幼馴染と始まる物語
「み、ミウさん……?」
「あら、チチシロもこんばんは」
チチシロもミウの奇行に驚きを隠せないようではあったが、今は気遣ってやれる余裕はない。
「……いつからだ?」
未だに面をを上げず、崩れ落ちた姿勢のままミウに問う。
「いつから付いてきてた?」
「いつから……ね、どうやらバレバレのようね。偶然じゃないって」
当たり前だ。俺はこうなることを防ぐために、わざわざチチシロにも村長にも虚偽の報告をしたのだ。出発は今日の正午と言ってあったし、追いかけてくることを見越して向かう先はヤイズともいった。実際に向かうのはシミズで、方向が異なるため待ち伏せ対策も完璧だと思ってたのに……
「まあ、答えるなら……ずっと、ね」
はあー、とついに俺の口から溜息が盛大に漏れる。
「……何回目だよ、これ」
「さあ?」
コイツはいつもいつもこうだった。村の生活は基本的に一定で、一日中畑にいることもしばしばだ。
そんな時、ちょっと魔が差してサボろうとコソコソと木陰に向かうと、必ずと言っていいほどミウはそこにいる。もしくはすぐに現れる。まるで常に監視されているみたいだと日頃から感じていた。
だからこそ、だからこそ今日はバレまいと念には念を入れて準備したのに! わざわざミウがまだ寝てるであろう時間帯に出発したのに! ……全てが水泡に帰したのだ。そりゃ溜息の一つも漏れるだろう。
「……で? 何しに来たんだ?」
どうせ文句を言いに来たか力尽くで連れ戻しに来たのに決まっているが、敢えてその理由を尋ねる。
「もちろん、旅に付いて行こうと思って」
「は? 誰の?」
「ヨウ達の」
「は? 何のために?」
「ヨウが勇者じゃなかったら連れ戻すため」
「は? 帰ってくんない?」
「そんな酷いこと言わないで?」
「……。」
「……。」
二人の間になんとも言えない微妙な雰囲気が漂う。
そんな中、正気に戻りつつあるチチシロに、コッソリとアイコンタクトを取る。
「…………!」
「…………?」
よし! 伝わった!
「走れ! 逃げるぞ!」
「えっ! えっ!?」
俺は四つん這いの体制から、クラウチングスタートの要領で一心不乱に走りだす!
「むん!」
ドンッ
「がっ!」
俺が走り出すのとほぼ同時に、後方から砲弾が撃たれた時のような音が聞こえる。それとともに俺の背中に衝撃が走る。
堪えられるわけもなく、俺は前のめりに転倒する。俺が地面に倒れるのと同時に、腕の関節を決められてしまい、俺は身動きが取れなくなる。
必死になって首を捻ると、ミウが俺に馬乗りになって押さえつけているのが見える。
「く、くそ……! 放せーッ! 俺はもう村へは帰らんぞー!」
「あはあは、あんまり動くと痛くしちゃうぞ」
その声が耳に届いた瞬間に、俺はピタッと静止する。こいつの痛くする、は加減を知らない。
「た、タックル……か? 見えなかった……」
チチシロの姿は見えない。が、どうやらミウの圧倒的パワーにビビってしまい、固まってしまったようだ。無理もないが。
「わかった、わかったからどいてくれ。……もう逃げないから」
俺に真に抵抗の意志がないのを確認すると、わかればいいのよ。と、ミウはニコニコしながら背中から立ち上がる。
俺も立ち上がり、服に付いた汚れをはたきながらミウに尋ねる。
「……旅って言っても村長が許してくれないだろ、お前じゃ」
「ああ、それなら大丈夫。……許可は取ったから」
なぜかミウの顔に影が差したようだったが務めて無視する。いやあ、知らないほうがいいことってあるよな、きっと。
「そ、そうか……。後は――そう、旅っていうと戦闘とかあるぞ、ケガするかもしれないし、そもそもお前は戦えるのか?」
「ヨウよりは、ね」
まあそりゃそうだが、と俺はさっきの出来事を思い出す。でも、曲がりなりにもミウは女だ。俺としてはケガしてほしくないし、できれば危ないことは避けてほしい。
「っと! みんな! 敵だよ!」
て、敵!? 言った傍から……、と思いつつ俺も戦闘態勢に入る。
「敵は視認4、すべて鰯だ」
「鰯……ってことは怪物か」
怪物。彼らは初めから魔の者である魔物とは異なり、魔に当てられ変貌してしまった、元々は普通の生物だった化け物のことだ。基本的に魔物サイドの生き物であり、人を襲う。
この鰯のように魔力によって生態が大きく変わっており、生息範囲も拡大している。魔物より強さで劣るものの数が多く、魔物よりポピュラーな人類の敵だ。
チチシロが見据える先に目を向けると、確かに暗闇の中、鈍く光る8つの輝きがこちらに向かってきている。
「ちょうどいいわね」
ろくに武器も持っていないミウが、徐に俺やチチシロの前に歩いていく。
「な、何やってんだ! お前は後ろに下がっとけって!」
「さっき言ったわよね、私が戦えるのかって――」
4対の眼は結構なスピードでミウへ迫る。
チチシロがなにか魔法を唱えようとするが、それより早くミウが口を開く。
「――【死】」
呪文が唱えられるとほぼ同時に、4対の赤い光は地に落下し、その輝きを失う。
「「え」」
驚いたのはもちろん俺とチチシロだ。場合によっては、鰯も。特にチチシロは怪物の力を知っているためか愕然としている。
「……連れて行って、くれるわよね?」
その問いに対し、俺は断る勇気を持ち合わせていなかった。
◇◆◇
「あっ、ヨウ! ミウさん! 見て、アレ!」
多少の戦闘をこなし、しばらく歩き続けて太陽が真上を通り過ぎた頃。チチシロが何か見つけたらしく、俺たちを嬉しそうに手招きする。
切り立ったちょっとした断崖の端まで行き、チチシロが指さす方へ顔を向ける。と、そこには巨大な揺れる大地が見えた。
いや、大地ではない。あれは全て水なんだと俺は思い出す。
それは文献通りに本当に蒼く、想像よりずっと広かった。水平線と呼ばれる水面と雲の狭間からは巨大な雲が雄大に伸びており、降り注ぐ太陽光は水に反射してキラキラと木漏れ日のような輝きを放っていた。
「あれが――海、……綺麗だ」
俺はそれ以上の感想を言えなかった。とにかく壮大で美しい、それが率直な感想だ。
ミウもさすがに初めて見る海に見惚れているようで、潮風に靡く黒の混じる深緋の髪は、海の輝きを反射したがるように艶やかに踊っている。その髪から覗く小豆色の瞳は恍惚と海を眺め入っていた。
「ここまで来たらもう少しだよ、頑張ろう」
チチシロの言葉に俺はハッと我に返る。やばいやばい、思わず我を忘れて見惚れてしまっていたようだ。
「そうだな、もうひと踏ん張り頑張るか!」
俺はそれを誤魔化すように溌溂と答えると、我先にと再び歩き始めた。
その後もシミズに向かう道中、何度か怪物に出くわしたが、全てミウの呪文一つで片付いてしまう。そのため俺とチチシロは――いや、チチシロは毎回、律儀に敵の接近を報せてくれた。つまり、俺だけは何もせずにここまでついてきたのだった。
俺……勇者候補、なんだよな?
胸に蟠る不吉な思いを振り払い、俺達は堅牢そうな壁で囲われた町へ門をくぐって足を踏み入れる。
因みに、もちろん門番もいるが、彼らは偽装、変身、悪意の類を看破する能力を有しており、見るだけでその人を入れていいかどうか判断できるらしい。ただし、その基準は門番次第であり、うちの村の門番はかなり厳しいチェックをしていたと言える。その門を『死神』であるミウが普通に通過する。……いいのか? これ。
「ミウさん、道中ずっとじゅ――、魔法を使いっぱなしだったけど、大丈夫?」
チチシロは呪文と言いかけてやめた。確かに、誰が聞き耳を立てているのかわからないこの状況では、あまりその言葉を使わないほうがいいだろう。
「ええ、問題ないわよ。私の常時発動スキルに[集まる亡者の魂]っていうのがあって、近くで死んだ生物のMPを吸収できるのよ」
「へ、へー……そうなんだ」
それはよかった……というチチシロはしかし、乾いた笑いを浮かべており、なんなんだその反則級のスキルは、とでも言いたげだった。あえていうまでもないが、もちろん俺もだ。
「……まあ、休憩しながらだけど一日中歩いたからね、今日はもう宿を取ろう」
気を取り直して、といった感じのチチシロがどうかな? と、提案してくる。
朝早すぎるぐらいに出たとはいえ、既に日も半分以上沈んでいるし、肉体的にかなり疲弊しているのも事実。チチシロの提案に反対意見も出ず、俺たちは休息を求めて宿に泊まることにした。
余談だが、その宿で出てきた料理は本当にチチシロが言っていた通りであり、俺とミウは顔を引きつらせながら粛々と食べた。イモご飯って本当にご馳走だったんだな……って思った。
夜、一人一部屋あるので、俺は音も気にせず今日一度も使う事のなかった武器の手入れをしていた。こうでもしていないと自分は本当に勇者なのか、という疑問について悶々としてしまうからだ。
「……大丈夫、だよな」
『あのチチシロのお墨付きなんだ。そうに決まってるじゃないか』と、脳内の楽観的なヨウが返答するも、脳内にいる不安症のヨウは『……本当に? 今日、一切役に立ってなかったのに?』と疑問を投げかける。
ダメだ、いくら集中して雑念を消そうとも、いつの間にか脳内会議が開かれてしまう。
こんなんじゃダメだ! と、ヨウは風呂に入り、いつもよりちょっと早いが寝付くことにした。
「明日、明日になればはっきりするんだ」
そう口にしつつも普段通りの時間でないためか、はたまた自宅でないからか、なかなか寝付くことができず、俺は長い夜を過ごしたのだった。
何か、やるべきことがあるときに始めてしまった他の作業の集中具合は異常。そんな、世界の真理を再認識した今日この頃。




