獄炎帝と秘密
「『獄炎帝』って言ったのか……?」
「はい。そうですわ」
いや、本当は聞こえていた。聞こえていたからこそ聞き直したのだ。
「ど、どういうことなのかな? だって……四帝だよ!?」
「四帝……はい。中で聞いていましたわ」
「じゃ、じゃあ俺たちの旅の目的も知ってる――のか?」
「ええ、お姉様達を倒されるのでしょう?」
俺が恐る恐る聞いてみても、オルガはまるでそれが何でもないように答える。
「お、オルガはいいのか? 俺たちはお前の身内を……その、倒そうとしてるんだぞ?」
「はい。わたくしはヨウさんに従いますわ」
俺は何故か否定を求めて問いかけるも、帰ってくるのは肯定の言葉のみ。
「お前は、なんでそこまで……」
思えば疑問だらけだ。体を乗っ取ったのに悪さを何もしない。危険を顧みずに俺たちを助ける。身内を倒そうとする俺たちを手伝うという。
「わたくしがそうしたいと思うからですわ」
俺が思わず口にした問いに対し、オルガは微笑みを携え、迷いなくそう答える。その表情は見たもの全てを射止めてしまいそうなほど美しく、嘘をついているようにはどうしても見えない。
俺はますますわからなくなる。この笑顔を向けられるようなことなんて、俺はした覚えはない。
「――それに、これは個人の見解ですが……このまま行くと、わたくしの理想も叶いそうですの」
「オルガさんの……理想って?」
「……今はまだ、言うべき時ではないでしょう。いずれ来るべき時にでも」
「……そう、か。うん。いつか話してくれる時を楽しみに待ってるよ」
オルガふんわりと微笑を浮かべながらも態度は頑としており、どうやら今は教えてくれそうには無い。
でも、別にそれでもいい。
俺も、おそらくチチシロも。もはや、オルガが俺たちに危害を加えるとは考えていなかった。だからこそ、その理想を話してもらえる時をじっくりと待てる。仲間なら当然だ。
「それにしても、今日は驚かされる事ばかりだ」
チチシロは一気に気の抜けたいつもの様子に戻り、そう口にする。オルガを心から信頼したという証だろう。
「僕は今まで、魔族は言葉の通じない獣と同じような生き物だって教わってきたけど、オルガさんを見てるとそれは嘘なんじゃないかって思っちゃうよ」
「……そう、ですの」
一気に表情の緩んだチチシロとは対照的に、オルガの表情が曇る。それに気づいたチチシロは慌ててフォローを入れる。
「あっ、いや、これはあくまで世間でのイメージというか……そうだよね、魔族であるオルガさんの前で言う事じゃなかったよね。ごめんなさい」
「いえ、いいんですのよ。それに、世間での魔族の印象を聞けて良かったですわ……因みに、どうしてそういった印象をお持ちになられたんですの?」
「どうして……? いや、そういえば深く考えたことはなかったけど……たぶんアレだね」
「アレってなんだ?」
因みに、俺は魔族に対してそういった印象を持っていない。良くも悪くも、社会から断絶されたあの村で育ったからだろうか。
「そうか、ヨウは受けてないよね。……『神の使節団』っていう組織があるっていうのは以前に話したよね?」
「ああ」
確か、企業や旅人組合と同じような大きな組織の一つで、創造神を信仰するのが特徴の組織だ。
旅をするなら旅人組合、町に居つくなら神の使節団って話だった。
「彼らは全ての人を対象とした講習会を、一定期間ごとに開いているんだ。そこでは魔族の成り立ちや悪事、生態、対処法とかを教えてくれるっていうのをやってるんだ」
「へえ、面倒見がいいな」
「実際、魔族に対する知識は役に立つし、あの講習会で命を救われただろう人だっている――けど、いま考えてみると、確かに必要以上に魔族を悪者に仕立てていたように感じる部分もあるね……」
「そうなのか?」
「ああ。確かに、魔族は人を襲うし、場合によっては食べるだろう。でも、オルガさんのように、全ての魔族がそうだってわけじゃない。だけど、あの講習会では魔族は絶対に許せる相手ではない、全て倒すべきだって教えてた……」
「……ええ、そう教えていたとしても仕方ないですわね。実際にお母様は蘇生を封印した。これではどうやったって魔族は悪でしょう」
全てを倒せって言うのは流石にやり過ぎなんじゃないか? と俺は思ったが、魔族であるオルガはそれを仕方ないと言う。
チチシロはどうやら俺と同じで納得出来ないらしく、珍しく食い下がる。
「……僕だってオルガさんと出会うまではそれが当たり前だと思ってた。でも、それって本当に正しいのか――?」
チチシロはそう言って考え込んでしまう。
その様子を見て、俺はつい自分の意見を言ってしまう。
「……俺はその考えは正しくない、むしろ危険とすら思う」
チチシロはゆっくりと伏せていた顔を上げ、俺と目を合わせる。どうやら続きを促しているようだ。
「……だってそうだろ? 他人に言われた事とか、他人がやっている事を正しいとして、全て鵜呑みにしてるだけじゃ……その、なんていうか、ダメだ。やっぱり、自分がやる事の善悪の判断ぐらいは自分でするべき、じゃないのか?」
うまく言葉にはできないが、人に言われたことを信じて動いているだけじゃ操り人形と同じだ。
「おかしいことはおかしい。正しいと思うことは正しい。……それは他人が決めることじゃない。自分で決めるべきことだ」
うまく言えた自信はないが、大方、俺の想いは口にできただろう。
俺は黙って、再び考え込み始めたチチシロをジッと見守る。
「……ヨウの言う通りだ。『人に言われた事だけをやってるうちは、いつまでたっても一人前にならない』……それは人生でも同じ、か」
口を開いたチチシロは先ほどとは異なり、靄が晴れたようにスッキリとした顔で前を向いているように見えた。
「今の、誰かの言葉か?」
「うん。お父さんの教えだよ。……ヨウの話を聞いて思い出したんだ」
やっぱりヨウを選んでよかった、とチチシロは目を細ませる。やめろよ、照れるだろ。
「はは、そんなに照れるなよ。……うん。僕もこれからは自分の価値観で物事を見る事にするよ」
「そ、それは良かった……ま、まあ、そんなわけだオルガ。俺たちの旅の目的は、たった今から魔族と人との関係を改めて考えるって事になった。……でも、人の意見だけじゃどうしても偏る。だからってわけでもないけど――どうだ、手伝ってくれないか?」
照れを隠しつつそう言って、俺はオルガに手を差し伸べた。
オルガは先ほどから唖然とした様子であったが、俺の手を見るなり顔を伏せてしまう。
「お、オルガ?」
まさか拒否されるとは微塵も思っていなかった俺は、つい不安げに声を出してしまう。
「……んふ」
「ん?」
よく見るとオルガの肩が少し震えている。まさか――
「ふふふ……あははは! あっはははは!」
「お、オルガ!?」
オルガは大声をあげて笑った。その姿に普段の落ち着いた雰囲気はなく、初めて見る見た目相応の一面だった。
俺たちが面食らって言葉がでないのをいいことに、オルガは一人でずっと笑っていた。
しばらくして、笑い疲れたのかひーひー言いながらオルガは話し出す。
「――あははは、ふぅー。……まさか、まさか自分たちで勝手にその結論を導き出すなんて……本当に、ヨウさんたちは素晴らしいですわね!」
「ど、どういうことだ?」
「……わたくしは旅を通して、いずれヨウさん達ならその結論に辿り着くだろうと考えていたのですが……ええ、ええ! 本当に見誤っていたようですわ!」
「いや、ちょっとまだ意味が分からないんだが……」
「今は分からなくても結構ですわ! ……うふふ、もしかしたら、わたくしの理想が叶うのも時間の問題なのかもしれませんわね」
どうやらオルガはそれ以上教えてくれるつもりは無いらしく、満足げに一人で何やら呟いている。
「……まあいいか。よくわからんが、悪いことじゃなさそうだしな。それで、どうなんだ?」
俺は苦笑し、オルガの前で行方を失っている手をブラブラと揺らす。
「……もちろん、協力させていただきますわ!」
「よろし――ちょっ、おい!」
オルガは手を掴むと、そのまま俺を引っ張り抱きしめる。
「は、放せって! チチシロいるし!」
「うふふふふ、ヨウさん。大好きですの!」
結局、俺が解放されたのはそれから数十分後だった。体がミウなのに、話し方や態度が違うだけで、こんなにドキドキしてしまった俺は自分を殴りたくなった。
◇◆◇
「……あは、あははは、あははははっ!」
ヨウ達と別れ、自室に戻ったオルガは笑いを堪えきれずに再び一人で笑っていた。
「はぁー……まったく、これ以上惚れさせないで欲しいですわ……」
ひとしきり笑い終わると、オルガはうっとりとため息まじりにそう呟く。
「……さて、ヨウさんは事実を知った時、どちらに傾きますでしょうか」
母親である現魔王、イオランテの目的はニホン全土の支配、そしてその後の理想の世界を作ること。
しかし、イオランテ本人は蘇生の封印を出来るほどの能力と引き換えに、単純な戦闘能力は普通の魔物とさして変わらないほどの力しか持たない。
そのために考えた策が、子供を産み、その子らに代わりにやって貰う。というものだった。
そしてイオランテは四人の娘を産み、それぞれに指示を出した。
長女には北ニホンを。
次女には南ニホンを。
三女には東ニホンと魔王城の護りを。
そして四女――オルガには西ニホンを。
「……まあ、どちらを選ぶにせよ、わたくしはヨウさんについて行くだけですわね」
支配しろ、と指示は受けたが、やり方などに制限はなく、それぞれがそれぞれの考えの元、指定された地域を支配している――とオルガは聞かされていた。
オルガは四女、生まれた頃にはもう既にイオランテは魔王となっていたし、長女であるアマツチは既に旅立つ直前であったため、それほど関わった事が無い。
次女であるエスロ、三女であるウルーナとは戦闘訓練などを通して関わったが、幼い頃は教育が最優先とイオランテに言いつけられていたため、オルガはあまり遊ぶことなく、勉強漬けの毎日であった。
そして、三女であるウルーナもエスロに続いて旅立ち、魔王城にはオルガだけになった時であった。
村の近くに前魔王の生まれ変わりが発見されたのだ。オルガの『強欲』は相手の力を奪い取る力。しかし、100%奪いたいのであれば、対象が幼いうちから憑りつき、その身体を乗っ取るほかなかった。
発見された人間の少女の年齢はそのギリギリのラインであったため、オルガは戦闘の経験を積む前に急遽、憑りつくこととなった。
そうして取り憑きを成功させたオルガだったが、その後は予想外の連発であった。
まず、取り憑いたのにも関わらず、体の主導権はミウから動かなかった。その上こちらの言葉や感情はどうやらミウに届いておらず、完全にただ入っただけであった。
この事実にオルガは落胆した。能力が多少劣化するが、強引に乗っ取ってやろうかとも考えた。が、すぐに考えを改めさせられた。
ミウの視覚や聴覚を通して見る世界が、あまりに新鮮で輝いて見えたのだ。城の中、それも遊ぶことを禁止されて生きて来たオルガにとって、村の生活は興趣が尽きないものであった。
それに加え、憑りつき主であるミウの感情や思考は共有感覚で一方的に伝わってくる。そのため、どうやらヨウという少年に恋しているらしいミウの恋愛模様は、見ているだけで退屈しなかったし、他の村での生活は新しい事だらけで飽きることはなかった。
そんな時、体の所有権が初めてオルガに移った。
僅か3時間ほどではあったがオルガは感動して走り回った。
その後も何度か所有権を握る機会はあったが、その内の一回で、ヨウの料理を食べた。
その時からだろうか、もともと共有感覚でオルガもヨウに引かれつつあったが、その料理を食べてからは本当に好きになっていったのだ。
しかし、オルガはミウの事も妹の様に思っており、体を乗っ取るということは考えなかった。
その中でオルガのヨウに対する恋心も増幅していき、今に至るのであった。
「……でも、楽しい時間も明日で終わりですの」
しかし、そんなオルガも今では葛藤していた。このまま主導権を握ってしまうか、今まで通りひっそりとミウの中で見守る生活に戻るか、という二つの想いの元で。
「……寝ましょうか。きっと、明日は忙しくなりますわ」
明日は最後の一日。次はいつ表面に出てこれるかわからない。
オルガは明日に備え、深く考えるのをやめて毛布に包まるのだった。




