思い出と口説き文句
「うっふふふふふ!」
「あの……」
「はいっ! なんでしょう?」
「ちょっと……歩きづらい、というか」
「あらあら、それは大変ですわ!」
そう言いつつ、ミウ――じゃなかった、オルガは俺と腕を組むのをやめようとはしない。
「通行人の視線もキツイというか……」
「……後でお仕置きが必要でしょうか?」
「……いらないから」
放って置くと本当にお仕置きしに行ってしまいそうで怖い。
「ていうか! チチシロももっと近づいてくれよ!」
俺は遥か後方を歩くチチシロに向かって叫ぶ。
「ごめん! でも、邪魔しちゃ悪いかと思って!」
嘘だ、オルガが怖いだけだきっと!
「はぁー……」
「あら、ヨウさんため息ですの? いけませんよ、幸せが逃げてしまいますから――わ、わたくしは逃げませんけどっ!」
頬を朱色に染め、俺から顔を逸らしながらこちらが恥ずかしくなる言葉を口にするオルガ。
照れるなら言うなよ。しかも、どっちかと言うとお前は不幸よりの存在だろ。世間一般では。
「なんでこんな事になってんだ……?」
俺は、この状況が始まった数分前の出来事を思い出していた。
◇◆◇
俺たちが辛くも勇者達を退けた後も、オルガはそのままオルガとして存在し続けた。
「さて、ヨウさん。終わりましたわよ」
ウロボロス、と命じられると後輪は蛇になり、オルガの影の中へと入っていく。
「……あ、ああ。お疲れ」
俺はその様子を見て若干引きつつも労いの言葉をかける。
それが嬉しかったのかどうかは不明だが、オルガは華やかな笑顔を振りまきながら、嬉しそうにこちらへ小走りで向かって来る。しかし、俺はそれに対して思わず身構えてしまう。
「あっ……」
それに気がついたらしいオルガはビクッと立ち止まる。
「そうです、わよね。わたくしが怖い、ですわよね……」
「あ、いやっ、そのっ……はぁ、なんでもない。忘れてくれ」
思わず言い訳しかけるが、思いとどまる。こういう時は本心で話すべきだ。
俺は深呼吸を一つおき、少し頭を冷やす。
「……オルガ、正直に言う。お前は怖くない。でも、俺はお前を良く知らない。何をするかわからないから警戒した、それだけだ」
オルガはしばし吟味する様に考え込んでいたが、やがて口を開く。
「……なるほど。それでは、わたくしを隅々まで知ってもらえたら、その警戒も解けますの?」
その言葉は、オルガの持つ妖艶な雰囲気も相まって、卑猥な表現と取れなくもない。
……だが、そんなわけないか。と、俺は頷く事で返答する。
「……そうですの。うふふ! それでは宿屋に戻りましょう? いつまでもこんなところにいる理由はありませんし!」
それで満足だったのか、オルガは目に見えて元気になる。
「宿屋に? いや、でもその服装じゃ目立つだろ」
オルガは今、燃えている服に王冠、しかも黒と赤のフリル付きドレスで身を固めている。道行く人が100人いたら100人にガン見されるだろう。というか、“目立つ”を通り過ぎて、もはや主張の塊みたいになってるし。
「なるほど、確かにそうですわね……。 そこまで気が回るなんて、さすがはヨウさんですわ! では――」
オルガが紅い目を閉じると、王冠やら服から炎が消える。目立つドレスは一瞬だけ燃え上がった炎に包まれると、落ち着いた色合いのシックなロングドレスになる。
「――これならいかがでしょう?」
正直なところ、今の格好でもかなり目立つが、 俺は文句は言わない。
「もう、なんでもアリなんだな……」
何故ならドレスアップの様子に驚愕してしまったからだ。もうすでに人間業ではない。いや、確かに先程からずっとそうなのだが、目の前でされると――こう、迫力が違う。
「そんなこともありませんわ、制約もたくさんありますし……そんな事よりも、早く参りましょう?」
「ああ……っておい! 引っ張るなって!」
オルガは俺と腕を組み、そのまま強引に引っ張っていく。ちょっ! なんか当たってるし!
「うふふ、当ててるんですのよ?」
こ、こいつ⁉︎ 読心術もいけるのか⁉︎
◇◆◇
そんな感じで、話は今に戻るという訳だ。
「はぁー、でも戻ってもあの美味しくない晩飯か……」
オルガを引き離す事を諦めた俺は、密かに憂鬱の種になりつつある事柄について疾く。
「そんなに不味いんですの?」
「お前も食ったろうに」
「……ミウさんと共有できるのは視覚、聴覚ぐらいですわ」
もどかしいことに、とオルガは声を落とす。
「なら、お前はメシ食ったことないのか?」
「一度だけ、ヨウさんのお料理を頂いたことがあります。あれは、まさに……そう、至高の味でしたわ――」
その料理の事を思い出しているのか、オルガは陶酔した様子で上を向き、色っぽく唇に舌を這わせる。
俺はその仕草を見て、不覚にもドキドキしてしまったが真顔で誤魔化す。
「――歯で押せば、程よい抵抗を残して崩れる絶妙に炊かれたほろける食感。それは、食む度に口の中に甘く、広がるように解けてゆく……しかし、適度な塩味が、また、また次を――と箸を運ばさせる……。一度喉を通れば、それが持つ熱が直接身体を温め、わたくしの奥へと落ちてゆく――」
オルガは目を細め、ゴクリと唾を飲み込む。そして、生っぽい吐息を吐きながら、続きの言葉を濡れた口から紡ぐ。
「あゝ、素敵でしたわ……あの、イモご飯」
「――って! イモご飯かよ‼︎」
「えっ? はい」
盛大に盛り上がるから、俺はいったい何を作ったんだ……とか思ってたけどイモご飯かよ!
「ていうか、俺がオルガにイモご飯なんて使った事あったっけか?」
「はい、ありますよ。そうですね……あれは――だいたい十年前ほどの出来事でしたか」
十年前……ちょうど俺が村長の家から出て、一人暮らしし始めた頃か――って、
「あっ」
思い出した。
……確か、俺が一人暮らしする事に猛反対していたミウが、何故か1日だけ何も言ってこなかった日があった。
でも、その日のミウの話し方は普段と違ってお高くとまっているようで、当時の俺はバカにされてるように感じた。普段の鬱憤も溜まっていた俺は、そんな些細な事にもイラつきかなり機嫌が悪かった。
だからかどうかは知らないが、たまたまイモご飯を炊くときの水の量を間違えてベシャベシャにしてしまった。
俺は、それをミウに「最高傑作」とか嘘ついて食べさせた事があった。ミウはそれを一口食べた途端にホロホロと泣き出してしまい、流石に悪いことしたと感じた俺は食べるのをやめさせようとした。
だが、ミウは意地になったのか泣きながらそれを最後まで食べ切った――っていう罪悪感ゆえに憶えてる思い出があるんだが……あれ、オルガだったのかよ! てっきり、俺への嫌がらせで完食したのかと……
「ヨウさんも思い出して下さっていたのですね!」
嬉しそうに顔を寄せてくるオルガを俺は直視できなかった。
当たり前だ。
俺の中で最低最悪の部類に入る思い出なのだから。
「ま、まあな……」
そう返すのが精一杯であった。
許してくれ……そんなに嬉しそうに語るご飯が、まさか失敗作だとは教えたくないんだ……。
そんな俺の胸中など露知らず、オルガは嬉しい……と感動を露にする。
「……幼少の頃、わたくしとヨウさんの関わりはほんの僅かな機会しかありませんでした」
突然、過去を悔やむようにポツリと呟くオルガ。しかし、すぐに満面の笑みを携えて顔を上げる。
「ですが、その事をヨウさん、も! 憶えて下さっているなんて――もう、こんなに嬉しいことはありません!」
わたくし、感動致しました! と、ほんのり涙まで浮かべてオルガは語る。
やめてくれ……俺は、俺はそんな人間じゃないんだ……。
「あ、あんぐらいなら――いや、お前に対しては、もう一切手抜きせずに全力の料理をいつでも振舞ってやる」
せめてもの償いとして「約束だ」と、俺は小指を差し出す。
今の俺には償いとして、こんなことぐらいしかできないが……許してくれ。
「っ! ……はいっ!」
オルガはハッと驚いたように腕組みを外し、両の手で口を抑える。どうやらオルガにとっては料理が何より大切らしい、感動に涙をポロポロと流している。
えへへ、とはにかみながらもオルガは控えめに小指を差し出してくる。
俺はその指を自分の小指と絡めると、約束の契りを口にしてから離す。
「なんか……すまんな、これくらいしかできなくて」
「何を仰いますの! ……これ以上ないくらいのご褒美ですわ」
オルガは先ほどまで俺と絡めていた小指を名残惜しそうに撫でる。
「これって、『オルガの為に毎朝お味噌汁を作ってやるよ!』 っていうやつですわよね?」
なんだ今のセリフ? 俺の声真似か? そもそも意味もわからんし。
「ん? んー、まあそれを望むなら別にいいけど……」
セリフから察するに味噌汁が希望なのか? 服装に似合わず随分と古風な趣味だな。
まあ、味噌汁なら得意だし、いいか。と、とりあえず肯定しておく。
「本来は立場が逆ですが……いかにもヨウさんらしいセリフですわね! わたくしは感銘を受けましたわ!」
うふふ! と眩しいぐらいの笑顔を咲かせながら、嬉しそうに再び俺の腕をロックしてくるオルガ。……て、さっきよりかなり距離が近いし動きづらい!
邪魔なことこの上ないし、周りの視線(だいたいは男)はさらに厳しくなる。あ、今舌打ちされた!
しかし、負い目のある俺はせめてもの罪滅ぼしとして、宿屋までは文句を言わずに引きずられてやるのだった。




