正体と正体
宿屋に着くなり、俺は奇異の目線を掻い潜って室に籠り、そこで五分ほど待っているとチチシロも合流する。
飯を食う時間だからと説明すると漸く俺は腕組から解放され、今は食堂で夕ご飯を食べているところだった。
「では、いただきますわ」
今日の夕食として運ばれてきたのは、トースト、焼き魚、塩味のスープ(具なし)であった。この宿に泊まっている人はみな同じメニューであるが、誰一人として文句を垂れる者はいない。
それどころか、食事中に話すことはマナー違反とでもいうように黙々と咀嚼している。
はっきり言ってどうかしていると思う。
俺なんて、まずトーストが運ばれてきた時、(なんだよ! 晩飯にトーストって! しかもせめてマーガリンかバターぐらいつけろや!)と内心で激怒した。
さらに、その後に持ってこられた焼き魚では、(……なんで? ねえなんで? トーストだよね? 焼き魚、どうやって合わせろって言うの? ねえ、せめてそれだけでも教えて?)と困惑させられる。
最後の謎の塩スープでは、(ゲッ! これ昨日も出てきたいかにも、水と塩だけで作ったよ! っていう感じのあったかい塩水じゃん! これまさか毎日出てくるタイプのアレ!?)と落胆した。
心の中とは言え、言葉遣いが普段と変わってしまうほどのショックを俺は受けた。昨日の場合はそれにミウも同調してくれたからまだよかった。
しかし――
「お、おい。どうだ?」
「……普通、ですわね。ヨウさんの作ってくれたイモご飯にははるかに劣りますけど」
「うん、いつも通りって感じだね」
危惧していた通り、オルガとチチシロはこの異常な晩飯になんの疑問も抱いていないのだ。
二人のあまりの平然さに、俺も「あれ、もしかして今日は見た目だけで味はいけるのか?」という現実逃避じみた思いに支配される。
恐る恐るまずは無難に焼き魚に手を付ける。
「……うげぇ」
表面である左半身の見た目は普通である。が、魚をひっくり返すと皿の色合いは一気に黒が割合を増す。
右側の皮は完全に炭化していた。しかも、この魚はひっくり返されることなく焼かれたのか、身ですら一部炭化している。おまけに見た目が普通な左身も、尾っぽらへんが半生であった。恐ろしいのは、これが俺だけではなく、オルガやチチシロの物も、延いては他の客の焼き魚も同様の始末だったことだ。
あり得ねえ……と小さく呟きつつ、それでも食べられそうなところを探し口へと運ぶ。
「……味しねぇ」
まずい。
素材は悪くないと思われるが、身は高火力で一気に焼きすぎたためカッチカチ、下処理もされていないのか味は皆無。テーブルには「わたしを振りかけろ!」と、言わんばかりにでかい塩が鎮座しているが、それでもただの塩味のもそもそした何かである。
次にトースト。見たときからまさかとは思っていた。思ってはいたが……
「これ、一度焼いたやつをチンした奴じゃん……」
パッサパサ。それが感想であった。ちなみにチンとは、低級魔法【マイクロウェーブ】で温めたもののことである。
一度焼いたものを、これまた低級魔法の【冷蔵庫】に保存していたと思わしき食感……一回焼いた食パンは冷めるとぱさぱさになるの知らないのかよ! と、教えてあげたい。
トーストのせいで乾いた喉を少しでも潤そうとスープを口に含む。が、これまた酷い。
「しょっぱ……」
感想終わり。それ以上の感想は出ませんでした。
そんな人生ワーストツー(ワーストワンは初めてという驚きで優っていた分、昨日の晩飯)の晩飯を早々に食べ終え、俺たちは部屋へと戻る。もちろん寝るためではない。オルガについて詳しく知るためだ。
「で、オルガ。お前はいつまでそのままでいられるんだ?」
じれったいのはあまり好きではない。俺は部屋に入るなりドストレートに疑問をぶつける。
「そうですわね……恐らく明日いっぱいまでなら大丈夫かと」
オルガはチチシロのベッドに腰かけながら躊躇することなく返答する。良かった、どうやら自身の事について教えることに抵抗はないようだ。
「でも、わたくし自身も曖昧にしかわかりませんの。あの村にいたときは一回に付き三時間ほどだったのですけれど……今回はなんだか、いつもより長く表に出ていられる気がしますわ」
「何かきっかけとかに心当りはないかな?」
チチシロも、晩飯やそこに至るまでのいざこざを通してある程度警戒を解いたらしい、今では普通に会話できるぐらいの仲にはなっているようだった。
「そうですわね……ああ、そういえばつい最近、村の近くで魔物を倒したのですが……その時にわたくしのレベルが上がったのかもしれません」
「レベル?」
「っ!」
俺はレベルなる単語に聞き覚えはないが、どうやらチチシロは違うらしい。しかも、あまりいいものではないのかその表情は厳しい。
「な、なあチチシロ。レベルってなんだ?」
「……習熟値の子値と同じような意味だよ」
「なんだ、険しい顔してるからてっきりもっとやばい言葉かと――」
「ただ、その単位を用いるのは……魔族だ」
「え?」
魔族っていうのは確か、魔物と怪物の総称だったはずだ。つまり――
「オルガさん……君は魔物、なんだね」
「はい。そうですわ」
チチシロの問いをあっさりと肯定するオルガ。
「な、なんで魔物なんかがミウの体にいるんだ!」
「あら、勘違いしないで欲しいですわね。魔物っていうだけで例外なく人類の敵だなんて考え、ナンセンスですわよ」
それに、とオルガは優しく微笑む。
「わたくしは本当にあなた方に危害を加えるつもりはないですの」
「……なら、証拠を見せてもらってもいいかな」
俺はその微笑みを見てつい信じてしまったが、チチシロはそうならなかったらしい。それも当然だ。チチシロは冒険者。俺なんかよりもよっぽど魔族の恐怖を知っている。
しかし、そんなチチシロの詰問にも臆することなく、それどころか余裕綽々といった様子でオルガは証拠を提供する。
「今、あなたがたが生きている、それでどうでしょう?」
生きていることが証拠、ということは逆を返せば俺たちごとき、いつでも殺せるということに他ならない。
チチシロはジッとオルガの眼を探るように見つめている。
しばらく無言の時間が流れるが、チチシロが溜めていた息を鼻から噴き出しながら沈黙を破する。
「……なるほど、それなら納得するよ。疑ってすまなかった」
オルガの優し気な表情を見て嘘はないと感じたのか、チチシロも信じる気になったらしく素直に謝罪する。
「いいんですのよ。チチシロさんについてはわたくしもミウさんも、同じような仲間意識を抱いていますから」
ミウと同じって言うのが少し引っかからんでもないが、まあオルガもチチシロを仲間として見てくれているのはありがたい。
「まあそれは置いといて、なんで魔族のお前がわざわざあんな田舎にいたミウの中にいるんだ?」
話を進めるため、少し強引に舵を切る。
「そうですわね、まずはそこから話始めましょうか」
オルガはゆっくりと息を吸い込む。
「……ミウさんは、第六代魔王の生まれ変わりなんですの」
「「……は?」」
俺たちは見事なシンクロ具合で呆けた声を出す。
「ですから、ミウさんは第六代魔王の生まれ変わりですの。その力に目を付けたわたくしは、幼いころよりミウさんに憑りついたのですわ」
呆然と追加説明を聞くが頭に入ってこない。
ミウが魔王の生まれ変わり? そんな馬鹿なことあってたまるか! と、思う一方で、確かにな……と妙に納得している部分もあった。
俺がミウに勝っているステータスはおそらくない。それどころか、ミウは幼いころからそこらの大人より、力も、早さも、体力も勝っていた。そのうえ頭も回り、極めつけはその職業だ。
確か、前魔王の通り名は――
「『滅絶王』――死と阻害を操る魔王だったと語り継がれているね」
「ミウの『死神』と得意分野が一緒、か……」
「……とまあ、そういうわけでわたくしは当初、ミウさんの体を乗っ取るつもりで憑りついたんですの」
「……当初?」
まだ、信じられるか! という思いと、やはりそうなのか……という葛藤に苛まれながらも、引っかかる言い方につい突っかかってしまう。
「はい。わたくしは魔王の生まれ変わりが見つかり次第、その者に憑りつけと教わっていたのでそれを守ったのですけれど……」
オルガはまるで幸せなことを思い出すように口元を綻ばせる。
「……誤算、だったのでしょうね。本来は。……憑りついた後、ミウさんの感情はわたくしに筒抜けになりました。ある意味では一体となり、共有していたのです」
「それがどうして乗っ取るのをやめる理由になったんだよ?」
「それは――ミウさんのプライバシーに反するのでお答えできかねますわね」
クスクスとオルガはからかうように笑う。
「ですが、ミウさんの優しい気持ちを長い間共有することによって、わたくしの気持ちもそちらに傾いていった。それによって、わたくしは当初の目的を達成することよりも、あなた達を見守ることに価値を見出した――簡単に言うとこんな感じですわね」
いろいろと突っ込みたいところはある。だが、過去を語るオルガの口調は終始穏やかで、嘘をついているとは微塵も思えない。
「憑りつく、って言ったよね? オルガさんはどんな――っとその前に、【防音室】」
チチシロは何かの魔法を唱えるが、別段何か変わった様子はない。
「なんなんだこの魔法?」
「これは僕の半径数メートルを境に、音が外に漏れないようにする魔法だよ。さすがに無防備でできるような会話じゃないと思ってね」
「へー!」
相変わらず便利なんだな~ストーカーって! と、俺は感心する。
「さてと、えと……そうそう、オルガさんはどんな魔物なんだい?」
「あら、言ってなかったですか――って、そんな暇なかったですわね」
うふふ、と小さく笑うと、オルガは徐に立ち上がる。
恭しくドレスの両裾を摘まむと、膝を曲げ、そのまま深く腰を落とす。そのまま優雅に頭をこちらに傾け、一礼する。
俺は最初それがお辞儀だとは気がつかなかった、儀式かなんかだと思われたのだ。
それほどまでに、オルガの振る舞いは上品で洗練されたものだった。
「改めまして、わたくしの名は『オルガ=プリンシィプス・ザングィス』……炎と強欲を司る者。あなたがたの言い方ですと――『獄炎帝』――でしたかしら?」
これからも末永く宜しくお願い致しますわ。と微笑むオルガの言葉はまたしても途中で聞こえなくなる。
「へ? オルガが……『獄炎帝』?」




