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勇者にする? 魔王にする? それとも……お料理?  作者: 白米広重
第二章・刀刃帝と獄炎帝
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炎の少女と勇者様

 何が起こったの?


 私は咄嗟に理解することは出来なかった。

 今、オレインと対峙しているのはおそらく、先程まで私が相手をしていたミウ、とかいう女だったはず。

 おそらく、という言葉を使ったのは、今や彼女は以前とはほとんど違う人物になっていたからだ。

 口調は高飛車な御嬢様風になり、服装もフリフリの絢爛華麗な赤と黒を基調としたドレスに変わっている。おまけに、頭にはちょこんと王冠なんて乗っかっているのだ。しかも、その王冠や服の裾や靴などは火に包まれており、背後には、何処から出てきた!? と言いたくなる巨大な漆黒の輪が浮かんでいる。


「ヨウさん、立てますか? っと、このままでは無理ですわね」


 オルガが指を鳴らすと、ヨウを守っていた藍色の壁は消失する。


「あ、ありがとう……」


 ヨウというチチシロの選んだ勇者にも頭に疑問符が浮かんでいる様子から、どうやら予想外の事態であるらしい。


「サディス、あのようなスキルか魔法を用いる職業を知っているか?」


 いつの間にか近くまで来ていたオレインに聞かれる。そんなの私が聞きたい! と返したいところだが、そんなこと言えるはずもない。


「……いえ、私には心当たりがありません」

「ふむ、そうか……俺様もサディスも知らない職業持ちか――面白い!」


 げんなりする私とは対照的に、勇者様ことオレインは愉快そうに笑う。


「オルガ、と言ったか。今のはどういったスキルだ?」

「何故、わたくしがあなたごときの質問に答えなければならないのでしょう?」

「なっ――」


 オルガはオレインに勝るとも劣らない傲慢な物言いで返答を拒否する。

 生まれてきてから今まで、肯定しかされてこなかったオレインは、初めて受けるであろう、辛辣で傲慢な態度に言葉を失っている。鏡に映った自分オレインそのものだが、というのは無粋か。


「な、なあ、お前はオルガって言うのか? ミウは何処に行った?」

「はい、わたくしはオルガ、オルガ=プリンシィプス・ザングィスと申しますの。ミウさんには少しの間、眠ってもらっていますわ」

「どういうことだ?」

「ふふふ……クヒヒ! く、詳しい話は目の前の敵を倒してからに致しましょう」


 異様な笑い声をあげるオルガはゆっくりとこちらに向きあう。


「久しぶりに……ええ、実に4年と8カ月、13日と1時間28分ぶりにヨウさんと直接話せる機会を得たのです。……邪魔しないでくださいますか」


 オルガの瞳にわかりやすく殺意が宿る。


「ふ、ふん! こちらが勝てばその傲慢な態度も少しは改められるだろう……行くぞ!」


 よっぽど気に入ったのか、あんなことを言われてもなお、オルガとチチシロを欲しがるオレイン。微塵も諦めるつもりは無いらしい。

 オレインは決意新たに神速を使ってオルガへと駆ける。


「[神閃]」


 オレインは神速で加速した剣技に、さらにスキルを重ね掛けし、最高速度の突きを繰り出す。

 切っ先は既に限界を超え、大気との摩擦で光輝いている。故に、[神閃]。


「『藍炎ラピスラズリ』」


 突如、辺り一帯にキュィィィィィィィィ、と甲高い音が響き、オルガの壁とオレインの切っ先がせめぎ合っているのがみえる。切っ先が少し動くたびに大きく火花が上がり、オレインの顔が明るく照らされる。


「……硬いな」

「これがわたくしの愛の力ですの」


 謎の会話を交わした後、オレインは潔く後退する。


「ふむ、一筋縄では崩せないか。ならば、これならどうだ!」


 オレインは剣先を天に向け、魔法を唱える。


「【天からの弓撃ヘヴンアロー】!」


 詠唱後、天から光り輝く幾千の光矢が降り注ぎ、真上からオルガ達を貫かんと襲い来る。


「お、オルガ! 危ない!」

「あらあら、ヨウさんだってこの中ラピスラズリにいるんですのに、わたくしの心配ですの?」


 なおも余裕そうに笑うオルガ。炎の中でヨウが「そんな場合か!」と突っ込んでいるのが見える。


「……クヒ、まあなんとか致しますか。『宵闇インディゴナイト』」


 円筒状に上に伸びていた炎の上部が内側に折れ曲がり、藍炎は一部の隙間もないドーム状になる。

 そこに光矢が降り注ぐが、一本としてその薄い壁を貫くことは出来ない。


「す、凄い……」

「うっ! あ、あんまり褒めないでくださいな。これはあなたがいてこその技なのですから……」

「ん? それはどういう――」

「[聖剣・一太刀]!」


 オレインは矢が降り注いでいる間、刀を上段に構え、その刀に光を集中させていた。今や刀は硬質な光に包まれ一本の巨大なつるぎとなっている。


「……楽しいお話を邪魔するなんて無粋ですわよ? ――放ちなさい、『紫炎アメシスト』、『教皇の指輪パーパル・リング』」


 オルガの右手を紫色の炎が包む。それは直ぐに消えるが、その薬指には指輪がはめられている。


「死んでくれても構わん!」


 もはや数十メートルに達していた聖剣を一切の躊躇いなく振り下ろすオレイン。

 内心で仲間に引き入れたかったんじゃ、と突っ込みを入れるがもはやそんな細かいことは気にしていないだろう。


「さて、いけますでしょうかね」


 オルガは指を鳴らし、藍炎の壁を消す。


「お、おい! 大丈夫なのか!?」

「あ……そんなに近づかれたら――。ううん、わたくしを信じてください」


 光り輝く巨大な剣が迫る中、オルガは指輪のはめられた右手を思いっきり振り払う。

 そこから三日月型に紫炎が噴き出し、巨大な聖剣へと向かう。


「む!」


 紫炎が聖剣に接触すると、僅かに剣の振り下ろされるスピードが遅くなる。が、紫炎は剣にぶつかると爆ぜて消えてしまう。しかし――


「ホラホラ! くヒヒ! クひヒッ! まだまだまだまだ行きますわ!」


 オルガは何度も右手で弧を描き、何重もの紫炎が次々に聖剣へと衝突する。


「ぐっうぅ」


 ぶつかるたびに聖剣のスピードは目に見えて減速し、やがて完全に止まり、弾かれる。


「くっ!」


 それでも止まない紫炎の連撃に聖剣にヒビが走り、ついには砕け散った。


「クヒ! あらあら、こーんなものですの?」

「くっ……そ!」

「勇者様!」

「サディス! 支援しろ! ありったけだ!」


 オレインの眼はもはやミウやチチシロを見ていなかった。それどころかオルガですら眼中にない。その眼に映っているのは勝利への渇望のみであった。

 目的変わっとるがな、とサディスは思ったが口にはせず、オレインへできる限りの支援をかける。


「よし……行くぞ!」

「久しぶりにヨウさんと話せたおかげで、今日は炎がこんなに灯っていますの――」


 いきなりこいつは何を言い出しているんだ? と私は一応耳を傾けるが、オレインはもはや耳を貸すつもりもないのか、オルガを無視して攻撃せんと走り、その刀を振りぬく――


「――なので、使わせていただきましょう――凝固せよ『蒼炎アクアマリン』」


 しかし、オレインの薄氷のような刃はオルガの無防備な喉笛を切り裂く前に、金属特有の甲高い音を轟かせるに留まる。

 驚いたのは私だけではない、オレインもまた驚愕に目を見開いていた。


「クヒヒヒひヒ! そんなに粗忽そこつだと足元すくわれますよ?」


 オルガはオレインの剣を、右手から生える紫色の結晶で受け止めていた。


「くひ! 『弾けリーペル』」

「うおっ!?」


 オルガが軽く力を入れてオレインの刀を押し返すと結晶は輝きを増し、オレインは弾かれたように押し返されてしまう。


「『蒼炎アクアマリン』は“愛の結実”――つまり、愛を固まらせる力があるんですの」


 ……つまり、どういう事だ?


「ん? どういう事だ?」


 偶然、私が思った疑問と同じ事をヨウが口にする。


「あっ……つ、つまり、他の炎を力そのままに固体として、永久にできるってことですの――で、伝わりますか?」


 オルガは普段こそ傲慢で高飛車であるが、ヨウに対してだけは妙にしおらしい。


「うーん、つまり、他の炎を結晶化できるってことだよな?」

「簡単に言えばそうですわ! ……例えば、この藍炎ラピスラズリを掌に円柱状に細長く出せば――このように、レイピアになりますの」


 オルガの瞳から紫の炎が消え、代わりに藍の炎が灯る。そして、その掌に細く、長く、美しい、氷柱つららのような結晶が生成されてゆく。


「さて、貴方はどうやら剣技がお好きなご様子。なので、あなたの得意な剣技でとどめを刺して差し上げましょう」

「……この、後悔するなよ」


 オレインはそう言いつつも慎重に構える。


「参りますわ」


 オルガは無防備にも両手をだらりと下げた状態でオレインへ向かう。

 一方、オレインは左足を引き、重心を低く保ちつつ、鞘と柄にそれぞれ手を添え、迎撃態勢を整える。


「[神速]」


 緊迫した空気が漂うなか、オレインが特技を発動する。そして、一歩、また一歩とその距離は縮まって行く。


「っ!」


 やがて、オルガがオレインの射程圏に入ると、一寸のブレもなく、空気をも切り裂く薄い金属がオルガへ迫る。


「『藍の枷ラブシャックルス』」


 しかし、その会心の居合もオルガには届かない。刀が鞘を抜け振られている、その寸時の間にオレインの腕は蒼い結晶に埋まってしまい、止まってしまったからだ。


「っく! なんだこれは!」


 オレインの左半身と右手は蒼い結晶に完全に囚われており、その場から動くことすら出来ないようだ。


「クヒヒっ! 藍炎ラピスラズリそのものに大して攻撃力はないですの」


 オルガはゆっくりと間合いを詰めつつ笑みを浮かべて説明する。


「ですが、そのぶん防御特化――具現の速さは全炎達の中でもトップクラスなんですの」


 歩きながらも、オルガはうっとりと固まった炎を撫でる。


「……ですから、このように蒼炎アクアマリンとの相性は良好。防御力ゆえに、絶対に砕けないかせとなりますのよ」


 オルガが余裕で説明をしている最中もオレインは脱出しようともがいているが、結晶が砕けるには至らない。


「さて、約束は剣技でとどめを刺す・・・・・・・・・でしたわね」


 遂に、オルガはオレインの目の前に屹然きつぜんと立つ。


「くっそ! 正々堂々と剣技のみで戦え!」

「あら、そんな約束――」


 オルガはオレインの胸に右手の結晶を突き立てる。


「――しませんでしたわよね」


 音はなく、青い結晶はオレインの胸に深々と、そしてゆっくり沈むように埋まっていく。

 やがて、オレインの体からは力が抜け、腕がだらりと垂れる。

 それを確認したオルガは左手で指を鳴らす。すると、オルガの右手の結晶とオレインを拘束していた結晶は一瞬炎を上げ、何もなかったかのように消える。

 支えを失ったオレインは糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。しかし、血が滴り血だまりができることはない。蒼炎アクアマリンが解け、炎に戻った際に傷口が焼けて塞がったのだろうと、私は無感情に思った。


「さて、この方は何処かで復活するとのことでしたが……代表者はこの方ですわよね? ならばわたくしたちの勝利、ですわね」

「ええ……そうね」

「まだ、やりますか?」

「……遠慮しておくわ、私じゃ敵いそうにないしね」


 口調や振舞いこそ落ち着いてはいるが、私は内心で酷く恐怖を感じていた。


 この化け物から一刻も早く逃げたい。


 そんな思いが私を支配していたが、同時に、背を向けたら死ぬ、とも感じていた。生唾をどうにか飲み込み、最後まで見栄を張りきる覚悟を決める。


「そうですの、それは残念ですわね」

「なんなの……バケモノなんだけど」


 震える足をどうにか動かし、私は逃げる様にオレインが待っているであろう教会へ急ぐのだった。

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