでもそれだけってことはないだろ。
「あら、意外と積極的ですのね」
照れもあり、思わず手を引いて商店街に突入した俺。そんな不可抗力にも間髪入れずに俺を辱める事を言ってくる。
「……お前、もしかしてわざとそういうこと言って、俺の反応楽しんでる?」
「あら、バレましたの?」
オルガは戯けた様子で舌を出す。
「……特に寄りたい店もないなら、ぶらぶらしながら話でもしよう」
そこに突っ込むと、また連鎖が始まりそうなので、こちらから話題を晒す。
「そうですわね、ヨウさんとお話し……ああ、素敵ですわ」
オルガもどうやら文句はないようだ。それならばと、なんだか意識してるようで離すキッカケを失ってしまい、繋いだままの手を引きながら単純に気になることを聞いていく。
「あの黒輪――『ウロボロス』とか言ってか? あれって何なんだ?」
「……はぁー、何かと思えばそんな物騒なお話ですの? ……まぁ、ヨウさんが望むならば吝かではありませんが」
冗談めかしながら溜息をつくオルガだが、どうやら教えてはくれるらしい。
「『ウロボロス』はわたくしの力の一つ、『炎』の能力ですわ」
「ん? 力と能力って違うのか?」
「ああ、そこから、ですわよね。ええと、力は人で言う職、能力は……まあ上位の特技みたいなもの、といえば伝わりますでしょうか?」
上位の特技……MPだけじゃなくて使用可能回数が決まってるアレか。
「はー、当たり前だけど魔物とかにもそういうのってあるんだな」
「人と違って、選択権はないですけれどね」
「えっ! そうなのか⁉︎」
「はい。優秀とされる一部の種を除き、魔族は基本的に、習得する技は種で統一されますわ」
選択権がない、か。
今の俺と似ていると言えなくもないが、人間にとっては俺みたいのがレアケース。全員が漏れなくその状態ってのは少し可哀想に感じる。
「それだけではなく、やはり優秀とされる一部の種を除き、その力も一つが普通ですの。例えば――中級のデーモンだと闇魔法か火魔法のどちらかから選択ですわね。低級魔物や怪物は、もう鰯ならイワシ、オークならオーク、といった一つの選択肢からしか得られませんわ」
それはつまり、産まれた時からもう職が固定で決まってるみたいなもんか。
「なんか、魔族サイドってだいぶ自由度が少ないんだな……」
敵とはいえ、俺にとっては同情せざるを得ない情報であった。
「まあ、そのぶん身体的に人間より優れているので均衡は保てているようですが」
しかし、そうなると新たな疑問が湧いてくる。なぜオルガは母親と違う力を持っているのか? 父方がそうにしても、姉妹もどうやらそれぞれ別の力を持ってるぽいし。
まあなんでも答えてくれるぽいし、聞いてみるか。
「でも、オルガはの力はなんで炎と強欲なんだ?」
「上位の魔物は交配によって、相手の力を内部に秘めておく事が出来るんですの」
「……どういう事かちょっとわかんない」
「つまりですね、具現する力は一つか二つですが、力をストックしておいてそれを子供に渡す――というか遺伝? させる事が出来るんですの」
ふむ、ちょっと難しすぎてわからんが……要するに、上位の魔物はいろんな力を受け継がせられるよって事だろ。たぶん。
「まあ、細かい事はいいではありませんの。それよりせっかくのデートですのよ? 少しは楽しみましょう?」
「……それもそうだな」
そうだった。俺にとってはなんでもない1日だが、オルガにとっては貴重な1日なのだ。質問したい事はまだ山ほどあるが、今日ぐらいはオルガのプランに付き合ってやるか。
それに、オルガほどの存在に気にかけられるって事は、その、俺にとっても悪い気はしない。
「さっ、行きましょう! デートはまだまだこれからですわ!」
「でで、デートじゃねぇし!」
懲りずにからかってくるオルガに、俺も懲りずにキツイ言葉で返してしまう。
それに、周りの人達からの視線も相変わらずキツイものだ。だが、そんな中でも、俺の心は少し浮つき始めていた。
◇◆◇
「あっ、ヨウさん! 今度はなんだか美味しそうな感じがしますわよ」
「……いや、どうだろか」
デートっぽいデートを始めてから数分。俺たちは屋台で売っていたパンやらソーセージっぽいものを食べ歩きしていたが、これがもう酷かった。
まさかとは思っていたが、この世界はあの宿屋が特別不味いわけではなく、この不味さが平均だったのだ。
そんな酷いモノの一つに今まさに、オルガは向かい始めていた。
「すみません」
「お、オルガ……やめ――」
「それを二つ頂けますか?」
「はいよ」
「ああ……」
停止も間に合わず、俺はがっくりと肩を落とす。オルガは謎のチャレンジャー精神で不味そうな屋台に「次こそは!」と言って寄ってしまうのだ。逆に、俺はそういうものを食べるたびに元気を失ったが。
「はい。どうぞ」
今日の中では比較的に温厚そうなおばさんがオルガに手渡すのは、ほかほかと湯気を上げる茶色の物体であった。
「ありがとうございますわ。さ、ヨウさんもどうぞ」
謎の意気込みを感じさせる顔で手渡されると、俺も拒否できない。
「あ、ああ……」
しぶしぶ受け取り、オルガが口に含んだのを確認して俺も続く。
「ぐっ!」
この茶色は……魚肉か、魚肉とおそらく小麦粉を練ったものに、大量の砂糖か何かで恐ろしいほど甘く味付けされている。それを串っぽいものに纏わせてこんがり焼いたものだ。
感想は生臭い、甘すぎ、焦げすぎ。つまり、ゲロマズ。
「は、ハズレじゃないか……」
思わず戻しそうになるのを必死に堪えながらオルガに結果を伝える。
「あらー、では次こ――」
「頼む。やめてくれ。マジで」
まだ懲りずにもう一度と勇オルガに、俺はそれはもう切実に頼んだ。やめてくれと。
だって、今まではなんとか食べ切ってこられたものの、これ以上は容量的にも精神的にもキツイ。
「まあ、そこまで仰るなら……」
オルガも俺の必死さが伝わったのか、渋々ながらも承諾してくれる。
「じゃ、じゃあ取り敢えず装備店とか覗いてみるか?」
気が変わらないうちに俺は代案を即座に提供。
「装備店……うふふ、そうしましょうか」
怪しい笑いを浮かべているのを確認したが、これ以上は本当に食べられないのでそのまま見なかったことにする。
◇◆◇
「なんか……俺が装備できる物ほとんどないんだけど」
装備店に来てから小一時間。なぜか、なぜか俺に装備できる武器、防具はほとんどなかった。
「わたくしは、ほとんど装備出来るようですけど」
対象的に、オルガはなんでもいけるらしく、ますます惨めになる俺。
「装備できるのは、シルバートレイ、フルーツナイフ、くらいか……」
シルバートレイはいわゆる銀のお盆だ。盾がわりに使うらしいが持つところがないとか不便すぎる!
フルーツナイフも関しても、これを使うくらいなら今持ってる包丁の方が強い事は明白。
「俺って、いったい……」
あまりの自分の弱さや情けなさに絶望し、あわや違う世界に飛び立つ寸前にオルガに呼び止められる。
「ヨウさん! もしかして、これなんかいけるんじゃないんですの?」
何故か少しだけ鼻息荒いオルガが持って来たのは白いエプロン。
「いや、防御力紙だし」
そもそもそれですら装備できないかもしれないだろ。
「まあまあ、お試し、ということで……」
「えっ? ちょっ、待って待って」
凄い力で俺を試着室へと引きずり込もうとするオルガ。
「よいしょっと」
「えっえっ」
最後の段差をグイッと超えさせられ、俺はオルガのいる試着室に降り立つ。
「(ガチャリ)」
「えっ、なんでこの店の試着室は鍵ついてんの?」
「うふふ、はぁはぁ……そ、それでは早速、ふ、服を全て脱いで頂けますか?」
あれれ、おっかしいーぞー?
「な、なんで全部の必要があるのか聞いていいか?」
「エプロンをつけるときは全裸と、相場は決まっているのですわ」
「決まってねぇよ!」
「まあまあ、細かい事は気にせずに……ふーふー」
「ちょっ! やめっ……アッー!」
◇◆◇
「うっふふ! それではヨウさん、楽しみに待ってますわぁ」
抵抗も虚しく、俺は綺麗に全裸に剥かれ、試着室には俺と純白のエプロンだけが残された。
「くっ……オルガの野郎!」
オルガの言う通りになるくらいならいっそ! という反骨精神が湧き出てくるが、それをやったら変態犯罪者の仲間入りである。俺はなんとか思い留まり、泣く泣くエプロンを手に取る。
「……装着、できるのか」
何故か装着できたことを素直に喜べない。が、取り敢えず今だけは羞恥心を忘れ、カーテンを開ける。
「(シャッ!)」
「まあっ! うふふ、素敵ですわぁ……ええ、ええ! 素敵ですわ!」
予想していたとはいえ、オルガは遠慮なく俺をジロジロと吟味している。遠くの方でも、チラチラと店員さん達も俺を見ている。
も、もういっそ殺してくれ……
「ま、満足しただろ……服を返してくれ」
まあ、こんなことで死ねるはずもなく、服を要求する。
「ええ。もちろんですの」
一頻り俺の痴態を観察して満足気のオルガは、俺の服を持ってゆっくりと歩いてくる。
ああ、早くしてくれよ、一刻も早くまともな服を着たいんだから! そう思って俺が手を伸ばした時であった。
「いやあああああぁぁぁぁああ!」
「な、なんだ⁉︎」
「外からですの!」
「あっ、ちょっとおぉ!」
外から尋常ではない悲鳴が響き渡る。その声の元へオルガが即座に駆けて行く――故意か偶然か、俺の服を持ったまま。
くっ、なんて事だ……外に行きたいのは山々だが、お金は俺の服に入ってるし、未払いでこの店を出るわけにはいかない。
「ヨウさん! ちなみにそのエプロンの代金は既に払ってますので!」
駆けながら振り返ったオルガはそんなことを言う。確認してみると、本当にちょうどこのエプロンの代金分のお金が入っていた。
……くっそ! あいつ――絶対ワザと持ってったな!
「ち、チクショおおおおお!」
俺はもうヤケクソで試着室から飛び出し、レジにお金と叩きつけて裸エプロンのままオルガの後を追うのだった。




