決闘と絶体絶命
「さて、どうしたもんか」
俺たちはチチシロの部屋に集まり、明日の対策を練っていた。
「ヨウ、さっき言ったことは本当なんだよね?」
「ああ」
俺は頷く。さっきの話とは、昨日俺がヘローワークでみたアイツの適性のことだ。
「勇者の母値 110で子値55%か……そこまで子値が高いならもう勇者の力が具現してるはずだ」
「なによそれ?」
因みに、風呂に入ったことでミウは完全復帰した。……一度、目の前で盛大にゲロッたが、それを言うと恐らく俺の顔面にパーマーク的な何かが浮かぶため言及しない。暴力反対。
「ミウさんの常時発動効果と同じで、それの勇者版ってとこかな」
勇者を探す一族だからね、勇者についてはちょっと詳しいんだ。と、チチシロは笑う。
「どんなスキルなんだ?」
「うん、いくつかあるんだけど……えと――ああ、そうそう。[心眼]っていうのが一つ。これは相手の動きを少し先読みできるっていうものだね」
「強。なにそれ、羨ましい」
「次は、[読心]。相手が何を考えているかぼんやりと分かるらしい、嘘をついているかどうかは完璧に看破できるんだって。それに――」
他にも様々な反則級のPスキルがチチシロの口から飛び出てくる。
「――と、あとは何といってもこれだね。[神の寵愛]」
「え、あんだけ凄いスキルの中でも特にってなんだよ?」
「これが勇者たる所以なんだけど、勇者は死なないんだ。今のように蘇生が封印されていても復活可能」
えー、反則すぎません?
「もちろん、その習熟値じゃさっき言ったスキル全てはまだ覚えてないだろうけど、少なくとも[神の寵愛]は出てるね。確か子値50%で具現するはずだから」
「そんな意味わかんない力を振りかざす奴に手籠めにされるなんて、絶対に嫌なんだけど」
「そりゃそうだ」
「でも、この状態だと勝つのは厳しいよ……決闘の大まかな方法の決定権は相手にあるしね」
あいつらのやることなすことが理不尽すぎる。どっか別の世界なら、勝負の方式は挑まれたほうが決定権を持つはずなんだが。
「相変わらずムカつく男ね……細かいところなら変えられるの?」
「そうだね……条件を少し追加するとかならできると思うけど」
「……わかったわ。私にいい考えがあるんだけど」
ミウがもの凄い悪人顔で微笑む。あー、こういう時のこいつは頼りになるな。
「……こういう時ってお前役に立つよな」
「どういう意味かしら?」
なんでもない、と誤魔化し、ミウの作戦に耳を傾けた。
「……えー、マジで? それ完全にやってること悪人だけど」
「今回に限って言えば相手に非があるわ。ここで嫌われれば今後、面倒事も起こらないし、一石二鳥よ」
チチシロは半笑いを浮かべて若干引いているようだが……まあ現状これぐらいしかできないか。
「さて、明日が楽しみね」
そういって窓から覗く月を仰ぎ見るミウの顔はもう、なんていうか完全に悪役だった。
◇◆◇
約束の時間に広場に向かうと、すでに勇者たちは準備万端って感じで待っていた。
「悪い悪い、待ったか?」
「ふん、随分と余裕綽々だな? 諦めたのか?」
まさか、という意味を込めて俺は肩をすくめる。
「さて、決闘の方式を聞こうか」
「……まあいいだろう」
俺の態度が気に食わないのか、若干不機嫌ながらも説明を開始する。
勝負は戦闘での対決。どちらかが「参った」というか、動けなくなったら負け。制限時間はなし、度が過ぎる敵前逃亡も負け。
「とまあこんな感じだ」
「あー、追加ルールいいか?」
「む? サディス、いいのか?」
「はい、相手にもその権利はありますので」
「……いいだろう。ただし、こちらがあまりにも気に食わない場合は認められないがな」
「もちろん。じゃあまず――」
俺が追加で言ったことは三つ。
・戦闘はチーム全体で行う。
・負けに死亡も含む。
・大将を決めて、それを打ち取った方の勝ち。
「商品でもあるこの二人が、自分の命運を俺一人には任せられないってんでな」
「それはいいんだが、いいのか? 貴殿、死ぬぞ?」
「死ななきゃいいんだろ?」
俺は余裕の笑みを浮かべ、勇者は対照的に怪訝そうに目を細める。
「それに、だ。そっちが勝った場合はこの二人を引き抜く。俺たちが勝った場合はどうなる?」
「そうだな……どうせこちらが勝つ。なんでも言え」
計画通り! と内心ニヤ付きそうになるのを必死に堪える。
「……そうか。なら、こちらが勝ったらなんでも一つ、お前らに命令できる権利を得る、ってのはどうだ?」
「構わん」
「っ! 勇者様! よろしいのですか?」
「俺様が負けるとでも? それに、そう思うならお前が死に物狂いで動け」
「……かしこまりました」
「あのサディスがあそこまで従属するなんて……」
チチシロは信じられない、とばかりに目をこする。
「決めごとはそんなものか? それならば早速、始めようではないか」
「いいぜ。……こんなんで良かったのか?」
「ええ、バッチリよ」
コソコソとミウに耳打ちする。ここまでは全てミウの筋書き通りだ。ミウから受けた指示は、とにかく自信満々でいけ、ということ。
それにそれとなく加えた死亡アリのルール、ここが肝だ。相手は一応勇者だ、しかし、その性格上まずは俺を殺しにかかってくるだろう。だが人を殺めたことのない勇者は一瞬でも躊躇うはず、そこをミウが【妨げの鎖】で束縛する、というのが筋書きだ。
うまくいくかいかないかは勇者次第という何とも情けない作戦だが、圧倒的アドバンテージが相手にある以上、汚い手だろうがなんだろうが使わざるを得ない。
町はずれにある寂れた中央広場にはこの時間、人っ子一人いない。みんな食事に行っているか、仕事やらなんやらでこんなところにはこないのだ。
勇者もそれを知っていたからここを指定したのだろう。
「おい、コールを貴殿に任せる」
自分でやると不公平になると踏んだのか、開始の合図はこちらのタイミングでやっていいらしい。
まあ、準備することなんてないんだけど。
「……じゃあ、初め――」
コールと同時に、勇者が先手必勝! とばかりに地を滑るように俺に迫る――ていうか、速!
「させない!」
俺と勇者の間にチチシロが立ちふさがる。
「[神速]」
「――えっ!」
一瞬、勇者の姿が見えなくなったと思ったら、チチシロはあっさりと抜かれてしまう。
「――っく! 【所在を晦ます黒煙】!」
「む」
振り返りざまにチチシロが勇者の眼前に黒煙を発生させ、視界を遮る。
ナイス! と俺は心の中で賞賛を送り、そそくさと移動を開始する。
勇者は俺とは違い、やたら目立つ上にわずかに発光している豪奢な服装のため、煙の中にいてもこちらからは確認できる。
「ふむ、いい女だ。こんなこともできるなんてな……だが――」
移動している間、勇者は落ち着いた様子で鞘を握り、もう一方の手を柄に添える。その状態で左足を引き、腰を落として膝に力を溜める。ふー、と全身の力を弛緩させ、居合の構えをとり――
「――【精霊剣・豪風】」
「うおっ!?」
――抜刀。
あまりの速さに抜刀の瞬間をとらえることは敵わず、一瞬なにかが輝いたという認識であった。
しかも、抜刀と同時に突風が吹き荒れ、俺は惨めにも尻餅をついてしまう。
「そこにいたか」
すでに鞘に収まっている刀に手を添えながら勇者は俺に迫る、黒煙は突風によってもはやほとんど意味を成していない。
あれ、これやばいんじゃね?
「お、お前! 人を殺すことに躊躇とかないのかよ!」
俺は哀れにも尻餅をついた状態で後退りしながら尋ねる。
「躊躇い? 貴殿が提案してきた対等な条件であろう? なぜ躊躇う必要がある」
そう言いつつ、俺に追いついた勇者は刀を引き抜き、振りかぶる。
あ、終わる。
「――って、簡単に諦めきれるかよ!」
既に当初の余裕綽々な様子など霧散した俺は足掻く。
「【火花】!」
刀が振り下ろされる瞬間、パチッ、と勇者の目の前で小さな火花が弾ける。
「くっ!」
反射的に顔を背けた勇者はバランスを崩し、刀の軌道がズレる。
顔の僅か数センチ左側に振り下ろされた刀に肝を冷やしつつ、俺は即座にその場から離脱。一旦距離を取る。
「よ、ヨウ! 大丈夫だった!?」
遅れてチチシロも俺のもとに駆け付けてくれる。
「な、なんとかな……」
「存外、イラつかせてくれる」
勇者は地面にめり込んだ刀(明らかにオーバーキル)を引き抜き、鞘に戻す。
「ミウの奴は何やってんだ!?」
「……サディスに捕まって、その相手で手一杯みたいだ」
は!? サディスの相手だと!? この作戦の肝はアイツなんだぞ!?
目を向けるとサディスの魔法を防ぐのに手いっぱいらしく、こちらの援護をする余裕はなさそうだ。
「余所見とは、俺様も舐められたものだ……[神速]」
目線を勇者に戻すと、その姿は消え、一瞬で俺の目の前まで肉薄される。
「なっ――うっ!」
勢いそのままに、勇者は俺の首を掴むと空中で腰を捻る。着地の瞬間に腰を逆に捻り、俺を思いっきり地面に叩きつける。
「がはっ!」
「よ、ヨウ!」
ズアア、と俺は背中で砂煙を巻き上げる。
「今度は外さんぞ」
摩擦で勢いが殺されると、声が出せないように首を思いっきり絞めつつ、空いた片方の手で手刀の形を作る。
「【迅雷纏】」
勇者の手が雷を纏い、パチパチと音を立てながら白く発光する。
ああ、綺麗だな。と、ぼんやり見る景色はスローモーションになり、数十メートル離れたところにいるチチシロがこちらに駆けて来るのが見える。ミウはサディスの魔法を防ぎつつもこちらを見ながら何かを叫んでいる。首をかなり強く絞められているため「参った」とすら言えない。
「終わりだ――」
瞬間、間近で見ているにも関わらず、勇者の手は視認できなくなる。おそらく、俺の心臓を貫くべく猛スピードで迫っているのだろう。
思考のみが加速する中、俺は死を直感し全身が強張る。
怖い、死にたくない。
そんな思いが思考を支配するが、何ができるでもなく、俺は生を諦めた。
「『藍炎』『宵闇』」
「むっ!?」
俺がまな板にのった活魚のように死を待っていると、急にのしかかっていた重みが消え、覚悟していた衝撃はいつまでたっても襲ってこなかった。
「ん? どうしたんだ……?」
思わず閉じていた目を開ける。と、目の前には美しい藍色の壁が、俺を囲うように展開していた。
まるで蚊帳のようだな。と、俺は場違いにもそう思った。
「なんなんだ一体?」
首を持ち上げると、勇者は憎々しげに顔を歪ませていた。警戒しているのか、一定の距離を保ちつつ俺を――いや、藍色の壁を観察している。
「あらあら、全く。危なっかしいったらありませんわぁ」
聞き覚えのある声。しかし、その話し方は普段のそれではない。
「ミウ?」
壁が近すぎて立ち上がることすらできない俺は、声のする方に問いかける。
「うふふ、そうですね。ミウ……ではなく――」
そういえば、村にいた時も数年に一度、ミウがこういう話し方になったことがあった。あの時はふざけているだけかと思ったが、この話し方になった時は決まってこう呼べと言っていた。確か――
「――オルガ、と申しますわ。ヨウさん」




